ムーブメントコーチ ロボラガーのブログ -28ページ目

ムーブメントコーチ ロボラガーのブログ

ムーブメントコーチ(重心移動のスキルを指導)として、高校生や大学生中心にトレーニング指導をしております。現場での試行錯誤を書きたいと思います!

School of movement 認定 マスターコーチ

「99.9%の人間は負けているんだ。俺もそうだし、お前たちもそうだよな。甲子園という目標をかなえることができなかった。でも、極論言ったら、そのときの言い訳のために、人間教育があるのかもしれないな」

 

5年ほど前に、私の高校野球部時代の恩師である助監督から聞いた言葉だ。私が所属していた東京都立東大和高校野球部は、夏季大会の西東京大会で2度、準優勝をし、『都立の星』と呼ばれていた。

当時の監督は佐藤道輔先生だった。先生は「高校野球は教育の一環、勝つことより大切なことがある」という姿勢を貫いていた。言い方を変えれば、勝利至上主義に対する抵抗をしていた。

 

私が高校野球をやっていた頃は、野球に限らず、多くのスポーツの現場では、下級生が雑用をするのが当たり前だった。佐藤先生は、まずその考え方を捨てていた。体力的にも精神的にも未熟な1年生をお客様扱いしたのだ。夏までの間、1年生は上級生よりも早く練習を終わらせ帰らせた。グラウンド整備やボール拾いなどは上級生が率先してやってたのだ。これは、当時のほかのチームからすると異様な光景ぐらい珍しいことだったのだ。

 

それから、もうひとつ画期的なことがあった。『全員野球』をモットーに、レギュラーもそうでない選手も全員に練習する機会が均等に与えられていたのだ。強豪校になればなるほど、人数も多いので、とうぜんのごとくレギュラーを中心に練習するチームがほとんどだった。しかし、我が野球部は、100人以上部員がいたにも関わらず、全員に練習する機会があったのだ。だから、セカンドやショートなどは、ノックを受けるときは10人以上が並んでしまう有様、それでも交代で全員がノックを受けることができたのだ。もちろん、効率的とは言えない。なぜそんな非効率的な練習をしたのか、それは佐藤先生の考え方の根本に、「高校野球は教育の一環」であるという強い思いがあったからだと思う。1部の上手い選手だけに練習をさせて、他の選手には雑用をさせる、そういう考え方の指導者に対して、佐藤先生は強い反抗心をもっていた。佐藤先生は、よく我々に、こんなことを話した。

「いいか、野球ばっかりやっていて、相手チームをヤジるようなチームには絶対に負けるなよ」と。

 

もう、ここまで監督が徹底していると、それがチームのスタンダードになるのだ。言い方を変えればそれがチームのプライドになっていた。おそらく2度の準優勝も含めて、当時の都立高校としては強かった理由の一番が、そのことのように思う。そんな佐藤先生の教えを学ぼうと、全国から高校野球部の指導者が見学に訪れていた。そこには、甲子園にも出場したことがある有名なチームの監督もたくさんいた。

そのうちの1人の監督に質問させてもらったことがある。

「なぜ、東大和高校に見学に行ったのですか」と。そのチームは東京からも遠く離れていたのだ。

「いやー、実はウチのチーム新1年生が入部してくると、半分以上が辞めてしまうんですよ。でも、佐藤先生のチームは辞める選手が一人もいないのを聞いて、その秘密が知りたかったんです」

そう答えてくれた。たしかに、当時のチームは部員は多かったのだが、辞める選手はほぼいなかった。私の同期も、4月の仮入部期間中に一人が辞めた(仮入部だから正確には辞めていない)が、同期35名は最後まで部活動を続けることができた。

 

そんな佐藤先生の教え子の1人でもあるのが、当時の助監督だった。まさに佐藤先生の教えを自ら実践し、我々に野球だけでなく、心の在り方も教えてくれた方だ。佐藤先生同様に私の人生の師である。

そんな、助監督が、当時の東大和高校野球部について、私と呑みながら話してくれたのだ。

「高校野球に限らず、ほとんどの人が負けるのに、負けたら何も残らないのか。でも、そんなことはないよな。負けても、弱い自分に立ち向かったとか、心底信頼できる仲間ができたとか。だから、極論言えば、負けたときの言い訳のために人間教育があったんではないかな」

 

