今日はまた1人の大切な人と再会しました。

今、充実の日々の中の一つの要素、

それを繋いでくれた、大切な人。

 

3年前のちょうど今頃出会いました。

出会った頃の印象は他の青年と何ら変わりない程度。

テキトーな受け答えもあり、

真面目な話をわざとすかしたり。

派手にはしゃいだり自己主張する方ではないけれど、

なんだか世渡り上手というか。

普通ならちょっと怒られるようなことをしても、

「まったくあいつはしょうがないな」

と済まされるような、愛されキャラ。

誰からも尊敬されるとかそこまでではないけれど、

彼のことを嫌いだとか苦手だとか言っていることは聞いたことありません。

すげーイイ奴!ってわけでもないのに、なんとも不思議な存在です。

 

 

大学4年も後半に入り、就活もそこそこ順調でした。

彼のサッカーを観られるのも今年が最後か、と思っていました。

大事な試合の前には頑張れメールを送ったりもしましたが、

返ってくる文面はいつも同じ。

「(試合)出たら頑張ります笑」

 

 

最後に試合をみたのは昨年の9月。

引き分けに終わった試合後のコメントは、

「まあまあ。70点です」

なんですかね。

可愛いんだか、可愛げがないんだか、よくわかりません笑

そして今年度をもって大学サッカー引退。

すなわち、サッカー人生のとりあえずの一区切り…。

 

と、思っていたのですが!

サッカー続けようと、セレクションを受けるとのこと!

 

え?そうなの?

 

彼がいくつかのチームのセレクションを受けている頃、

率直に尋ねてみました。

なんで今更、そんな(サッカー続ける)気になったの?

やっぱり社会人として働くのが嫌になっちゃったの?

彼は誤魔化すわけでも取り繕うわけでもなく、

「何ででしょうね」

 

それがきっと彼のそのままの気持ちだったのでしょう。

ただただ、

サッカーが好き

なんでしょうね。

3歳からやっているんですって。

もうサッカー歴20年になろうとしているのですね。

飽きもせず、ずっと好きでいるのですね。

サッカーの神様もさぞ嬉しいことでしょう。

 

彼のサッカー人生はまだまだ続きます。

 

思い出します。

以前彼に伝えた言葉。

2年前くらいだったでしょうか?

サッカー選手になるのですか?の問いに、ただ頷いただけの彼に伝えた言葉。

 

本気でそう思うなら、きっと、あと2段階くらい成長しなきゃいけないね。

私はサッカーのことわからないし、あなたはそれなりの能力はあるのかもしれないけれど、

なんとなく、そんな気がするし、

本当になりたいと思うならステージを2つはあげなきゃいけないね、きっと。

そうしたら、なれるよ、きっと、絶対。

 

偉そうですね、私ったら笑

サッカー根拠はないけれど、

彼を見守ってきた中で私が本気で思ったことでした。

 

 

どこまでたどり着けるでしょうか。

私に心配や不安なんかありません。

彼が自身で決断してサッカー人生を延長させたのです。

結果的にプロサッカー選手になれるかどうかなんて、

なりたいと思っている本人が行動を起こしていけばいいことですから。

少なくとも、私が感じた彼のひとつの変化。

「次の試合観に来るんですか?」

「来週の試合観に来ないんですか?」

これまではそんな言葉で表していたのに、

「試合観に来てください」

なんて言うようになりました。

たまたま?な可能性もある彼ですが笑

どうなることやら。

それでも遠く関西の地まで足を運びたくなる、そんな一言でした。

今年、2つくらい観に来られるといいな。

いつまでも応援しています。

がんばれ!!

 

今日は神戸にいます。

 

第22回全日本フットサル選手権大会の観戦です。

 

私。サッカー大好きですが、

フットサルに関しては全く興味なしでした。

大きいピッチで、遠くまで響き渡る声とロングパス、

端から端まで駆け上がる長くて速くてワクワクする感じ、

何よりも、11人という個性の絡み合いとぶつかり合いが大好きで。

だからサッカーが大好きになりました。

フットサルといえば、

展開が速く、少人数であり、テクニックが重要視されるという固定概念が私の興味幅を狭めていました。

 

 

 

そんな私でしたが、

昨年夏に出会ったひとりの青年が、

私をフットサルに向き合わせてくれ、

今、こうして神戸の地にいます。

 

 

 

