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ムーブメントコーチ ロボラガーのブログ

ムーブメントコーチ(重心移動のスキルを指導)として、高校生や大学生中心にトレーニング指導をしております。現場での試行錯誤を書きたいと思います!

School of movement 認定 マスターコーチ

マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱した「成功循環モデル」と言う考え方がある。

パフォーマンスを変えるにはどうしたら良いのか。

多くの指導者は、そのために、選手の思考の質と、行動の質を変えようとする。かく言う私もその一人である。

 

まずは、取り組む姿勢が大切であると、ずっと思っていた。どんなに良いプログラムを作ったとしても、選手自身が主体的に、トレーニングに取り組まなければ効果は上がらない、つまりパフォーマンスの質は変わらないと。でも、ここだけにフォーカスすると、なかなかうまくいかないことが多い。下手をすると、「やる気がないならやらなくていい」という言葉を投げかけて、最悪選手もそれに応じて反発することにもなりかねない。私自身、何度もその経験をした。

もちろん、指導者はどうしたら選手が主体性をもって取り組むようになるのかを考える必要はある。

エディ・ジョーンズさんが監督をしていた時の、ラグビー日本代表のストレングス&コンディショニングコーチのジョン・プライヤーさん。勉強していることの7割が心理学で、生理学が3割だと本人が話す。一緒に働いたスタッフによれば、彼は究極のモチベーターであったと言う。とにかく選手をやる気にさせるのがうまかったと。

 

行動の質とは、まさに、どんなトレーニングをするのか、どんな食事をとるのか、何時に寝て何時に起きるのかということ。この質を改善しなければ、もちろんパフォーマンスは変わらない。ある意味では、コーチの知識や経験が一番発揮されるべきところだ。ただ、行動の質は、思考の質が向上すれば、自ずから変化していくことが多い。だから、ジョンさんは心理学を、より勉強したのだと思う。

 

さて、ダニエル・キム教授の「成功循環モデル」の肝だ。

思考の質、行動の質を改善する前に、関係性の質を改善することが大切であるというものだ。

なんだ、そんなのあたりまえのことか、と感じるが、実際には、そこを忘れてしまう。選手が指導者を信頼する、指導者が選手を信頼する。この信頼関係を築くこと。そこがないのに、思考の質や行動の質を変えることにアプローチしてしまうのだ。

「あの人の言うことなら、信じられる」 

「このコーチの言うことなら聞いてみるか」

「あいつのことを信じてみるか」

 

では、関係性の質を上げるにはどうしたら良いのか。

私は、選手のことを「気にかける」ことが第一歩なんだと思う。

「おはよう、お、今日はなんだか元気ないな、どうした?」

「なんだ髪なんか切って、彼女でもできたか?」

声をかけるだけでなく、その日の目つき、歩き方、あるいは、いつもは早くきてストレッチするのにしなくなるとか、ちょっとした選手の変化に気づくこと。最近の若い選手の場合には、ラインを使ってコミュニケーションをとるのもありだ。私の子どもたちもそうなのだが、面と向かって言っても素直に聞かないのに、ラインでやりとりすると、素直に反応してくれることも多いのだ。

まあ、一言で言えば、選手に愛情をもって接すること、それが関係性の質を上げるうえで一番大切なものではないかと私は思う。

 

「成功循環モデル」なんて、言い方をすると、どんなことをやれば成功するのかと短絡的に考えてしまうが、やるべきことは、昔も今も同じ。人との信頼関係を築くこと。それは、けっして媚びることではなく、あなたのことを私は気にしてます、大事にしますという根本的な思いの結晶なのだ。

 

 

 

 

商売が繁盛するには2つのことが大切だと言う。
 
一つは口コミで広がる。
二つ目がリピーターが増えるだ。
 
では、どうすれば、そうなるのか。
それは、「お客様が感動すること」だと言う。
お客様が感動したら、また次も来たいと思ってくれるし、感動したら、誰かに話したくなるのだ。だから、口コミで広がるし、リピーターにもなってくれる。なんだ、そんな当たり前のこと、って思うかもしれないが。
実は、トレーナーと呼ばれる人達は意外と、それができていないことが多いのだ。自分のことは棚に上げているが。
 