その助監督の言葉を5年前に聞いた時、私は心底、頷いていた。まさに私が負けてばかりの人間だからである。でも、助監督が言うように、負けたら何も無かったのか、そんなことはない。下手をすると、レギュラーにもなれず、甲子園にも行けなかった、そのおかげで今の自分がいるのかもしれないのだ。

 

少し前に流行ったが、私は「勝ち組」と「負け組」という言葉が好きではない。成功することが「勝ち組」と考えることが嫌いなのだ。大切なのは、結果よりも、その過程をどう生きるか。

35年経った今でも私には「東大和魂」が、たっぷりと残っているのだ。

 

 

高校2年のある日の冬練習後、当時の野球部の助監督がこんなことを話した。
「吉川英治の『宮本武蔵』もいいけど、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』もいいぞ」
普段は、そんな話をしない助監督の言葉が頭に残った。それまで私は読書をする習慣はあまり無かった。しかし、尊敬する助監督が言うならばと、『竜馬がゆく』を読み始めた。文庫本で全8巻もあったのだが、私は夢中で読みふけった。ちょうど、学年末試験と重なっていたのだが、テスト勉強そっちのけで『竜馬がゆく』の中の坂本龍馬の生き様に、完全に心をもっていかれた。
正直、坂本龍馬がどういうことをしたのか、それまではほとんど知らなかったし興味もなかった。しかし、ちょうど野球部の副主将になり、自分自身の心の弱さ、ダメさに情けなくなっていたこともあり、『竜馬』のような器の大きな人間になりたいと、それ以来、私の憧れは『竜馬』になった。
 
特に私が竜馬が好きなエピソードがある。それは、大政奉還を徳川慶喜が決断したときのことだ。
革命とは、世界的にみても革命前の指導者をやっつけて初めて成り立つ。
しかし、竜馬は日本が外国から侵略されないためには、国内で争っている場合ではないと考えていた。いきり立つ倒幕派を抑えて無血革命をやろうとした。その案が大政奉還だった。
しかし果たして徳川慶喜が、この案を受け入れてくれるかどうかはわからない。権力者が自らの地位を、取り下げることはまたエラく難しい。

竜馬は大政奉還前に、土佐藩の後藤象二郎宛てに、こんな手紙を書いていた。
「もし、大政奉還、将軍の返答が否ならば、そのまま後藤は将軍のいる二条城の一室で切腹して果てる覚悟でしょうから、後藤が帰ってこなかった場合は、自分は海援隊と共に将軍の行列に斬り込み闘死するので、地下(あの世)で会おう」
そして、慶喜が大政奉還を受け入れたことを知ったとき、竜馬はこう言ったのだ。
「徳川将軍、よくぞ決断してくれた。よくぞ決断してくれた。徳川300年の歴史を手放すのは身を削る想いであったろう。誓って言う。ここからはあなたのためにこの命を捨てる」
どれだけ、多くの仲間が死んだことか、そして、身分制度があるおかげで、どれだけ苦しんだ人がいたことか、その一点だけでも倒幕をしなくてはいけないと突っ走ってきた。竜馬自身にも徳川家を憎む気持ちはあったに違いない。しかし、無血革命という前代未聞の案を受け入れてくれた瞬間、今度は慶喜のために命を捨てると言ったのだ。
 
昨日までの敵、それもスポーツとかビジネスとかの敵ではなく、まさにやるか、やられるかの敵だったにも関わらずにだ。もう、その人としての器の大きさにシビれた。あの行を読んでから、35年が過ぎた。しかし情けないことに、今でも変わらず自分のことを中心に考え、相手の立場になって物事を考えることが出来ずにいる。コロナの問題が起きた今でも、私の頭の中は、自分の仕事をどうするか、そればかり考えていた。この業界全体がどうしたら生き残ることができるのか、とか、もっと大きな目で、失業に追い込まれてしまった人たちのことや、会社が潰れてしまっている人たちのことは、なかなか考えられなかった。
 
竜馬なら、どうしただろうか。
きっと、自分のことより、周りで苦しんでいる人たち、困っている人たちのためだけに駆け回っているのではないか。おそらく寝食忘れてだ。しかも、その状況でさえ楽しみに変えているのではないだろうか。
ずいぶん昔に見た『幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬』という映画がある。
龍馬好きで知られる武田鉄矢さんが坂本龍馬役だった。そのパンフレットの中で、武田さんがこんなことを書いていた。しんどい時があると坂本龍馬が耳元で、こんなことを、ささやいてくるのだと言う。
 