応援していたチームは、

おそらく、おそらくですが、

勝利を取りこぼしたようにみえました。

相変わらず、

サッカーにせよ、フットサルにせよ、

技術・戦術的な部分は全くわからない私ですが、

チャンスを逃した というより、

勝ち急いだ感があります。

特に後半。

おそらくです。

はい、私の妄想です。

彼らのすべきことを全うすればもしかしたら結果は異なっていたのではないか、とも。

決してペースを握られまくっていたわけでもなく、

チャンスがなかったわけでもなく、

それでも得点は重ねられす、時間は過ぎてゆき、

試合終了。

 

しっかり応援していましたよ。

それでも。

結果として残念な気持ちはあったものの、

なんとなく私の口角はあがりました。

 

さあ、明日はどうする?

今日のゲームだけみれば、きっと選手は不完全燃焼。

終了とともに控室に戻るゴレイロが床に叩きつけたタオル。

そのタオルは明日、

歓喜の汗を吸い取ってくれますか?

たくさん反省会してまた明日、彼らのすべてを発揮できるように。

明日は格上との対決です。

きっとチャンスはあるはず。

たのしみですウインク

 

 

 

そんなことよりも、大いに衝撃を受けた出来事。

全日本フットサル選手権って、

サッカーで言う、天皇杯みたいなもの、と解釈しているのですが、

平日開催とはいえ、その観客数ったら…。

平日の日中開催だからと思いたい。

確かにお昼~夕方KOという勤め人には厳しい時間ですが、

Fリーグのチームの試合を含めても、

観客動員150~300人って!!!!

その中身の半数は選手家族・関係者だと思われます。

 

それでいいのか?

フットサル!

 

日本ではサッカーがプロ化して20年以上が経過しました。

フットサルはFリーグとして発足してから10年。

これから!

今はまだ、フットサルの認知度としては、

趣味として“自らがやる”ところまでは浸透してきました。

これからは、“見る・魅せる”がたくさんの人に届きますように。

 

 

面白いですよ!

フットサル!爆  笑

 

勝利の女神様

ってどちらさまですか?



ギリシャ神話ではニケ、

ローマ神話ではヴィクトリアが、

勝利の女神とされています。



勝利の女神様はどんなお方なのでしょう?

ちょっぴり気まぐれな時もあるし、

とても一途なような気もします。

遊び心もお持ちでしょうね。


勝利の女神が微笑んだ


たったのそれだけで、

幸せをもたらしてくれる存在。

努力するものたちは、ただそのためだけに、

時間を費やし努力を重ね、汗と涙を流します。

その直向きさに女神様も思わず微笑んでしまうのでしょうか。



私が女神様の立場なら。

どんな時に微笑むだろう。


血の滲むような試練の途中には真剣に見守っているでしょう。

自身の成果に驕るような人には、その結果がいかに素晴らしいものだとしても笑顔にはなれません。

文句ばっかり言ったり、自分のことを棚に上げて他人を非難する人はもっての外。


逆に、失敗ばかり重ねていても前へ前へと向かう人、

転んでも、しっかり立ち上がろうとする人、

そんな人たちが何か遂げたとき(それは良い結果でも、そうでなくても)、

「お疲れ様」「よく頑張りましたね」と笑みをこぼすかもしれません。


あとは、

ニコニコ、キラキラ、陽オーラな人は、

見ているこちらが連鎖反応で笑っちゃうかもしれません(^-^)



