【今日の1枚】Gracious!/Gracious!(グレイシャス) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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ロック(プログレ)を愛して止まない大バカ…もとい、音楽が日々の生活の糧となっているおっさんです。名盤からマニアックなアルバムまでチョイスして紹介!

Gracious!/Gracious!
グレイシャス/グレイシャス
1970年リリース

多彩なキーボードによるプログレの美学を体現した
ヴァーティゴ・レーベル初期の名作

 ピアノやオルガン、メロトロン、ハープシコードといった多彩なキーボードを駆使し、クラシカル&ブリテイッシュ然としたロックサウンドを披露したグレイシャスのデビューアルバム。そのエレクトリックギターによるハードな一面とキーボード類によるシンフォニックな一面があり、まさにクラシックとロックのせめぎ合いの中で生まれる美しいサウンドがグレイシャスの真骨頂となっている。1969年から1973年にかけてリリースされたヴァーティゴ作品、通称“Swiri Vertigo”と呼ばれる一連のアルバムの中でも、トップクラスの人気を誇る作品でもある。

 グレイシャスは1964年頃にイングランド南東部に位置するサリー州の町イーシャーで、同じ学校に通う友人同士だったギタリスト兼ヴォーカリストのアラン・コウディロイとヴォーカル兼ドラムスのポール“サンディ”ディヴィスの2人を中心に、サタンズ・ディサイプルズというグループを結成したところから始まっている。当時はサーチャーズといったカヴァー曲を演奏するアマチュアグループだったが、2人が学校を卒業する頃には本格的にプロを目指す活動をするようになり、マネージャーからの命名でグレイシャスというグループ名に改名している。この時、何度かメンバーチェンジを行う中で、1967年頃にはアラン・コウディロイ(ギター)、ポール“サンディ”ディヴィス(ヴォーカル)、マーティン・キットカット(キーボード)、ティム・ウィートリー(ベース)、ロバート・リプソン(ドラムス)の5人に落ち着き、ディヴィスは兼任していたドラムスから離れ、ヴォーカルに専念している。1968年にはザ・フーのツアーサポートを行い、約6週間にも及ぶドイツの演奏旅行を経て、翌年にはとあるコンサートでキング・クリムゾンと共演している。このキング・クリムゾンのサウンドにメンバーは衝撃を受け、これまで演奏していたクリームやザ・ビートルズのようなブリティッシュロックから脱却した新たな音楽の道に進むことになる。メンバーは従来の3分程度のポップチューンから、より複雑な構成を持ったプログレッシヴな音楽を目指すことを決意し、グループはメロトロンを導入した楽曲を制作することになる。地元でライヴステージを行いつつ、積極的にデモテープをレコード会社に送りつけていた彼らは、クリフ・リチャード&ザ・シャドウズのプロデューサーで知られるノリー・パラマーの目に留まり、パラマーの下でアルバム1枚分のレコーディングを行っている。しかし、このレコーディングの音源は現在でも陽の目を見ておらず、結局、1969年にポリドールからリリースされた『Beautiful/Oh What A Lovely Rain』のシングル1枚しか出ていない。やがてグレイシャスは同年にポリドールからフォノグラム傘下の新進気鋭のレーベルであるヴァーティゴに移籍している。イギリスでギグサーキット中だったグレイシャスに、当時ヴァーテイゴレーベルの責任者だったブライアン・シェパードが直々に会いにきて、レコード契約を果たしている。1970年初頭、後のポール・ウェラーが所有するソリッド・ボンド・スタジオとなるフィリップス・スタジオでレコーディングが行われ、プロデューサーにヒュー・マーフィーが担当してアルバムが完成。こうして別名「Exclamation Mark Album」とも呼ばれるデビュー作『グレイシャス』が、同年の1970年にリリースされる。本アルバムはグレイシャスの音楽性を決定付けたキング・クリムゾンの影響は大きく、『天国』や『地獄』、『夢』といった観念的なタイトルが並び、彼らが導入したメロトロンによるクラシカルな音楽性が加味されたドラマティックなサウンドになった傑作となっている。

★曲目★
01.Introduction(イントロダクション)
02.Heaven(天国)
03.Hell(地獄)
04.Fugue In“D”Miner(フーガ・イン・Dマイナー)
05.Dream(夢)