「苦しいかね、辛いかね、疲れたかね、あきらめてもう帰るかね。でも、俺はそこを笑って通ったことがあるぜよ」と。
 
私なんかが、こんなことを書いたからと言って、夏の甲子園が中止になってしまった高校球児には、なんの慰めにもならないが、書かずにはいられない。そして、私自身にも改めてその言葉をささやいてみる。
 
「苦しいかね、辛いかね、疲れたかね、あきらめてもう帰るかね。でも、俺はそこを笑って通ったことがあるぜよ」
 
やっぱり、竜馬のようになりたい。
 

アウトプットすることが、最高のインプットになる。そう思っていた。

しかし、そうとばかりは言えないのかもしれない。こうして、ほぼ毎日ブログを書くことは、まさにアウトプットなわけだ。以前にも書いたが、書くことで自分の考えを整理できたり、書くことで新たなアイデアが浮かんだりする。もちろん、それは間違いないことだと思う。

 

しかし、昨日知人の治療家の方から、こんなメッセージを頂いた。

「たまには携帯電話の無い時間も是非作ってみてください」

実は、3月から急激にデスクワークが増えた私は、首と肩まわりがパンパンに張ってしまったのだ。そこで、その知人の方に施術をお願いした。おかげで、かなり症状が良くなったのだが、緊急事態宣言の影響で、通院を控えていた。私のコンディションを気にかけてくれる知人は、時々メールにてアドバイスをくれた。そして、昨日、相変わらずの張りがある旨をお伝えした。その返信が上記のメッセージだった。

「目線が変わると、姿勢も変わります。気分転換程度にどうぞ」と。

 

知人のメッセージを読んだ私は、ずいぶん前に聞いたことを思い出した。

「携帯電話ができてから、一番減ったのは、ぼっーとする時間だ」

たしかに、私に限らず携帯を持っていなかったときは、もっと何もしていない時間が圧倒的に多かったのだ。暇さえあれば、スマホをいじる今となっては、どう過ごしたか忘れてしまっているが、おそらく覚えていないほど、何も考えていなかったのかもしれない。でも、もしかしたら、そのぼっーとしていた時間は、肩こり予防なだけでなく、頭を休める、心を休めるうえでも大切なことだったのかもしれない。

 

自分の子どもたちを見ていると、もはやスマホのない生活は考えられないように感じる。そして、彼ら自身も、スマホを見ている大半の時間を疑問にも感じていない。ましてや、コロナの影響で、オンラインの授業が始まり、会社でもテレワークが増えているのだ。これからの時代は、ますますインターネットに恩恵を受けるだろう。かく言う私も、オンラインでのトレーニング指導をさせてもらっているのだ。おそらくこの流れはとめられない。いや、なかには、このデジタル化の流れから、アナログ化へと移行した生活を求めている人もいる。だから、絶対にスマホが必要なわけではもちろんない。

 

どちらの選択が正しいかは誰にもわからない。いや、それは正しいか、正しくないとかではなく、それぞれの生き方の問題なのだ。私は、実は、この便利なネット時代、けっこう好きかもしれない。このおかげで、今までは出会うこともなかった人とも繋がれるし、めったに会えなかった友人をそばに感じることもできるのだ。そもそも、このブログもそうではなかったら、書いていない。だから、今後も続けていこうと思う。

ただ、知人が教えてくれたように、時には携帯にもパソコンにもふれない時間を持つことは、あってもいいよな、いや、あえて作ってみたほうがいいよな、そんなことを感じた朝である。

 

「ぼっーと生きてんじゃねーよ!」と言うセリフにさからって、「ぼっーと生きている」時間を大切にしてみるか。

■プロフィール

・名前:森下 茂

・生まれ:1969年3月7日(55歳)

・職業:ムーブメントコーチ

・競技歴:野球、ラグビー

 

2002年からフリーランスとして、主に高校生や大学生の部活動に関わり、これまでに5,000人以上の選手たちにトレーニングを提供しサポートしております。

モットーは“ポジティブコーチング”で、選手たちがワクワクしてトレーニングに取り組むことを目指し、私自身も身体操作の追求をしながら日々試行錯誤しております。

2019年より(社)School of movement 認定のムーブメントコーチとして、「森下道場」という場を設け、トレーナーや治療家、スキルコーチ、選手にムーブメントスキル(動きの技術)を広め、怪我の予防とパフォーマンスの向上に貢献する活動をしております。

