【今日の1枚】Nucleus/Elastic Rock(ニュークリアス/エラスティック・ロック) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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ロック(プログレ)を愛して止まない大バカ…もとい、音楽が日々の生活の糧となっているおっさんです。名盤からマニアックなアルバムまでチョイスして紹介!

Nucleus/Elastic Rock
ニュークリアス/エラスティック・ロック
1970年リリース

変幻自在に繰り広げられる
英国ジャズの最先端を示した快作

 英国ジャズ界の重鎮として晩年まで精力的に活動したトランペット奏者のイアン・カーが率いる名ジャズロックグループ、ニュークリアスの記念すべきデビュー作。そのアルバムは後に名セッションプレイヤーとなるクリス・スペディング(ギター)や後にアレクシス・コーナー、ジャック・ブルース、ジョン・マクラフリンなどと共演し、1999年からソフト・マシーン関連のプロジェクトに参加するジョン・マーシャル(ドラムス)、後にアイソトープやギルガメッシュのメンバーとなるジェフ・クライン(ベース)、後に英国クラシック界の大家となるカール・ジェンキンス(サックス、オーボエ、ピアノ)といった名プレイヤーが参加し、イアン・カーを中心に各メンバーの個性を最大限に活かした変幻自在のエネルギッシュなジャズロックとなっている。ハーモニーを奏でるブラスセクションと、クリーンなギターのアンサンブルが浮遊感を醸成しており、ブリティッシュジャズやプログレッシヴロック双方のシーンに多大な影響を与えた傑作でもある。

 ニュークリアスは1969年にドン・レンデル(サックス)と共にレンデル=カー・クインテットで活躍したイアン・カー(トランペット)が、独自のジャズロックを追求するために結成したグループである。イアン・カーは1933年4月21日にスコットランドの南に位置するダンフリースで生まれており、後にジャズピアノ&オルガン奏者として活躍するマイク・カーを弟に持つ。イアン・カーはキングス・カレッジ(現在のニューカッスル大学)に通い、英文学を専攻していたが、17歳の時に独学でトランペットを学び始めている。彼は偉大なるジャズトランペット奏者であるマイルス・デイビスに憧れ、いつかはジャズミュージシャンとして活動したいと考えていたという。大学卒業後、彼は弟のマイクと共にイングランド北東部のニューカッスル・アポン・タインを拠点としたグループ、エムシー・ファイブに参加。1963年にはロンドンに移ってジャズミュージシャンであるドン・レンデル(サックス、フルート、クラリネット)と共にレンデル=カー・クインテットの共同リーダとなって活躍することになる。メンバーにはマイケル・ギャリック(ピアノ)、デイヴ・グリーン(ベース)、トレヴァー・トムキンス(ドラムス)などがおり、彼はこのグループで1969年までの6年のあいだ演奏を続けることになる。5枚のアルバムを制作し、独創的なモダンブリティッシュジャズグループとして世界的な名声を得ていたレンデル=カー・クインテットだったが、1960年代後半ではこれまでのジャズの演奏形態を否定したフリージャズやロックの要素を組み入れたジャズロックが盛んになる。イアン・カーはそんなジャズ界の変革の流れを身をもって感じ、ドン・レンデルと袂を分かち、同年の1969年に型破りなジャズロックグループ、ニュークリアスを結成する。彼は新たなグループを結成するにあたり、ジョン・マクラフリンという天才的なギタリストを招き、電子音楽技術を導入し、ロック志向となったマイルス・デイビスの1969年のアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』の手法に触発されたとも言われている。ニュークリアスにはイアン・カー以外に、マルチ奏者であるカール ジェンキンス(バリトンサックス、オーボエ、ピアノ、エレクトリックピアノ)、ジェフ・クライン(ベース)、ジョン・マーシャル(ドラムス、パーカッション)、クリス・スぺディング(ギター)、ブライアン・スミス(テナーサックス)がメンバーとして参加。それぞれ後の英国のジャズロックシーンを牽引することになる若きミュージシャンである。彼らは結成まもなく英ヴァーティゴレーベルとレコード契約を締結。1970年1月にはカール・ジェンキンスの作曲の下でトリデント・スタジオに入り、プロデューサーにはピート・キングが務めたアルバムのレコーディングを行っている。その後、自分たちのプロモーションを兼ねて、7月にスイスの国際的なジャズの祭典であるモントルー・ジャズ・フェスティバルに参加。見事第1位を獲得し、直後の7月25日にデビューアルバム『エラスティック・ロック』がリリースされることになる。そのアルバムはジャズ的なホーンと、ロック的なギター、そして繊細なリズムセクションを中心としたアンサンブルとなっており、メロディアスな中に緊迫感を覗かせたパッションが渦巻く鮮やかなコントラストを描いた「エラスティック=柔軟な」ジャズロックとなっている。

