【今日の1枚】Pablo "El Enterrador"/パブロ・エル・エンテラドール | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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Pablo "El Enterrador"/Pablo "El Enterrador"
パブロ・エル・エンテラドール/ファースト
1983年リリース(1979年録音)

その天上のメロディと技巧的な演奏で
南米最高峰となったシンフォニックロック

 1980年代と遅まきながら極上のシンフォニックロックを生み出したアルゼンチンのプログレッシヴロックグループ、パブロ・エル・エンテラドールのデビューアルバム。そのサウンドは荘厳なARPシンセサイザーやヤマハCP70、ハモンドオルガンを含むツインキーボードとリリカルなギターを中心に、しなやかなリズム隊による技巧的なシンフォニックロックとなっており、まさに天上から舞い降りてくるような奇跡的なメロディが胸打つ南米屈指の傑作となっている。2004年にトリオとなって最新アルバムのレコーディングを行ったものの、2005年にキーボード奏者で作曲家であるホルヘ・アントゥンが亡くなったためお蔵入りとなったが、約10年後の2016年に『スリーフォニック』というタイトルで見事リリースを果たしている。

 パブロ・エル・エンテラドールは、1971年頃にアルゼンチンのサンタフェ州最大の都市ロザリオで結成されたグループである。当時のメンバーはホルヘ・“トゥルコ”・アントゥン(キーボード)を中心に、カルロス・アンドン・ブランドリーニ、フアン・カルロス・サビア、ルベン・ゴルディン、ラロ・デ・ロス・サントスの5人編成であり、グループ名はロザリオの西側にある墓場で墓堀りをしていたパブロという人物にちなんで付けられたという。彼らは欧米のプログレッシヴロックの影響からキーボードをメインにフォークの要素を取り入れた最初期のシンフォニックロックを演奏しており、1973年に開催されたロザリーナ・インディペンデント・ロック・オーガニゼーションの2日目にステージデビューしている。しばらくして何度かメンバーチェンジがあり、ブエノスアイレスに移住したラロ・デ・ロス・サントスの代わりにホセ・マリア・ブランコが加入し、リードヴォーカル、ギター、ベースを兼任。また、キーボード奏者にオマール・ロペス、ドラムスにマルセロ・サリが加入したことで落ち着いている。残ったのはホルヘ・アントゥンただ1人である。この背景には、1976年3月24日に陸軍のホルヘ・ラファエル・ビデラを中心とした軍の高官によるクーデターが発生したことで、アルゼンチンの経済が失墜してしまったのが要因である。多くの若者は失業に追い込まれ、無論、音楽アーティストは演奏どころではなく、家族の為に転職を余儀なくされたという。彼らは軍事政権の下でライヴ活動もままならず、作品の検閲や弾圧に遭う中で、1979年にホルヘ・アントゥンが作曲した楽曲を中心に本アルバムの初レコーディングを行っている。そのレコーディングでは弾圧を行う軍事政権に対する怒りと迫害に遭う民衆の悲哀が込められたと言われている。しかし、録音を行ったもののアルバムリリースまでには至らず、最終的に4年後の1983年にRCAビクターからリリースされることになる。1983年はアルゼンチンで大統領選挙と議会選挙が行われ、急進党が返り咲き、軍事政権が失脚した年である。改めて本アルバムのメンバーと楽器を紹介しておこう。ホルヘ・アントゥン(Oberheim OB-X シンセサイザー、ハモンドオルガン)、オマール・ロペス(ヤマハCP-70、エレクトリックピアノ、ARPプロシンセサイザー、ミニモーグ)、ホセ・マリア・ブランコ(ギター、ベース、ヴォーカル)、マルセロ・サリ(ドラムス)である。軍事政権が確立してから一貫して反体制の立場を取り、多くの民衆から敬愛された彼らのアルバムは、後に南米屈指のシンフォニックロックの名盤として君臨することになる。