また、オフラインとオンラインの両方で、セミナー講師としても活動させて頂いております。

 

資格

【日本トレーニング指導者協会認定】 

 上級トレーニング指導者

【社団法人School of movement 認定】

 ムーブメントコーチ

・NASM-PES

 

主な指導実績

・高知商業野球部(2003~2009)

・松が谷高校サッカー部(2003~2011)

・拓殖大学ラグビー部(2004~2021)

・帝京大学ラグビー部(2004~2006)

・千葉大学アメフト部(2021/2022)

・学習院大学アメフト部(2021)

・流通経済大学ラグビー部(2022)

・手広中学男女バスケ部(2023)

 

現在の指導先

・千葉県立一宮商業野球部(2001~)

・茨城県立水戸一高野球部(2001~)

・東京都立府中工科野球部(2002~)

・山梨県立吉田高校野球部(2003~)

・都立片倉高校野球部(2009~)

・日立一高野球部(2011~)

・都立東大和高校野球部(2016~)

・都立富士森高校野球部(2019~)

・土浦三高野球部(2022~)

・日立ニ高ソフトボール部(2022〜)

・福生リトルシニア(2022〜)

・都立保谷高校野球部(2023〜)

・法政大学アメフト部 (2023〜)

・八街高校野球部(2023~)

・アセリ・マシヴォウ(2024〜)

ラグビーリーグワンNECグリーンロケッツ所属7人制日本代表キャップ2

 

 

執筆実績

『月刊トレーニングジャーナル』

・2018年4月号より、エッセイ「動き続ける」を5年間連載

・2023年4月号より全10回に渡り「トレーニングコーチが現場で直面する課題」を連載

 

こんなチームや選手の力になれます!

 

「筋力はついたのに、パフォーマンスの向上に結びついていない」

→ 出力の向上を担うウエイトと、動きの技術を高めるムーブメントトレーニングを同時に実施することで、パフォーマンスの向上に、よりつなげることができます

 

ウエイト器具が無い中でも、筋力の向上をはかりたい」

 24年、部活動に関わる中で、器具のないチームを多数サポートさせて頂きました。おかげさまで、器具が無くても、じゅうぶん、トレーニング効果を高める引き出しがあります

 

「ベースとなるウエイトトレーニングを教わりたい」

 初心者でも、段階的に安全に楽しくトレーニングプログラムを進めていきます

 

「クリーンやスナッチなど、クイックリフトを習いたい」

→ クイックリフトのテクニックは、非常に難しく、動画等を見るだけでは、なかなか習得するのは難しいです。大学ラグビーとアメフト選手に20年指導し続けている中で、初心者の方にも、わかりやすく、段階的に技術を習得し、パワーの向上につなげることができます

 

「予算が少ないので頻度多く呼ぶことができない」

 私の指導先は、ほとんどが公立高校です。月1回、あるいは2か月に1回のチームがほとんどです。それでも、私が行かない時のプログラムを提供することで、十分、トレーニング効果を得ることができます

 

「中学生でも、トレーニングは導入したほうがよいのでしょうか」

 成長期の、この年代こそ、怪我の予防のためにも、将来へつなげていくためにも、適切な身体づくりと動きづくりをすることが大切です

 

「なかなかチーム全員がひとつの方向をむけない」

 チームビルディングの手助けに、トレーニングはうってつけです。チームにエナジーを与えます!

 

 

◾️指導先の選手の声

・トレーニングを受けてみて、重心の移動、股関節のひねり、ジャンプするまでの歩幅の大きさ、切り返しなど色々なことを教えてもらいましたが、練習中、私の中で一番印象に残っていること・気付いたことは、「ストップ」です。「ストップ」は、ジャンプする時や、ディフェンス・オフェンスをする時などに、つながってくるという大切なことに気が付きました。そんなことに気付けたのは、トレーニングの質問タイムで、私が「ストップ」について質問した時に、森下さんがていねいに、そして、くわしく教えてくれたからだと私は思っています。私がこれからバスケットボールだけでなく、ほかのスポーツにもこのトレーニングを知った知識を生かしていきたいと思います。本当にありがとうございました。(中学1年 R.T

 

3月ごろに森下さんに「ムーブメント教えてください!」と声をかけてからムーブメント、スピードトレーニングからウエイトやフィットネスまで僕のためにたくさんのことを指導してくださり本当にありがとうございました。

