【今日の1枚】Embrio/Steig Aus(エンブリオ/激昂) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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Embrio/Steig Aus
エンブリオ/激昂
1973年リリース

衝撃のポリリズムと中近東的なメロディで
疾走するエスニック風ジャズロック

 アモン・デュールⅡやポポル・ヴーといったプログレッシヴロックグループと同郷である、ドイツのミュンヘン出身のジャズロックグループ、エンブリオの4枚目のアルバム。そのサウンドはエレクトリックギターに改造された民族楽器サズをはじめ、エレクトリックピアノ、ヴァイオリン、マリンバ、メロトロンといった多彩な楽器による無国籍風のファンキーな楽曲となっている。ジャムセッション色が強く、全編に響き渡るポリリズムとメロトロンの絡まりが効果的であり、ドイツならではの独特なジャズロックを繰り広げた傑作である。

 エンブリオはドイツのミュンヘンで、キーボーディストでマルチミュージシャンのクリスチャン・ビュシャール(またはクリスチャン・ブッヒャルト)を中心に1969年に結成されたグループである。当時のドイツは1960年代からロックやジャズグループ同士の交流が盛んに行われており、メンバーが別のグループでセッションしたり、グループ間を渡り歩いて演奏したり、中にはセッション専門のミュージシャンが数多く存在していたという。特にミュンヘンではアモン・デュールⅡとエンブリオのメンバーは親しい間柄で、アモン・デュールⅡのリーダー格であるクリス・カーラーも、エンブリオを結成する以前のクリスチャン・ビュシャールや他のメンバーとジャズをプレイしていたという。エンブリオは300人近くのセッションミュージシャンとの演奏を経て、クリスチャン・ビュシャール(キーボード)、エドガー・ホフマン(サックス)、ローター・マイト(ベース)、ジミー・ジャクソン(キーボード)、ディータ・セルファス(ドラムス)、ウォルフガング・パープ(ドラムス)、インゴ・シュミット(サックス)、ジョン・ケリー(ギター)というメンバーで、1970年4月に発表されたファーストアルバム『Opal』のレコーディングを開始する。しかし、レコーディング前にベーシストのローター・マイトがアモン・デュールⅡに参加したため、ラルフ・フィッシャーに代わり、クリスチャン・ビュシャールがドラムを演奏するなど、多くのメンバー変更があったという。このアルバムではエスニック風でもジャズロック風でもない、交流の深いアモン・デュールⅡを思わせるサウンドになっている。エンブリオは1971年にセカンドアルバム『胎児の復讐』、3枚目のアルバム『Father Son and Holy Ghosts』をリリース後、西アフリカやポルトガルのツアーに出ている。ミュージカル風に演奏するエンブリオのライヴステージは話題となり、本国のドイツ以外にスペインやポルトガルで高い知名度を得たという。この時にギタリストのロマン・ブンカが加入し、エスニック色が増したジャズロックを確立していくことになる。4枚目のとなる『激昂』は、1973年にブレインからリリースされたアルバムだが、1971年の12月、1972年の3月と9月にレコーディングされた音源を一括して出したものになっている。2枚目と3枚目のアルバムをリリースしたリバティ/ユナイテッド・アーティストから、当時もっとも売れるジャンルだったロックをやるように指示されたためである。確立したエスニック風のジャズロックを禁止された経緯から、やむなく過去の音源を取りまとめた内容となったのである。しかし、本アルバムはエンブリオのアイデンティティであるエスニック風のジャズロックが円熟した頃の楽曲であり、メロトロンやヴァイオリン、多彩なリズム隊による渾然一体となった即興性の高いジャズロックとなっている。

★曲目★
01.a.Radio Marrakesch(ラジオ・マラケッシュ)
     b.Orient Express(オリエント急行)
02.Dreaming Girls(ドリーミング・ガール)
03.Call(コール)
   a.Call PartⅠ(コール・パートⅠ)
   b.Organ Walk(オルガン・ウォーク)
     c.Marimba Village(マリンバ・ヴィレッジ)
     d.Lost Violin(ロスト・ヴァイオリン)
     e.Call PartⅡ(コール・パートⅡ)

 本アルバムのレコーディングメンバーは、クリスチャン・ビュシャール(キーボード、ヴィヴラフォン、ドラムス)、エドガー・ホフマン(サックス、ヴァイオリン)、ロマン・ブンカ(ギター)、ジミー・ジャクソン(キーボード、メロトロン)、デイヴ・キング(ベース)、ヨルグ・エヴァース(ベース)であり、曲によってメンバーを入れ替えて録音している。さらにレコーディングメンバーには、あの『レフト・アローン』で有名なジャズ・ピアニストである、マル・ウォルドロンが参加している。1曲目の『ラジオ・マラケッシュ』と『オリエント急行』は、2パートに分かれた楽曲になっており、アラビックな歌から始まり、エレクトリックギターに改造された民族楽器のサズの美しい音色の後に多彩なリズムとサックス、キーボード、ギターによる独特のアンサンブルになる。結成時のメンバーであるジミー・ジャクソンの独自の弾き方ともいえるキーボードが絶妙であり、ロマン・ブンカのギターがエスニック風でありながらテクニカルである。2曲目の『ドリーミング・ガール』は、哀愁のあるヴァイオリンを加味したサイケデリックなジャズを披露している。途中から繊細なドラミングに合わせてヴィヴラフォンが鳴ったり、うごめくようなメロトロンや冷たいピアノが弾かれたりと、その不安定さがまるでキング・クリムゾンの『リザード』を思わせるような楽曲になっている。3曲目の『コール』は5つのパートに分かれた楽曲になっており、それぞれがジャムセッション色の強い演奏を披露している。それぞれのテーマに沿った緩急のある即興的なリフが特徴だが、トータル的に起承転結のあるサウンドになっている。中でも『オルガン・ウォーク』では民族的な打楽器をバックにリヴァーヴをかけたハモンドオルガンとエレクトリックピアノ、ヴァイオリンが渾然となった楽曲。後に太くうねるようなキングとエヴァースのベースとビュシャールのグルーヴィなドラム上で様々な楽器が入り乱れるように演奏されていく様はもう圧巻である。『ロスト・ヴァイオリン』では、叙情的でどこかサイケデリックなヴァイオリンがリードしながら、サックスやキーボードが複雑に絡み合うアンサンブルに昇華している。最後の『コール・パートⅡ』では、民族楽器のサズを加えた今までの楽器が登場し、無国籍風のサウンドを演出しながらフェードアウトしていく。こうしてアルバムを通して聴いてみると、即興的なセッション色が強いサウンドでありながら、それぞれにエゴがなく注意深く他の音を聴きながら一丸となって絡み合っていくスタイルになっている。特にジミー・ジャクソンの様々な表情を見せるハモンドオルガンやメロトロン、そしてエドガー・ホフマンの哀愁を帯びたヴァイオリンが冴え渡っており、渾然とした楽曲に彩りを与えている。ジャズロックをベースにしているとはいえ、様々な楽器を巧みに取り入れた楽曲は異色であり、数あるジャーマン・ジャズロックの中でも最高峰の1枚と言える。