★曲目★
01.Carrousell De La Vieja Idiotez(年老いた愚者の回転木馬)
02.Elefantes De Papel(紙の象)
03.Quién Gira Y Quién Sueña(回る者、夢見る者)
04.Ilusión En Siete Octavos(8分の7の幻想)
05.Accionista(株主)
06.Dentro Del Corral(囲いの中で)
07.Espíritu Esfumado(ぼやけた魂)
08.La Herencia De Pablo(パブロの相続)
★ボーナストラック★
09.Celeste Cielo(空のチェレステ)
10.Bananas(バナナ)
11.Se Tu Payaso(お前は道化師)
12.Los Juegos Del Hombre(人類のゲーム)

 アルバムの1曲目の『年老いた愚者の回転木馬』は、エレクトリックピアノのソロから始まり、繊細なドラミングとシンセサイザーが加わり、やや悲哀のあるヴォーカルから、エレクトリックギターを交えた素晴らしいアンサンブルに昇華する楽曲。ジェネシスの『デューク』のピーター・バンクスが弾いているような心地よいキーボードの音色と情感的なギターが響き渡り、爽やかな風を感じるファンタジックな逸品となっている。2曲目の『紙の象』は、ギターとヤマハCP70の電子ピアノ、そして涼し気なコーラスをメインとしたドラマティックな楽曲。アコースティックなタッチの中で華やぐようなキーボードプレイが、まさにトニー・バンクス直系とも言える。そして、変拍子を交えたリズムセクションがより曲に緊迫感を与えている。3曲目の『回る者、夢見る者』は、静謐なエレクトリックピアノをバックにしっとりと感性と感情を込めたヴォーカルが印象的な美しいバラード曲。後半の朗々としたギターが物悲しく、フルートを模したキーボードや流麗なピアノの旋律がセンチメンタルな雰囲気を創り上げている。4曲目の『8分の7の幻想』は、一転してシンセサイザーを駆使したエレクトリックポップ調のインストゥメンタル曲。タイトル通り7拍子で疾走するシンセサイザーの音色に合わせるかのような手数の多いドラミングが素晴らしく、スペイシーな中にほのかなクラシックの妙があるトリッキーな楽曲となっている。5曲目の『株主』は、まるでジェネシスの『デューク』にあるような演劇性とサウンドから幕を開け、シンセサイザーの刻み音をメインとしたドライヴ感あふれる楽曲。前曲とはまた違ったドラミングが印象的である。6曲目の『囲いの中で』は、クラシカルなキーボードが彩った疾走感あふれる楽曲。明快なメロディとなっており、躍動するようなパワフルな演奏が終始展開されている。後半の流麗なエレクトリックピアノによるクラシカルな演奏と天上から降り注ぐようなメロディアスなギターは感動である。7曲目の『ぼやけた魂』は、流麗なエレクトリックピアノと引き締まったリズムセクションをバックに淑やかに歌うヴォーカルが印象的な楽曲。中盤から終盤にかけてシンセサイザーと泣きのギターによるメロディの洪水がある。8曲目の『パブロの相続』は、オルガンとシンセサイザー、そしてミニモーグのベースを中心としたインストゥメンタル曲。多彩なキーボードからなる複数の楽器のパッセージが見事に織り込まれた内容になっている。ボーナストラックの4曲は2011年にリイシューしたベル・アンティーク盤に収録されている楽曲。『空のチェレステ』はエレクトリックピアノとシンセサイザーのツインキーボードを中心とした幻想的な楽曲となっており、シアトリカルなヴォーカルが印象的である。『バナナ』は前曲と似たエレクトリックピアノをメインに据えた情感的なヴォーカル曲となっているが、シンフォニック調にアレンジをしている。『お前は道化師』は、タイトなリズムとシンセサイザーによるポップ調の楽曲。後半は誘われるようなエレクトリックピアノの音色からシンフォニックに展開していく流れが素晴らしい。『人類のゲーム』は、スペイシーなシンセサイザーとシアトリカルなヴォーカルが前面に出た楽曲。それに反して後半の泣きのギターと美しいエレクトリックピアノがどこか悲哀を誘うようである。

