40. 咲坂と桃内のごきげんいかが1・2・3/ユー・アンド・ミー・オルガスムス・オーケストラ
小林克也、伊武雅刀が出演するラジオ番組から派生したスネークマン・ショーは1980年にYMOのアルバム「増殖」にフィーチャーされると一気に知名度を上げ、単独でのアルバムがリリースされるまでとなった。YMO、シーナ&ザ・ロケッツなどの曲も収録されたアルバムからはダンサブルで独特のユーモア感覚が感じられるこの曲がシングル・カットされた。
39. Big Star Blues (ビッグスターの悲劇)/サザンオールスターズ
この頃のサザンオールスターズはアルバムは1位になるがシングルはそれほどヒットしないという状況であり、「ステレオ太陽族」からの先行シングルであるこの曲のオリコン週間シングル・ランキングでの最高位も49位止まりであった。前年末に起きたジョン・レノン殺害事件の犯人に言及していたり、楽曲の一部歌詞が問題となり放送禁止になったことに対する思いが込められていたりもするのだが、英語ならば問題ないだろうとばかりに「you & me, oh, man go」などと歌われていたりもする。
38. まちぶせ/石川ひとみ
司会や人形劇の司会、グラビアなどでは活躍していたのだが歌のヒットには恵まれていなかった石川ひとみだが、荒井由実が作詞・作曲して三木聖子が歌ったこの曲のカバーで、初のトップ10入りを果たした。時代を超えて共感を呼びがちな失恋ソングであることに加え、どこかアナクロな雰囲気も受けていたような気がする。
37. ラムのラブソング/松谷祐子
テレビアニメ「うる星やつら」のテーマソングで、テクノ歌謡的な気分も感じられる作曲・編曲、さらには曲中のセクシーボイスや笑い声なども小林泉美である。
36. ピンナップ・ベイビー・ブルース/シーナ&ロケッツ
「ユー・メイ・ドリーム」がヒットした翌年のリリース。80年代的なポップ感覚と悪そうな感じとの絶妙なバランスがとても良かった。
35. I LOVE YOU/オフコース
少なくとも私の周りでは暗そうな人しか聴いていなかったし、聴いていてもモテそうな気がしなかったのでまったく関係ないことにしていたのだが、実はひじょうにクオリティーが高く、これぞジャパニーズAORだったのではないかと感じたりもする。
34. 抱かれたい、もう一度/矢沢永吉
当時の中学校でツッパリと呼ばれていた人達の中でも、特に本格的なタイプのクラスタは横浜銀蠅などは聴いていなくて、永ちゃんやクールスなどをリスペクトしていた。とはいえ、当の永ちゃんこと矢沢永吉はAORのような音楽を志向していて、オリコン週間シングルランキングで最高5位を記録したこの曲もロサンゼルス録音で全編英語詞である。
33. NIGHT LIFE/佐野元春
ライブハウスで人気の新進ロッカーとして紹介されていた頃の佐野元春のアルバム「Heart Beat」からシングル・カットはされていたものの、ベスト・アルバムに収録される率は低い。とはいえ、「ダイナマイトみたいなクレイジーナイト」と歌われるこの曲を通して、当時、地方都市の中学生であった私は都会への憧れを募らせてもいた。
32. 俺は絶対テクニシャン/ビートたけし
この年の元旦に(録音ではあったが)「ビートたけしのオールナイトニッポン」が放送を開始するのだが、これをきっかけにビートたけしは漫才ブームの中心的存在の1人から時代をリードするカリスマへの一歩を歩みはじめたといっても過言ではない。同じ日に近田春夫が作詞・作曲したザ・ぼんち「恋のぼんちシート」がリリースされ、オリコン週間シングルランキング最高2位のヒットを記録する。ブームに便乗して様々な漫才師がレコードを出したが、この曲もそのうちの1つである。とはいえ、テクノ歌謡的なサウンドや時代考証を必要ともするユニークな歌詞など聴きどころは多く、カルトクラシックと化してすらいる。レコードはツービート名義で発売され、ビートきよしの「茅場町の女」がカップリングされていた。
31. ダウンタウンボーイ/佐野元春
大滝詠一、杉真理とのナイアガラ・トライアングルで「A面で恋をして」をリリースし、ブレイクのきっかけをつかむのと同じ秋にリリースされたシングル。翌年のアルバム「SOMEDAY」には別バージョンが収録された。やはり地方都市の中学生として聴いていた私の都会への憧れを強化したこの曲で、マーヴィン・ゲイという固有名詞を初めて耳にした。翌年に結成された松本人志と浜田雅功による漫才コンビ、ダウンタウンはこの曲を出囃子にしていたという。