【今日の1枚】Raymond Vincent/Metronomics | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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ロック(プログレ)を愛して止まない大バカ…もとい、音楽が日々の生活の糧となっているおっさんです。名盤からマニアックなアルバムまでチョイスして紹介!

Raymond Vincent/Metronomics
レイモンド・ヴィンセント/メトロノミクス
1972年リリース

IZARRAというフレンチリキュールの
特典として少数配布された幻のアルバム

 後に弦楽器とロックを融合した多国籍ロックオーケストラ、エスペラントを結成するヴァイオリニスト、レイモンド・ヴィンセントが1972年に発表した唯一のソロアルバム。そのアルバムは弦楽器によるバロック調のクラシカルな室内楽を中心に、オルガンロックやジャズといった多彩な楽曲を散りばめたヴァイオリン・オリエンテッドな作品となっている。本アルバムはエスペラント結成以前に、IZARRAというフランスのバスク地方のお酒を宣伝するために特典(非売品)として企画、配布されたもので、数百枚という少なさからマニアの間では激レアとされてきた貴重な作品でもある。

 エスペラントのリーダーとして知られるヴァイオリン奏者兼作曲者のレイモンド・ヴィンセントは、ベルギーのブリュッセル出身で7歳の頃からヴァイオリンを学んでいる。父もヴァイオリニストで毎日数時間もの練習を行っていたと言われ、17歳の時にはブリュッセルで最初の音楽学校賞を受賞。その後もエドアルド・デルー賞や政府褒章、ブリュッセル市のメダルなど数十もの賞を獲得している。兵役後はベルギーの国立交響楽団の第一ヴァイオリン奏者として活躍し、クラシックだけでは飽き足らず、週末になるとポップグループに参加して演奏していたという。この時にプラグマティック・セクションと名乗り、後に16thセンチュリーと名を改めて活動しながら初のシングルをリリースしている。そしてシルベスター・チームと名を変えた時に、ベルギーの国立交響楽団の同胞だったジャック・ナモット(チェロ)に声をかけ、女性シンガーであるアリアンヌ・ビュイとのグループ、ストラディバリウスに参加。その後、ナモット共にクリスティアン・ヤンセンス(ベース)、シルヴァン・ヴァン・ホルム(ギター、ヴォーカル)、フレディ・ニウランド(ドラムス)、マイク・エルエ(キーボード)をメンバーに加えたウォレス・コレクションを1968年に結成する。グループ名は紹介されたEMIレコード会社の隣にあった美術館から採ったと言われている。デビューアルバムとなった『Laughing Cavalier』は、アビー・ロード・スタジオで録音され、1969年にリリース。シングルカットされた『Daydream』は、レイモンドの作曲によるもので世界21ヵ国でヒットし、ベルギーではシングルチャートで1位を獲得している。150万枚以上を売り上げたこのシングルの成功を受けて、パリのオランピア劇場を皮切りに、欧州や東欧、アメリカ、南米といった世界ツアーを実現。フェスティバルでは常に賞を受賞し続け、1970年にはフランスのミシェル・シモン監督の映画の『La Maison』やボリス・スズルジンガー監督の映画『Isabelle,Ma Fille』、シャルル・アズナブル監督の映画『Le Beau Monstre』、アニメーション映画『Democratia』のサントラも手掛けている。ウォレス・コレクションはその後もシングルでヒットを飛ばしていたが、先の『Daydream』には及ばず、アートロックやプログレッシヴロックの登場もあって最終的に1971年に解散することになる。

