【今日の1枚】Trace/Birds(トレース/鳥人王国) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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ロック(プログレ)を愛して止まない大バカ…もとい、音楽が日々の生活の糧となっているおっさんです。名盤からマニアックなアルバムまでチョイスして紹介!

Trace/Birds
トレース/鳥人王国
1975年リリース

初のトータルアルバムであり
シンフォニックロックの歴史的な名盤

 オランダを代表するキーボードトリオグループ、トレースが1975年に発表したセカンドアルバム。前作は天才キーボーディストのリック・ヴァン・ダー・リンデンの華麗な鍵盤裁きを中心としたアルバムだったが、本作は『組曲「鳥人王国」』を中心としたクラシカル性の高いトータルアルバムとなっている。そのクオリティの高さと充実な音楽性から、トレースのアルバムの中でも傑作と呼ばれるだけではなく、プログレッシヴロック史上に輝く歴史的な名盤として現在でも君臨し続けている。

 トレースはキーボード奏者であるリック・ヴァン・ダー・リンデンが、自身のプログレッシヴな音楽を目指すべく結成されたグループである。リックはオランダのアムステルダム近郊のバトヒューフェドルブの出身で、ロッテルダムに転居した7歳の頃からピアノのレッスンを受けている。一度ピアノをあきらめたが、13歳でハールレム音楽学校で再度ピアノを学び、15歳で同校のピエト・ヴィンセント教授からプライベートレッスンを受け、17歳でオルガンを学んでいる。1965年に音楽学校を卒業し、デン・ハーグの王立音楽学校に合格し、ピアノやオルガン、和声それに対位法の学位を取っている。リックは当初、王立音楽学校の教授になることを夢見ていたが、1960年代に盛んになっていたロックやジャズ、バレエ音楽に興味を持つようになり、在学中にピアノトリオを結成してナイトクラブで様々な音楽を演奏したという。卒業後にリックはOccasional Swing Comboというジャズグループに加入して演奏すると同時に、オランダの交響楽団とツアーするなど、ソリストとしての活動を行っている。1966年にレイン・ヴァンダー・ブルークのThe Incrowdと共演した際に、レインに認められたことで同グループに移籍し、たまたま同名のグループが存在していたことから、グループ名をEKSEPTIONに改めて活動を開始する。リックが大きな転機となったのは、1968年にアムステルダムで公演を行ったザ・ナイスのコンサートだろう。ザ・ナイスの『ブランデンブルグ協奏曲』のパフォーマンスに衝撃を受け、自分の愛するクラシックを現代風にアレンジして演奏するキース・エマーソンを間近で見て、自身もそのような音楽を志すようになる。EKSEPTIONは、レイン・ヴァンダー・ブルークを中心にジャズやR&B、ポップスといった音楽のカヴァーを行ってきたグループだったが、リックのアイデアを元にクラシックロックを演奏することになる。EKSEOTIONはオランダの重要な音楽イベントであるジャズフェスティバルに参加し、ディジー・ガレスピーの『Taboe』の規定曲とハチャトリアンの『剣の舞』、アート・ブレイキーの『Avila At The Tequila』を演奏して見事優勝し、プロデビューを果たすことになる。しかし、フィリップスからシングル1枚をリリースすることになったが、フィリップスのアートディレクターで審査員だったトニー・ヴォスからカヴァー曲ではリリースできないとアドバイスされている。クラシック畑で育ったリックは、ザ・ナイスのようにクラシックの楽曲をもっとモダンにエレクトリックなアレンジにできないかと考えて、シングルにベートーヴェンの交響曲第5番『運命』とハチャトリアンの『剣の舞』を提案する。当初はリックの冗談かとメンバーは思ったが、その2曲をアレンジしたシングルを1969年3月にリリース。トニー・ヴォスの妻がラジオDJとして働いていたインディペンデントのラジオ局でその『交響曲第5番』をオン・エアしたところ、リスナーの間で話題となりオランダ国内で大ヒットすることになる。フィリップスはEKSEPTIONのシングルの成功からアルバムのリリースの声がかかり、最新の機材を揃えたレコーディングスタジオで、バッハの『トッカータ』や『アリア』、サン=サーンスの『死の舞踏』、ガーシュウィンの『ラプソディー・イン・ブルー』など、緻密なアレンジで、さらにダイナミックに演奏した内容を収録している。そのような曲を集めたEKSEPTIONのデビューアルバムは世界規模で売り上げを伸ばし、後にヨーロッパとカナダのツアーを行っている。