★曲目★
01.1916
02.Elastic Rock(エラスティック・ロック)
03.Striation(ストリエイション)
04.Taranaki(タラナキ)
05.Twisted Track(ツイステッド・トラック)
06.Crude Blues ~Part 1~(クルード・ブルース~パート1~)
07.Crude Blues ~Part 2~(クルード・ブルース~パート2~)
08.1916 -The Battle Of Boogaloo-(1916 -ザ・バトル・オブ・ブーガルー -)
09.Torrid Zone(トリッド・ゾーン)
10.Stonescape(ストーンスケープ)
11.Earth Mother(アース・マザー)
12.Speaking For Myself, Personally, In My Own Opinion, I Think...(スピーキング・フォー・マイセルフ、パーソナリー、イン・マイ・オウン・オピニオン、アイ・シンク…)
13.Persephones Jive(ペルセフォンズ・ジャイヴ)

 アルバムの1曲目の『1916』は、ジョン・マーシャルの激しいドラミング上で、イアン・カーの雄大なトランペットが鳴り響く、まさにアルバムのファンファーレにふさわしい楽曲である。2曲目の『エラスティック・ロック』は、しっかりとしたベースラインとドラミング、そしてエレクトリックピアノとギターが柔らかく響き渡った楽曲。途中からエレクトリックピアノとギターが少しずつせめぎ合い、絶妙な緊迫感をあおっている。3曲目の『ストリエイション』は、弓で弾くベースがリードし、即興に近いギターが絡み合うクラシカルでありながら実験的な要素もある楽曲。4曲目の『タラナキ』は、エレクトリックピアノとサックスを中心としたモダンで軽快な楽曲から、5曲目の『ツイステッド・トラック』では穏やかなギターソロから始まり、美しいホーンセクションとのアンサンブルが心地よく、ジャズロックの醍醐味が味わえる素晴らしい内容になっている。後半では繊細なリズムセクション上でトランペットとサックスが重なり合い、エレクトリックピアノとギターが混ざり次第に盛り上がっていく様は聴き応えあり。6曲目の『クルード・ブルース~パート1~』は、牧歌的なオーボエとアコースティックギターのストロークから始まり、7曲目の『クルード・ブルース~パート2~』では、ファンキーなロック調のアンサンブルとなる楽曲。サックスとオーボエが素晴らしい共演を行い、ヘヴィなベースライン、ブルージーなギターが融合したユニークな内容になっている。8曲目の『1916 -ザ・バトル・オブ・ブーガルー -』は、ジョン・マーシャルが激しく叩きつけるドラミングをはじめ、魅惑的なエレクトリックピアノとギター、そして金管楽器のリフが織り成すソフト・マシーン的なエッセンスの詰まった楽曲。9曲目の『トリッド・ゾーン』は、8分を越える壮大な楽曲となっており、きめ細かいリズムセクション上で初期のウェザー・リポートを彷彿とさせる官能的なサックス、独特に掻き鳴らされたギターリフ、メロディアスなトランペットが奏でられた内容になっている。クラシカルなジャムセッション風だが、非常に生々しさのある演奏となっている。10曲目の『ストーンスケープ』は、トランペットとエレクトリックピアノによるモダンなジャズとなっており、情感的なトランペットの音色がマイルス・デイビスの余韻が感じられるようである。11曲目の『アース・マザー』は、アヴァンギャルドなサックスがリードしたジャズロックとなっており、繊細な演奏が限りなく続き、グループの驚異的な相互作用が発揮された素晴らしい楽曲である。12曲目の『スピーキング・フォー・マイセルフ、パーソナリー、イン・マイ・オウン・オピニオン、アイ・シンク…』は、ジョン・マーシャルの激しいドラミングソロとなっており、最後の『ペルセフォンズ・ジャイヴ』は、全員が一体となったグルーヴ感たっぷりなアンサンブルとなっており、後のフュージョンを思わせる新しさがある。こうしてアルバムを通して聴いてみると、ロックというよりもジャズに近く、その基礎の上で伸びやかに広がり、しっかりとしたダイナミズムを発揮したソフト・マシーンやコロシアムとは違った英国のジャズロックを創生した快作である。アンサンブルを重点に置いて聴きやすさを強調しており、ジャズに複雑さは必要ないことを証明したアルバムでもある。

