ふと思いついた話。
ケガをしたおじいちゃん・おばあちゃん、
手術をしたアスリート、
そんな方々に歩行訓練をするわけです。
“普通に”歩くって難しい
そんな声をよく聞きます。
だってね。
赤ちゃんが生まれてから歩けるようになるまで、1年はかかるのですよ。
歩くってことは、本当に大変なこと。
なんてこと、たとえ話で笑いあったりするわけですが。
ふと思いつきました。
はて?
例えば。
人間の大人たちがいつも四つ這いでハイハイしていて、
高いところのモノをとる時くらいしか立ち上がらないような現実であったとしたら、
赤ちゃんは立ち上がったり、歩き出そうとしたりしないのでしょうか?
周りのみんなが、環境が、ハイハイだらけだとしたら、
立って→歩く、という工程は踏まずにそのまま四つ這いでいるのでしょうか?
発達学とか生物学とか、
そういう本場の話はわからないのでおいといて。
ごくフツーの大学生とそんな話をしていました。
「周りの人が歩いていなきゃ、赤ちゃんも歩こうとしないんじゃないですか?」
うんうん。そうですよね。
『ハイハイ』よりも『歩く』が高等な技術を要するのだとすれば、
省エネで安全なそっち(ハイハイ)の手段を選ぶはず。
「ま、今の人間の身体の構造からすると、一生ハイハイじゃ膝が痛くなりそうですけど」
まあね、確かに(笑)
「周りの人間が立って歩いてを普通にしているから、赤ちゃんもそれを真似ようとするし、それが普通だと思っているんじゃないんですか?」
なるほど。
できるできないよりも、それをやるのが当たり前だという環境設定ってことかな。
じゃ、周りがやっているから、私もやれるんだろうしやろう、って感じかな?
「特に日本人はそういうところあるんじゃないですか?」
なるほど。いや、なるほど?
それなら、
個の主張が強い欧米の赤ちゃんたちはハイハイを貫き通すのでしょうか…(笑)
それは、ちょっと違うような気もしますけど(笑)
ま、そこまで生物学・人間学を追求する話ではないので。
周囲の環境に適応しようとする
それがごく自然なことであるならば、
例えば、ごくごくフツーの部活レベルの学生さんが、
(世代別の)日本代表チームに召集されたらどうなるのですか?
周りがやれているからって引っ張られていくのでしょうか?
大学生さんの答え。
「僕がその立場なら、できるかできないかは別として…」
と前置きをしてから、
「やれるだけの努力はすると思います。同じようにやろうとはします。」
そうなんですね。
今はバイトだ学校だ、なんだかんだと理由を付け加えたりしがちですが、環境が変わればそうも違ってくるのですね(笑)
なるほど。
環境が人に及ぼす影響はデカイ!
なんとなくはそう思っていましたが、
単純にそうなんでしょうね。
環境って本当に大切。
逆に言えば、
たったそれだけのことで人は変われるかもしれないってこと。
①環境により前進・進歩することも、
②環境により馴れ合い・後退することも、
個人のポテンシャルは変わらなくとも、行動や心境に変化は起こる。
なんか、不思議。面白いですね。
逆に言えば、
自らの力や、周りの仲間・同士が変われば、
いとも簡単に、
誰かの行動や心境に変化を起こさせることができるということ。
面白いですね。
しっくりいかない現実の環境を変えるべく、新天地を求めるのもひとつ。
与えられた環境を、自分たちの力で周りを巻き込み好転させるのもひとつ。
どちらにせよ、
いつだって誰だって『環境』や『自分』の変化の決断はできるってこと。
なかなか難しいかもしれませんけどね。
1年かければ、
寝返りもうてなかった赤ちゃんが一人で歩けるようになるわけです。
歩けるようになることで、新しい世界がひらかれるわけです。
1年365日
どう生きるか
大切ですね
明日から6月。
あとひと月もすれば、1年の半分を消化します。
2016年1月1日の自分と今の自分。
どこが同じでどこが成長したのか。
1日1日がガチです。
明日はもう少しだけイイ感じな自分であるために。
明日も自分なりに、ちょっとは頑張ってみますか!