カレン・カーペンターの「遠い初恋」 | "楽音楽"の日々

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カレン・カーペンター(Karen Carpenter)が亡くなって、もう26年も経つんですね。
カレンが1980年に発表しようと制作していたソロ・アルバムはほぼ完成していたんですが、カレン自身とプロデューサーの判断で、発売は見送られました。

1995年にテレビドラマの主題歌としてカーペンターズ(Carpenters)の「青春の輝き(I Need To Be In Love)」が使われて、ベスト盤が爆発的に売れました。
たぶん、その人気がアメリカのA&Mにも届いたのでしょう。録音から16年の時を経て、1996年にめでたく発売されたのが「遠い初恋(原題「Karen Carpenter」)」です。
リアルタイムでカーペンターズのファンだった人にとってはよく知られた「幻の作品」でしたので、私も当然のように発売と同時に手に入れたのでした。

明らかにカーペンターズのサウンドとはテイストが違っているこの作品は、私の中でも特殊な位置にあって時々聴いてみたくなる魅力を持っているのです。

アメリカのポピュラー音楽界で最も重要なプロデューサーのひとり、フィル・ラモーン(Phil Ramone)のもとで作られたこの作品は、11曲プラス・ボーナス・トラック1曲で構成されています。
そのうち4曲は1989年にリリースされた「愛の軌跡~ラヴラインズ~」で発表されていたものです。
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それまで未発表の作品で構成された「愛の軌跡」ですが、カレンの4曲が軸になって聴き応えのあるアルバムになっています。

フル・アルバムの「遠い初恋」も、結果としてこの「愛の軌跡」に収められている4曲が、いちばんのハイライトになっています。

「遠い初恋」を語る時に重要なのは、録音された1979~80年という時期です。

マイケル・ジャクソン(Michael Jackson)の出世作「Off The Wall」がリリースされたのが1979年です。この作品で一躍有名になったソング・ライター、ロッド・テンパートン(Rod Temperton)をはじめ、「Off The Wall」にクレジットされているミュージシャンが大挙参加しているのです。
キーボードのグレッグ・フィリンゲインズ(Greg Phillinganes)、ドラムスのジョン・ロビンソン(John Robinson)、ベースのルイス・ジョンソン(Louis Johnson)、ギターのデイヴィッド・ウィリアムス(David Williams)、トランペットのジェリー・ヘイ(Jerry Hey)という顔ぶれです。
全員が上り調子の時期で、演奏を聴いても勢いを感じます。

また、ボブ・ジェイムス(Bob James)が最も油ののりきった時期で、名作「H」をリリースしたのが1980年です。その作品ではビリー・ジョエル(Billy Joel)のバンド・メンバーをレコーディングに起用しています。
ドラムスのリバティ・デヴィート(Liberty DeVitto)、ベースのダグ・ステッグマイヤー(Doug Stegmeyer)、ギターのデイヴィッド・ブラウン(David Brown)が、スタジオ・ミュージシャンとは違った「ライヴな」音を提供してくれています。そんな彼らが「優等生」イメージのカレンの新しい魅力を引き出す重要な役割を担っています。
ボブの絶頂期らしく、変幻自在のアレンジはそこに注目するだけでも価値がありそうです。
ボブは翌年に「Sign Of The Times」という、ちょっと風変わりだけど私のお気に入りの作品でロッド・テンパートンを起用していますが、ボブとロッドの最初の出会いはカレンの録音現場だったんだろうと推測してしまいます。

1曲目「Lovelines」と5曲目「If We Try」がロッド・テンパートンの作品で、キャッチーなメロディは私の一番のおすすめです。
8曲目の「My Body Keeps Changing My Mind」はロッドの作品ではありませんが、ロッドがアレンジしていて、マイケル・ジャクソンの「Off The Wall」に最も近いテイストの曲になっています。
3曲目の「If I Had You」は、マイケル・ブレッカー(Michael Brecker)のサックスがイントロから活躍します。所謂「歌伴」のマイケルのプレイとして、とても価値のある一曲ですね。
6曲目の「愛の想い出(Remember When Lovin' Took All Night)」は、オリヴィア・ニュートン・ジョン(Olivia Newton-John)のメイン・ライターでプロデューサーのジョン・ファラー(John Farrar)の作品です。この曲はボブの「H」にとても近いテイストを持っていて、ボブのフェンダー・ローズのソロもとても気持ちイイものになっています。
ボブのファンなら、絶対気に入るハズです。
9曲目の「遠い初恋(Make Believe It's Your First Time)」は、ボブのピアノにのせてカレンがしっとりとしたヴォーカルを聴かせてくれます。これはカレンの兄リチャードも気に入ったようで、1983年カレンの死去後にリリースされた「Voice Of The Heart」にリチャードのアレンジで収録されています。
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リチャードはエレクトリック・ピアノを軸にして流麗なストリングスを配置して、カレンの歌声を支えます。さすが「おにいちゃん」!カレンの声を一番効果的に響かせる方法を知り尽くしていると思います。
この曲に関しては、まぁ、好みの問題もありますが、リチャード版の勝ちでしょう。

他にもカントリー風のものから、ロックン・ロール、ブルースっぽいものまで、非常にヴァラエティに富んでいます。
そうそう、ポール・サイモン(Paul Simon)の名曲「時の流れに(Still Crazy After All These Years)」のカヴァーもあります。3連のビッグ・バンド風ナンバーですが、デヴィッド・ブラウンのギター・ソロがカッコ良い!

この作品は「AORの隠れ定盤」と呼ばれるようになっていると聞きました。
全体をみると、あまりにいろんな方向にアンテナを伸ばし過ぎたようで、散漫な印象もあります。けれどもカレンの歌声は絶好調で、ソロ・アルバムに賭けるポジティヴな気持ちがあらわれているように思えます。
ほとんどロッド・テンパートンによるものと思われるコーラス・アレンジも見事で、カレンの一人多重録音のコーラスはカーペンターズの時と全く違う印象で、とてもイイ気持ちにしてくれます。

この作品、現在でも簡単に手に入るんでしょうか?
できるだけ多くの人に聴いてもらいたい佳作です。