勝利の女神様はきっと素直なお方。

シンプルに真っ直ぐに物事を捉え、そのままに感情を表すような気がします。

慈愛に満ちたお方でしょう。

その分、裏切りや誤魔化し、嘘、偽りなんかはお嫌いでしょうね。

なんとなく、そう思います。



成し遂げたい夢や目標、ゴールがあるのなら、

「ふふふっ。あの人何だか楽しそうね」

と思わず笑みがこぼれる様な振る舞いが好まれるかもしれません。

女神様を振る向かせるために、

前向きな努力、達成するという強い意思、

そして、

そのことを楽しむということが大切なのかもしれません。



ま、これは私の独断と偏見なひとつの考え。

しいていえば、

私が勝利の女神様だったら

ってお話ですねo(^-^)o



言葉で伝えること

本当に難しい。

自分の頭ではわかっていることでも、
いざアウトプットしようと思うとうまく伝わらなかったり。
適した言葉が見当たらなかったり。

情報を発信しても、
その解釈は受け手次第。

受け取り方で100にも0にも、マイナスにも変化する。

過大評価となったり、誤解を招いたり。
発信側の手応えのない程の良い影響を与えることもあり。
そういう意味じゃないんだよな、と悩ましいこともあり。

加えてそのタイミングも重要。
今、それを言わなくてもいいのに、なんてこともあり。
何気ない一言が相手には多大な衝撃を与えることもあり。

言葉を発する、会話をするということは日常で当たり前のこと。
その当たり前の中に、
当たり前の日常に変化をもたらすきっかけがある、
かもしれない。

だからこそ、
言葉は大切に扱いたい。

大げさに言えば、
人生の指針を変えることにもなり得る。 


だからこそ。
だからこそ、自分が自身へ発する言葉は本当に大切。
自分へ言い聞かせたいことや確認すべきこと、
思っているのに実行できていないことに対し、
ある意味客観的に言葉に発し自身の耳から受け入れる。

言葉に出すことは本当に大切。
そして、
その言葉を大切に扱うことが本当に大切。


言葉は生きています。
生き続けます。

思いを乗せた言葉は生き続け、伝わり続けます。
もしかしたら、
遠いどこかの、知らない誰かまで。


一つ一つの言葉を大切に。
伝えたい気持ちを乗せて、
彼らはどこまでも大きくなり。
どこまでも旅をし続けるのだから。

名古屋に上陸しております。
セミナーで2泊3日。
到着まで結構なトラブルに遭いましたが…
笑えるけど笑えない話。
ま、全ては人生勉強と捉えて…
死ぬ時に笑えりゃ良しってもんです笑



今日、学んできたことのひとつ。


自分ルールの中に
少なからず
幼少期の両親からの影響を受けていることがある



当たり前といえば当たり前なのですが。
案外、無意識でいることも多く、
そこにモヤモヤや躓きがあったりすることがあるようです。


我が家は全員B型という、
なんともブラボー! な環境です笑
傍から見れば、仲良し家族ですよ。
けど、その実質は、
それぞれが勝手に楽しんでいるだけ!笑
経済的には下の上くらいの環境でした。今思えば。
それでも、経済的な理由でグチグチなることはありませんでした。
お金はない。ないものはない!的な。
その環境でいかに楽しめるか。
だから多分、結構ご機嫌な家族だったと思います。

それが根っこにあるからか、
私もあまり環境や条件に不満を持つことはありません。
その環境でどうするか
その環境でどう幸せを見出せるか

それを楽しんでいる感さえあります。
だから今でも、いっつもポジティブ探しは得意ですし、
ご機嫌でいることが良いことだと思っています。


ですが。
やはりね。私もフツーの人間ですから、
仕事や私生活で落ち込んだりするわけです。
そんな時。
落ちた気持ちの中でも、
前向きが良し!  
という自分がいるのです。
くよくよしたり、暗い顔しているのは✖!   
と思う自分がいるのです。
商売柄、他者に元気を提供することも必要ですので、
どんな時もニコニコしていなきゃならない
と思ってしまうことがあります。
それがベストだと。

それって結構、自分の中で気持ちと表現のギャップが生まれてしんどくなります。
どんより暗く黙っていたくても、それじゃダメだと思ってしまうので。
どんな環境でもお気楽・前向きじゃなきゃいけないと思ってしまうので。

私にとってはそれが、
親(家族)から無意識に影響を受けてしまっているものです。
基本的にはそれは自分にとっても良いことだと思っています。
ですが、
下向くことが悪いこと
と思い込み過ぎてしまうと、気持ちと表現とのギャップで、
うぁ~~~~!!!
となってしまいます。
数日間のモヤモヤうつ状態です。
人間誰しも順調でい続けることはないとわかっていますが。
元気のない自分は✖なんですね。
でも実際はそんなことなくて。
周りの人だって、私が暗い顔していたって駄目な奴だなんて思わないのに。

今はそんな自分も受け入れていますので、
そんなモヤモヤ期に入ると、
「今日から数日、病み期に入ります」
と宣言して勝手にモヤモヤしています。
誰も気にもとめていませんけど笑

