【今日の1枚】Hatfield and the North/ハットフィールド&ザ・ノース | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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ロック(プログレ)を愛して止まない大バカ…もとい、音楽が日々の生活の糧となっているおっさんです。名盤からマニアックなアルバムまでチョイスして紹介!

Hatfield and the North/Hatfield and the North
ハットフィールド&ザ・ノース/ファースト
1974年リリース

英国然としたユーモア感覚と緻密に構築された
アンサンブルが絶妙なHF&Nのデビュー作

 スティーヴ・ミラー、フィル・ミラー、ピップ・パイル、リチャード・シンクレアらが中心となって活動していたデリヴァリーというR&Bグループに、ディヴ・スチュワートが加入したことで結成されたハットフィールド&ザ・ノースのデビューアルバム。そのサウンドは実に緻密でかつテクニカルなジャズロックでありながら、難解さや重さを感じさせず、カンタベリーミュージック特有のユーモアとメロディが滑らかに展開していく内容になっている。集合離散を繰り返すカンタベリーシーンにおいて奇跡のグループと評され、セカンドアルバム『ザ・ロッターズ・クラブ』と共に、今なおカンタベリーミュージックを語る上で欠かせない名盤となっている。

 ハットフィールド&ザ・ノースの結成は、枝分かれしていた数本の道が合流して出来上がったグループと言っても過言ではない。本流はエセックス州ソーブリッジワースという町で、遊び仲間だったピップ・パイル(ドラムス)とフィル・ミラー(ギター)、そして兄のスティーヴ・ミラー(ピアノ)が、10代の頃にベーシストのジャック・モンク、シンガーのデス・フィッシャーが加えて結成したBRUNOS BULES BANDから始まる。地元ではR&Bを基調とした演奏で話題となり、ピップがイベント企画を行い、兄のスティーヴが「ランブリン・ジャックス・ブルース・クラブ」という店をオープンし、そのクラブのステージで毎日のように演奏をしていたという。1968年に兄のスティーヴ・ミラーがブリティッシュ・ブルースの父アレクシス・コーナーに認められ、デュオで活動することになり、当時まだ無名だったロバート・プラントをヴォーカルに起用してレコーディングを行った音源『Operator』を収録している。後にBRUNOS BULES BANDからデス・フィッシャーが脱退して、サイモン・リーが加入。さらにサックス奏者のロル・コックスヒルも参加するようになる。しかし、後にサイモン・リーが脱退したことで、ヴォーカルはスティーヴ・ミラーが兼任することになったため、1968年7月にグループ名をスティーヴ・ミラーズ&デリヴァリーと改名している。この時、ランブリン・ジャックス・ブルース・クラブに出入りしていたキャロル・グライムスという女性シンガーのいたバビロンというグループが解散したことを知ったメンバーは、アプローチをかけて見事彼女を獲得。すでにデビューしていた彼女の加入は、レコード会社との橋渡しとして重要な意味を持っていたという。後にグループはロバート・スティグウッドとマネジメント契約を結ぶが、ベーシストのジャック・モンクが脱退。アレクシス・コーナーの助言でロイ・バビントンが加入してレコーディングを行い、1970年11月にスティーヴ・ミラーズ&デリヴァリー名義でデビューアルバム『フールズ・ミーティング』をリリースする。しかし、リリース後の1971年初頭にドラマーのピップ・パイルが、ゴングに加入するために脱退し、続いてキャロル・グライムスも脱退したため、デリヴァリーは解散することになる。ちょうどその頃に元ソフト・マシーンのロバート・ワイアット、元キャラヴァンのディヴ・シンクレアを中心としたマッチング・モウルが始動しており、ギタリストのフィル・ミラーが抜擢。兄のスティーヴ・ミラーは脱退したディヴ・シンクレアの後任としてキャラヴァンに加入することになる。スティーヴはキャラヴァンの活動の合間に旧友のロル・コックスヒルと『ミラー/コックスヒル』というアルバムを制作しており、そのレコーディングにフィル・ミラー、ピップ・パイル、そしてキャラヴァンのヴォーカル&ベーシストのリチャード・シンクレアが参加。このコラボレイションが成功したことで、1972年にリチャードとスティーヴは揃ってキャラヴァンを脱退し、新たなグループ結成へと動き始める。最初はデリヴァリー再結成として、1972年7月にバークレイ・ジェームス・ハーヴェストらと共にフェスティバルに参加。9月にはマッチング・モウルを脱退したフィル・ミラーやゴングを脱退したピップ・パイルも合流。本格的にデリヴァリー始動かと思われたが、10月にスティーヴ・ミラーがロル・コックスヒルやローリー・アレンらとツアーに出てしまい、残ったメンバーはマッチング・モウルのディヴ・シンクレアに声をかけて加入させている。この残ったメンバーで結成したグループが、ハットフィールド&ザ・ノースである。

