【今日の1枚】Khan/Space Shanty(カーン/宇宙の船乗り) | 古今東西プログレレビュー垂れ流し

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Khan/Space Shanty

カーン/宇宙の船乗り

1972年リリース

スティーヴ・ヒレッジがリーダーとして在籍した

ブルーステイストの強いカンタベリーミュージック

 後にゴングやケヴィン・エアーズに参加するギタリスト、スティーヴ・ヒレッジが、リーダーとして在籍していたカーン唯一のアルバム。個性的な作品を作ることで有名なヒレッジが、本作でもある意味、実験的と思われる演奏が随所に見られ、ブルーステイストの強いロックとなっている。正式なメンバーではないものの、キーボディストのディヴ・スチュワートがサウンド面で大きく貢献しており、2人のコラボレーションによる独特の作風が実ったカンタベリーミュージックシーンを語る上で欠かせないアルバムとなっている。

 スティーヴ・ヒレッジは1951年にイギリスロンドンに生まれている。彼は1967年にシティ・オブ・ロンドン・スクールというパブリック・スクールに通っていたときにデイヴ・スチュワートと出会い、後にモント・キャンベルとクリープ・ブロックスも加えたユリエル (URIEL)というグループを結成している。すぐにレコード会社からオファーをもらい、契約することになるが、グループ名の変更を迫られてアーザケル(ARZACHEL)という名でアルバムをリリースしている。そのアルバムはメンバー全員が変名でクレジットされていることは有名である。その後ヒレッジは大学に進学するためにグループを脱退し、残ったメンバーはエッグ(EGG)とグループ名を変えて活動を続けることになる。エッグは1970年から1971年までに2枚のアルバムをリリースしており、1972年の5月頃まで活動を続けていたらしいが、これに触発されたのかヒレッジ自身も新たなグループを結成する動きを見せ始める。1971年に音楽業界に戻ったヒレッジは、ニック・グリーンウッド(ベース)、ピップ・パイル(ドラムス)、ディック・ヘニンガム(オルガン)と共に新たなグループであるカーン(KHAN)を結成する。しかし、リハーサルの段階でピップ・パイルが脱退。代わりにエリック・ピーチェイが加入し、ファーストアルバム『宇宙の船乗り』の録音が開始される。エッグのセカンドアルバムのリリースを終えたディヴ・スチュワートは、ヒレッジが新たなグループを結成したことを知り、レコーディング時に全面的に協力しつつゲストとして参加している。こうしてスティーヴ・ヒレッジのブルージーなギターとディヴ・スチュワートのリリカルなキーボードを中心に、カンタベリーミュージシャンで固められたメンバーとしては極めてロック的なアルバムが1972年にリリースすることになる。

★曲目★
01.Space Shanty(宇宙の船乗り)
02.Stranded(見知らぬ浜辺にて)
03.Mixid Up Man Of The Mountains(自由への飛翔)
04.Driving To Amsterdam(アムステルダムへのドライヴ)
05.Stargazers(星を見つめる二人)
06.Hollow Stone(ぬけがらの石)

 アルバムは全曲ヒレッジ自身が書いたものになっており、3曲目のみグリーンウッドとの共作になっている。1曲目の『宇宙の船乗り』は、ハードなドラミングとギター、そしてヒレッジの力強いヴォーカルで始まるドラマティックな曲。この曲の聴き所は、中間のインストゥメンタルパートのヒレッジのギターとスチュワートのオルガンの絡みだろう。カンタベリーミュージックに通じるような、やたらと多い変拍子の中で実に味わい深いアンサンブルになっている。2曲目の『見知らぬ浜辺にて』は、ヒレッジの生ギターで始まるフォーク調から、スチュワートのオルガンによるクラシカルな展開になる曲。ヒレッジのしっとりしたヴォーカルに耳を奪われてしまうが、彼のディストーションの効いたエレクトリックギターのソロは、空間的な広がりを感じさせてくれる逸品になっている。3曲目の『自由への飛翔』は、ロックのリズムに合わせたブルージーなギターとオルガンを中心としたシンプルな曲だが、途中から変拍子を加味したジャズロックに変貌する。様々に変容する曲調の中で多彩に弾きまくるヒレッジのギタープレイが堪能できる。4曲目の『アムステルダムへのドライヴ』は、9分に及ぶ大曲になっており、ジャズテイストの強いヒレッジのギターが全編にあふれた曲になっている。情感たっぷりに歌うヒレッジのヴォーカルのバックで流麗に奏でるスチュワートのキーボードが非常に心地いい。間奏にキング・クリムゾンの『21世紀のスキッツィオマン』と似たフレーズが聴き取れる。5曲目の『星を見つめる二人』は、ソフト・マシーンやキャラヴァンを彷彿とさせるスピーディーなアンサンブルが効いた曲。叙情的でへヴィなヒレッジのギターソロと、リリカルなスチュワートのファズ・オルガンがあり、畳み掛けるような展開の中で充実したプレイを見せてくれている。6曲目の『ぬけがらの石』は、ヒレッジのブルージーなギターと力強いヴォーカルが印象的な曲。もっともロックっぽいサウンドだが、叙情性と開放感を感じさせる前半から徐々にへヴィに盛り上がっていく。最後のテープエコーを多用したギターソロは、この時期のヒレッジがもっとも得意としている。こうして聴いてみると、スティーヴ・ヒレッジのへヴィなギタープレイが随所に表れており、カンタベリーミュージックの中でも極めてロック寄りのサウンドとなっていると思える。プログレらしい変拍子を多様しており、ヒレッジのこだわりぬいたハードな展開にスチュワートのオルガンやピアノが中和しているようにも感じ、独特ともいえる世界観を醸成している。