そして、ポジティブ野郎は勝手に復活している、という笑


そのことに気づけてから、
モヤモヤ病み期に突入しても悪化することは少なくなりました。
基本的にご機嫌家族から影響されたポジティブは、
私にとっても良い影響だと思えることの方が多いので。
そうやって考えると、
私は家族のこと好きなんだな、と気づかされます。
面と向かってはあまり伝えられませんけど。
恥ずかしいですからね。


両親、家族が幼少期の子供に与える影響って本当に大きいものだと。
それは親にとっても子供にとっても無意識のうちに。
良くも悪くも、それを修正するのって難しいですね。
でもそのことが認識できると、結構気持ちが軽くなったりもします。
なんだかんだ、一番そばにいてくれた人たちですから。
似ていることが嬉しかったり、嫌だったりありますが、
私は家族のこと好きなんだな、と大人になってから感じます。


どうもありがとうございます。
死ぬまでご機嫌家族でやっていきましょう!

ここ1週間。

色々なことを経験しました。考えました。

何かスペシャルな事柄があったわけではありません。

ごくフツーの日常の中で。

ココロが揺さぶられ、落ち着かず、

モヤモヤと清々しさが混在するような、

そんな感じ。

ちょっとね。まだ、迷子中。




いつもはご機嫌なんです。私。

根っこがネガティブだから、現実の表現はポジティブなんです。

自分自身のネガティブ要素に付き合ってたら、

それこそ、やってらんないくらい、

自分に自信がないのです。

周りの目が気にならない、って性格は、

たぶん、

周りとの比較を始めると、自分の劣っている部分に向き合わなければならないから。

そういうことが多くなれば、それはしんどい。

だから、主観の、絶対評価の、

ある意味自己満足感に近いような受け取り方が上手くなりました。


だから。

大抵のことは受け入れられます。

それは無理ではなく。

他人の言動に対し、私の許容範囲であるのならば。

結構、広いですよ、許容範囲。

それこそ、

自分より優れているとか素敵な人はたくさんいますから。

好き勝手なことされても、その社会に反するものでなければ容認するし擁護もできます。

協力すべきことには惜しみなく力を注ぎます。


その中で。



自分ができること、と。


自分が望むこと、と。


自分がすべきこと、と。



そのバランスが歪んでいるような。



正直。

『すべきこと』に苦しんでいます。

具体的に言えば、



①我慢してやっていることをやめる


②立場主義の言動をとる



本当に、苦手で目を背けてきたことです。

本質的に、人情気質なもので…。


けど。なんとなく。

この1週間で良くも悪くもしんどい思いをし、新たな殻を破ろうという気持ちが出てきました。

1歩進むまでは時間がかかるかもしれませんが、迷いの森の中で光を目指そうかと思います。




間違えたら「ごめんなさい」と誤ります。


困ったら「お願いします」と頼ります。


助けられたら「ありがとう」と感謝します。



そこからでいいですか?



もうしばらく、

そのやり方を考えます。

その着地点を検討します。

これまでたくさんの人に支えられ恵まれてきたので、

そんな人たちにちゃんと恩返しできるように。



今日はちょっとだけ早上がりしてIリーグ観戦!

どうしてか。

私のIリーグ観戦はいつだって寒い雪

腕を組みっぱなしの90分。

薄手のパーカーのファスナーは上まで閉めました笑


なかなかね。

Iリーグまでお客さんいっぱい、ってことはなかなか難しく、

関係者家族がチラホラ。

通りがかりのお客さんがパラパラ。

それでも11人vs11人のサッカーは、いつでもどこでも変わりありません。


今そこにあるサッカーを愛せ


両チームとも勝ちへの意欲は感じられるものの、

なんとなくチグハグで思い通りにいかず。

味方への要求も、自身のイマジネーションもなんとなく結びつかないような。

今日の試合を観ていると、

日頃の練習って大切なんだと思いました。

常日頃から仲間と喋って、思いを伝え、思いを聞き入れ、

練習から気持ちが繋がっていなければどう考えたって試合本番でできるわけがありません。

当たり前のことかもしれませんが、

それをすごく感じた試合でした。

両チームとも、ちょっともったいなかったですね。

でもそこは、のびしろと考えて、

また日々進化です!



