菅総理で衆議院総選挙を戦った場合、或いは解散した場合、我が自民党はどの位い勝てるのでしょうか。
と言うよりも、全く論外な議員たち(与党、野党含めて)が生き残る不毛な結果は変わりません。
マルクス(共産主義)やケインズ(近代経済学説)やシオニスト(ユダヤ中心世界)らが、この世界を取り仕切っている現状を打破しなければ、新しい希望の道は開けません。
私に対して、「言うだけで何もしない」と思っておられる方もあられるでしょう。
今は、新しい世界の運営の原理を学び、納得し、共感し、理解する段階です。
設計図が不正確なら、必ずや時間の経過と共に、ほころびや違反行為が行われるのは歴史の教訓です。
天からトップダウンでその運営マニュアルがもたらされ、広く周知され誰一人として落ちこぼれる事のないよう、完全無欠を固めなければならないのです。
イエス・キリストは、旧約聖書に記されていたエリア(イエス・キリストを証す預言者)が使命を全う出来なかったために、トップダウン(縦のエネルギー)の道を閉ざされました。
代わりにボトムアップ(横のエネルギー)という、社会の最低の位置に行き病人や貧弱等を癒す救援摂理をされました。
「イエスは共産主義者だ」と言うキリスト教徒が一部にあるのは、実にこのためです。
預言者洗礼ヨハネは当時のイスラエルで、ユダヤ教の若手のホープとして脚光を浴びていました。(新約聖書)
洗礼ヨハネをメシアではないかと言う声すらありました。
義父ヨセフと母マリアがイエス・キリストをメシアとして育てなかったために、アダム家庭の失敗を復帰出来なかったので、洗礼ヨハネに全てが託されました。
イエス・キリストと洗礼ヨハネは少なからぬ因縁がありますが、今現在それを証す事は出来ません。
「時でない時に時の行為をする」のは、アダムとエバが幼くして性的堕落をしたのと同じ結果になります。
アダム、エバの二人はたちまち裸でいる事が恥ずかしいと思い、無花果(いちじく)の葉で堕落した部分を覆い隠したのです。(旧約聖書 創世記)
二人は兄妹として成長、完成すべき立場だったのです。
無花果は花を咲かせずに実を成らす植物であり、堕落行為の比喩(ひゆ)として用いられています。
イエス・キリストがボトムアップの立場に行かれると、人々は奇跡でイエス・キリストが病気を治したり、死人が生き返ったりするのを見て、メシアと言うよりも呪術師のように考えるようになりました。
またある適度の知識層の中では、メシアはイスラエルをローマの植民地から解放してくれる人という、一言で言えば「大政治家」を漠然と求めていました。
ですから十字架に付けられても、何も感じなかった人が殆どでした。
再び降臨されるメシアは、トップダウンの天法と、ボトムアップ即ち人々の合意(アグリメント)を形成される難しい立場に来られます。
神とメシアと聖書と科学が融合(一体化)しなければなりません。
私が何度も同じ事を繰り返すのは、世論の合意と融合が無ければ、いかなメシアとて絶対に世に受け入れられる事は殆ど不可能という結論からです。
第一原因の縦のエネルギーは、陽的、能動的、原理的、律法的、主体的etc.なエネルギーであり、第二原因のエネルギーは、陰的、受動的、精神的、愛的、客体的etc.です。
天上天国と地上天国の最小単位は、個人ではありません。
陽的と陰的即ち愛で合意した男女が神を中心に、唯一、絶対、永遠、不変の回転、循環運動をするのが天国と言う最終結論になります。
電気エネルギーの最小単位がプラスやマイナスではなく、それが融合し一体化したために起こる電気エネルギーである事は、科学が証明していますね。
安倍前総理がトップダウン方式、菅総理がボトムアップ方式をしても、肝心の政策が国民の合意に叶う内容では無いため、袋小路に入るのは当然と言えます。