【今日の1枚】Brainticket/Cottonwoodhill | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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ロック(プログレ)を愛して止まない大バカ…もとい、音楽が日々の生活の糧となっているおっさんです。名盤からマニアックなアルバムまでチョイスして紹介!

Brainticket/Cottonwoodhill
ブレインチケット/コットンウッドヒル
1971年リリース

その実験性の高い楽曲で脳幹を刺激する
スイスのサイケデリックロック

 クラウトロックに分類されるスイスのサイケデリックロックグループ、ブレインチケットのデビューアルバム。ファズの効いたギターとオルガン、加工されたヴォーカルをベースにした特徴的なフレーズを延々と繰り返し、様々な効果音やノイズ音、機械音、女性の叫び声などが飛び交う実験精神にあふれたサイケデリックな楽曲になっている。当時はそのあまりにも刺激的なサウンドに「アルバムを聴くのは1日に1回」、「あなたの脳が破壊される可能性あり」とリリース時に異例の警告ステッカーが貼られ、アメリカでは発売禁止となった曰くつきのアルバムだが、後のフリーク・アウト・ミュージック、またはエクスペリメンタル・ロックのパイオニアとして現在再評価されている。

 ブレインチケットはベルギーの首都であるブリュッセル出身のキーボーディスト、ヨエル・ヴァンドローゲンブロックを中心にスイスで結成されたグループである。ヨエルは幼少の頃からクラシックピアノを習っており、アメリカの偉大なジャズピアニストを冠した、アート・ティタム賞を最年少の15歳で受賞している。彼はその腕でブリュッセルで開催された世界展でクインシー・ジョーンズ・オーケストラとの共演をはじめ、イタリアのローマのRAI国立交響楽団と専属契約を結び、ヨーロッパとアフリカのツアーに同行している。ジャズピアニストとして高い評価を得ていたヨエルだったが、1960年代後半にスイスに移住した時、知り合いだったイギリス人のギタリスト、ロン・ブライアーからキング・クリムゾンの名盤『クリムゾン・キングの宮殿』、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスの『エレクトリック・レディランド』のアルバムを聴いて大きな衝撃を受ける。さらにドイツのサイケデリックロックの雄であるアモン・デュールⅡやカン、電子音楽グループのタンジェリン・ドリームから強いインスピレーションを受けて、ヨエルは新たな音楽を目指すべくギタリストのロン・ブライアーとパーカッショニストであるヴォルフガング・パープと共に、1968年にトリオグループを結成する。これがブレインチケットの母体となる。

 ヨエルはしばらくトリオでスイスやドイツで1970年初頭まで、パブを中心にサイケデリックな音楽を演奏する活動をしている。やがて彼らはスイスのレコード会社であるハレルヤとドイツの名レコード会社のベラフォンと契約。彼らは早速レコーディングスタジオに様々な音楽機材を導入し、メンバーとリハーサルを開始している。このレコーディング時に後にスイスのサイケデリックロックグループであるTORDを結成するベーシストのヴェルナー・フローリヒとドラマーのコジモ・ランピスに声をかけ、そしてロン・ブライアーの紹介でイギリス人のシンガーであるドーン・ミューアを迎えている。プロデューサーにヘルムート・コルペを起用し、彼はヨエルと共にアルバムの曲のアレンジに参加している。コルペはキーボードを演奏しつつ、ヨエルの指示で様々な効果音やノイズ音を探し出しては曲に導入している。ヨエルはグループ名をブレインチケットとし、1971年にデビューアルバムとなる『Cottonwoodhill(コットンウッドヒル)』をリリースすることになる。このアルバムはジャズを着想とした刺激性の強いサイケデリックなサウンドであり、オルガンやギターをベースにエキゾチックなフレーズを延々と繰り返す中、様々な効果音を多用した実験精神の高いアルバムとなっている。

