【今日の1枚】Happy The Man/Crafty Hands(クラフティー・ハンズ) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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Happy The Man/Crafty Hands
ハッピー・ザ・マン/クラフティー・ハンズ
1978年リリース

高度な音楽理論に裏付けられた
現代音楽に通じるテクニカルロックグループ

 アメリカのジェントル・ジャイアントと呼ばれた北米屈指のテクニカル・プログレッシヴロックグループ、ハッピー・ザ・マンのセカンドアルバム。そのサウンドは高度なジャズ・フュージョンをベースにした完成度の高いシンフォニックサウンドになっており、ポリフォニックなシンセサイザーや管弦楽器を用いた緻密でメカニカルなアンサンブルが特徴である。後にキャメルに参加するキーボーディストののキット・ワトキンズが在籍していたことでも有名であり、彼による幻想的で気品あふれたキーボードが堪能できる1枚となっている。

 ハッピー・ザ・マンは、1972年末頃にドイツでジャム・セッションを行っていたリック・ケネル(ベース)、マイク・ベック(ドラムス)、クリフ・フォートニー(ヴォーカル)が在籍していたグループと、スタンリー・ホウィティッカー(ギター)、デヴィッド・バッハ(キーボード)を擁したグループとの出会いから始まっている。その後、スタンリー・ホウィティッカーがアメリカのヴァージニアに移住したことを機にメンバーが落ち合い、1973年にハッピー・ザ・マンというグループ名で活動を開始している。彼らを結びつけたのはイギリスのジェネシスやキング・クリムゾン、ジェントル・ジャイアントといったプログレッシヴロックグループを好んでいたことがきっかけだったという。ちなみにグループ名のハッピー・ザ・マンとはゲーテの『ファウスト』の一節に登場する言葉である。グループはしばらく地元で活動をしていたが、キーボーディストのデヴィッド・バッハが音楽の学業に専念するために脱退。後任にマルチ・プレイヤーのフランク・ワイアットが加入するが、彼はキーボード専任ではなかったため、後に弱冠19歳だったキット・ワトキンズが加入する。当時はオリジナルのレパートリーが少なかったため、ジェネシスの『ウォッチャー・オブ・ザ・スカイズ』やキング・クリムゾンの『21世紀のスキッツォイド・マン』などのプログレのナンバーを演奏していたという。メンバーが固まったと同時にライヴ活動を精力的に行い、オリジナルのマテリアルを作成してはデモ曲をレコーディングするようになる。その後、ヴォーカルのクリフ・フォートニーがフルートを本格的に学ぶために脱退。代わりに元イーソスの初期メンバーだったダン・オーウェンが加入している。ダン・オーウェンはクリフ・フォートニーと旧知の仲で、フォートニーが声をかけたことで招かれたメンバーである。1974年にはこのメンバーで11パート38分に及ぶ組曲『デスズ・クラウン』を書き下ろし、これらの作品を基にしたミュージカルをオフ・ブロード・ウェイで上演する試みもあったようだが、ダン・オーウェンが脱退してしまったためにこれまでの作品は封印されてしまい、残った5人で改めて曲作りをすることになったという。スタンリー・ホウィティッカーやキット・ワトキンズ、フランク・ワイアットが曲の作成を行い、ファーストアルバムのナンバーにもなる曲もこの時期にレコーディングしている。

 1976年に米アリスタ・レコードと新人としては破格の契約を交わし、初のアルバムレコーディングをA&Mスタジオで行い、1977年にファーストアルバム『ハッピー・ザ・マン』をリリースする。アルバムリリース後はフォリナーやルネッサンス、ツトム・ヤマシタ、ジェファーソン・エアプレインから派生したホット・ツナなどとの精力的にツアーを行ったことで高い評判を得る。しかし、インストゥメンタル志向の強いアルバムだったためか、ラジオでもオンエアされることが無くチャート的にも振るわない結果になったという。1978年に入ると音楽性の不一致からドラマーのマイク・ベックが脱退。後任にロン・リドルが加入し、前作に続いてプロデューサーにデヴィッド・ボウイやスーパートランプを担当したケン・スコットを迎えてリリースされたのが、本セカンドアルバムの『クラフティー・ハンズ』である。本アルバムは超高速シンセサイザー、管楽器導入、変拍子の連続技など、ジャズ・フュージョンをベースにした緻密でクオリティの高いプログレッシヴなロックとなっている。

