【今日の1枚】Caravan/Waterloo Lily(ウォータールー・リリー) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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Caravan/Waterloo Lily
キャラヴァン/ウォータールー・リリー
1972年リリース

管弦楽器の導入でよりジャズロック色を強め
グループの新たな一面を覗かせた傑作アルバム

 1960年代後半からソフト・マシーンと並んでカンタベリーミュージックの一翼を担ってきた、1972年リリースのキャラヴァン4枚目のアルバム。そのサウンドは前作よりも管弦楽器を大胆に導入し、また脱退したキーボード奏者のディヴ・シンクレアの代わりにジャズピアニストであるスティーヴ・ミラーが新たに加わったことで、キャラヴァンの全アルバム中もっともジャズロック色の強い作品になっている。ジャズ的なアプローチに裏付けられた変幻自在なサウンドと、その圧倒的ともいえるスケール感に、カンタベリーミュージックだけではなくジャズロックの傑作として、現在再評価されつつあるアルバムである。

 キャラヴァンは1968年に結成されたグループだが、その母体はカンタベリーシーンで重要な存在として知られるワイルド・フラワーズである。ワイルド・フラワーズは1964年にブライアン・ホッパー(サックス)、ヒュー・ホッパー(ベース)、リチャード・シンクレア(ヴォーカル、ベース)、ケヴィン・エアーズ(ヴォーカル)、ロバート・ワイアット(ヴォーカル、ドラムス)によって結成され、後にメンバーチェンジを経てディヴ・シンクレア(キーボード)、パイ・ヘイスティングス(ヴォーカル、ギター)、リチャード・コフラン(ドラムス)が加わりながら活動をしてきたグループである。しかし、先に脱退したケヴィン・エアーズとロバート・ワイアットはソフト・マシーンを結成し、そのグループにヒュー・ホッパーが加わったことで、1967年にワイルド・フラワーズは活動を停止。キャラヴァンはその残ったメンバーによって結成されたグループである。キャラヴァンはソフト・マシーンと共にカンタベリーミュージックの雄として後に活躍していくが、カンタベリー特有のジャズロック趣味は、キャラヴァンの方に継承されていくことになる。1968年10月に契約したヴァーヴからファーストアルバム『キャラヴァン』を発表するが、リリースして1ヵ月も経たないうちにMGM/ヴァーヴのイギリス部門が閉鎖し、アルバムの出荷も止まるという不運に見舞われる。グループは一度解散も考えたというが、新たにテリー・キングというマネージャーを得たことで大きな転機を迎える。テリー・キングはワーナーをはじめとした様々なレコード会社と交渉する一方、グループには多くのライヴコンサートの機会を作っていたという。そのため、ロンドンのライシーアム・シアターで演奏するキャラヴァンを見ていたデッカレコードのアート部門の従業員だったデヴィッド・ヒッチコック(後にジェネシス、ピンク・フェアリーズ、キャメルをプロデュース)が上司に勧めたのがきっかけとなり、デッカレコードと契約することに成功している。そして1970年9月にテリー・キングとグループの共同プロデュースによるセカンドアルバム『キャラヴァン登場』をリリース。後にキャラヴァンはカレッジツアーの人気グループとなり、多くのギグやコンサートを行うようになっている。こうした中、1971年にデッカレコードは新進気鋭のグループを輩出するために、新たにプログレッシヴ・レーベルであるデラムを設立。同年にリリースされたサードアルバム『グレイとピンクの地』は、デラムのデラックスシリーズ(ゲイトホールドジャケット仕様)の1番目となる記念碑的な作品となっている。

 サードアルバムはこれまでやや難解でアヴァンギャルドなジャズロックから親しみやすいポップなジャズロックとなり、キャラヴァンはカンタベリーミュージックの雄となっただけではなくプログレッシヴロックの新星として一躍脚光を浴びることになる。しかし、その人気をさらに本格的にしようとした矢先にキーボード奏者のディヴ・シンクレアが、ソフト・マシーンを脱退したロバート・ワイアットが結成したマッチング・モウルに加入するために脱退してしまう。キャラヴァンの音楽性を担っていたディヴ・シンクレアの脱退は、グループに一度は暗い影を落としたが、すぐにリチャード・シンクレアの紹介でジャズの素養のあるスティーヴ・ミラーが招かれる。スティーヴ・ミラーは後のハットフィールド&ザ・ノースのギタリストとなるフィル・ミラーの兄であり、兄弟と共に1960年代にデリヴァリーというグループで活躍していたミュージシャンである。そのグループにはドラマーのピップ・パイルも在籍しており、デリヴァリーが後にハットフィールド&ザ・ノースの母体であることはよく知られている。彼はデリヴァリーを経てブリティッシュブルースの父アレクシス・コーナーに認められたピアニストとして活躍しており、その腕前は英国でも評価が高い。そんなスティーヴ・ミラーが加入し、1971年11月からトリントンパークスタジオを中心にレコーディングか開始され、1972年5月29日にリリースされたのが、4枚目となるアルバム『ウォータールー・リリー』である。ワーリッツァーピアノを弾くスティーヴ・ミラーと、彼の親友であるサックス奏者のロル・コックスヒルがゲストとして招かれ、キャラヴァン史上もっともジャズロック色の強くなった作品となる。

