【今日の1枚】Luciano Basso/Voci(ルチアノ・バッソ/ヴォーチ) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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Luciano Basso/Voci
ルチアノ・バッソ/ヴォーチ
1976年リリース

酔いしれるほど美しいアンサンブルによる
クラシカルロックの最上級の調べ

 イタリアのヴェネチア出身の作曲家兼キーボード奏者であるルチアノ・バッソが、1976年にリリースした初ソロアルバム。そのアルバムは流暢なピアノをはじめ、温かみのあるヴァイオリンやチェロによる弦楽器、そして音を紡ぐようなギターによるチェンバーロック的手法のあるパートと、荘厳なキーボードによるプログレッシヴなパートを織り交ぜた格調高いクラシカルロックとなっている。さらに優雅なアンサンブルの中で変拍子によるジャジーな展開やテクニカルな演奏もあり、イタリアらしい美しくも大胆なキーボードロックが堪能できる逸品である。

 ルチアノ・バッソはイタリアのヴェネチアでクラシックを好む両親の下で生まれている。10歳からピアノを習い、15歳でヴェネチア音楽院で対位法と作曲を学び、ピアノはゴリーニ教師、作曲はジェンティルッチ教師のもとで研究を続けたという。バッソはその音楽的知識を活かしてヴェネト州にある都市パノヴァでもピアノやハーモニーを教える立場となっている。一方でイタリア内外の様々な室内アンサンブルのための作曲を行い、多くの現代音楽フェスティバルに参加している。彼が作曲した作品はイタリアだけではなく、ドイツやフランス、ギリシャ、スペイン、ベルギーの音楽家たちによって演奏され、数多くのテレビ番組でも放送されたという。作曲家兼音楽家としての知名度を得たバッソは、地元のイタリアのテレビチャンネル(RAI)と協力して文化的および教育的なドキュメンタリー番組の制作に携わるようになり、その頃からポップスやロックなどといった音楽にも手を染めていくようになる。1971年にバッソは自分と同じクラシックの教育を受け、映画やテレビ音楽の作曲をしていたピノ・ドナッジョの薦めで、サイケデリックロックグループであるイル・ムッキオに加入している。イル・ムッキオは1970年に結成された5人編成のグループで、同年に1枚のアルバムをリリースしたもののメンバーの脱退が相次ぎ、新たなラインナップでスタートを切ろうとしたところだったという。新たなメンバーはマウリツィオ・リヴォルテッラ(チェンバロ、クラリネット、ヴォーカル)とルチアーノ・ザナルド(ベース、ヴォーカル)、ロベルト・ファゴット(ヴォーカル、ギター)、フランコ・カラドーリ(ドラム)、そしてルチアノ・バッソ(キーボード)である。作曲はピノ・ドナッジョが担当し、1972年と1973年にそれぞれ2枚のシングルをリリースしている。そのシングルは以前のサイケデリック調のサウンドからオルガン、チェンバロ、ピアノがリードしたシンフォニック調に寄せたサウンドになっており、バッソのピアノやキーボードが活きた内容となっている。グループは1975年に解散してしまうが、イル・ムッキオでの経験は後の彼の音楽活動に大きく活かされることになる。バッソは自身が学んできたクラシックをベースに、複数のキーボードと弦楽器による大胆なアンサンブルはできないかと考え、数ヵ月をかけて作曲。そしてイル・ムッキオ在籍時やかつて制作に携わっていたテレビ番組を通じて演奏メンバーを集めている。メンバーはルチアノ・バッソ(ピアノ、オルガン、メロトロン、エレクトリックピアノ、チェンバロ、クラヴィネット)、マウロ・ペリオット(ベース、コントラバス)、マッシモ・パルマ(チェロ)、ルイジ・カンパラニ(ヴァイオリン)、ミケーレ・ゾルツィ(ギター)、リッカルド・ダ・パー(ドラムス)であり、ミラノのサン・ジュリアーノにあるアリストンスタジオでレコーディングを開始。こうして1976年にアリストンレコードからバッソのデビューアルバムとなる『ヴォーチ』がリリースされる。そのアルバムはエレガントなピアノによる優雅なパートとキーボードを交えたアグレッシヴなパートを織り交ぜたインストゥメンタルであり、ギターや弦楽器の響きを最大限に活かすクラシックの技法を魅せつけた格調高いシンフォニックロックとなっている。