★曲目★
01.Black Sand(ブラック・サンド)
02.Places Of Light(プレイス・オブ・ライト)
03.Brainticket Part1(ブレインチケット パート1)
04.Brainticket Part1 Conclusion(ブレインチケット パート1 終曲)
05.Brainticket Part2(ブレインチケット パート2)

 アルバムの1曲目の『ブラック・サンド』は、ファズまみれのオルガンとギター、加工されたヴォーカルが浮遊感を誘う曲。曲展開や構成にこだわらない一定のリズムを繰り返し、ヴォーカルとギター、オルガンがセッション風に演奏されている。この1曲ですでに独自性の強いサウンドになっているが、あくまで序の口といったところである、2曲目の『プレイス・オブ・ライト』は、フルートをフィーチャーしたジャズをベースにしたサイケデリックロック。リズミカルな演奏の中で意外と抒情的なフルートの音色と力強いオルガンプレイが堪能でき、どこか機械仕掛けのようなヴォーカルが印象的なナンバーである。3曲目から5曲目の『ブレインチケット パート1&2』は、レコードのフォーマットの関係で前半とコンクルージョン、そしてパート2と分けられた27分に及ぶ大曲。突然、ガラスが粉々に割れる音から走り出すバイクと追いかけるパトカーのサイレンで始まり、ループに似たオルガンとギターによる特徴的なフレーズが怒涛のように延々と演奏され、その上を様々な効果音や機械音、ノイズ音、マシンガン、ドリル、女性の叫び声や喘ぎ声、歯磨きのうがい音、ベートーヴェンの『運命』などが飛び交う、本アルバムを一躍有名にした狂気の楽曲である。これだけノイズ音を多用しながらも不協和音になっておらず、実は非常に計算された内容になっている。後半は女性の卑猥な声、コンピュータ音、消防車のサイレンといった効果音が徐々に派手になっていき、何かが壊れるように幕を下ろしている。こうしてアルバムを通して聴いてみると、かなり刺激的なサウンドになっているが、現代音楽やフリー・ジャズのような聴き手に我慢を強いるものではなく、演奏はかなりリズミカルになっている。その上で次々と飛び交う様々な効果音やノイズ音は、掴みどころがなく摩訶不思議な空間を演出しているが、ひとつひとつ順番立てているようであり、ヨエルのジャズやクラシックの経験則から来た音楽的なこだわりが凄まじい。これだけ実験精神にあふれたサイケデリックなアプローチは、確かに当時の人々からしたら“狂気”であり“毒”なのかも知れない。

