感謝と癇癪(かんしゃく) | rossiの世界

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心の声、心の葛藤や変化を書き残しています。





感謝とありがとう


内心、本当は思っていない。


思わぬ事を口にしていると


自分が嘘つきに思えて苦しくなる。







感謝とありがとうは


言霊と言うけれど


言わされているようで


何だか嫌だ。







ひねくれ、捻れた糸を辿ると


「感謝しろ」「ありがたいと思え」


「お前には感謝が足りない」


「感謝しないとバチが当たる!」


かんしゃく持ちだった幼少期


そう言った呪いにかけられた気分を何故か思い出す。


ある意味、感謝のブロックなのか。







子どもながらにお手伝いしたって


子どもなりに気を使っても


「ありがとう」と微笑んで


返してくれた大人は少ない。


そのくせちっぽけな事に対して


「ありがとうは⁉︎」


「ありがとうを知らないの⁉︎」


またまた呪いをかけてくる。






大人になっても同じこと。


上っ面で感謝とありがとう


その裏側では悪口大会


それはビジネス用語なの⁉︎


上には上がいたりして、


自分は当然の事をしたまでだから


感謝やありがとうは要らないと


拒絶する人もいたりいる。






感謝とありがとう


言霊を唱えると


良い事が起きる、波動が上がる


ならば自分もあやかりたい。


「Thanks、Thank you 」英語のように


心を使わず言えたなら


どんなに楽で良いものか。






原点に戻って、解釈の確認。


感謝の「謝」の由来は


射は矢を放つ、結果弓の緊張が解けるので


言葉を放つ事で、緊張が解ける。


物事に接して心が深く動いた事に対して言葉を射る。


と言う表現があった。



「ありがとう」は法句経


人間に生まるること難し やがて死すべきものの


 いま生命あるは有難し、から


人として生まれたことに


感謝して生きようということの意。







感謝とありがとうの原点は


とても美しい表現で綴られた言葉。


その美しさは不可解なかんしゃくを救ってくれた。


命令形の呪いを解いた。






人としてこの世に、今こうしていること


感謝とありがとうを言葉で放つ事で


心が緩むということ


捉え方が変わると、ほっこりしてくる。


言うだけで、心がほっこりするのが


美しい言霊だ。







言うだけで、ほくほくほっこりするのなら


使ってみる価値はある。


先に心を使うより、先に頭で考えるより、


言葉を放って緩めよう。






相手や事象がどうであれ


先に放てば自分が緩む


にこりと緩んだ表情で


感覚とありがとうを放ってみよう。