★曲目★
01.Service With A Smile(サービス・ウィズ・ア・スマイル)
02.Morning Sun(モーニング・サン)
03.Ibby It Is(イビー・イット・イズ)
04.Steaming Pipes(スティーミング・パイプス)
05.Wind Up Doll Day Wind(ウインド・アップ・ドール・デイ・ウインド)
06.Open Book(オープン・ブック)
07.I Forgot To Push It(アイ・フォゴット・トゥ・プッシュ・イット)
08.The Moon,I Sing~Nossuri~(ザ・ムーン、アイ・シング)

 アルバムの1曲目の『サービス・ウィズ・ア・スマイル』は、グループ加入前のロン・リドルと一緒に活動していたグレッグ・ホークスと共に書いた曲である。この曲は8分の11拍子で展開するスリリングな内容になっており、これまでのハッピー・ザ・マンのレパートリーの中にあっても違和感の無い楽曲になっている。2曲目の『モーニング・サン』は、朝焼けをイメージするような優しい雰囲気のある曲で、キット・ワトキンズが手がけている。後に加入するキャメルの楽曲にも通じるモーグ・シンセサイザーとアコースティックギターのアンサンブルは幻想的である。3曲目の『イビー・イット・イズ』は、フランク・ワイアットが書いた曲であり、変拍子のあるポリリズムなシンセサイザーによるフュージョンナンバー。中盤からのスタンリー・ホウィティッカーの激しくも叙情的なギターと流麗なエレクトリックピアノが交差する高度な展開は思わず聴き惚れてしまうほどである。4曲目の『スティーミング・パイプス』は、管弦楽器を擁したインストゥメンタルになっており、アメリカらしいダイナミックなジャズロックになっている。ここでもスタンリーの劇的なギターが堪能できる。5曲目の『ウインド・アップ・ドール・デイ・ウインド』は、フランク・ワイアットのヴォーカルをフィーチャーした唯一のナンバーで、アメリカンポップ的なメロディーの中に複雑に絡み合うシンセサイザー、気品あふれる金管楽器が印象的である。6曲目の『オープン・ブック』は、なだらかなシンセサイザーを中心としたナンバーで、中盤にフルートとアコースティックギターによる牧歌的なアンサンブルがある味わい深い内容になっている。7曲目の『アイ・フォゴット・トゥ・プッシュ・イット』は、小気味の良い変拍子の利いたトリッキーなナンバーで、テクニカルながらもスタイリッシュにまとめられたサウンドになっている。8曲目の『ザ・ムーン、アイ・シング』は、リリカルなエレクトリックピアノと深みのあるシンセサイザーから始まり、なだらかでありながら変拍子や計算されたような複雑な展開があり、聴く者を飽きさせない楽曲になっている。こうして聴いてみると、確かにジェントル・ジャイアントやピーター・ガブリエルが抜けたジェネシス時代をルーツにした技巧的なサウンドになっているが、そこにアメリカらしいジャズロック色が加わったことでクリアでスリリングなサウンドとなり、1980年代に一世風靡するフュージョンにも通じるスタイリッシュなサウンドになっている。過度に盛り上げるシンフォニックな要素は出来るだけ抑えて、実に計算されたかのような無駄の無いアレンジは、次なる時代を見据えたプログレッシヴロックのあり方を提示しているようにも思える。