 アルバムはスイスのハレルヤ、ドイツのベラフォンの両レーベルからリリースされたものの、そのあまりにも刺激的なサウンドから、ただちにサイケデリックなドラッグとの関わりを疑われて論争を呼ぶことになる。結局、レコード会社がセールスのために「このレコードは1日1回までしか聴かないこと。あなたの脳が破壊されるかもしれません」という、異例の警告ステッカーが貼られ、ヨエル・ヴァンドローゲンブロックは強い憤りを覚えたという。このことが原因でグループは非難を浴び、アルバムはアメリカを含むいくつかの国で発売禁止となり、活動の場を失った彼らは解散することになる。ギタリストのロン・ブライアーは、しばらくヨエルとドイツで活動していたが、ヨエルと別れてイギリスに帰国した後の1973年に急死している。一方のロンと別れたヨエルは、パーカッショニストのペーター・ギーガーと結成したマジック・シアターというグループでの活動後、バーゼルのコミューンでキャロル・ムリエルというアメリカ人女性と知り合う。2人はスイス人のロルフ・フーク(ギター)、マルティン・サヒャー(ベース)、ジェーン・フリー(ヴォーカル)、バーニー・パルム(パーカッション)の6人で再結成を果たし、1972年にセカンドアルバム『Psychonaut』をリリース。前作と比べて独自性の強いサウンドはそのままに、分かりやすい曲中心のアルバムとなっている。グループは後に映画音楽家のビル・コンティと共にロック・オペラ『Orfeo9』を制作し、ヨエルとキャロル、バーニーのトリオとなったサードアルバム『Celestial Ocean』を1973年にリリース。このアルバムは古代エジプトの死後の世界を描いたコンセプトアルバムとなっており、彼らの代表作として高い評価を得ている。3人はシンセサイザー奏者のヴィルヘルム・ジーフェルトを迎えて、ヨーロッパ各地のライヴツアーを慣行して成功を収めたが、1980年に『Adventure』、1982年には『Voyage』のアルバムをリリースした後にグループは解散をしている。ヨエルはドイツを拠点に環境音楽やムード音楽、映画、TVの音楽を手掛け、1990年代までにそれらを収録した20枚近くのアルバムを残している。スイスのチューリッヒでブレインチケット名義で「コンピュータと音楽」のシンポジウムコンサートやチューリッヒのニューエイジコンサートを行い、それらのライヴを録音したカセットをリリースするなど水面下で活動していたが、2000年にヨエルは正式にブレインチケットを復活させる。メンバーはヨエル以外にキャロル・ムリエル(ヴォーカル)、ロルフ・フーク(ギター)、ヴェルニ・フローリヒ(ベース)、コジモ・ランピス(ドラムス)、そしてファーストアルバムでプロデュース兼エフェクトを担ったヘルムート・コルベが集結し、『Alchemic Universe』をリリース。2011年にはライヴアルバム『Live In Rome 1973』をクレオパトラ・レコードからリリース後、8月にはネクターやヒュー・ロイド・ランドンと共にスペース・ロック・インベション・USAツアーを行い、初のアメリカで演奏をしている。2015年にはパープル・ピラミッド・レーベルよりスタジオ盤『Past, Present & Future』をリリースし、その後も積極的にライヴツアーを行っていたヨエル・ヴァンドローゲンブロックだったが、2019年12月23日にメキシコのグァダラハラで亡くなっている。享年81歳である。


 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はジャズをベースにしたフリーク・アウト・サイケデリックのパイオニア、ブレインチケットのデビューアルバムを紹介しました。本アルバムはドイツのレーベル、ベラフォンにライセンスされた盤の方が普及率が高かったため、よくクラウトロックと分類されることが多いのですが、本当はスイスのグループです。このアルバムを初めて聴いたのは、グループの中心的存在だったヨエル・ヴァンドローゲンブロックが2019年に亡くなり、追悼盤としてリリースした2020年リマスター盤が初めてになります。サイケデリックな音楽は聴き慣れているわけではありませんが、ある程度いろんな音楽を聴いてきたことで、冷静にひと通り楽しむことができました。やはり本アルバムのメインは『ブレインチケット パート1&2』に尽きます。後のテクノにも通じるメリハリを抑えた鬼のような一定のフレーズを延々に演奏し、その上を異様なダイナミズムをまとった様々なサンプリング音が投入されていく派手なサイケ音楽になっています。上にも書いたようにこれだけノイズに近い効果音が飛び交っているのに、聴き手に忍耐を強いるような不協和音に陥っていないのはある意味凄いことだと思います。一定のフレーズが思った以上にリズミカルで没入感が半端ないです。この刺激的なサウンドが1971年の段階で構築されているということも目から鱗ですが、確かにレコードを聴いた当時の多感な人にとっては毒だっただろうな~と思います。

 さて、ブレインチケットは本アルバムのインパクトの強さで(良くも悪くも)一躍有名になりましたが、実はサードアルバムの『Celestial Ocean(セレスティアル・オーシャン)』が、彼らの最高傑作でありプログレッシヴロックの名盤であると言われています。古代エジプトで死者と共に埋葬された「死者の書」をモチーフにした作品で、死者の霊魂が肉体を離れた先にあると言われている死後の楽園アアルの世界を描いたものです。こちらはファーストアルバムのような刺激的なサウンドは抑えられ、シタールやフルート、そして大胆にシンセサイザーを導入したアンサンブルを重視した組曲風のアルバムになっています。こちらもなかなか素晴らしい作品なので、いずれどこかで紹介したいと思っています。

それではまたっ!