 1968年から1973年までの間にグループはオランダの重要な音楽イベントに参加し、幅広くコンサート活動を行って世界中に知名度を上げていたが、1973年のアルバム『トリニティ』のリリース後に、リックはグループからの脱退を申し付けられてしまう。理由はリック自身の音楽の追求と目的によって、2人の脱退の強要をはじめとした人事の横行でメンバーと敵対することになったためである。レコード会社のポリドールは、EKSEPTIONが人気だったこともあり、リックのソロプロジェクトを促す形で解決を図ることになる。脱退を要請されたリックは、自身を中心としたグループを作るために、元EKSEPTIONのドラマーであるペーター・デ・レーヴェとリハーサルを行うが、力量不足からフォーカスを脱退したピエール・ヴァン・ダー・リンデンと交代している。リックはフォーカスを脱退したピエールの情報を聞きつけ、ピエールの誕生日である1974年2月19日にコンタクトを取り、承諾を得ることに成功している。そして同時期に様々なグループを渡り歩いていたベーシストのヤープ・ヴァン・エリクと会い、リックのオファーを受理。こうしてオランダで最高のドラマーとベーシストを得たリックは、トリオグループとしてスタートを切ることになる。リハーサルはリックの自宅で行われ、曲はEKSEPTION脱退後に書き溜めたものを使用している。こうして完成したアルバムは多くのレコード会社から契約のオファーが殺到したことは言うまでも無いが、リックはこれまで不当な扱いを受けたフィリップスから破格の条件をもらったことで再び契約している。そして1974年5月、オランダの各プレスがACEの誕生を報じたが、ACEというグループ名はすでにイギリスに存在し、急遽TRACEというグループ名に変更して同年9月にデビューアルバム『トレースの魔術』をリリースする。デビューアルバムはオランダ国内で大絶賛を浴び、瞬く間に50,000枚以上を売り上げたという。その後、ヨーロッパ各地でリリースされ、合わせて十数万枚のセールスを記録する。トレースの知名度は遠くアメリカや日本にも紹介され、世界的に認知されるようになり、クラシックやジャズの愛好家も聴いたと言われている。彼らは自分たちの演奏に自信を持ち、セカンドアルバムのレコーディングを開始するが、ドラマーのピエール・ヴァン・ダー・リンデンが脱退。代わりに後にマリリオンのドラマーとして活躍する弱冠21歳のイアン・モズレイが参加し、カーヴド・エアのダリル・ウェイもヴァイオリンで参加したセカンドアルバム『鳥人王国』が1975年にリリースされる。前作よりもよりクラシカルにアレンジされ、『鳥人王国』という組曲の下で繰り広げられるスリリングで高いパフォーマンスが素晴らしい、シンフォニックロックの歴史的名盤と呼び声高いアルバムとなっている。

★曲目★
01.Bourree(ブーレ)
02.Snuff(スナッフ)
03.Janny~In A Mist~(ジャニー~イン・ア・ミスト~)
04.Opus 1065(作品第1065番)
05.Penny(ペニー)
06.Trixie-Dixie(トリクシー・ディクシー)
07.Birds-Suite(組曲「鳥人王国」)
08.Birds~Single Version~(鳥人王国~シングル・ヴァージョン~)