それと。



今日の試合、

というよりも、

サッカーをしているということ、

サッカーができるということ、

そんな当たり前の日々が本当に尊いと思った、今日。






来週、

人生で5回目の手術を控える選手がいます。

彼の夢は、プロサッカー選手。


今回の手術で、

今後の運命を左右される最大の分岐点となってしまいました。


ケガでその夢にピリオドを打った選手は数え切れないほどいるのだと思います。

それを考えれば、彼だってそんな中の一人でしかない。

けれど、

そのあまりに重過ぎる宣告をされたその場に居合わせた私は、

あまりにも無力で。

何ひとつ助けることができなくて。

ただただ、その時間を共有して見守るしかできませんでした。



辛い。



完全に夢が絶たれたわけではないのです。

それでも、そのリスクは大きい。



どんなに身体がボロボロでも、やれるとこまでやればいいじゃん!


とも言えず。



サッカー選手の夢を終わりにしたって、全てを失うわけじゃないんだよ!


とも言えず。



彼のこれまでの人生にとって、

サッカー選手になることがゴールではなく、

サッカー選手として活躍するということまで、

それしかないという思いでこれまでやってきました。


それを失いかけるようなその宣告は、

これまでも苦しい選択と決定を強いられ歩んできた彼にとっても、

重く重く、息ができないほどの現実。



どうする?



私は小心者な優しさしかないのか、

彼をなるべく困らせないような、悲しませないような言葉を探しています。

もう、傷ついて欲しくなくて。

苦しんでいる姿が、切な過ぎるから。

だから、言葉に迷うし、

まだ思い当たらない。

本当に、無力。



どうする?



何もできない代わりに、

話を聞くことはできます。

その気持ちを受け止めることはできると思います。

いや、

それくらいしかできないのだけど。



また、いつでも連絡しておいで。



それが私の精一杯です。

もっと強くなれたらいいのに。



ふと思いついた話。


ケガをしたおじいちゃん・おばあちゃん、

手術をしたアスリート、

そんな方々に歩行訓練をするわけです。

“普通に”歩くって難しい

そんな声をよく聞きます。


だってね。

赤ちゃんが生まれてから歩けるようになるまで、1年はかかるのですよ。

歩くってことは、本当に大変なこと。


なんてこと、たとえ話で笑いあったりするわけですが。

ふと思いつきました。


はて?


例えば。

人間の大人たちがいつも四つ這いでハイハイしていて、

高いところのモノをとる時くらいしか立ち上がらないような現実であったとしたら、

赤ちゃんは立ち上がったり、歩き出そうとしたりしないのでしょうか?

周りのみんなが、環境が、ハイハイだらけだとしたら、

立って→歩く、という工程は踏まずにそのまま四つ這いでいるのでしょうか?



発達学とか生物学とか、

そういう本場の話はわからないのでおいといて。

ごくフツーの大学生とそんな話をしていました。


「周りの人が歩いていなきゃ、赤ちゃんも歩こうとしないんじゃないですか?」

うんうん。そうですよね。

『ハイハイ』よりも『歩く』が高等な技術を要するのだとすれば、

省エネで安全なそっち(ハイハイ)の手段を選ぶはず。

「ま、今の人間の身体の構造からすると、一生ハイハイじゃ膝が痛くなりそうですけど」

まあね、確かに(笑)

「周りの人間が立って歩いてを普通にしているから、赤ちゃんもそれを真似ようとするし、それが普通だと思っているんじゃないんですか?」

なるほど。

できるできないよりも、それをやるのが当たり前だという環境設定ってことかな。

じゃ、周りがやっているから、私もやれるんだろうしやろう、って感じかな?

「特に日本人はそういうところあるんじゃないですか?」

なるほど。いや、なるほど?

それなら、

個の主張が強い欧米の赤ちゃんたちはハイハイを貫き通すのでしょうか…(笑)

それは、ちょっと違うような気もしますけど(笑)

ま、そこまで生物学・人間学を追求する話ではないので。


周囲の環境に適応しようとする


それがごく自然なことであるならば、

例えば、ごくごくフツーの部活レベルの学生さんが、

(世代別の)日本代表チームに召集されたらどうなるのですか?

周りがやれているからって引っ張られていくのでしょうか?


大学生さんの答え。

「僕がその立場なら、できるかできないかは別として…」

と前置きをしてから、

「やれるだけの努力はすると思います。同じようにやろうとはします。」

そうなんですね。

今はバイトだ学校だ、なんだかんだと理由を付け加えたりしがちですが、環境が変わればそうも違ってくるのですね(笑)



なるほど。


環境が人に及ぼす影響はデカイ!