 本アルバムも前作と同じように評判は高かったものの、アリスタレコードの方針転換もあって満足なサポートを受けられず、期待されたセールスを上げることはできなかったという。後にグループは1979年のリリースに向けてサードアルバムのレコーディングをしていたが、途中でアリスタレコードから契約を打ち切られ、さらにキーボード奏者のキット・ワトキンズがキャメルに加入することが決まり、グループは解散することになる。なお、お蔵入りとなったサードアルバム『Better Late』は、1983年にAzimuth Recordというインディーでリリースされている。他のメンバーはその後、セッションミュージシャンになったり、音楽活動から身を引いてしまったりとバラバラになってしまったが、20年後の2000年になって復活する。この復活の契機となったのは、1990年に1975年当時のハッピー・ザ・マンがデビュー前のデモ音源とライヴ音源を収録したアルバム『Beginnings』がキュニフォームからリリースされ、さらに1999年にお蔵入りしたダン・オーウェンが在籍していた時代の組曲『デスズ・クラウン』のスタジオレコーディング盤が同じくキュニフォームからリリースされたことに由来する。ファンから後押しされたように再結成されたハッピー・ザ・マンの新メンバーは、リック・ケネル、スタンリー・ホウィティッカー、フランク・ワイアット、ロン・リドルのオリジナルメンバーに、キーボーディストに元レインボーのディヴ・ローゼンタールが加わっている。2004年には復活アルバム『ザ・ミューズ・アウェイクンズ』をリリースし、アリスタ時代のアルバムにも引けをとらない素晴らしい完成度を誇ったアルバムとなっている。


 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はテクニカルなジャズロックをベースにした幻想的なシンセサイザーが、1980年代のフュージョンや現代音楽にも通じる、ハッピー・ザ・マンの『クラフティー・ハンズ』を紹介しました。このアルバムはかなり前からCDとして所有していましたが、当時はさらりと聴いただけで特にこれといった印象は無かったはずなのに、最近改めて聴いたら変拍子の連続と緻密なアンサンブルにあふれていて技巧派のグループだったんだなあ~と再認識しました。一度聴いただけではダメですね~というよりも、私自身がこういった音楽を聴けるようになったというのが大きいかもしれません。やはりアルバムのそれぞれの曲を聴いているとキット・ワトキンズの存在は偉大で、彼はピアノやシンセサイザー、ハープシコードといった多彩なキーボードを弾いています。シンフォニックな要素は薄いですが、ポリリズムなキーボードを主体に叙情的なギターや手数の多いドラミング、存在感のあるベースなどジャズ的な要素がやや強い、クロスオーヴァー&フュージョンのようなサウンドになっているのが印象的です。後にキャメルに移籍するキット・ワトキンズに注目してしまいますが、アルバムの1曲目の新加入したロン・リドルが作曲した『サービス・ウィズ・ア・スマイル』や2004年にディヴ・ローゼンタールがキーボードを務めたアルバムも聴いてみましたが、全く違和感が無いと感じてしまうのは、リック・ケネル、スタンリー・ホウィティッカー、フランク・ワイアットの3人によってグループが成り立っていたんだなとつくづく思ってしまいました。

 さて、ハッピー・ザ・マンはファーストアルバムをリリース後に、フォリナーやルネッサンス、ツトム・ヤマシタ、ジェファーソン・エアプレインから派生したホット・ツナと共にツアーを慣行して高い評判を勝ち得ます。彼らの演奏テクニックは誰もが認めるものでしたが、それを裏付けるエピソードとして、アメリカでちょうどソロとして復帰の機会をうかがっていた元ジェネシスのピーター・ガブリエルともセッションを行っており、両者のコラボレーション企画があったそうです。結局は具体化に至らずに解消されてしまいますが、実現していたらどんなアルバムになっていたのかと思うとちょっと残念です。

 商業主義に向かっていた1970年代後半のアメリカで、セールス無視の独自性を秘めたインストゥメンタル作品を作り出した本アルバムは、聴き込むほどに味わい深い粋なサウンドです。テクニカルなプログレ好きにはもちろん、ジャズフュージョン好きにも、ぜひ聴いてほしいアルバムです。

それではまたっ!