魂の言葉って、
何かスピっぽい言葉のような。
魂の言葉って、
無意識から出てくる言葉のような。
よくわからない
感覚的で曖昧で
つかみどころがない。
内から出てくる言葉って
神秘的に思っていたけど
どうやらそうでもないみたい。
そんなに言葉を知らない時代。
そんなに言葉の意味も知らない時代。
遠い昔の幼少時代。
嫌悪を感じた感覚
寂しさを感じた感覚
嬉しさを感じた感覚
楽しさを感じた感覚
五感で感じた感覚を
言葉で表現できる訳がないぐらい
幼い幼い存在で
泣くか、笑うか、癇癪起こすか、
言葉以外の方法でなんとか訴えかけていた。
言葉以外で訴えかけて
回りを動かせるのも子どもうちだけ。
大人になっても察して欲しいと
あの手この手で駄々こねる。
大人になっても察して欲しいと
あの手この手でアクション起こす。
たくさんの言葉を知ったところで
たくさんの言葉の意味を知ったところで
今度は知識を使って使って駄々をこね
いくつになっても満足できない。
いくつになっても不満は消えない。
人は意思疎通をとるために
色んな言葉を使うけど、
人は物事を説明するために
たくさんの単語を連ねて言葉にするけれど
自分自身に対しても
そんなに言葉を連ねて話さないと
伝わらないものなのかな。
そんなに色々と話さないと
自分自身に理解してもらえないのかな。
熱湯に触れて「アツッ!」
指を挟んで「イタッ!」
なんとか間に合って「ほっ」
眠くて「ぼー」
驚いて「キャッ」
緊張して「ドキドキ」
魂はいつも身体と一緒にいる。
魂はいつも体感を感じている。
魂の言葉って
好き嫌いとか感情表現じゃなく
「ふー」「は〜」「え〜⁉︎」「ズーン」みたいな
まるで感嘆詞のようなもの。
その時々の体感の響きを声にしたようなもの。
毎日,毎日、色んな日があるけれど
生きることに意味はない。
生きてる実感に価値が生まれる。
自分は今どんな気分?
自分の体感はどんな感覚?
「んー」「あー」「おー」「はー」
言葉を知らない自分に戻って
今の身体を状態を声で表現してみよう。
思考の言葉と裏腹に、
以外に辛くないかもね。
以外に嬉しくないかもね。
以外と喜んでいるかもね。
以外と元気なのかもね。
それが魂の言葉ってものかも。
それが自分の本音かも。