 グループ解散後のレイモンド・ヴィンセントは、さらに冒険的な音楽を取り組むために、1971年にオフ・ブロードウェイのミュージカルでピアノを弾いていたブリューノ・リーベルと出会い、新たなグループであるエスペラントを結成する。2人は英国やオーストラリア、ハワイ、ニュージーランドのミュージシャンを集め、弦楽器セクションを含めた9人からなるロック・オーケストラを目指したデビューアルバム『エスペラント・ロック・オーケストラ』を1973年にリリースすることになる。その1年ほど前の1972年にレコード会社であるA&Mと契約をした頃、レイモンド・ヴィンセントにフランスのバスク地方の著名なリキュール会社からある企画が打診される。それはヴェドレンヌという酒造会社からIZARRAという新たなリキュールブランドのプロモーションとしてアルバムを制作してほしいというものだった。そのアルバムはIZARRAのお酒を購入した人向けの特典としたもので市場には配布されない非売品だったという。しかし、レイモンド自身にとっては初のソロ作品であり、また、新たなグループであるエスペラントのロックオーケストラが通用するかどうかを試す絶好の機会として受け入れることになる。彼は早速メンバーにブリューノ・リーベル(キーボード)をはじめ、後のエスペラントのメンバーとなるトニー・マリッサン(ドラムス)、ジーノ・マリッサン(ベース)、ブライアン・ホロウェイ(ギター)、トニー・ハリス(ヴィオラ)、ゴッドフリー・サーモン(第二ヴァイオリン)、そしてヴォーカルにグレン・ショーロック、キース・クリスマス、ブリジット・デュ・ドワ、さらにストリングスにクイーン・エリザベス・チャペルを迎え入れている。こうして全曲をレイモンド自身が手掛け、自身がプロデュースを担当したレコーディングを行い、ソロアルバム『メトロノミクス』を完成させている。そのアルバムはレイモンドのクラシカルなヴァイオリンを筆頭としたバロック調の弦楽曲から、ジャズやオルガンハードロックといった多彩な楽曲が散りばめられており、また後のエスペラントのロックオーケストラを想起させるメロディアスでムーディーな作品となっている。

★曲目★
01.Blue Prayer For Cello In Love(ブルー・プレイヤー・フォー・チェロ・イン・ラヴ)
02.La Danse Du Canard Sauvage(野鴨の踊り)
03.Mouvement Pour Archet(弓の動き)
04.Mary Jane(メリー・ジェーン)
05.Isabelle (Musique Du Film "Isabelle")(イザベル “映画『イザベル』より”)
06.La Mouette(カモメ)
07.Les Plutoniens(冥王星)
08.Pouring Rain(土砂降りの雨)
09.Adagio Pour Cordes(弦楽のためのアダージョ)
10.Do It Now While You Can(ドゥ・イット・ナウ・ホワイル・ユー・キャン)
11.I Ain't Got No Time(アイ・エイント・ゴット・ノー・タイム)
★ボーナストラック★
12.Walking In The Bach’s World(ウォーキング・イン・ザ・バックス・ワールド)
13.Pictures Of The Girl I Loved(ピクチャーズ・オブ・ザ・ガール・アイ・ラヴド)

