【今日の1枚】Delirium/Lo Scemo E Il Villaggio(愚者の住む村) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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Delirium/Lo Scemo E Il Villaggio
デリリウム/愚者の住む村
1972年リリース

ジャズ指向の音楽性にメロトロンを組み入れた
イタリアンプログレの中でも異彩を放った傑作

 1970年初頭のヒッピー現象に影響されたグループ、デリリウムが1972年にリリースしたセカンドアルバム。そのサウンドはサイケデリック性のあるフォーキーなサウンドの中に、メロトロンをはじめとしたキーボード類やアグレッシヴなフルート、よりジャズ指向に寄せたサックスなど、まさに自由を謳歌するような異彩を放った音楽性が特徴である。『愚者の住む村』と名付けられた本アルバムは、高度に発達した現代文明を否定し、まさに自然回帰を歌ったヒッピー的なものだが、真の賢者は一見して愚か者に見えるという逆説的なニュアンスが読み取れる、ユーモアにあふれたメッセージが込められたアルバムである。

 デリリウムは1962年からイタリアのジェノヴァで活動をしていたサジッタリ(Sagittari)というグループが、新たな活動を始めるために1970年に結成されたグループである。メンバーはイヴァーノ・フォッサティ(ヴォーカル、フルート、ギター)、ミンモ・ディ・マルティーノ(ギター、ヴォーカル)、エットーレ・ディーゴ(キーボード、ヴォーカル)、マルチェロ・レアーレ(ベース、ヴォーカル)、ペッピーノ・ディ・サント(ドラムス、ヴォーカル)の5人編成である。かつてビートグループとして活躍していたサジッタリは、ジャン・ピエロ・リバーベリがプロデュースしたシングルをリリースするなど、それなりに知名度もあったが、1970年に大きな転機を迎える。それはヒッピー・ムーヴメントである。1960年代後半にアメリカで起こったヒッピー・ムーヴメントはヨーロッパにも広がり、ヒッピーに共鳴、共感する若者たちが社会現象となり、音楽ではサイケデリックロックがその一翼を担うことになる。また、同時期にキリストの再評価が行われ、さらにクリシュナ教のようなインド仏教が西洋で広がりを見せた動きのあった時代である。そんな1970年初頭に彼らはビートポップからもっと自由な音楽を追求するために、デリリウムというグループ名に変えて活動することになる。ちなみにデリリウムという名前の意味は、精神錯乱であり、幻覚やトリップを連想させる言葉である。1971年にオザンナやニュー・トロルスが所属するレーベル、フォニット・チェトラと契約し、ファーストアルバム『Dolce Acqua(ドルチェ・アックア)』をリリース。神やキリストを賛美した歌『オザンナの歌』や『ジェザエル』、インド仏教に関した歌『オーム』などが収録されており、アルバムチャートでは1972年2月に最高位4位にランクインする好セールスを記録している。さらに『ジェザエル』という曲は、1972年3月にヒットチャートのトップとなり、ヨーロッパ各地でヒットする快挙を成し遂げ、デリリウムは新進のイタリアンポップグループとして注目される。しかし、このヒットの最中に中心的存在だったイヴァーノ・フォッサティが兵役のためにグループから離脱。彼はそのままグループには戻らず、後にソロとなってイタリア屈指のカンタトゥーレとして活躍していくことになる。残されたメンバーは後任としてイギリス人のマーティン・グライス(フルート、サックス、キーボード、ヴォーカル)を迎えて活動を続け、1972年に制作されたのがセカンドアルバム『愚者の住む村』である。ファーストアルバムではジャズ色の強いロックだったが、本アルバムではメロトロンをはじめとするキーボード類を多用し、サイケデリック性のあるユニークなプログレッシヴロックに昇華した傑作となっている。

★曲目★
01.Villaggio(村)
02.Tremori Antichi(古代の調べ)
03.Gioia,Disordine,Risentimento(喜び、放蕩、怒り)
04.La Mia Pazzia(私の狂気)
05.Sogno(夢)
06.Dimensione Uomo(男の大きさ)
07.Culto Disarmonico(不調和な信仰)
08.Pensiero Per Un Abbandono(放棄の思想)

 アルバムの1曲目の『村』は、リズミカルなピアノやギターをバックに、ジェスロ・タルばりのマーティン・グライスのフルートを前面に押し出した楽曲。ジャズ風のアンサンブルだが、随所に響くメロトロンが効果的であり、変拍子もあるなどなかなか聴きどころのあるナンバーである。2曲目の『古代の調べ』は、リリカルなハープシコード風のオルガンをバックに切々と歌うヴォーカルが印象的なバラード曲。時折響くピアノやバックのコーラスが美しく、ノスタルジックに浸れる味わい深い内容になっている。3曲目の『喜び、放蕩、怒り』は、独特のリズム上で響く、ユーモラスなサックスが高揚感をあおる楽曲。途中でライヴを思わせる観客の声が入ったセッション風のアンサンブルを経て、後半は2本のサックスによる演奏とメロトロンによるプログレッシヴな内容に変化する。4曲目の『私の狂気』は、ミンモ・ディ・マルティーノの野太い声が印象的なヴォーカル曲。全体的にポップな歌曲になっており、後半ではリズミカルなパーカッション上で響くコーラスやメロトロン、フルートが主張し合っているのが面白い。5曲目の『夢』は、手数の多いドラミング上で流麗なピアノとギター、そしてリリカルなフルートが奏でられた楽曲。途中からサックスが加わり、一気にジャズロックへと変貌する。この曲でいかに彼らが技巧的な演奏力の持ち主だかが分かる。6曲目の『男の大きさ』は、ピアノに導かれ、後に荘厳なメロトロンをバックにマルティーノのヴォーカルが冴えた楽曲。後半では流れるようなピアノとメロトロンの響きがあまりにも素晴らしく、キーボード類が塊となって厚みを持たせた逸品である。7曲目の『不調和な信仰』は、サックスとピアノによるセッション風の演奏と変拍子が伴ったジャズロック。安定したリズム上でリラックスした状態で吹くサックスが心地よい。8曲目の『放棄の思想』は、こちらもメロトロンをはじめとするキーボード類を前面に押し出したシンフォニック性の高い楽曲。とにかくメロトロンの響きが美しく、思わず現実を忘れてしまうほど不思議な感覚に陥るナンバーである。こうしてアルバムを通して聴いてみると、インストゥメンタル曲とヴォーカル曲が交互に紡がれた一大コンセプトアルバムになっている。曲の構成は主たるメロディを展開しているのではなく、メンバーそれぞれの楽器のフレーズで自己主張しており、フォーク、ジャズ、ポップといった多彩なジャンルを演奏している。インスト曲はテクニカルなジャズロックであり、ヴォーカル曲はキーボードを駆使したメロディアスなポップである。そんな掴みどころのない自由な音楽性こそデリリウムの大きな特徴となっている。