 アルバム発表後、ヴァレンタイン・スティーヴンスが加入してツアーを行い、さらにセカンドアルバム用の曲を作り、リハーサルも行うなど前向きに活動していたという・しかし、レコード会社にリリースを拒否されたため、カーンは1972年秋に解散する。解散後のヒレッジは、ケヴィン・エアーズやゴングのグループに参加する。彼が参加したゴングは3部作といわれる『フライング・ティーポット』(1973年)、『エンジェルズ・エッグ』(1974年)を発表し、ゴングのアルバムの中でも傑作と言われるようになる。不思議な世界観を形づくるゴングにとってヒレッジは欠かせない存在となるが、1975年から本格的にソロ活動に入る。彼のアルバム『L』は、トッド・ラングレン率いるユートピアのメンバーと録音されたものであり、さらに『グリーン』はピンク・フロイドのニック・メイスンがプロデュースにあたっており、ヒレッジがギターシンセを好んで使用しているアルバムである。彼はギタリストとして、あるいはプログレッシヴロック、またはフュージョンの作曲家・演奏家として、着実にキャリアを積んでいくことになる。1979年には初期のアンビエント作品として知られる『レインボウ・ドーム・ミュージック』をリリースし、同年には『オープン』、1982年には『フォー・トゥ・ネクスト』、『アンド・ノット・オア』といったアルバムを精力的にリリースするが、その後ヒレッジのソロ活動は途絶えることになる。しばらくはプロデュース業を行い、1990年代中盤から、ギタリスト兼プロデューサーとして、主にラシッド・タハの音楽制作に加わっているという。

 

 皆さんこんにちはそしてこんばんわです。今回は後にゴングで活躍するギタリスト、スティーヴ・ヒレッジが率いるカーンの唯一のアルバムを紹介しました。カーンは数あるカンタベリーミュージックの中でも、なかなかお目にかかれないアルバムで、紙ジャケになってやっと手に入れたものです。美しいブルーを活かした飛行機のイラストがスペイシーに感じて良いですよね。アルバムはヒレッジのブルージーでハードなギターと、スチュワートのファズを利かしたオルガンの絡みが素晴らしく、スリリングで厚みのあるアンサンブルが印象的です。今回、ディヴ・スチュワートはゲストとなっているためクレジットされていませんが、やはり彼のオルガンは存在感があり、ハードロック調のヒレッジの世界観の中でカンタベリーらしいサウンドを随所に聴かせてくれています。シンセサイザーを使わず、やや地味なオルガンとピアノに徹しているところを見ると、ヒレッジのグループに遠慮したのかもしれません。変拍子が多く少しややこしい感じがしますが、ヒレッジの叙情性と開放感に満ちた多彩なギタープレイが堪能できる数少ないアルバムだと思います。

 さて、スティーヴ・ヒレッジはカーン解散後に、ケヴィン・エアーズを経てゴングに参加しますが、ゴングの傑作と言われている1973年の『フライング・ティーポット』や1974年の『エンジェルズ・エッグ』を聴くと、あの空間的で不思議な世界観はすでにカーンの時代から醸成されているんだなと気づきます。そういう意味では、カーンというグループは後の彼の独特ともいえるサウンドを生み出す重要な実験材料だったのだろうと思います。カーンは一瞬のつむじ風の如く、本アルバムの1枚のみで解散となりますが、不思議な乗り物をあしらったアルバムジャケットを眺めていると、つくづくヒレッジの音楽性そのもののようです。

それではまたっ!