1981年の邦楽ソング・ベスト50(50-41) | …

i am so disappointed.

「1981年の邦楽ソング・ベスト50」をやってしまおうということを思いついた、というよりは洋楽をやったばかりなのでナチュラルな流れとして邦楽もやる、というか新しいアイデアが枯渇気味、いやあるにはあるのだが諸般の事情により時期尚早なのでとりあえずこれで茶を濁すというか、そんな感じである。1981年といえば校内暴力の嵐が吹き荒れていたり、旭川のブックス平和などという書店でさえ暴走族の写真集が売れていたり、一方では「なんとなく、クリスタル」がベストセラーになったり、「ベストヒットUSA」の放送が開始されたり(北海道ではまだネットされていなかったが)、「FM STATION」が創刊されたりもしていた。その他、ポップ・ミュージック界の動向のようなものや、個人的なくだらない思い出話的なものは本文の中に盛り込むかもしれないし、盛り込まないかもしれない。1回につき10曲ずつ、計5回でやっていきたい。選曲および順位づけには例によって個人的な趣味や嗜好、思い出補正などが反映しているため、当然のことながらけして客観的だったり決定的だったりするものではまったくない。

 

50. 邦子のかわい子ぶりっ子(バスガイド篇)/山田邦子

 

山田邦子が世に広く知られるきっかけとなった、バスガイドのネタがほぼ丸ごと入っているのではないだろうか。当時のレパートリーであったギャグやものまねなども、これでもかというぐらいに盛り込まれている。それにしても、阪神タイガースと読売ジャイアンツとの間で行われた江川卓と小林繁とのトレードは1979年2月1日午前0時に発表された訳だが、この期に及んでまだネタにされるだけのバリューがあったということだろうか。それはそうとして、たとえば佐野元春「VISITORS」だとか吉幾三「俺ら東京さ行ぐだ」よりもずっと以前に、ラップミュージックを参照していたことが特徴的である、この年にヒットしたブロンディ「ラプチュアー」も参照されているような気がする。

 

 

49. ツッパリHigh School Rock'n Roll (登校編)/T.C.R.横浜銀蠅R.S.

 

ヤンキーという単語はまだ関西地方でのみ用いられていたのだろうか、当時、不良学生のことはツッパリと呼ばれていたのだった。猫にツッパリの格好をさせた「なめんなよ」シリーズやツッパリ少年をファンシーにデフォルメした「NOWイ君」シリーズなど、ツッパリ文化はひじょうに盛り上がっていたように思える。T.C.R.横浜銀蠅R.S.はそういったツッパリ文化を象徴するようなロックンロール・バンドで、ユーモア感覚も絶妙なこの曲で大ブレイクした。

 

 

48. ニートな午後3時/松原みき

 

リリースから40年目にしてデビュー・シングル「真夜中のドア~Stay With Me」が世界的に評判となり、竹内まりや「PLASTIC LOVE」に続いて、ジャパニーズ・シティ・ポップのシグネチャー的楽曲として認知されたようなところもある松原みきである。5枚目のシングルとなるこの曲は資生堂化粧品のCMソングでもあり、やはりカッコいいシティ・ポップになっている。

 

 

47. ごめんねDarling/岩崎良美

 

実力派ポップス歌手として人気があった岩崎宏美の実妹としてデビュー時から話題となり、ポスト山口百恵の有力候補ともされていた岩崎良美は松田聖子と一緒に「ザ・ベストテン」の「今週のスポットライト」に出演し、その後、ランクインも果たしていた。その後、音楽性は典型的なアイドル・ポップというよりも、よりシティ・ポップ的な方向性にシフトしていき、7枚目のシングルで尾崎亜美の作品となるこの曲もそういった傾向にある。

 

 

46. コンピューターおばあちゃん/酒井司優子

 

NHKで放送されていた「あなたのメロディー」に投稿された楽曲を元々は10代のテクノポップ・バンド、コズミック・インベンション(作曲家の井上ヨシマサはこのバンドのメンバーであった)が歌っていたのだが、これを「みんなのうた」で放送するために東京放送児童合唱団の酒井司優子がカバー、坂本龍一がアレンジを行ったバージョンである。子供向けの楽曲でありながら、テクノ歌謡としての聴きごたえもある。

 

 

45. リンダ/竹内まりや

 

ニュー・ミュージック全盛の1978年にデビューした竹内まりやが芸能人やアイドル的な活動も余儀なくされていて、それについて悩みをかかえていたという話はわりと有名だというような気がするのだが、この曲は活動休止前、最後のアルバム「PORTRAIT」に収録されていた。友人でもあるアン・ルイスに提供した曲のセルフカバーにあたり、アレンジャーはこの翌年に夫となる山下達郎である。

 

 

44. ス・ト・リ・ッ・パ・ー/沢田研二

 

芸能界のド真ん中でニュー・ウェイヴやロック的なこともいろいろやっていた沢田研二は、実にカッコいい存在であった。当時、ストレイ・キャッツなどの活躍により、ロカビリーがリバイバルしていたのだが、この曲にはそういったトレンドからの影響も感じられる。最高のロック・バンド、EXOTICSの演奏と沢田研二のセクシーなボーカルによる化学反応が楽しめる楽曲。

 

 

43. ドリップ・ドライ・アイズ/高橋幸宏

 

社会現象としてのテクノブームは終息しつつあったように思えるが、その中心的存在であったYMOことイエロー・マジック・オーケストラ、そして、そのメンバー達はアーティストや作家として充実した作品を発表し続け、日本のポップ・ミュージックに強い影響をあたえていった。サンディーに提供した曲のセルフ・カバーとなるこのバージョンにもテクノポップの進化型とでもいうべき魅力が感じられ、ロキシー・ミュージックのアンディ・マッケイによるサックスも最高。収録アルバムのタイトルは後にウィリアム・ギブソンのサイバーパンク小説にもインスピレーションをあたえた。

 

 

42. テレフォン・ナンバー/大橋純子

 

この年には来生たかおが作曲したヒット曲「シルエット・ロマンス」をリリースしているが、大橋純子の真骨頂といえばやはりシティ・ポップであり、美乃家セントラル・ステイションを解散してから最初のアルバムとなる「Tea For Tears」に収録されたこの曲が特に良い。

 

 

41. 女ともだち/野宮真貴

 

90年代にはピチカート・ファイヴの3代目ボーカリストとして知られることになる野宮真貴のデビュー・シングルで、資生堂シャワーコロンのCMソングである。テクノポップ風味のニュー・ウェイヴな楽曲はムーンライダーズの鈴木慶一によるものである。アルバム「ピンクの心」にも収録。