 アルバムは商業的に成功し、後に1980年代の南米屈指のシンフォニックロックとして高く評価される。しかし、彼らはレーベル側の支援がほとんど無かったことから、契約を更新せず終了している。彼らは10年以上空白期間を置くが、1995年から1997年にかけてホルヘ・アントゥンを中心に再度メンバーが集まり、セカンドアルバムのレコーディングを行っている。それが1998年にリリースされたグループの最高傑作とされる『2』である。そのアルバムはシンフォニック要素とフォークロアのタッチを加えたプログレッシヴロックとなっており、セバスチャン・ハーディーやキャメルを彷彿とさせる美しいサウンドになっている。2001年に仕事の都合でキーボーディストのオマール・ロペスが脱退。その後、グループはトリオ編成となり、ブエノスアイレスといった都市圏やロザリービーズなどで数回に渡りライヴを行ったという。2004年にはサードアルバムの制作に取り掛かり、ゲストにナウエル・アントゥニャ(ベース)、パブロ・ロペス(ギター)、バウティスタ・カンピシアーノ(バックヴォーカル)を迎えてレコーディングを開始している。しかし、2005年11月2日にレコーディングが終えるその前にキーボード奏者であり、グループの中心的存在のホルヘ・アントゥンが急遽亡くなってしまう。アルバムのリリースは延期となり、2007年3月にグループはサンタフェのパルケ・ウルキサ野外劇場で、ホルヘ・アントゥンを追悼するコンサートを開いたという。長らく眠っていたサードアルバムの音源は、Viajero Inmóvilレーベルからリリースすることが決まり、約10年後の2016年に『Threephonic(スリーフォニック)』というタイトルでリリースを果たすことになる。なお、2018年3月5日には、本アルバムでアントゥンと共にキーボード奏者として活躍したオマール・ロペスも残念ながら死去している。


 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回は遅まきながら一躍南米屈指の名盤として語られることになるアルゼンチンのプログレッシヴロックグループ、パブロ・エル・エンテラドールのデビューアルバムを紹介しました。このアルバムはちょうど、アラスやブブ、エテルニダ、MIAといったアルゼンチンのプログレッシヴロックの作品が紙ジャケでリイシューされた時に手に入れたものです。グループ名が「墓掘りのパブロ」というユニークさも気に入りましたが、ジャケットを良く見ると、軍人や金持ちらしき人たちを農夫が土に埋めているという強烈な絵になっています。これは当時のアルゼンチンの軍事政権に異を唱えていた彼らが、軍人だけではなく軍部にすり寄る金持ちや教会の人たちを痛烈に皮肉ったものだと思います。このジャケットの絵からして、メンバーたちがいかに軍事政権に対して怒りを露わにしていたかがよく分かります。また、このような作品を残すあたり、彼らが多くの民衆から敬愛されていたのも頷けます。

 さて、そんな彼らがデビューアルバムをレコーディングしたのは軍事政権下の真っただ中です。アルバムは緻密なツインキーボードと朗々としたギター、引き締まったリズムセクション、そしてセンチメンタルなヴォーカルなど、ドラマティックでありながらしっとりとした情感と気品さがあふれるシンフォニックロックとなっています。フュージョンタッチのテクニカルかつ流麗な演奏とARPシンセサイザーやヤマハCP70といったシンセサイザーといった楽器を使用しているためか、全体の音像が1980年初頭のサウンドに寄せた感じがします。そのエレクトリックなキーボードやギター、リズムセクションを中心とした演奏は、1980年代のジェネシスと比肩する圧倒的な叙情美と構築美となっている一方で、なかなか緊迫したアンサンブルに舌を巻いてしまいます。ダイナミックな演奏からこれぞアルゼンチンといえる詩情あふれるメロディは、聴いていてゾクゾクします。本アルバムが南米シンフォニックロックの傑作といわれる所以は、洗練された楽曲だけではなくどこか悲哀にも似た胸に迫るメロディにあるからではないかと思います。

 本アルバムはネオプログレが席巻する前の1970年代から1980年代に移行する時代を反映した極上のシンフォニックロックとなっています。繊細にして優美なプログレッシヴなサウンドと軍部弾圧という時代背景の表裏一体が、さらなるメロディとドラマティックな楽曲を盛り上げた奇跡的な1枚をぜひ堪能してほしいです。ちなみにメロディアスな曲とは裏腹に歌詞は辛らつです。

それではまたっ!