★曲目★
01.Waterloo Lily(ウォータールー・リリー)
02.Nothing at All(ナッシン・アット・オール)
 a.It's Coming Soon(イッツ・カミン・スーン)
 b.Nothing at All~Reprise~(ナッシン・アット・オール~リプライズ~)
03.Songs and Signs(ソングス・アンド・サインズ)
04.Aristocracy(貴族)
05.The Love in Your Eye(瞳の中の愛)
 a.To Catch Me a Brother(キャッチ・ミー・ア・ブラザー)
 b.Subsultus(サブサルタス)
 c.Debouchement(デバウチメント)
 d.Tilbury Kecks(ティルバリー・ケックス)
06.The World Is Yours(ザ・ワールド・イズ・ユアーズ)
★ボーナストラック★
07.Pye's June Thing(パイズ・ジューン・シングス)
08.Ferdinand(ファーディナンド)
09.Looking Left, Looking Right(ルッキング・レフト、ルッキング・ライト)
 a.Pye's Loop(パイズ・ループ)

 アルバムの1曲目のタイトル曲『ウォータールー・リリー』は、ポップ色の強いリチャード・シンクレアの気品あるヴォーカルとスティーヴ・ミラーのエレクトリックピアノをメインにした楽曲。キャッチーでメロウな曲でありながら、バックは以外にも複雑なリズムを刻んでおり、ジャズロック的なアプローチが見え隠れした逸品である。2曲目の『ナッシン・アット・オール』は、2曲が連なった内容になっている。前半はスティーヴ・ミラーのワーリッツァーピアノ、ゲストとして参加した弟のフィル・ミラーのギター、そしてロル・コックスヒルのソプラノサックスが活躍するジャズ要素の強い楽曲。インプロゼーション的というよりもアンサンブル重視であり、比較的モダンで軽やかなジャズ演奏を披露している。後半はリズム隊を抑えたリリカルなピアノジャズから、エレクトリックピアノとワウギター全開の緊張感あふれるジャズロックに変貌する。3曲目の『ソングス・アンド・サインズ』は、スティーヴ・ミラーが手掛けた曲であり、エレクトリックピアノとトーンを抑えたヴォーカルをメインにしたメロディアスな楽曲。優雅ともいえるエレクトリックピアノの響きを活かすような美しいギターと端正なリズムセッションが印象的である。4曲目の『貴族』は、ギターとハモンドオルガンがリードする英国然としたメロディが心地よいヴォーカル曲。後半では手数の多いドラミングと伸びのあるギターがあり、単なるポップでは終わらないジャズロックグループらしさを出している。5曲目の『瞳の中の愛』は、4楽章からなる組曲形式になっており、バリー・ロビンソン(オーボエ)、マイク・コットン(トランペット)、ジミー・ヘイスティングス(フルート)がゲスト参加したオーケストレーション的な要素のある楽曲。ストリングスを駆使したイントロからパイ・ヘイスティングスのジャジーなギターとスティーヴ・ミラーのハープシコードやエレクトリックピアノが饒舌であり、スケール感のあるロックシンフォニーを作り上げている。6曲目の『ザ・ワールド・イズ・ユアーズ』は、アコースティックな弾き方をするエレクトリックギターと囁くようなヴォーカルが印象的なポップな楽曲。優しさに満ちあふれた曲であり、キャラヴァンの普遍的なメロディセンスが色濃く出た内容になっている。ボーナストラックの3曲は、2001年のデジタルリマスター化した際に追加されたもの。いつ録音されたものか不明だが、シンプルなアコースティック曲になっており、本アルバムとは趣が異なる作風になっている。こうしてアルバムを通して聴いてみると、ジャズの素養のあるスティーヴ・ミラーのキーボードと管弦楽器を導入したことにより、これまでのキャラヴァンとはひと味違う、さらに広がりのあるジャズロックを提示した作風になっている。パイ・ヘイスティングスのギターをはじめ、全体的に演奏レベルは上がっており、洗練されたスティーヴ・ミラーの鍵盤楽器とのバランスがとてつもなく美しく仕上がっている。