 そしてもうひとつの流れは、元エッグのディヴ・スチュワートの加入だろう。ディヴ・スチュワートのクラシカルなエッセンスのキーボードは、ジャズロックを標榜する彼らの音楽性に新たな風を吹き込むことになり、後のカンタベリーシーンで中心的な役割を担うミュージシャンである。1973年の初頭からハットフィールド&ザ・ノースと改名した彼らは、経済的な理由で日銭を稼ぐために精力的にツアーを行い、ライヴステージ上で試行を経ながら楽曲を完成させる方法論でアルバム用の曲を制作していったという。ハットフィールド&ザ・ノースのファーストアルバムにあたる収録曲は、ほとんど完成していたが、1973年春にディヴ・シンクレアが脱退。メンバーはキーボーディストのオーディションを行い、そこにはアラン・ゴーウェン、元エッグのディヴ・スチュワートが応募している。最終的にはディヴ・スチュワートが加入し、一方のアラン・ゴーウェンは自らのグループ、ギルガメッシュを結成することになる。こうして4人編成となった彼らは、今度はオランダを中心に精力的にツアーを行い、1973年6月にヴァージン・レコードと契約。10月にはマナー・スタジオで本アルバムのレコーディングを開始している。このレコーディングにはディヴ・スチュワートと伴侶となるバーバラ・ガスキン、アマンダ・パーソンズ、アン・ローゼンタールによる女性コーラス隊のノーセッツをはじめ、サックスやフルートを担当するヘンリー・カウのジェフ・リー、そしてロバート・ワイアットがゲストとして参加。エンジニアはトム・ニューマンが務めて制作される。こうして試行錯誤したデビューアルバムが、1974年3月に発表される。そのアルバムは、ライヴによって練られた緻密な演奏が繰り広げられており、全体的に流れのある構成に組み立てたポップなジャズロックになっている。何といってもタイトルからにじみ出る英国然としたユーモア感覚と技巧的なアンサンブルが醸し出す絶妙な音楽性が鮮烈であり、後にカンタベリーミュージックの傑作となる。

★曲目★
01.The Stubbs Effect(スタッブス効果)
02.Big Jobs~Poo Poo Extract~(ビッグ・ジョブス)
03.Going Up To People And Tinking(ゴーイング・アップ・トゥ・ピープル・アンド・ティンキング)
04.Calyx(ケリックス)
05.Son Of “There's No Place Like Homerton”(サン・オブ "ゼアーズ・ノー・プレイス・ライク・ホマートン")
06.Aigrette(エイグリット)
07.Rifferama(リフェラマ)
08.Fol De Rol(フォル・デ・ロル)
09.Shaving Is Boring(退屈なヒゲそり)
10.Licks For The Ladies(レディーのための間奏)
11.Bossa Nochance(ボッサ・ノチャンス)
12.Big Jobs No.2~By Poo And The Wee Wees~(ビッグ・ジョブス No.2)
13.Lobster In Cleavage Probe(エビの受精卵の試み)
14.Gigantic Land -Crabs In Earth Takeover Bid-(巨大な陸地の沢ガニの申し出)
15.The Other Stubbs Effect(もうひとつのスタッブス効果)
★ボーナストラック★
16.Let’s Eat~Real Soon~(レッツ・イート~リアル・スーン~)
17.Fitter Stoke Has A Bath(フィッター・ストーク・ハズ・ア・バス)
18.Your Majesty Is Like A Cream Donut Incorporating Oh What A Lonely Lifetime(陛下はクリームドーナッツのように…)

