大学3年の長男。入学式も無く1、2年時はほぼオンライン授業。部活もサークルにも入らなかった彼は、大学の友人はほとんどいない。途中、「大学は楽しいか」と聞くと「楽しいわけねえだろう」
そもそも大学受験する時に、「何しに大学行くんだ?」
「やりたいことがわからないから行くんだ」と答えていた彼。
3年になってからは授業もほぼオフラインになって少しは友達も出来たようだが、相変わらず楽しくないのは同じだと言う。
偉そうに書いているが、私は教員免許を取るために大学に行くも1年時にて諦める。しかし、大学からラグビー部に入ったおかげで、私の大学での楽しみは完全にラグビーに変わる。
授業は、ほとんどやる気なし。
その分、ラグビーに時間とエネルギーを使いまくる。4年の時の就活も、わずか3社面接して決める。正味2週間ほどか。
大学生活が楽しかったか?
と問われたら、その時も今でも
「むちゃくちゃ楽しかった!」
と即答できる。
息子と私、何が違うのか。打ち込めるものが私にはあった。夢中になれるものが私にはあった。
何でもいい。人生夢中になれるものがあれば楽しいに決まっている。
が、それは必死になって探すものではない。夢中というのは、意識して考えるのではなく、気づけばラグビーの事ばっかり考えていた、おそらくそういう事を夢中と言う。
息子の大学生活も、半分以上終わった。4年時は就活に時間を費やすことだろう。
でも、同時に、何でもいいから時が経つのも忘れるようなワクワクに出会って欲しいと、何も子育てをしてこなかった父親が、それだけを息子からしたら余計なお世話だけど思うのである。
人生は一度限り、今日という日は今日しかないのだから。
息子の事を書いたら自分の大学時代を思い出した。初心者でラグビー部に入った私は、入部2週間で主将に手紙を書いた。内容を要約すると、
「こんな練習をしていたら勝てません」
今、思えばどれだけ生意気な一年生か。
しかも当時、今より先輩後輩の上下関係があったのに、そして何よりもラグビーのラの字も知らない初心者なのに。
私は現在、大学生や高校生のトレーニングコーチとして、当時の私の年代の選手たちと付き合っている。
もし、今、当時の私のような選手に出会ったらコーチ森下としては、どうするか。
多分、「お前なんも知らんくせに偉そうな事言うな」と一喝するだろう。
しかし、当時の4年生の主将は、なんと怒こらず、「森下の言いたい事はわかるよ」と受け入れてくれたのだ。
とは言え、流石に練習メニューは変わらなかったが。
そして、生意気な私は新チームになると新主将にも手紙を書く。すると新たに主将となった先輩は、私の提案を具体的に練習に落とし込んでくれたのだ。その時の私は、せいぜいラグビーを8ヶ月くらいやった程度なのにだ。入部当時よりはマシではあるが。
よくよく思えば、私の若い頃は、相当イヤな後輩である。まあ、無鉄砲な奴である。そうか長渕剛に憧れていたから、自分らしくいたいと切に願って生きていたからか。当時は自分らしさとは、変わらぬ自分でいる事だと思っていた。
相手が誰であろうとも、言うべきことは言える、そんな人になりたいと肩肘張って生きていた。
しかし、40過ぎてから、少しずつ自分なんてものは変わっていい。そう気づいた。そして、当時は相手がそれを言われたらどう思うかなんて、全く考えた事はなかった。
そういう意味では、今の方が少しは大人になれたかもしれない。
こだわりが随分減った。
丸くなったとも言えるか。
でも、矛盾するけど、若い人の特権は、無謀とも思えるようなことにチャレンジ出来ることのように思うのだが。