なんとなくはそう思っていましたが、

単純にそうなんでしょうね。

環境って本当に大切。


逆に言えば、

たったそれだけのことで人は変われるかもしれないってこと。


①環境により前進・進歩することも、

②環境により馴れ合い・後退することも、

個人のポテンシャルは変わらなくとも、行動や心境に変化は起こる。

なんか、不思議。面白いですね。



逆に言えば、

自らの力や、周りの仲間・同士が変われば、

いとも簡単に、

誰かの行動や心境に変化を起こさせることができるということ。

面白いですね。



しっくりいかない現実の環境を変えるべく、新天地を求めるのもひとつ。

与えられた環境を、自分たちの力で周りを巻き込み好転させるのもひとつ。

どちらにせよ、

いつだって誰だって『環境』や『自分』の変化の決断はできるってこと。

なかなか難しいかもしれませんけどね。

1年かければ、

寝返りもうてなかった赤ちゃんが一人で歩けるようになるわけです。

歩けるようになることで、新しい世界がひらかれるわけです。




1年365日

どう生きるか

大切ですね




明日から6月。

あとひと月もすれば、1年の半分を消化します。

2016年1月1日の自分と今の自分。

どこが同じでどこが成長したのか。

1日1日がガチです。

明日はもう少しだけイイ感じな自分であるために。

明日も自分なりに、ちょっとは頑張ってみますか!



メンタルが“病み期”に入ると、

普段はさほど気にもとめなかったことや、

見逃すことができたことに、

ついつい引っかかってしまうことがあります。


簡単に言うと、

不平や不満がついつい言葉に出てしまうのです。


言葉って、

本当に不思議なもので、

発したことによって、

その言葉通りの現実を引き寄せてしまいます。

良いことも。

悪いことも。



負の言葉を発したために、負の現実を誘き寄せてしまったり、

うまくいかないことが積み重なることで、ついつい負の言葉を発してしまったり。


矢印の向きがいずれにせよ、

そんなループに入ると抜け出すことが難しいのです。


ただ、

それを脱するチャンスっていくらでも転がっています。

それに気づいて、それを拾い上げられるかどうかは自分次第。




ここのところ調子を落として試合出場の機会に恵まれない選手がいました。

コンディションは悪くないのにもかかわらず、

ベンチ外が続き、途中出場でさえ叶わなくなった近戦。

「やっぱり、コーチ陣と合わない気がするんです…」


彼は、本当にサッカー大好き少年そのままで歳を重ねてきたような選手。

「このチームで一番サッカーが好きだって言う選手って誰?」と選手たちに聞くと、

ほとんどの選手が彼の名前を挙げるくらいなサッカー小僧。

私も、楽しそうにプレーする彼の姿が大好きですラブラブ

相手選手を欺いたり、スルスルっとゴール前に抜け出したり。

本当に楽しそうにサッカーをするんです。


そんな彼のキラキラ・オーラが陰に隠れ、

マイナスな言葉がポツリポツリとこぼれ出しました。

自分の思い通りにいかず、

スタッフとはイメージが合わないんじゃないか…

今年結果が残せなければ、今後のことを考え直そうか…

そんなことばかり。



私は率直な気持ちを伝えました。

彼は、チームにとっても大切な選手。

唯一無二とまでは言えなくとも、彼の存在はチームに不可欠な存在。

とはいえ、

どうしていつも、自分のことばかりなの?

彼自身もそのことには気づいているようでした。

「もう少し大人にならなきゃいけないってわかってるんです」

そっか。自分でも何か変わらなきゃいけないってこと、感じていたんですね。

「最近は、人の話を聞こう、ってことはやるようにしています」

うんうん。否定も肯定も、ひとまず聞き入れてからの判断は大切。

どうしても、

過去に栄光を経験している人は、

過去の自分や経験と、今の自分を比べてしまいます。

そんな中、現状が満足いかない状態だと、今の現実に×をつけます。

特に、環境や他者のせいにしてしまいがちです。

彼もきっとそんな一人。

けれど、そこから脱しなきゃならないことにも気づいています。


「人の話を聞こう」をまず実践・継続。

それプラス、もう少し何か心がけられないかな?

何か、そんなに難しくないこと。

そんなことを思いながら彼と話をしていました。




そして。

本日、チームにとって大切な大切な試合。



彼は、スタメン!!