 アルバムはメンバーそれぞれが作曲したものにアレンジを加えた楽曲になっている。1曲目はピップ・パイルが手掛けた『スタッブス効果』のエフェクト音から、リチャード・シンクレアの憂いのあるヴォーカルを中心とした『ビッグ・ジョブス』、そして3曲目の『ゴーイング・アップ・トゥ・ピープル・アンド・ティンキング』で、セッション風の緊張感のあるアンサンブルが披露される。4曲目の『ケリックス』は、ロバート・ワイアットが参加した特徴的なスキャットが響いた美しい曲。ここでも効果的なアレンジが冴え渡った逸品となっている。5曲目の『サン・オブ "ゼアーズ・ノー・プレイス・ライク・ホマートン"』は、一転してディヴ・スチュワートによる美しいエレクトリックピアノを中心としたリリカルな楽曲に変化する。ここではジェフ・リーのサックスやフルートが加わり、華やかなアンサンブルとなっているのが特徴である。後半ではバーバラ・ガスキンら3人による女性コーラス隊が天上の歌声を披露している。6曲目の『エイグリット』は、フィル・ミラーの技巧的なギターを中心とした楽曲となっており、男性陣によるスキャットが展開されている。7曲目の『リフェラマ』は、ロック的なアプローチのあるハードギター、手数の多いドラミングが印象的な楽曲。多彩なエフェクトを交えながら盛り上がり、最後は観客の笑いで幕を下ろすユーモアたっぷりの楽曲となっている。8曲目の『フォル・デ・ロル』は、エフェクトを交えたミディアムテンポのヴォーカル曲だが、リチャード・シンクレアの独特のベースラインが素晴らしい。9曲目の『退屈な髭剃り』は、流麗なキーボードとエフェクトを駆使したコミカルでスペイシーな演奏になっており、同じフレーズを繰り返す中で弾きまくる奔放なギターが特徴的である。10曲目の『レディーのための間奏』は、「Dシャープ、マイナー、フラット・フィフスはCに終わる♪」と、楽曲の展開をそのまま歌詞にしたヴォーカル曲。これはマッチング・モウルの『サインド・カーテン』に酷似した楽曲になっている。11曲目の『ボッサ・ノチャンス』は、エフェクトのかかったリチャード・シンクレアの牧歌的なヴォーカルから、12曲目の『ビッグ・ジョブス No.2』に移行する。ここでは自分たちがミュージシャンであることに触れ、良いサウンドになるようベストを尽くすといった前向きな歌詞になっている。13曲目の『エビの受精卵の試み』は、ノーセッツの女性コーラスとジェフ・リーのフルートが幽玄的な印象をもたらす美しい楽曲。14曲目の『巨大な陸地の沢ガニの申し出』は、ディヴ・スチュワートのエレクトリックピアノとフィル・ミラーのギターを中心に緊張感の高い演奏を繰り広げた楽曲になっており、冒頭に応える『もうひとつのスタッブス効果』で幕を下ろしている。ボーナストラックの『レッツ・イート~リアル・スーン~』と『フィッター・ストーク・ハズ・ア・バス』は、1974年10月にリリースしたシングル曲であり、非常にポップセンスあふれるヴォーカル曲となっている。この2曲で彼らが非常にアレンジに秀でたグループであることが分かる。『陛下はクリームドーナッツのように…』は、ヴァージンレーベルのコンピレーションアルバム『Ⅴ』用に制作された楽曲。元々はセカンドアルバム『ザ・ロッターズ・クラブ』に収録される予定だったらしい。次作で収録される『Mumps』を組み入れた別バージョンの曲であることが分かる。