 アルバムの1曲目の『ブーレ』は、リックらしいテクニカルなオルガンワークとハープシコードによる高速ユニゾンが繰り広げられた楽曲。バッハをモチーフにした楽曲だが、安定したリズムセクション上で華麗でスリリングなリックの鍵盤裁きは見事というしかない。曲中の猿のような掛け声は、ローディーのケーン・ヘッドマンによるものだという。2曲目の『スナッフ』は、ノリの良いオルガンロックになっており、バロックを意識したフレーズにリックの流麗ともいえるキーボードが堪能できる逸品。3曲目の『ジャニー~イン・ア・ミスト~』は、打って変わってオールドジャズの名曲であるビックス・ベイダーベックの『イン・ア・ミスト』をピアノのみでカヴァーしている。艶やかなトーンで奏でられるジャジーなピアノから、クラシックだけではなくジャズにも精通しているリックならではの音楽の振り幅に驚いてしまう。4曲目の『作品第1065番』は、バッハの曲をアレンジしたもので、メロトロンとピアノをフィーチャーし、ゲストのダリル・ウェイの素晴らしいヴァイオリンワークが堪能できる楽曲。最初は変調した音色で演奏した後に、目が覚めるようなチェンバロとヴァイオリンの協奏曲は、ロックであることを忘れてしまうほどに鮮やかである。5曲目の『ペニー』は、哀愁が漂うジャズトリオの演奏になっており、ピアノを中心に繊細なドラミング、優しいラインを奏でるベースなど、ムーディーな雰囲気を作り出している。6曲目の『トリクシー・ディクシー』は、グループのお遊び的なトラックになっており、その後に7曲目の本アルバムのメインである『組曲「鳥人王国」』が始まる。荘厳なチャーチオルガンから幕を開け、雄大ともいえる鳥人の世界へと誘ってくれる。本曲ではギターがフィーチャーされているが、演奏しているのはベーシストのヤープ・ヴァン・エリクである。様々なパートからリックの変幻自在なピアノやオルガン、ハープシコードをはじめ、エリクのギターやダリル・ウェイのヴァイオリンもフィーチャーした起伏のとんだ緩急のある独特の世界観を作り出している。6分過ぎにはヤープ・ヴァン・エリクによるヴォーカルが登場し、美しいピアノをバックに「牧師鳥」と呼ばれる空に向けて祈りを捧げる鳥たちを歌詞にした愛の歌を綴っている。どこかノスタルジックで優しい歌声に心和むひと時のようであり、この曲が技巧的な楽曲で終わらない彼らなりのアイデアやセンスが散りばめられた秀逸さを物語っている。やがてハモンドオルガンを中心にグルーヴィーに演奏され、テクニカルな中でメロディアスな旋律を奏でた幻想的ともいえる鳥人王国の世界は幕を下ろすことになる。『鳥人王国~シングルヴァージョン~』は、エリクのギターをメインに、ゆったりとそして牧歌的ともいえるリックのキーボードが冴えたショートバージョンになっている。こうしてアルバムを通して聴いてみると、技巧的でアグレッシヴだったファーストアルバムと比べて、クラシックやジャズ、ポピュラーな音楽を幅広く取り入れたことで、改めてリック・ヴァン・ダー・リンデンのキーボーディストとしての腕前が発揮されたアルバムだと言っても良いだろう。エリクのギターやダリル・ウェイのヴァイオリンをフィーチャーしたことで曲に深みが増し、『鳥人王国』という幻想的なトータルアルバムを完成させている。やがて類まれな腕利きのメンバーを迎えて、リックの目指す音楽性に応えた本アルバムは、シンフォニックロックの傑作にとどまらず、プログレッシヴロックの歴史的な名盤となる。