 アルバムのリリース後、アメリカのサックス奏者のチャーリー・マリアーノが参加し、1973年に『We Keep On』を発表。1975年にリリースした7枚目のアルバム『Surfin』から、これまでのプログレッシヴロックのスタイルから脱却し、1976年にドイツで有名なグループであるチェックポイント“チャーリー”と共に、自主レーベルであるSchneeballを設立する。ドイツで独立したレーベルが設立するのは初めてであり、当時はザ・ビートルズやローリング・ストーンズといったメジャーなグループ以外、世界でもあまり例が無いと言われている。1978年にはメンバーの家族やローディー・フィルム・チームを乗せたコンボイトラックで、アフガニスタンやパキスタン、インドといったアジアツアーを慣行している。このツアーは『Embryo's Reise』として、1979年に2枚組みのアルバムとしてリリースされており、フィルムは1981年にドイツのTVで放映されている。1981には解散したアモン・デュールⅡのクリス・カーラーがエンブリオのアルバムに参加し、メンバーの1人となっている。メンバーの1人となっているというのは、エンブリオは世界中を旅をしながらツアーを続けており、彼らとセッションするミュージシャンは世界中に150人以上いるといわれているからである。また、別ユニットとして1980年秋にエンブリオ・ディッシデンテンというポップグループを立ち上げ、最終的にディッシデンテンという名に変えて複数のアルバムをリリースしている。後にディッシデンテンはワールドミュージックの先駆けのグループと言われるようになる。エンブリオは2016年までにライヴやコンピレーションを含めて30枚にも及ぶアルバムをリリースしており、長らく解散の無いグループとして君臨してきたが、2018年1月17日にグループの中心人物だったクリスチャン・ビュシャールが、残念ながらドイツのミュンヘンで亡くなっている。71歳である。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回は無国籍風のサウンドが斬新なドイツのジャズロックグループ、エンブリオの4枚目のアルバム『激昂』を紹介しました。タイトルの『Steig Aus』は直訳すると「出て行け」という意味になります。邦題でも『激昂』となっていて不思議でしたが、なるほど、彼らのアイデンティティであったジャズロックが封印されて、過去のマテリアルを収録せざるを得なかったメンバー達のレコード会社に対する怒りの文言だったわけですね。ミュージカル風のステージだったということでシュールなジャケットデザインになっていますが、何となくリンクしているような気がします。エンブリオの本アルバムは、2005年に再発された紙ジャケで入手したものですが、最初に聴いた時は全くといっていいほど関心が無く、私の脳裏からスルーしていました。4年ほど前にレコードやCDを整理した時に「あれ? こんなアルバム持ってたっけ?」という状態で発見し、ついこの間改めて聴いた次第です。

 さて、本アルバムですが、エスニック風味のジャズロックという言葉で紹介されることが多いのですが、ワールドミュージック的なジャズロックといった方が正しいかもしれません。ちょっとクセのあるサウンドなので聴く人によっては好みが分かれますが、個人的に改めて聴いた時「かっこいいっ!」と思ったのが率直な感想です。もっとハッキリ言えば「売らなくて良かった」というのが本音です(笑) とにかくクリスチャン・ビュシャールの繊細で手数の多いドラミングとジミー・ジャクソンの独特ともいえる奏法のキーボード、そしてエドガー・ホフマンの哀愁のヴァイオリンが渾然一体となって盛り上がる瞬間、圧巻ともいえるアンサンブルに変貌します。エンブリオ結成以前に様々なジャンルのミュージシャンと多くのジャムセッションをしてきたという実績と、レコーディング時もファーストテイクを使ったとされていることから、良い意味で彼らの演奏テクニックはズバ抜けています。強いて言うのであれば、メロトロンを使用しているということで、シンフォニックなプログレを期待したリスナーには受けが良くないかなと思うくらいです。

 本アルバムは数多くのセッションを繰り返すことによって培われた、グループの高い技術やセンスが楽曲の中のあちこちに現れています。緩急のあるサウンドから一丸となって絡み合っていくダイナミックなジャズロックを、ぜひ一度聴いてみて欲しいです。ちなみにエンブリオは、本アルバムを含めた2枚目から5枚目のアルバムが個人的に傑作だと思っています。

それではまたっ!