 メンバーはアルバムリリース後もスペシャルステージを何度もこなしている。中でもロンドンのラウンドハウスの公演では、セカンドアルバムでも収録される『Mumps』や『Your Majesty Is Like A Cream Donuts』、『Prenut』のナンバーが演奏されたという。しかし、精力的にライヴ活動していた最中にブランクが生じる。それはヴォーカル兼ベーシストのリチャード・シンクレアが、事故で下半身不随となったロバート・ワイアットのアルバム『Rock Bottom』に参加したり、ディヴ・スチュワートがかつて在籍していたエッグの再編成アルバム『The Civil Surface』の制作に取り掛かったりと対外活動が増えたからである。ステージ数は激減し、さらにレコーディングに3万ポンドを費やしたにも関わらず、セールス的に芳しくなかったことからレーベルサイドからの経済的支援が弱められる羽目になったという。シングル盤がコマーシャル的なポップソングになったのは、明らかに経済的な困窮が理由である。短期のスペイン~フランスツアーをこなしながら、西サセックスのサターンスタジオでレコーディングを開始され、1975年にセカンドアルバム『ザ・ロッターズ・クラブ』がリリースされる。時間と予算をかけたファーストアルバムと比べてシンプルな録音方法をとったにも関わらず、皮肉にも『Mumps』をはじめとする技巧性とポップ性が融合した音楽性に評価が高まり、カンタベリーミュージックの傑作の1枚となっている。しかし、評価とは裏腹にグループの維持が難しくなり、予定されていたショーをキャンセルして同年の6月に解散することになる。その後、リチャード・シンクレアを除いたメンバーは、アラン・ゴーウェン率いるギルガメッシュのレコーディングに参加している。実はハットフィールド&ザ・ノースのキーボーディストのオーディションで知り合ったディヴ・スチュワートとアラン・ゴーウェンはお互い意識した存在となり、次第に音楽を通じた仲となっていたという。ディヴ・スチュワートは自身と似たような境遇にあったアランとはライバル関係でありながら気にかけており、1973年の11月にはハットフィールド&ザ・ノースとライヴ共演を実現させたり、ギルガメッシュのアルバムの制作を手伝ったりしている。これが後にハットフィールド&ザ・ノースとギルガメッシュの合流グループと言われるナショナル・ヘルスへと発展していくことになる。


 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はカンタベリーシーンの代表グループであるハットフィールド&ザ・ノースのデビューアルバムを紹介しました。ハットフィールド&ザ・ノースといえば、セカンドアルバムの『ザ・ロッターズ・クラブ』があまりにも有名ですが、本アルバムも甲乙つけがたいほど、ユーモアとポップセンスにあふれた傑作だと思っています。本アルバムはソフト・マシーンやマッチング・モウルゆずりのファズトーンを多用したプレイをはじめ、精密でありながら知的なジャズロック・アンサンブルを聴かせてくれます。とくに構成が小刻みで展開されつつも、4人の安定的でなおかつ存在感のある演奏が特徴で、ゲストのロバート・ワイアットやジェフ・リーが参加しているのをあまり感じさせないほど曲調にブレが無いのは凄いことだと思います。1曲目と9曲目にドラマーのピップ・バイルも曲作りに参加しているなど、それぞれのメンバーが本アルバムに対する意気込みは強く、個人的にはディヴ・スチュワートのオルガンやエレピが、ポップな楽曲の中で劇的な効果を表しているのが大きな特徴とも言えます。

 先にセカンドアルバムの『ザ・ロッターズ・クラブ』を過去に紹介していますが、本アルバムも全体の構成や曲調が面白く、彼らが在籍してたエッグやキャラヴァン、ほかにもマッチング・モウル、ゴングといったグループの影が垣間見えるようなフレーズが見受けられます。中でも10曲目の『Licks For The Ladies(レディーのための間奏)』は、“♪きれいな響きを追いかけて 音程を探っていくなんて、 Dシャープ・マイナー・フラット・フィクスは Cに解決する…”と、曲調そのままを歌詞にするあたり、明らかにマッチング・モウルゆずりの歌詞がうかがえます。このようにカンタベリーミュージック特有のユーモアが、本アルバムであちこちに表現されています。

 カンタベリーミュージックシーンの数々のグループを渡り歩いてきたメンバーが奇跡的にそろって、このハットフィールド&ザ・ノースから様々なグループやプロジェクトが派生していくことになります。本アルバムは試行錯誤しながらも、彼らの音楽に対するエネルギーが集約された素晴らしい作品です。改めて聴くとカンタベリーミュージックって、やっぱり面白いな~と痛感します。

それではまたっ!

※このレビューは過去の内容を修正・加筆したものです。