小川のSnyder訳
言っていいかしら。小川洋子の博士の愛した数式の英訳がかなりスロッピー。
もともと英語題をThe Housekeeper and the Professorにしたあたりで、ちょっと不安は感じてたのだが、
英語で読んだ後に原文にあたったら完璧に抜け落ちてる場所とか適当な訳とかすごいいろいろあるよ!
もったいない。
たとえばこういうところ。
カクテル光線を浴びた球場は、天から舞い降りてきた宇宙船だった。
Snyder訳: The stadium looked like a spaceship descended from the heavens.
小川洋子のはメタフォアでしょう?ここシミリーになったら全然ニュアンスが違うじゃないの。
Love is a rose (愛は薔薇だ) というのと Love is like a rose (愛は薔薇のようだ)
というのの違いなわけなんだけど、ここでシミリーつかったらまったく詩的な部分がなくなっちゃう。
しかも「カクテル光線を浴びた」は完璧省かれてるし。
とても素敵な一文なのに何の変哲もない文章になってるところが悔しい。
もっと忠実にThe stadium, awash with racing lights, was a spaceship descended from the heavens.
にしたらいいのに。
こういうメタフォア・シミリー問題は一貫して他の場所でもでてくるんだけどさ。
勝手に文章構造から変える?そこ?ってのもあって。
[博士のメモに書かれた]オイラーの公式は私にとって、支柱であり警句であり宝物であり、形見だった。
Snyder訳:Euler's formula comforts me-- it is a momento that I still treasure.
これじゃ、このせっかくのリズム感が全く失われるじゃないのよ。
なんで普通にEuler's formula was a support, a caveat, a treasure, to me, as well as a keepsake.
て書かないわけ?この一文は「形見だった」ってところで終わるのが肝心なの。
そこで読者が(え、もしや博士はあとで死んでしまうのか?)みたいにハッとしないといけないの。
「大事にしている」(Treasure)で終わったらその余韻ゼロ!
しかもそもそもMomentoじゃただの「思い出の品」で「形見」って感じがしないでしょう。
でもこれは、、と思ったのは「めんどくさい」みたいな感じでさくっと一文削除したりしちゃってるところ。
それでも私は放り出さなかった。ひとつの問題をこれほど徹底的に考え続けるのは、ルートを妊娠した時以来だった。(82)
これ大事でしょう!これ!語り手の重要な心理ディヴェロプメントなんだから!
抜け落とすところじゃないでしょう!しっかりしてよ!
みたいなことを授業ではいうつもりです。
Sattlelite
ウェディングで会った男の子から来たメールのなかでTVがどうのという話で「衛星」を”Sattlelite”と書いてあった。
正しくはSatelliteなのだけれども、2回ともSattleliteと書いてあったので間違って覚えてると思われた。
これをかわいいと思うか馬鹿だと思うかは完璧に主観の問題であると思われる。
この場合は前者であったし、指摘するとかわいそうかもしれないと思ったのだが、
あたしはいちおう先生なので訂正するべきものはしないと気がすまないので
ちょっと躊躇したのだけれど、やはり返事には正しい綴りを使っておいた。
別に「衛星」という言葉を使わないでもよかったのだが文脈的に使うのが自然だった。
マスキュリニティーがクライシスになるかもしれないがそんなのは知らない。
だって今後仕事とか本当に大事な時にSattleliteって書いちゃって困ることがあるかもしれないじゃない?
そういうところ訂正されたぐらいで憤慨するなら、器の小さい人間だと思うし。
あたしの友情はそういう友情なのだが、わからないひとにはわからないかもしれない。