正直まだ色々なことを教えていただきたかったですが、こればっかりは仕方ないです。

僕がCチームに落ちた時やメンタル的に辛い時に森下さんが前向きな言葉をかけてくださったから一年間腐らずに頑張れました。

フィットネスなどめちゃめちゃきつい中でも本当に楽しかったです。

ここまで選手のことを思って真摯に向き合ってくれるコーチに出会えたこと本当に良かった。森下さんは僕にとって尊敬できる人生の目標です。いつか僕も森下さんのような厳しくも優しい指導者になれるように頑張ります。(大学3年 K.H)

 

■トレーニング指導料

<チーム指導>

・3時間まで:35,000円

・1日:50,000円

※別途交通費

※基本的には年間契約にてお願いしています

<パーソナル指導>

・1時間:13,000円

・2時間:20,000円

※別途交通費、施設利用料

<オンライン指導>

・1時間:6,000円

<講習会>

・2時間:50,000円

※別途交通費

<森下道場>

・Live参加:6,000円

・アーカイブ:5,000円

 

■過去セミナーアーカイブお申し込み

・「野球指導者のためのムーブメント向上セミナー」

★座学編は220名を超えるお申し込み

<受講生の声>

 ・野球の投球フォームやバッティングフォームは一見、競技特異的な物で専門的な経験や技術指導が求められると思われがちですが、 力の流れを制動力・回転力・推進力と切り分けることにより、段階的に習得できるエクササイズのプログラムへと見事に落とし込まれておりました。 また、ムーブメントのプログラムを応用しているため、投げる、打つといったパフォーマンスだけでなく、元がムーブメントのプログラムなので、「走る・止まる・曲がる」も同じだよと言う繋がりメッが伝えやすいところも面白いなと思いました。 

受け手が守備や走塁も同じなんだと気付けば更なるパフォーマンスアップに繋がると思います。 そのためには伝え方がとても大切なのは言うまでもなく、森下さんのキューイングも素晴らしかったのですが、何より真似出来ない素晴らしさは親しみやすく、人懐っこいお人柄かと思われます。 

モデルの方は、いわばテーマとは離れた野球経験者でない方でした。ある意味リアルというか、思い通りにプログラムが進行しないリスクもあったのですが、徐々に上がるプログラムの難易度設定が絶妙なのと、前向きな声かけ、エラーの許容などにより、セッション中にどんどん成長するモデルの方を見て流石だなと、とても勉強になりました。 特にパーソナルのセッションの雰囲気作りは難しいと感じることが多いため、森下さんの画面から伝わる情熱を少しでもこれからの指導に還元出来ればと思います。 

ムーブメントを競技に落とし込んで指導する一つの流れ、形が見れますので、是非皆さんにも見て頂きたいお勧めのセミナーです。(M.T)

 

 

・「球技系スポーツのための方向転換スキル向上セミナー」

★座学編は400名を超える人気セミナー

<受講生の声>

・方向転換スキルを高めるために何が必要なことであるのかが理解することができました。スライドにもあった「メカニズムを理解する」ということが大事であるため、動画をいくつも用意していて視覚からの情報としてインプットすることができ理解を深めるためのサポートになりました。

また、「適切な動作」と「不適切な(怪我を発生させている)動作」の 2 種類を用意していただき、「なぜ、この動きでは相手を抜き去ることができているのか」「なぜ、この動作で怪我をしてしまったのか」を力の方向(矢印)などを表示して分かりやすく説明して下さったためより理解を深めることができまし た。

 ・実際に森下さんが指導現場で使用しているキューイングや制約なども共有してもらい、実際の現 場指導の際に使わせてもらおうとも思います。

・セミナー内容はもちろん満足だったのと、資料についてもシンプルで見やすいものばかりでした。 セミナー全体の流れについても、【全体(実際の方向転換はこんな感じです)⇒部分(細かい動き・ 動かし方はこんな感じです)⇒全体(部分で話したことの連続動作がこの方向転換です)】という理 解しやすい流れになっていてとても分かりやすく、自身で指導やプレゼンを行う際に参考にさせて いただきます。(R.K)


 

 

 

・「最初の3歩で差をつける!動き出しStep by Stepトレーニング」

★講師渾身の座学と実技各90分!