ウエイトトレーニングであれ、ムーブメントトレーニングであれ、受講してくれた選手、コーチや監督が、
「あー、森下さんのトレーニングを受けると、むちゃくちゃ身体が動かしやすくなった」
「60分のセッションがあっという間に終わってしまうくらい楽しかった!」
「ぜひ、新チームになっても、またやってもらいたい」
「異動先のチームになっても、また呼びたい」
そんなことを思ってもらえるかどうか。もちろん、オンラインでもそれはまったく同じこと。
もし毎回のセッションで感動を与えることができたなら、それは継続するだろうし、違う人にも勧めてもらえるだろう。しかしながら、我々、トレーナーは、正しいことを、選手やお客様に伝えたいという思いが強すぎることが多いのだ。もちろん、少しでも正しい知識やトレーニングを提供することは間違いではない。トレーナーとしては、その裏づけとなる勉強はしなければならない。
ただ、受講する側からしたら、どんなに、その言われていることが科学的裏づけがあって正しくても、そのセッションの時間が楽しくなければ2度とやりたいとは思わないだろう。
確かに、身体の仕組みや、栄養の知識が選手やクライアントが知っているに越したことはない。でも、それ以上に、その時間を共有することで、「身体を動かすことが楽しくなった」「なんやわからんけど、また次も森下さんを指名したいな」とか、そんなふうに思ってもらえることの方が、実は重要なのだ。
 
誰のためのトレーニングか、その当たり前のことに気づけば自ずとやるべきことが見えてくる。我々が解剖学や力学を勉強するのは、目の前の選手のためであって、決して相手をネガティブな思いにさせるものではないのだ。そんな思いを忘れずに、仕事をしていれば、自ずとリピーターとなり、誰かを紹介してくれるに違いないのだ。
言い方を変えれば、自己満足、自己利益を上げるために、仕事をするのではない。結果として、仕事が続く、営業もしていなのに新規の顧客が増える。つまり、商売的には繁盛できるというわけだ。商売が繁盛していない私が言うのも説得力にかけるが、自分に言いきかせるために書いてみた。
 
 

私は大学生のサポートもしているので、就活をしている4年生に聞くことがある。

「〇〇は、どんな仕事がしたいんだ?」

「いやー、なんにも無いんです」

そう、答える学生も意外と多い。また、就活をしている業種も絞られていないことが多い。

「でもさ、自分が少しでも興味がある仕事を探したほうがいいんじゃないか。たとえば、俺はさ、車とか興味がないんだ。だから車のディーラーになろうろは思わないよ。だって、自分が興味もないことを売るとか難しくないか」

「森下さんはいいですよね、好きなことが仕事にできてるんですから」

そう言われることも多い。「そうだな、ありがたいことだよ。ただ、毎年毎年、来年がどうなるか保障されていないというリスクはあるんだ。だから、いろんな考えがあるよな。公務員になって、安定した収入を得て、余暇を楽しむことを考える人もいるしな」

学生との押し問答を見ても、仕事を選ぶということは多岐にわたるし、まさに個々の価値観によって変わる、こうした方が良いという答えは残念ながらない。

 

「『仕事』は『お客さんを喜ばせる』ためのもんや。自分がええと思てへん物売ってもお客さんは喜ばさせられへんで」
「でも世の中は、良い商品だと思ってないのに売っている人ばかりだと思うけど」
「まあそのとおりやな。ほんなら何でその人らがそういう商売してるかっちゅうと、お金が欲しいからや。『お金が欲しい』ちゅう目的が先にあって、そのためには『何かを売らなあかん』ちゅう順番で仕事してんねん。せやけど、その仕事の選び方は間違ってんねん。会社の名前とか、初任給とか、この業界が伸びるとかな、そういう条件で仕事を選ぶんは結局『お金が欲しい』やろ? つまり『自分のため』やねん。そういう人らは仕事でもお客さんより自分を優先してしまうから、お客さんを喜ばせられへん。せやから結局、自分のお金を増やすこともできへんねんな」
「じゃあ、仕事はどうやって選べばいいの?」
「『感動』や」
「感動…」
「そうや。仕事を選ぶとき一番に大切にせなあかんのは、これまでの人生で自分が何に感動したかちゅうことや。そんで自分が受けた感動を、今度は人に伝えたい、伝える側に回りたい、そう思ったとき人は自然な形で仕事ができるんやで。せやから最初は『お客さん』なんや。お客さんとして感動したことを仕事にして、自分と同じようなお客さん一杯作んねん」

『夢をかなえるゾウ3』 (飛鳥新書 水野敬也)

 

自分の人生で感動したことを、人に伝えたい、そんな思いで仕事をできたら、どんなに楽しいだろうか。

私は幸いにも、自分が感動したことを人に伝える仕事ができている。

29歳のときに、この仕事を始めたこともあるが、この20年間、まさに感動しっぱなしである。

そして、5年前にムーブメントトレーニングに出会ってからは、その感動は加速している。

「おー、なるほど、そういうことだったのか」 「だから、私は膝の怪我をしてしまったのか」

そんな発見や感動の連続である。

 

本当にありがたいことに、まさに、その自分が感動したことを、選手たちに伝えたい、ひとりでも多くの人に、このことを伝えたい。心底そう思えているのだ。

 