 アルバムは前作ほどセールスには及ばなかったが、オランダ国内をはじめとした世界中で高く評価され、特にヨーロッパや日本でアルバムが売れたと言われている。トレースはヨーロッパやスカンジナビアでの長期のツアーを行うが、後にギタリストを務めたヤープ・ヴァン・エリクとドラマーのイアン・モズレイが脱退。ヤープ・ヴァン・エリクはCuby+Blizzardsというグループのメンバーとなり、ヤン・アッカーマンのソロアルバムにも参加することになる。一方のイアン・モズレイは1984年からマリリオンの正式なドラマーとなっている。リックは次のアルバムのプロジェクトを進め、女性ヴォーカリストのヘッティ・シュミットを迎えて、トランペッターのレイン・ファン・デン・ブロークを除く、元EKSEPTIONのほぼ全員のメンバーが加わったサードアルバム『ホワイト・レディース』を1976年にリリース。その後はSPINというグループ名に変えて活動をしていた元EKSEPTIONのメンバーとトレースが合体する形で活動を続け、リックはクラシックの再解釈ともいえる音楽を提示したソロアーティストとして活動をすることになる。また、リックは1980年代から元ショッキング・ブルーのロビー・ヴァン・レーヴェンのMISTRALやCUM LAUDEに参加したほか、ヨアヒム・キューンやジャック・ランカスター、ヴァンゲリスともセッションを行っている。リックは2000年以降もEKSEPTIONのサポートを行いつつ活動をしていたが、2005年に脳血管発作のために部分的な麻痺が残る病気にかかってしまう。それでも果敢にキーボードを弾き続けていたが、2006年1月22日にオランダのフローニンゲンで息を引き取る。まだ59歳という若さであった。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はリック・ヴァン・ダー・リンデン率いるトレースの最高傑作とも言われるセカンドアルバム『鳥人王国』を紹介しました。トレースのアルバムはファーストアルバムの『トレースの魔術』から2枚目の紹介となります。前回でも言いましたが、キース・エマーソンとリック・ウェイクマンの次に、もし好きなキーボード奏者は誰かと言われたら、私は迷うことなくリック・ヴァン・ダー・リンデンを挙げます。それほど彼の技巧的なキーボーディストとしての腕前だけではなく、彼のアイデンティティでもあるクラシックやジャズの再解釈やアレンジには素晴らしいものがあります。オランダにはフォーカスという人気グループがあり、ヤン・アッカーマンの情感的なギターワークに心躍り、一方でトレースのリック・ヴァン・ダー・リンデンの華麗なる鍵盤裁きにため息を漏らすほど、プログレッシヴロックと聴き始めた若いころにどれだけこの2つのグループのアルバムにお世話になったことでしょう。

 さて、本アルバムはトレース初のトータルアルバムとなっており、『鳥人王国』という世界を描いたコンセプトアルバムとなっています。アルバムの前半は前作と同じようにバッハの曲をアレンジした楽曲やビックス・ベイダーベックの『イン・ア・ミスト』のピアノカヴァーといった楽曲が中心となっており、後半ではアルバムのメインである『組曲「鳥人王国」』となっています。このコンセプト自体はリックがEKSEPTION時代に思い描いていたものらしく、最初はキーボードを主体とした楽曲で進めようとしましたが、ヤープ・ヴァン・エリクがギターを弾けるということでメインフレーズをギターに置き換えたという話があります。そのため楽曲に雄大さと抒情さが兼ねそろった素晴らしいものになっています。とくに曲中の美しいピアノをバックに歌うエリクのヴォーカルが安らぎを与えるようで、『鳥人王国』という世界が愛と祈りに満ちたものであることが理解できます。また、ダリル・ウェイのヴァイオリンは、4曲目の『作品第1065番』で聴くことができますが、バッハの曲をアレンジしたチェンバロとヴァイオリンによる協奏曲は、思わず背筋が伸びてしまうほど鬼気迫る演奏だと思います。ピアノやオルガン、ハープシコード、メロトロン、チェンバロといった多彩なキーボードを弾きまくるリックの華麗な鍵盤裁きは驚異そのものですが、やはり安定度のある腕利きのリズムセクションやミュージシャンがいたからこそ発揮できたものだと思っています。

 このアルバムが40年以上前の作品だとは今でも信じられないほどのクオリティを誇っています。クラシックに深い畏敬の念と創造を持って演奏するリック・ヴァン・ダー・リンデンの才能が遺憾なく発揮した本アルバムは、ぜひオススメしたい1枚です。

それではまたっ!