「人間の証明」と「野性の証明」 | "楽音楽"の日々

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音楽、映画を中心にしたエンタテインメント全般についての思い入れと、日々の雑感を綴っていきます。

小説家の森村誠一氏が、7月24日に亡くなりました。90歳でした。

 

私は彼の熱心なファンではありませんが、それでも10冊前後は読んでいます。それもこれも、当時の角川書店の戦略にまんまと乗せられたからでした。

1976年に映画制作に乗り出した角川書店は、映画とその原作本をタイアップしてベストセラーを狙っていました。そのため、テレビ、ラジオ、雑誌などに大量のCMを流しました。当時、私は高校生。ハリウッド映画に魅せられてから、邦画・洋画問わず観始めていた頃でした。角川書店の目論見どおり、原作本を読んでは映画を観るということが普通の生活をしていました。そんな中で出会ったのが、森村誠一氏の諸作だったのです。

 

1977年に公開された角川映画の第2作「人間の証明」は、公開前の宣伝が現在では考えられないほど膨大で、公開を待ちきれない私は、先に原作を手にした記憶があります。それが初めての森村誠一氏の小説でした。映画そのものは私の期待が大きすぎたせいか、残念な印象が強かったです。素敵な場面もいくつもあるんですが、叙情過多な演出が目立ち過ぎて感情移入できませんでした。それでも、翌年公開の「野性の証明」も同じように小説と映画を両方楽しんだのでした。

その後も森村氏の小説は、ずっと読み続けました。「高層の死角」、「腐蝕の構造」、「青春の証明」、「悪魔の飽食」などなど。映画化作品はそれほど多くはありませんが、テレビのサスペンス・ドラマの題材としてはたくさんの作品が取り上げられています。そう言えば、「人間の証明」はテレビ・ドラマ版が素晴らしかった記憶があります。

 

「人間の証明」も「野性の証明」も名作だとは思えませんが、私にとってはいろんな意味で印象的な作品であることは間違いありません。

特に、作曲家・大野雄二の音楽に本格的にハマるきっかけになったことがとても大きいのです。

 

 

10年以上前に記事にもしていますが、その当時は音源のリンクをしていなかったので、今回改めて二つの作品からオススメの曲を紹介したいと思います。

 

 

 

 

まずは1977年の「人間の証明」です。

この作品は、大野雄二氏が最も得意としている都会的で洗練されたサウンドをフルに発揮できた初めての作品なのかもしれません。同時期のテレビ・アニメ「ルパン三世」シリーズの音楽にも大きな影響を与えているはずです。

 

映画のオープニングに流れるのは、「我が心の故郷へ」です。

 

 

明らかにニューヨークを表現したサウンドですね。市原康のドラムスに松木恒秀のギター、そこに当時のセッション・ミュージシャンの中で最も忙しかったJake H.コンセプションと思われるアルト・サックスの煌めく音色。そして大野雄二が奏でる口笛を模したシンセサイザーのメロディ。短いながらも、とても印象的なナンバーです。

 

「Happy Feeling」は、さしずめ「アコースティック・ブルース」といった趣です。

 

 

アコースティック・ギターと羽田健太郎によるハモンド・オルガンが抜群です。そして、トランペットとテナー・サックスが奏でるレイジーなメロディがブルースらしさを演出しています。決して定番のブルースのコード進行じゃないんですけどね。そこが、大野雄二らしさなのだと思います。サントラに限らず、当時のメジャーな音楽シーンでは、非常に珍しい雰囲気の曲だと思います。

 

そして、映画を観ていなくても当時は誰もが知っていた「人間の証明」のテーマです。

 

 

なんだかんだ言っても、やはり名曲ですね。とにかくヴォーカルのジョー山中の個性的な歌声が圧巻です。彼の起用は、役者としてのオーディションがキッカケだったようですが、Flower Travellin' Bandのリード・ヴォーカリストとしてごく一部で知られているだけでした。この奇跡的な起用は、彼自身はもちろんのことですが、この後の角川映画や大野雄二にとっても大きな財産になったのでした。

この曲だけに参加しているミュージシャンが、二人います。クリアな音で切ないソロを奏でるギターが耳に残る石間秀樹と、ハモンド・オルガンの篠原信彦です。この二人は、Flower Travellin' Band時代のジョー山中の盟友なんですね。多分、ジョーからの進言だったのでしょう。その結果、実に見事にハマっています。

この映画がヒットした当時、既に解散していたFlower Travellin' Bandの代表作「Make Up」がCMに使われて話題になりました。気になる方は、是非検索してみてください。とんでもなくカッコ良い曲です。

 

 

 

翌年、1978年に公開されたのが、前作同様森村誠一原作の「野性の証明」でした。こちらでは高倉健が主役の自衛官を演じて、ヒロインのオーディションを角川書店の映画情報誌「バラエティ」で克明にリポートしていて公開前の盛り上げ方は実に見事でした。

肝心の音楽担当は、前作から引き続いて大野雄二氏。また、ガラッと変わった作風で楽しませてくれます。

まずは、大作に相応しい派手なオープニング曲「野性への序曲」をお聴きください。

 

 

壮大なオーケストラ・サウンド。ホーン・セクションも吠えているし、大野サウンドの特徴でもあるフルートのパッセージも印象的です。過剰とも言える壮大なサウンドは、当時も「元ネタ」との比較で話題になりました。私の勝手な想像ですが、プロデューサーから「ベン・ハー」のような大作の幕開けを告げるようなサウンドを、と依頼されたのではないでしょうか?それなら、と敢えて元ネタに寄せた作りにしたのかもしれません。映画ファンに、ニヤリとしてもらいたいと考えるのは、大野氏の性格からしても当然の流れのような気がします。そういったことを踏まえて、元ネタ「ベン・ハー」序曲をお聴きください。

 

 

映画史に残る名作と、名曲。誰もがひれ伏す圧倒的なサウンドですね。半世紀以上も前の作品でありながら、聴くたびに興奮させられます。大野氏もまさかこれを越えようなんてことは考えずに、単純に楽しんで欲しいと思ったに違いありません。エンタテイナー・大野雄二らしい仕上がりだと思うのです。

 

そして、前作でのヒット再び!と作られたのが、テーマ曲「戦士の休息」です。

 

 

歌っているのは、町田義人。当時はCMソングで業界内だけで知られた歌手で、一般的にはほぼ知られていない人でした。私もこの作品で初めて知りました。彼の声はとても個性的で、山川啓介氏の歌詞をしっかり伝える表現力が印象に残ります。また、大野雄二氏のメロディ・メイカーとしての才能もひしひしと感じます。私個人的には、ヴォーカルに寄り添う松木恒秀氏のギターが美しくて印象的です。松木氏のベスト・プレイのひとつだと思っています。

 

 

 

ということで、森村誠一氏の訃報から、大野雄二氏の代表作を聴き返すことになりました。改めて、見事な作品だと再認識しました。

最後に、「野性の証明」のヒロイン・薬師丸ひろ子が2018年のライヴで歌った「戦士の休息」を森村誠一氏に捧げます。