 

■今後のセミナー詳細

・9/29「ウエイト×ムーブメントセミナー」

★こちら申し込み開始10日間で、おかげさまで満員御礼となりました!

アーカイブ配信お申し込みは受付中です!

詳細

 

・「10月28日森下道場~球技系スポーツの減速スキル」

★ブレーキの無い車は故障します。怪我予防パフォーマンス向上のための減速スキルを練習します!

詳細

 

 

トレーニング指導をご希望の方は、問い合わせも含めて、お気軽にご連絡ください!

 

問い合わせ先:morishita1416@gmail.com

 

 

 

 

 

 


 

高校の野球部のときに、トレーニングというものを初めてやった。まず、夏までの間に、一つ上の1年生の指導者係の先輩に教わり、腕立て伏せや、腹筋などを毎日やった。最初は腕立て伏せ10回も満足にはできなかった。新チームの冬の練習は、ほぼ毎日がトレーニングだった。10m、20m、30m、40m、50mダッシュを10本ずつ。自体重での筋トレ、そして最後は必ず12分間走をやった。先輩の何人かが、自主的に昼休みにベンチプレスをやっているのを知り、1年生の中でもきゃしゃだった私もやるようにした。最初は40㎏で5回がやっと、それもグラグラしながらだった。

 

しかし、一冬(約3か月)を超えると、見違えるように筋肉がつき、足も速くなり、さらには持久走は野球部でも、学校でもトップクラスのレベルに達していた。トレーニングをすると変わることを知った私は上級生になるとますますトレーニングを頑張るようになった。2年生の正月には、もらったお年玉で、ベンチプレスセットを購入した。75㎏セットというやつで、週刊少年ジャンプの後ろの方に載っていた広告を見て申し込んだ。とうぜん、ますます筋肉もついた。

が、野球のパフォーマンスには、走ること以外、つまり打つ、投げる、捕るには、どうしても反映されなかった。結局、選手としてまったく活躍できずに野球という競技を辞めることになった。

 

大学では、そんなこともありラグビー部の門を叩いた。ラグビーの方が野球より、走ることそのものが、パフォーマンスに結びつきやすかった。しかし、大学3年のときに右膝の前十字靭帯と内側側副靭帯を損傷してしまい、走力は元に戻ることはなかった。それでも、ラグビーにハマった私は29歳になるまで、クラブチームでプレイヤーを続けた。相変わらず、筋トレも好きで、自分で本を見ながら継続してやっていた。自己流ながら、それなりに筋肉はついた。しかし、私はコンタクトプレイは弱かった。あきらかに私よりトレーニングをしていない、チームメイトの方が強いコンタクトをするのを見て、どうしたら、あんなふうなタックルができるのか不思議で仕方なかった。そして、その疑問は高校時代の野球部の時と、本質的には同じものだった。つまり、トレーニングを頑張っている私よりも、ボールを遠くに飛ばせたり、タックルが強い選手がいるのはなぜだろうか。そんなことを考えるようになっていた。逆に言えば、どんなトレーニングをしたら強くなるのか、また、大学3年時の膝の怪我以降、けがにも苦しんだ私は、どうすれば怪我をせずにすんだのか、そんなことにも興味を持つようになっていた。

 

そう、この疑問こそが私が29歳からトレーニングコーチを目指した原点のように思う。もちろん、高校時代もラグビーをやっていたときも、これを職業にしようなんて考えたこともなかった。しかし、プレイヤーとしての終わりが見えてきたときに、「自分はいったい、なんの仕事がしたいのか」ということを、自分に問うた結果、それがトレーニングコーチだった。

 

あれから20年以上経つが、私が目指していることは変わらない。

「どういうトレーニングをすれば、パフォーマンスの向上につながり、そして怪我をしないですむのか」

変わったのは、それを私がするのではなく、選手たちに伝える立場になったこと。そして、その作業は、実はもっと奥が深く難しいのだが、それゆえに、より面白くなっている。言い方を変えれば、コーチングの魔物にとりつかれているのかもしれない。

 

5年前からトレーニングコーチからムーブメントコーチという肩書に変えた。それこそ、まさに私が現役時代から悩んでいたことを解決するに相応しい職業名である。身体を適切に使い、パフォーマンスの向上と怪我の予防につなげる、それがムーブメントコーチなのだ。そう考えると、あのときホームランを打てなかったから、あのとき膝を怪我したから、だから今の仕事をやっているのかもしれない。人生とは不思議なものである。