★曲目★
01.Preludio(前奏曲)
02.Promenade I°(プロムナードⅠ)
03.Promenade II°(プロムナードⅡ)
04.Voci(ヴォーチ)
05.Echo(残響)
★ボーナストラック★
06.Mignon(ミグノン)

 アルバムの1曲目の『前奏曲』は、端正なピアノとヴァイオリン、そしてほのかなメロトロンを湛えた美しいメロディから始まる楽曲。反復されるピアノの調べはバッソのトレードマークらしく、シリアスなクラシックというよりもポップ的な明るい感性が漂っている。リードするヴァイオリンとエレクトリックギターは抑制的でありながら非常に瑞々しく、溢れんばかりの叙情性が胸を打つ名曲である。2曲目の『プロムナードⅠ』は、アグレッシヴでテクニカルなオルガンとヴァイオリンのアンサンブルから荘厳なチェンバロのソロになだれ込む楽曲。ここではバッソの複数のキーボードプレイが堪能でき、キーボードロックとしてのツボをしっかりと押さえた内容になっている。3曲目の『プロムナードⅡ』は、キース・エマーソン風の流麗なピアノとベースのリリカルなアンサンブルからオルガンと弦楽器を交えたテクニカルなアンサンブルとなった楽曲。優雅なピアノとアグレッシヴなオルガンプレイを織り交ぜており、シンプルでありながらアンサンブルの妙が聴き取れる。マウロ・ペリオットによるベースのインタープレイが素晴らしい。アルバムのタイトルでもある4曲目の『ヴォーチ』は10分を越える大曲となっており、ハイライト的な楽曲。メロトロンやオルガンを駆使しており、ヴァイオリンをはじめとする弦楽器の上で踊るように奏でるピアノが印象的である。鮮やかなメロトロンを中心としたアンサンブルから一転、クラシカルなアコースティックピアノによるソロが展開される。後にギターやリズム隊が加わり、ミディアムテンポのジャジーなユニゾンとなり、最後までバッソのピアノと他の楽器が絡み合う美しい調べとなっている。5曲目の『残響』は、チャーチオルガンと聖歌隊のようなコーラスによるイントロからピアノとストリングス、そしてメロトロンが鳴り響いた荘厳な楽曲。その後、コーラスとスペイシーな響きのあるギターからリズム隊が加わり、エレクトリックピアノとスライドギターによる速いテンポのジャズロックに展開する。ロック調の中に荘厳なコーラスを織り交ぜた内容は、どこかマイク・オールドフォールドを彷彿とさせる。ボーナストラックの『ミグノン』はスタジオ録音された『プロムナードⅠ』のフレーズを中心としたアンサンブル。リズム隊がバタバタした感があるが、メロトロンの響きは美しい。こうしてアルバムを通して聴いてみると、ヴァイオリンやピアノによる抒情的なクラシカルなパートと荘厳なキーボードをフィーチャーしたプログレッシヴなパートを巧みに織り交ぜた格調高いサウンドになっている。温かみのある弦楽器や音を紡ぐようなギター、テーマのメロディが明快でありながら大胆なフックもあり、それぞれの楽器の響きを活かしたテクニックやセンスはクラシックに素養のあるバッソならでは手腕だろう。