 アルバムの1曲目の『ブルー・プレイヤー・フォー・チェロ・イン・ラヴ』は、アコースティックギターとヴァイオリンの協奏曲から始まり、オルガンを加えたレイモンドの優雅なヴァイオリンソロが印象的な楽曲。2曲目の『野鴨の踊り』は、一転してジプシースタイルのユーモラスな楽曲となり、まさに喧騒の中で踊るようなピアノやヴァイオリンの演奏が楽しく感じられる逸品。3曲目の『弓の動き』は、ヴィオラやチェロ、ヴァイオリンといった弦楽器のみで構成された1分余りの室内楽。切れ目なく繋がる4曲目の『メリー・ジェーン』は、ヴァイオリンやフルートをバックにしたヴォーカル曲。ポップでありながらクラシカルな雰囲気は、かのウォレス・コレクションにも通じる。5曲目の『イザベル』は、ボリス・スズルジンガー監督の映画『イザベル』のサントラ曲でありテーマ曲。攻撃的なヴァイオリンの響きと柔らかなピアノやフルートの響きが対象的で、プログレ的なブリューノのオルガンソロをフィーチャーした哀愁のヴォーカル曲である。6曲目の『カモメ』は、アコースティックギターとヴァイオリン、そしてピアノやオルガンが牧歌的な雰囲気を誘う楽曲。ストリングスをバックに伸びやかなヴァイオリンとオルガンのアンサンブルは美しいのひと言である。カモメに模したヴァイオリンの音が哀愁的だ。7曲目の『冥王星』は、英国のエッグ風のハードなオルガンとタイトなリズムセクションを中心としたプログレッシヴな楽曲。エフェクトをかけたヴォーカルやスリリングなレイモンドのヴァイオリンが面白い。8曲目の『土砂降りの雨』は、華麗なクラシカルなヴァイオリンとアコースティックギターをバックにした美しいヴォーカル曲。柔らかなヴァイオリンの響きが素晴らしく、レイモンドがクラシック出身であることが良く分かる楽曲である。9曲目の『弦楽のためのアダージョ』は、こちらもクラシカルなヴァイオリンをフィーチャーした楽曲。第二ヴァイオリニストのゴッドフリー・サーモンとの哀愁のあるヴァイオリンの調べが印象的である。10曲目の『ドゥ・イット・ナウ・ホワイル・ユー・キャン』は、ヴォーカリーズから始まり、後にヴァイオリンやオルガンを加えたファンキーなハードロック。忙しいリズムセクションに合わせたヴァイオリンがなかなかテクニカルである。11曲目の『アイ・エイント・ゴット・ノー・タイム』は、アコースティックギターとオルガンをバックにしたクラシカルロックとなっており、哀愁を誘う落ち着いたヴォーカルが優しい気持ちにさせてくれる楽曲。ボーナストラックの2曲は、レイモンドがウォレス・コレクションを結成する前に、チェロ奏者のジャック・ナモットと共に女性シンガーであるアリアンヌ・ビュイと一時的に結成したストラディバリウス時代の楽曲である。こうしてアルバムを通して聴いてみると、クラシック畑であるレイモンドのヴァイオリンが中心となっているが、オルガンロックやジャズ、ファンクといった多彩な楽曲が散りばめられており、彼の作曲家としての才能を遺憾なく発揮したアルバムになっていると思える。中でもブリューノ・リーベルによるオルガンやピアノをフィーチャーしている曲が多く、あえて彼のキーボード奏者としての腕前を披露させている点が、クラシックに固執しないレイモンドの柔軟な音楽スタイルが垣間見えるようである。