 アルバムの1曲目の『イントロダクション』は、オーソドックスなハードロック調のスタイルだが、時折奏でられるクラシカルなハープシコードが効果的なアクセントとなった曲である。中盤のアラン・コウディロイによるへヴィなギターソロがあり、単なるブリティッシュロックではないことがこの1曲で良く分かる。2曲目の『天国』は序盤からメロトロンが鳴り響き、ロングトーンのギターがまさに天上のクラシカルな雰囲気を漂わせる曲になっており、クラシカルなピアノ、荘厳なコーラスワーク、バックにメロトロンというメロディーの洪水と言っても良いほど構成美にあふれた曲。3曲目の『地獄』は、ラグタイム風なピアノが間奏に入った重く荒々しいオルガンの響きをメインにした曲。途中から重いギターを含めたアンサンブルとなって、後半では流麗なピアノによるクラシカルなヴォーカル、ホンキートンク風の楽曲ハードロック調の楽曲があり、1曲の中に複雑でありながら静と動がドラマティックに対置された内容になっている。4曲目の『フーガ・イン・Dマイナー』は、12弦ギターとハープシコードによるクラシックなナンバー。このようなクラシック曲を大胆に導入している点が、グレイシャスの大きな魅力のひとつとなっている。5曲目の『夢』は、16分に及ぶ大曲になっており、グループの集大成的な位置づけの曲になっている。ビートルズの『Hey Jude』やベートーヴェンの『エリーゼのために』の旋律があり、ハードロックからジャズ、クラシックなど多数のジャンルのフレーズが散りばめられたユーモアたっぷりの内容になっている。こうして聴いてみるとメロトロンやハープシコードを多用したロックといえばそれまでだが、へヴィなギターを含めたメンバー全員の演奏テクニックが素晴らしく、ハードな展開やクラシックの引用など複雑ともいえる楽曲を難なくこなしているところが好印象である。何よりもメロトロンによるシンフォニックなサウンドとハードなギターによるロックとクラシックのせめぎ合いが、グレイシャスサウンドの美学といっても過言ではない。

 本アルバムは多くのヴァーティゴレーベルのアルバムと同じようにセールス的に成功はしてはいない。理由は単純にマネジメント側が積極的にプロモーションを行わなかったことが大きく起因している。グレイシャスはセカンドアルバムにあたるレコーディングを行っていたが、レーベルからリリースを見送られるという憂き目に遭っている。結局、グループの存続が不可能となってしまい、1971年に解散している。レコーディングしたセカンドアルバム『This Is…Gracious!!』がリリースされたのは、解散後の1972年にフィリップス傘下の廉価レーベルからだったという。無論、まったく宣伝をしていなかったため、セカンドアルバムは存在すら知らなかった人も多いと聞いている。その後、メンバーのロバート・リプソンは家業を継ぎ、マーティン・キットカットはアメリカに移住して就職するなど2人は音楽活動から離れてしまう。ティム・ウィートリーは、元グレイテスト・ショウ・オン・アースのコリン・ホートン・ジェニングスの誘いで、タゲットというグループを結成。1枚のアルバムをリリースしているが長くは続かず、レコーディングスタジオを運営を経てローカルグループで演奏を続けたという。アラン・コウディロイはプロの道を断念し、デッカやヴァーティゴ、スティッフ、A&Mといったレーベルの運営スタッフとして音楽業界人となって働いている。ポール“サンディ”ディヴィスは、ソロとなって1974年と1975年にそれぞれアルバムをEMIからリリースしている。最初のソロアルバムは親しみやすいポップな楽曲が詰まった作品となっており、セカンドソロアルバムはホワイトソウル路線となった作品になっている。ちなみにディヴィスはアンドリュー・ロイド・ウェバーの書いた1972年の大ヒットロックオペラ『ジーザス・クライスト・スーパースター』にも参加している。このようにメンバーはバラバラとなってしまったが、解散から25年経った1996年にティム・ウィートリー、アラン・コウディロイ、ロバート・リプソンのオリジナルメンバーを含めた5人が一時的に再結成し、アルバム『Echo』のリリースを果たしている。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回はメロトロンやハープシコードといったキーボードを大胆に取り入れたブリティッシュロックグループ、グレイシャスのデビューアルバムを紹介しました。オルガンを含めたキーボードを駆使したハードロックグループは多数ありますが、ここまでクラシックとハードロックが同居したサウンドはなかなか無いのではと思います。とにかくメロトロンを導入したクラシカルで複雑な展開のある2曲目の『天国』は、ブリティッシュロック然としたサウンドとハードロック、クラシックが見事に昇華した素晴らしい曲になっています。5曲目の『夢』はまさにあらゆるフレーズを組み込んだやりたい放題の楽曲になっていて、その中にもロックやジャズ、クラシックの楽曲が複雑に絡み合っています。改めて聴いてみると、やりたい放題といった感じもしますが、メンバーの演奏テクニックは申し分なく、B級プログレの多いヴァーティゴレーベルの中でもとりわけ高い人気を誇っている理由もうなずけます。アルバムジャケットも白地にエクスクラメーションマーク(感嘆符)を大きく真ん中にデザインされているところなんて、ヴァーティゴレーベルのアルバムの中でも異彩を放っています。

 さて、グレイシャスはかつてクリームやザ・ビートルズのようなブリティッシュロックを演奏していましたが、キング・クリムゾンの出現によって音楽性が変化します。1969年7月11日にベックナムのミストラルクラブでキング・クリムゾンと共演したことがきっかけです。プログレッシヴなサウンドに出会ってすぐに音楽性を変えることも凄いですが、高価なメロトロンを導入したのも凄いことです。そこには解散後に音楽から離れてしまうキーボーディストのマーティン・キットカットのクラシックの素養があったからですが、そもそも彼が最もキング・クリムゾンの音楽に影響を受けたことが理由とされています。彼は本アルバムではメロトロンの他にハープシコード、ピアノ、ホーナーピアネットを弾いていて、グレイシャスサウンドの立役者となっています。

 未成熟な部分はあるものの、卓越したテクニックとセンスでカバーした、まさにGracious!=優雅な!サウンドになっています。黎明期のブリティッシュロック好きには、ぜひ聴いてほしいアルバムです。

それではまたっ!