 アーティストとして第一歩を踏み出したバッソのデビューアルバムは高く評価され、本アルバムは後に『ビルボード・ガイド・トゥ・プログレッシヴ』で、クラシックの影響を受けたプログレッシヴロックの傑作の1枚として紹介されることになる。1978年には2枚目となるソロアルバム『コッリ・イル・ジョルノ』では、ピアノを主人公にし、様々な音と交差させたユニークなサウンドとなっており、チェンバーロックとしても価値の高い作品を生み出している。彼はスカラ座の弦楽オーケストラのための2つの前奏曲を委嘱され、バッソ自身の指揮のもとで録音された3枚目のソロアルバム『フラメンティ・トナーリ』を1979年にリリースしている。この頃からかねてから目指していた現代クラシックの音楽に傾倒していくことになる。また、彼は有名なアメリカの作曲家であるテリー・ライリーのキーボード・スタディーズを初めてイタリアで演奏したピアニストであり、多くの作曲家や批評家からの称賛を得たという。バッソは20世紀後半の様々な作曲手順に興味を持つようになり、より自由な音楽言語(協和音への回帰、感情理論への回帰、伝統との関係への回帰)といった探求を行い、異なる分野や経験を融合させた独特の現代音楽を作り上げている。彼は1992年から2004年まで、アリストンレコードでプロデューサー兼クラシック音楽の責任者を務め、多くのコンサート会場でピアノ曲を発表。中でもフランスのヴァランシエンヌ美術館にあるルーベンス・ホールで行われたコンサートでは、唯一のイタリア人音楽家として招待されている。彼は1990年代からサラエボやモスタル、ザグレブ、ラマラ、ベツレヘム、ナイロビといった紛争地域でコンサートや講演を行う国際平和維持活動に参加。イタリアの人権活動家で平和活動家であり、戦争外科医でもあるジーノ・ストラーダとコラボレーションして、危機的状態であることをメッセージにしたビデオを作成している。2000年に入っても精力的に活動を続け、2009年にはイスラエルとパレスチナでツアーを敢行し、エルサレム、ベツレヘム、ラマラの音楽院や大学でコンサートやセミナーを行い、2012年には「自由飛行するピアノ」をテーマとしたFree Flyというツアーを成功させている。2023年にリリースした10枚目となるソロアルバム『To Tell』は、ピアノとヴァイオリン、フルートを組み合わせた室内楽に戻っており、バッソのピアノの連弾によって完成された斬新なアルバムになっている。現在、バッソは『To Tell』の曲を披露するツアーを計画しているという。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はイタリアの現代クラシックの偉大な作曲家でありピアニストでもあるルチアノ・バッソが、キーボーディストとしてデビューした初ソロアルバム『ヴォーチ』を紹介しました。このアルバムは紙ジャケで初めて聴いた作品ですが、もっと室内楽っぽい内容かと思ったら意外とシンフォニックなロックとなっていて、その豊潤な弦楽器とのアンサンブルは個人的に味わい深い優れた作品だと思っています。バッソは今でこそ世界的な現代クラシックの音楽家として知れ渡っているため、本アルバムはどちらかというとマイナーな作品とされてきました。しかし、2004年にイタリア人ミュージシャンとしては唯一、『ビルボード・ガイド・トゥ・プログレッシヴ』で、クラシックの影響を受けたプログレッシヴロックの傑作の1枚として紹介されています。ピアニストである彼がメロトロンやチェンバロ、エレクトリックピアノといった多彩なキーボードを駆使して練り込んだ楽曲の構成は、クラシックの素養だけではなく、西洋音楽の長い歴史を持ったイタリアだからこそ生み出せたサウンドだと思います。

 さて、本アルバムはクラシックからの影響と前衛的な音楽、そしてプログレッシヴな音楽を組み合わせたシンフォニックなインストゥメンタルです。タイトルの『Voci』とはイタリア語で「声」のことです。アルバムの曲はインストゥメンタルですが、まさに楽器そのものが叫び、囁き、語るような美しいアンサンブルになっています。キース・エマーソンやリック・ヴァン・ダー・リンデンのような攻撃的でアグレッシヴなキーボードプレイとは違い、非常に抑制的なキーボードプレイになっています。どちらかというと他の弦楽器と交わるようにアンサンブルに徹した内容になっていて、エレガントなピアノを中心に反復表現などといった後の現代クラシック音楽家らしい一面を覗かせています。一方でメロトロンやチェンバロを巧みに使いこなし、テクニカルで踊るようなアプローチのエレクトリックピアノの演奏があり、意外とスリリングなキーボードロックらしい一面があるのが面白いです。突然、曲調やテンポが大胆に変化するのはイタリアンロックならではというところでしょうか。

 本アルバムは現代音楽家であるルチアノ・バッソが、ピアノをはじめとする多彩なキーボードと弦楽器によるチェンバーロックの手法を用いたシンフォニックな作品です。プログレッシヴロック好きはもちろん、ピアノやクラシック音楽が好きにオススメです。個人的にはもっと評価されても良いアルバムだと思います。

それではまたっ!