学生たちも、自分と向き合う時間が増えているなかで、仕事とは何か? もっと言えば、自分の人生どう生きるべきか? いろんなことを考える時間にしてもらいたい。正解はない、が、ひとつだけ確かなことは、人生は1度しかない有限のものなのだということ。どうか悔いのない人生を。

 

 

 

 

夏の甲子園が中止になった翌日に、高校野球部のオンラインセッションがあった。前日に、顧問の先生から、「3年生の中には、かなり気持ちが切れてしまった選手がいるので心配です」との連絡を頂いていた。以前に、私の尊敬するトレーナーの方がこんなことを言っていたことを思い出した。

「極論言ってしまえば、我々は勝敗とは別の次元にいるべきなんですよね」と。

どういうことか。もちろん、我々の仕事は選手のパフォーマンスを上げること、すなわち、それは目標の試合に勝つためであり、より良い選手になるための手助けでもある。しかし、もっと大きな目で見れば、我々の知識や経験を通じて、選手たちに、身体を適切に動かすことで、もっと効率的に動けるとか、そのことにより怪我も減り、プレイヤーとして長く競技を楽しめるであるとか、あるいは、できなかった動きができるようになる喜びを知るとか、そんなことを選手自身に実感として伝えることができたら、それで良いのではないかと。本来ならこちら側の、そんば話はするべきでないかもしれないが、かいつまんで、そのようなことを顧問の先生にもお話した。だから、私は明日もできるだけいつも通りにやってみますと。

 

果たして、ほんとうにそのことが良いのか、どうか。セッションが始まる前まで自問自答する。あえて、甲子園が中止になったことに触れようとしないのは、逃げではないのか。彼らにどんな言葉をかけるべきか、あるいは、どんなことを伝えるべきか。

いざ、セッションが始まる。確かに、画面越しに見ていても少し元気なく映る選手もいるように思える。

私は、いつもどおり挨拶し、そのことに触れずにセッションを始めた。まずは、適切に身体を動かすための、ムーブメントトレーニング。時折、野球のプレイの中では、こういうときに、この動きと同じようなことをやっていることを伝えたりする。だんだん熱が入ってくる。

「甲子園中止」のことは、私の頭の片隅からも薄らいでいく。そして、ムーブメントトレーニングを終えて、最後はプッシュプレスチャレンジを全員でやった。たんに、何回連続で腕立て伏せができるか自分の限界に挑むというシンプルなのものだ。

「この前、違うチームの選手が、ひとり100回できたよ。今のところ100回超えたのは1人だけ、80回以上連続できれば、かなり強いほうだよ。全体の目標は50回以上でやってみようか。ちなみに俺はこの前やったら、40回しかできなかったから、みんなは俺を超えろよ」

そう声をかけ、プッシュアップチャレンジを始めた。ルールは3つ、あごを地面にさわるまで下げること、肘を伸ばし切ること、そして私の号令のテンポに合わせてやることだ。30回過ぎたあたりから、つぶれていく選手もいる。50回過ぎても、けっこうな人数が残っている。自然と声を出してふんばる選手もいる。

80回過ぎても数名やっている。100回を2名が超えた。そして、ひとりの選手が、なんと110回もできたのだ。「おー、すごいな!」私も声をかけると、他の選手からも拍手が自然に起こる。

 

その晩、顧問の先生よりメッセージを頂いた。トレーニングを開始するまでは、少しやる気を失っていたが、皆の頑張る姿を見たら、また気持ちを切り替えて県大会に向けて頑張ろうと思う、という旨のことを野球ノートに書いた選手がいましたと。いやー、嬉しかった。

 

オンラインであろうが、ライブであろうが、あるいは、目標としていた試合に負けたあとであろうが、レギュラーであろうがなかろうが、合宿中のしんどいときであろうが、セッションをしたら、セッション後のほうが、ポジティブなものを感じてもらえるようにしたいと思っている。まあ、言葉で表現するのは難しいのだが、なんかやる気なかったけど、やっていくうちに楽しくなってきたとか、あるいは、皆でやることでパワーをもらえたとか。そんなセッションに毎回したいと個人的には思っている。でも、これがなかなか難しいのだ。

選手には色んなタイプがいる、やる気を表に出せる者もいれば、あきらかに覇気がない者、そして、とうぜん、個々でも日々違うのだ。昨日は集中して取り組んでいた選手が、今日はまるで別人のようにトレーニングすることもある。そんな中でも、できるだけ全体としての空気感としてはポジティブな方向にもっていきたい。そして、これがまた偉い重要なのが、私もその空気感を作る1人であるということ。