 アルバムはイギリスを端に発したプログレッシヴロックの流れもあって、好意的に受け入れられている。彼らはリリース後にイタリアを中心に大小のライヴコンサートを行い、2年後の1974年にサードアルバム『Delirium Ⅲ:Viaggio Negli Arcipelaghi Del Tempo』をリリースする。この時はイタリアのP.F.M.(プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ)やバンコなどがデビューし、イタリアンロックが世界中で注目し始めた時期であり、よりプログレッシヴな方向の作品となっている。無論、レーベルのフォニット・チェトラも期待を寄せていたが、セールス的に芳しくなく、セカンドアルバム共々にシングルヒットにも恵まれず、最終的にフォニット・チェトラから離れることになる。1975年には新設したアグアマンダというレーベルに移り、シングルで起死回生を狙ったが失敗。その年にキーボード兼ヴォーカリストのエットーレ・ヴィーゴが脱退したのを機に解散している。メンバーだったエットーレ・ヴィーゴはKim&The Cadillacsというロックグループに加入し、1980年代まで複数のアルバムをリリース。他のメンバーはセッションミュージシャンやエンジニアとして活動することになる。しばらく音沙汰なく20年後の1996年に、ペッピーノ・ディ・サント(ドラムス、ヴォーカル)、マルチェロ・レアーレ(ベース、ヴォーカル)のオリジナルメンバーとリーノ・ディモポリ(キーボード、ヴォーカル)のトリオ編成で再結成。往年のヒット曲を加えたアルバム『La Storia』を2003年に発表し、後にブラック・ウィドウ・レコーズから2007年に『Vibrazioni Notturne』、2009年には『Il Nome Del Vento』をリリースし、洗練されたシンフォニックなプログレッシヴロックを披露している。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はイタリアンプログレの黎明期に、テクニカルなジャズ指向のインスト曲とメロトロンの響きを活かしたヴォーカル曲を収録したデリリウムのセカンドアルバム『愚者の住む村』を紹介しました。デリリウムは初期に3枚のアルバムを出していますが、ファーストアルバムはジャズロック指向の強いアルバムであり、サードアルバムはキーボードをメインにしたプログレッシヴなアルバムとなっています。サードアルバムを推す方もいますが、個人的にはファーストとサードの中間となったユーモラスなサウンドが魅力的な本セカンドアルバムが非常に好きです。ニュー・トロルスやレ・オルメと同じように、ビートポップからプログレッシヴロックに転身したグループのひとつで、初期のイタリアンプログレらしい自由な発想と音楽性に好感が持てます。彼らはヒッピー現象に乗ったグループと書きましたが、当時のプロモーション写真を見ると、エスニックな衣装を身にまとい、ロングヘアーという格好がまさにヒッピーであり、イタリアのグループにしてはなかなか珍しいスタイルです。しかもそれが楽曲にもしっかり反映されているのが面白いです。

 さて、アルバムはジャズ指向の強いインスト曲とキーボード類を駆使したヴォーカル曲が交互に収録されています。新たに加入したマーティン・グライスのサックスとフルートがデリリウムの音楽性を保っているといっても過言ではないです。ファーストアルバムではシングルで歌入りのポップな曲を披露し、アルバムではインスト中心のプログレッシヴなロックを指向する2つの顔を持っていたそうです。その流れでセカンドアルバムも制作されたようですが、サイケデリック性のあるフォーキーな曲にジャズロック、ポップなヴォーカル曲にメロトロンによる重厚なシンフォニックなど、多彩なジャンルが盛り込まれています。これを聴く人にとっては散漫と捉えるか、曲構成の妙と捉えるかの好みの分かれ目になりますが、インスト曲の中には変拍子のある技巧的な演奏があったり、ヴォーカル曲では素晴らしいメロトロンがバックに流れたりするなど、突き放せない魅力的な楽曲にあふれています。特にリズム隊をはじめとするメンバーの演奏力の安定感は半端なく、ファーストアルバムではルイ・アームストロングとチャーリー・パーカー、そして故人となったジャズ・ミュージシャンへの追悼の気持ちが表れたドラムソロがあったことから、もしかしたらメンバーはかつてクラブでジャズを演奏していたのでは?と思わせる技巧派ばかりです。この安定感こそが、多彩ともいえるジャンルの楽曲に挑戦できたのではないかと思います。

 そんな自由を謳歌したような音楽性を持つデリリウムは、イタリアンプログレの中でも異彩を放っています。ジャズロックやメロトロン好きな方は、ぜひとも聴いてほしいアルバムです。

それではまたっ!