そして、決勝ゴール!!!!




彼の口からこぼれ落ちる負の言葉をすくい上げながら、

傷つけないように、プレッシャーを与えないようにと声をかけたあの日から数日後。

こんなHAPPYな結果を耳にするとは思いもしませんでした!

もちろん、彼だけの頑張りだけではないことは十分承知です。

それでもこの結果は、

彼にとって何かのきっかけとなったはずです。

とてもとても大切なターニングポイント。


あなたは何を思いましたか?


ひとつ。

彼がまた新たな一歩を歩みだすために伝えたいこと。

また今までと同じような自己満足で終えずに一歩踏み出すために伝えたいこと。

今日のこの日、

ありがとうを伝えて下さい。

ごくごくシンプルに言えば、

起用してくれたスタッフにありがとう、ということ。

別に、何に対してでもいいのですが。

彼の心に引っかかっていたもののひとつがそこなのであれば、

それに対してのありがとうは、

ちょっと勇気のいることかもしれないけれど、

本当は一番簡単でシンプルなこと。

日頃の叱咤や檄、これまでのわだかまりやモヤモヤ。

そういうことはこれからまたじっくり考えながら進んでいけば良いのです。

不安定になった気持ちの中、

今日という大事な日に結果を残せたこと。

チームを救うことができたこと。

そのチャンスを与えてくれたこと。

そのすべてにありがとう。



ありがとうという感謝の言葉には一切ネガティブな要素がありません。

しかも、その思いは自身ではなく他者へ向かう気持ち。

ありがとうのポジティブは、その相手へ伝わります。


ありがとうって本当にスゴイ。

ありがとうは究極のポジティブ。



彼がこの先、どう成長していくのか。

私はそっと見守っていきます。

話はいくらだって聞きます。

ネガティブな気持ちだって何だって受け止めていきます。

常に前向きでいられる人なんかいないですから。

しんどい時には、

また、ぼやきに来て下さい。


それでも忘れないで下さい。

ありがとうのたった5文字が、

誰かを笑顔にし、

自身を前に進める糧になること。

ちょっと恥ずかしい時もあるけれど、本当に大切なことです。


私はそんな彼に出会えたことに感謝しています。

どうもありがとう。


これからも一緒にがんばりましょ!(^-^)



駐車場が空いてたら寄り道をして帰ろう。

あら。空いてたわ。

たまたまメガネももってることだし、

今日も青空サッカー観戦。


関東大学サッカーリーグ第7節。

法政大学 VS 駒澤大学。





法政大学21番・関口亮助選手。

試合中ずーっとずーっと響き渡る声。
頼もしいGKちゃん。

檄を飛ばしたり、励ましたり、称えたり、引き締めたり。

私の思い描く、GKらしいGKちゃん。

気になって経歴を調べてみると、浦和レッズユースの出身なんですね。

なんだか名前に聞き覚えがあったわけだ。

思い起こせばその頃はよくプリンスリーグの試合を観に行っていました。

偶然フラッと立ち寄ったグランドで再会できました。

これは私の好きな、


心の引力


ってやつですね。きっと。

人には人を引き寄せる心の引力が備わっています。

会いたい人や、出会うべき人とは必ず出会う仕組みになっています。

嘘のようでホントの話。

そんな気がします。



駒澤大学10番・吉岡雅和選手。

こちらも私の好きなタイプの選手。

いわゆる上手な選手、でしょうか。

次の動きに入るのがとても上手。

天性のものなのか、努力により身につけたものなのか。

いずれにせよ、ボールの触れ方が上手な選手、好きなんです。

おっ!っと思うプレーの選手が必ず彼だったりしました。

当たり前のことかもしれませんが、

10番を背負う選手って、やはり魅力的な選手が多いですね。

改めてそう感じます。



駒澤大学35番・星キョーワァン選手の脚の長さはなかなかの武器ですな。

(元)武南のメッシこと、法政大学32番・紺野和也選手もみてみたかったな。

なんてことを考えているうちに試合終了。


法政大学 ○2-1● 駒澤大学

序盤から立て続けに両チームともゴールをあげ、

後半はやや荒っぽい内容となりましたが。

これで法政大学が首位に躍り出ました!

上位の勝ち点は僅差で、勝ち点・得失点とも取りこぼしが許されない状況に変わりはありません!

前半折り返しまであと4つです!

張り切っていきましょう!