 特典として配布された本アルバムは好意的に受け入れられ、評判は上々だったという。キーボードを演奏したブリューノ・リーベルは、このアルバムでエスペラントの結成に前向きになったと言われている。ソロアルバムのメンバーがそのままエスペラントのメンバーとなり、元クリフ・リチャーズのバックシンガーであるジョイ・イェーツやジャニス・スレーター、チェロ奏者にティモシー・クレーマーが加入している。こうして1973年にデビューアルバム『エスペラント・ロック・オーケストラ』がリリースされて好評を博し、その後は英国ではシャ・ナ・ナの前座として、欧州ではストローブスの前座として活躍することになる。1974年のセカンドアルバム『死の舞踏』は、元キング・クリムゾンのピート・シンフィールドをプロデューサーに迎えて制作されている。リリース後はマグマの前座として英国でツアーを行い、その後に大幅なメンバーチェンジを行い、1975年のサードアルバム『ラスト・タンゴ』をリリースする。しかし、英国や欧州のツアーも大成功し、アルバムの売り上げも高かったにも関わらず、A&Mは契約の更新を拒否。結果としてグループは解散を余儀なくされてしまう。レイモンドはグループの活動に終止符を打ち、作曲家として専念することになる。残りのメンバーは主にセッションミュージシャンとして活躍するが、その中でもセカンドアルバムで脱退したヴォーカリストのグレン・ショーロックは、オーストラリアで大成功を収めるリトル・リバー・バンドの結成メンバーとして名高い。レイモンドはその後も作曲家としてシルヴィー・ヴァルタンやホウイー・Bを含む様々なアーティストに曲を提供し、さらにサントラなどを手掛けながら2000年以降も活動を続けたという。2005年に元メンバーが集まってエスペラントが再結成されたが、そこにレイモンド自身は参加していない。それだけグループとしての活動に嫌気を差していたのだろう。そんな天才ヴァイオリニストで作曲家であるレイモンドだが、ベルギーの国立交響楽団の若き第一ヴァイオリン奏者として数々の賞を受賞し、ウォレス・コレクションで世界的な大ヒットとなった名曲『Daydream』をリリースし、エスペラントでロックオーケストラを実現するという素晴らしい功績を残してきたが、残念ながら2018年に死去している。その後、追悼の意味を込めて、2019年に彼の初ソロアルバム『メトロノミクス』がベル・アンティークよりSHM-CDとしてリイシューされている。本アルバムはレイモンド自身が提示していたロックグループの中でクラシックミュージシャンが演奏するという、新たなスタイルが見事にマッチした優れた作品であることが聴いていて良く分かる。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回は後に多国籍ミュージシャンによるロックオーケストラを実現するエスペラントのリーダーであり、ヴァイオリン奏者のレイモンド・ヴィンセントの初ソロアルバム『メトロノミクス』を紹介しました。本アルバムは元々、IZARRAというフランスのバスク地方のお酒を宣伝するために特典として企画、配布されたものです。つまり、非売品です。ちなみにIZARRA(イザラ)とはバスク語で「星」を意味するそうで、お酒好きの方にとっては食後のリキュールやカクテルに入れたりするなどで知られている結構有名なブランドみたいですね。そんな1,000枚にも満たないアルバムだったため、当然激レア化するのは火を見るよりも明らかですが、同年にイタリアのProduttori Associatiという小レーベルからリリースされていて、市場には出ているみたいです。しかし、イタリア以外の欧州はそのアルバムが存在していたことすら知らず、その後、そのイタリアのレーベルは1977年に倒産してしまって廃盤となり、本当にマニアでしか知らない貴重なアルバムであったと思われます。2003年に韓国のM2Uレコードから初CD化を果たしていて、2018年にレイモンド・ヴィンセントが亡くなったのを機に、ベル・アンティークから2曲のボーナストラックを収録したSHM-CD化したのはお伝えした通りです。前回、本レビューでエスペラントの『死の舞踏』を紹介しましたが、そこでもレイモンド・ヴィンセントの非売品のソロアルバムに触れています。個人的に気になっていましたが、2019年にSHM-CDとしてリイシューされていることを知ってアワワとなり、さらに先月に中古CDショップで本アルバムを発見するというヤホーイッな流れもあって、今回紹介することにあいなりました。いや~、これが本来非売品でマニアの間で高く取引をされていたアルバムだったのか~と感慨深いです。

 さて、アルバムの方ですが、レイモンドのクラシカルなヴァイオリンを中心としたバロックやジャズ、オルガンロック、ファンクといった多彩な楽曲を収録したオリエンテッドな作品となっています。強いて言うのであればプログレッシヴというよりもイージーリスニングに近いと思います。このアルバムを聴いて思ったのが、クラシック出身であるレイモンドの作る曲が、非常に幅広いポップセンスを持っていることです。ちょうどバロックポップとヴァイオリン主導のサイケプログレの中間に位置している感じがします。ストリングスを加えたアレンジとソングライティングは素晴らしく、様々なインストゥルメンタルの曲がカジュアルなリスナー以外にも深みを与えています。最終的にエスペラントでレイモンドが提示するロックミュージシャンとオーケストラミュージシャンの融合という形で開花しますが、すでにそのスタイルは本アルバムで実現している気がします。

 本アルバムは、レイモンド・ヴィンセントによる非常にリラックスしたメロディックなヴァイオリン主導の幻の作品です。初期の英国のオルガンロックやサイケデリックロックといった楽曲好きにはおススメの1枚です。

それではまたっ!