 本アルバムはモントルー・ジャズ・フェスティバルで1位を獲得した後にリリースされた作品として注目が集まり、英国ではアルバムチャートで最高46位という順位を打ち立て、1969年にリリースされたマイルス・デイビスの『イン・ア・サイレント・ウェイ』と共にエレクトリックジャズの傑作となる。アルバムリリース後もニューポート・ジャズ・フェスティバルやヴィレッジ・ゲート・ジャズ・クラブの両方で演奏し、イアン・カーおよびニュークリアスは世界的な名声を得ることになる。1971年には『We'll Talk About It Later(ニュークリアス2)』、『Solar Plexus(ソーラー・プレクサス)』の2枚のアルバムを立て続けにリリースし、批評家から包括的なジャズやロックのコレクションには欠かせない作品と言わしめている。この初期のアルバムから後のジャズロックやプログレッシヴロックで活躍する多くのミュージシャンを輩出していくことになる。ニュークリアスまたはイアン・カー名義でメンバーを替えつつ、1970年から1980年にかけて12枚のアルバムをリリースし、世界中をツアーして回ったという。イアン・カーは1975年からユナイテッド・ジャズ+ロック・アンサンブルの創設メンバーとなり、多くのミュージシャンのためのグループを結成し、ジャズシーンだけではなくロックシーンでも貢献。また、ジャズ作曲家のニール・アードレイのアルバムやジャズ作曲家兼ピアニストのキース・ティペットのアルバムなど、多くのアーティストの作品に参加している。1987年にイアン・カーはロンドンのギルドホール音楽演劇学校の准教授に任命され、そこで作曲と即興演奏について教えたほか、BBCミュージックマガジンに定期的にコラムを執筆し、特にジャズミュージシャンのキース・ジャレットやマイルス・デイヴィスの伝記をテーマに書いたという。2001年5月、イアン・カーはサウス・バンクの50周年を祝うコンサートの1つとして、ロイヤル・フェスティバル ホールの満員の観客を前に、旧友のドン・レンデルとの共演を行っている。2000年代に入っても精力的に活動を続けたイアン・カーだったが、アルツハイマー病を患い、2009年2月25日に75歳で永眠している。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はブリティッシュジャズやプログレッシヴロック双方のシーンに多大な影響を与えたニュークリアスのデビューアルバム『エラスティック・ロック』を紹介しました。中心メンバーであるイアン・カーは、トランペット奏者、作曲家、作家の顔を持っていますが、ジャズ界の伝説的なミュージシャンでああることは良く知られています。1960年代にドン・レンデルと共にレンデル=カー・クインテットでモダンジャズの先駆けとなりましたが、本当の意味でモダンジャズの復活となったのは、1970年代のニュークリアスからと言われています。他にも彼のジャズへの貢献は並外れており、イアン・カーの音楽に触れたことで多くの世代のジャズミュージシャンやロックミュージシャン、そして様々な層の聴衆に大きな影響を与え、イギリスの現代ジャズ界で最も重要な人物の1人とされています。本アルバムの『エラスティック・ロック』は、そんなイアン・カーが混沌としたジャズシーンから抜け出して、独自のジャズシーンを形成した画期的なアルバムです。

 さて、本アルバムはイアン・カーのトランペット中心のインストに対して、後にソフト・マシーンやギルガメッシュで活躍するドラマーのジョン・マーシャルやベーシストのジェフ・クラインがリズムセクションとなり、クリス・スペディングがロック色の強いギターを被せ、カール・ジェンキンスがクラシカルなオーボエやピアノ、そしてエレクトリックピアノを奏でるというクールなジャズロックとなっています。マイルス・デイビスがエレクトリックな楽器を用いたアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』の手法に似ていますが、個々の持ち味を生かした変幻自在に繰り広げられるエネルギッシュな演奏は、当時の英国ジャズだけではなくジャズロックの最先端を示しています。マイルス・デイビスの1971年の名盤『ビッチェズ・ブリュー』よりも早くリリースされている点から、このアルバムがどれだけ画期的だったかうかがい知れます。『ビッチェズ・ブリュー』よりも即興的ではありませんが、自然発生的な音楽的相互作用が伴う曲作りに重点を置いており、非常にメロディアスなアンサンブルに昇華しています。1分から5分ほどの曲がメインのオムニバス調の楽曲となっていますが、一瞬、穏やかなようで裏側ではヒリヒリするような緊張感が渦巻いていて、サイケデリックでアヴァンギャルドな面を強調したり、リフの上にホーンを幾重にも重ねていたりするなど、アイデアがしっかりと盛り込まれているのが良いですね。また、品格さがある反面、英国らしい独特の陰影があって、ジャズの形式にとらわれない鮮やかなコントラストを持った作品だと思っています。

 本アルバムからニュークリアスはジャズロック、モダンジャズ、ジャズフュージョンのトップグループとして世界的に活躍していくことになります。1960年代末に形式的だったジャズシーンが崩壊していく流れの中で、いち早くロックやクラシックのミュージシャンを引き入れて、新たなシーンを創り上げた彼らの瑞々しいほどの演奏をぜひ聴いてほしいです。ちなみにジャケットデザインはかのロジャー・ディーンが手掛けているようで、つい先ほどまでしみじみジャケットを眺めておりました。(笑)

それではまたっ!