 アルバムはジャズに焦点を当てた作風になっているため、キャラヴァンのファンからは賛否両論を呼んだが、後にグループの新たな一面を覗かせた作品として高く評価されることになる。キーボード奏者のスティーヴ・ミラーは本アルバムリリース後にグループから離れ、リチャード・シンクレアと共に、かつて在籍していた元デリヴァリーのフィル・ミラーとロル・コックスヒルと合流。後にディヴ・スチュワートを加えたハットフィールド&ザ・ノースというグループが誕生することになる。残ったメンバーはヴィオラとフルートを担当するジェフ・リチャードソンを加えて乗り切り、脱退後にマッチング・モウルとハットフィールド&ザ・ノースで演奏してきたディヴ・シンクレアが復帰。そして新たなベーシストにジョン・G・ペリーが加入し、1973年10月に5枚目のアルバム『夜ごとに太る女のために』をリリースする。後にメンバーチェンジを繰り返しながら、1974年4月にフルオーケストラと共演したライヴアルバム『キャラヴァン&ニュー・シンフォニア』、1975年7月には全米チャート入りを果たした7枚目のアルバム『ロッキン・コンチェルト』といった傑作をリリースし、キャラヴァンの黄金期とも言える5年に及んだデラムとの契約を満了している。


 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はキャラヴァン史上もっともジャズ色の強い4枚目のアルバム『ウォータールー・リリー』を紹介しました。キャラヴァンのレビューは『グレイとピンクの地』に次いで2枚目となります。デラム時代のキャラヴァンのアルバムはどれも特色がありますが、実は『ウォータールー・リリー』は個人的に一番好きなアルバムでもあります。3枚目の『グレイとピンクの地』と5枚目の『夜ごとに太る女のために』の人気は依然と高く、その間にリリースされた本アルバムはグループのカラーを変えたという理由でなかなか支持を得られなかったそうです。やはりカンタベリーミュージックシーンで5指に入るキーボード奏者であるディヴ・シンクレアがいたかいないかの差は大きかったということです。とはいえ、ジャズロックというジャンルの可能性を広げたスティーヴ・ミラーのキーボードは美しく、洗練されたメンバーのテクニックも相まって、ここ最近になって再評価されるようになったと言われています。個人的には好きなアルバムなので、評価が高まりつつあることに嬉しく思います。

 さて、本アルバムはそんなスティーヴ・ミラーのジャズ要素の強いキーボードが聴ける内容になっていますが、よくよく聴いてみるとディヴ・シンクレアのファズトーンの効いたオルガンが無くなったぶん、パイ・ヘイスティングスのジャジーなギターが明瞭というか非常に冴えているのが分かります。それ以上にリチャード・シンクレアのベースの自己主張ぶりが強く、もしかしたらリチャードのベースが本アルバムのジャズ色を強めているのではないかと思ってしまうほど強烈です。一番の聴きどころは、華麗でモダンなジャズロックを披露した2曲目の『ナッシン・アット・オール』で、この曲での緊張感あふれるアンサンブルは素晴らしいのひと言です。ここでは抑揚のある弟のフィル・ミラーのギターを聴くことができます。また12分に及ぶ5曲目の組曲『瞳の中の愛』は、ストリングスと管弦楽器を使用したオーケストラ風の楽曲にしていて後のグループの方向性が見て取れます。個人的には4曲目の『貴族』の抜群のメロディセンスも聴き逃せません。全体的に難解な曲はほとんどなく、ジャズロックを標榜しつつも英国然としたメロディがちゃんと本アルバムでも活きています。いまだにキャラヴァンがカンタベリーミュージックでも愛され続けているのは、楽曲自体に誰もが親しみが持てる普遍性を貫いているからだろうと思います。

 アルバムのジャケットは18世紀の英国の画家、彫刻家、風刺画家、または社会評論家でもあるウィリアム・ホガースが描いた「A Rake's Progress」の3番目の酒場のシーンの一部をモチーフにしたものです。クラシカルな美しさのあるジャケットですが、実はコベント・ガーデンの有名な売春宿のパーティーを描いたシーンだそうです。財産を手に入れた者の行く末を物語っているそうですが、こういったアクの強さやユーモアこそ、カンタベリーミュージックらしいな~と、つい思ってしまいます。

それではまたっ!