「あくびは伝染する」と言われるように、私の醸し出すものが、ある意味で、そのセッションを決めてしまうのだ。私が時間を経つのも忘れるくらい没頭しているときは間違いなく全体としても、集中力の高いセッションになる。が、私がイライラしていたら、それは全員に伝わる。そうなると最悪で、やる気がなさそうに見える選手がいたら、「そんなにやる気がないなら、もう帰っていいよ、みんなに迷惑かけるから」と、その選手とのやりとりにエネルギーが奪われる。チーム全体の空気は完全にマイナスの方にいってしまうのだ。

 

しかし、このセッションの空気感を良くすることは、おそらく学校では教えてくれないのだ。それぞれの指導者の、それまでの生き方や考え方、そして、他者との接し方が現れるのだ。おそらく、今回のように考えたこともないような事態が起きた時、それは余計に顔を出すように思う。言い方をかえれば、自分ではコントロールできないよう状況になったときに、どう対処するのか。まさに、私の人間力が問われているのだ。以前にも書いたが、やはり指導者としてはこういう存在でありたい。

 

「あいつがいると、不味いおかずが美味くなる」

 

 

 

 

 

 

 

今日の朝日新聞朝刊の 『天声人語』 に、ニュートンの話が載っていた。

「かの万有引力の法則は、自粛生活から生まれた」と。17世紀に英国でペストが猛威をふるい、ニュートンは郷里の村に避難し、そこで引力の法則を発見したというわけだ。結びではこう書かれている。

「後世の歴史家から 『コロナ時代のニュートン』 と称賛されるような新たな才能と出会いたいものである」と。世界的に新たな生活様式が問われるようになり、間違いなくコロナ後は、大きな変化が生まれる。そして、それはトレーナー業界でも同じである。

 

先日、私の知り合いのトレーナーの方が、Facebookで面白いアイデアを投稿していた。

屋外の立体駐車場をトレーニング施設にできないかというものだ。たしかに、それならば風通しがよいので、3密を回避する一つになる。しかし、海外では、もともとアウトドアに近い施設は多いのだが、日本ではほとんどない。

こんなイメージか

 

知人は、こんなアイデアも書いている。「まわりから見えるジムは、運動をしている人たちをコンテンツにした、そのエリアのコミュニティになれる」。

 

いやー、このアイデア、本当に面白い!

核家族化が進み、ご近所様の顔も知らないような地域社会となった今、孤独死も増えているのが現状。

4月の訪日客が、なんと99.9%減となり、1か月の訪日客数が1万人を下回ったと、昨日報じられていた。

多くの国が、規制をかけるなど、ここのところ加速化していたグローバル化を、一気にシフトダウンせざるを得ない。そして、それはしばらく続くことになると言われている。つまり、グローバリズムに対してローカリズム、地域に根差したものに変える必要があるのだ。すでに、観光地では訪日客に頼っていた運営から、近くの方に来てもらう運営にシフト展開しているという。おそらくそうしなければ、お客様は来ないのだ。

 

その地域の活性化の一つにスポーツ施設がなれるのならば、こんな素晴らしいことはないのではないか。全人口に対してスポーツクラブに通う人の割合は、わずか3%ほどだと言われている。まだまだ、お金をかけて運動する習慣が日本にはないのだ。そう考えたら、コロナをきっかけに運動する施設を、会員限定にするのではなく、地域の方の交流できる場所にできたら面白いのではないか。そうなるためには、まず、存在を知ってもらうこと、その一つに周りから見えるというのが面白いかもしれない。ウエイトをしている人と、道路を歩いている人が気軽に挨拶したり、会話をできるのだ。

 

何がいいって、みんなにいいってことだ。まず、我々トレーナーが働く場所を確保できること、施設を利用される方が健康になれること、そして、地域のコミュニティの場として皆に喜んでもらえること。

そう、「三方よし」というやつで、「売り手によし、買い手によし、世間によし」という近江商人の経営理念だ。

知人のアイデアは続く。屋上ではバーベキューなんかもやったら面白いなんて、ことも書いてある。

トレーニング施設だけで考えるのではなく、そうだ、地域のお祭りで、みんなが楽しめるような場になったらどんなに面白いだろうか。やばい、書いていたら、なんだかワクワクしてきた。

 

私は自分の箱がない、つまり個人事業主として20年近く活動しているが、自前のトレーニング施設をもっていない。まあ、持てるほど稼げていないし、今までは施設を作ろうとは考えたこともないが、もしかしたら、初めて、こんな施設ができたらどんなに面白いだろうか、書いていてそんなことを思っている。

もちろん、これは、まだ夢にもなっていないのだが、「三方よし」を実現できたら、どんなに素晴らしいことだろうか。コロナのせいで、50を過ぎたオッサンに、新たな夢を抱かせることになってしまう。それも、現時点では、とてつもなく大きな夢なのに。やばい、カミさんにこんな話をしたら「ばか言ってないで、地道に仕事をしなさい!」って、怒られるに決まっているのだ。