80年代邦楽ソング・ベスト100(20-1) | …

i am so disappointed.

20. クリスマス・イブ/山下達郎 (1983)

 

アルバム「Melodies」に収録され、その年の年末にシングル・カットされたのだが、当時のオリコン週間シングルランキングでの最高位は44位であった。すでに半年前に発売され、大ヒットしていたアルバムからのカットということで順位はそれほど高くなかったが、パッヘルベルの「カノン」が引用されていたり、凝りに凝りまくった一人アカペラ、一人きりのクリスマスというシチュエーションを描いた歌詞など、当時から人気はひじょうに高かったような気がする。これが1988年にJR東海のCMに起用されるとリバイバルして、翌年には発売から6年後にしてオリコン週間シングルランキングの1位を記録することになった。その後もクリスマスシーズンのスタンダードとして不動の人気を誇っている。

 

 

19. My Revolution/渡辺美里 (1986)

 

90年代にプロデューサー、コンポーザーとして一世を風靡する小室哲哉の作曲家としての出世作で、3度の転調を含む構成などがとてもユニークに感じられた。渡辺美里のどこか優等生的にも感じられる雰囲気も、時代の気分にマッチしていたように思える。オリコン週間シングルランキングで1位、年間では5位の大ヒットを記録した。

 

 

18. トランジスタ・ラジオ/RCサクセション (1980)

 

実は当時、それほどヒットはしていなく、オリコン週間シングルランキングでの最高位は86位なのだが、バンドの勢いが増し、メディアでの露出が増えていくと共に、代表曲としての知名度も上がっていった。学校の授業をサボって煙草を吸いながらトランジスタラジオを聴いているというシチュエーション、「ああ こんな気持ち うまく言えたことがない」というフレーズが特に印象的であった。

 

 

17. 守ってあげたい/松任谷由実 (1981)

 

薬師丸ひろ子が主演した映画「ねらわれた学園」の主題歌としてリリースされ、オリコン週間シングルランキングで最高2位のヒットを記録した。70年代の活躍をリアルタイムでは知らない新しい世代にアピールしようという意図は確実にあったようで、キャッチコピーは「才能のきらめきは不思議世代を惑わすか」だったようだ。

 

 

16. ユー・メイ・ドリーム/シーナ&ザ・ロケッツ (1979)

 

発売は1979年だったが、日本航空のテレビCMに使われ、翌年の夏にオリコン週間シングルランキングの20位まで上がるヒットを記録した。シーナ&ザ・ロケッツは福岡出身のロックンロールバンドだったが、細野晴臣がプロデュースしたこの曲においてはテクノポップ的な味付けもされていて、テクノ/ニュー・ウェイヴのバンドとして認知していた人達も少なくなかったような気がする。

 

 

15. ミス・ブランニュー・デイ/サザンオールスターズ (1984)

 

アルバム「人気者で行こう」の先行シングルにはシティ・ポップ的な「海」が当初は予定されていたようだが、発売直前になってこの曲に変更されたようだ。シンセサイザーを効果的に用い、女子大生ブームなどの軽薄な世相を斬っているようでありながら、実際にはそれをマイルドに賛美しているようにも聴こえるところがとても良い。オリコン週間シングルランキングでの最高位は6位で、アルバム発売後もヒットし続けていた。

 

 

14. ライディーン/イエロー・マジック・オーケストラ (1979)

 

「テクノポリス」と共にイエロー・マジック・オーケストラの代表曲である。1979年にリリースされたアルバム「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」に収録され、翌年にシングル・カットされた。オリコン週間シングルランキングでの最高位は15位だったが、アルバムが年間1位で社会現象といえるほど話題にもなっていたので、当時の国民の多くがこの曲を認知していたのではないだろうか。シングルのジャケットにはアニメ「勇者ライディーン」に似ていなくもないロボットのイラストが描かれているが、曲のモチーフになったのは江戸時代の力士、雷電爲右エ門だという。

 

 

13. 十七歳の地図/尾崎豊 (1983)

 

若者のカリスマ的に大きく取り上げられ、ある意味、肥大化したイメージの犠牲になったような気もする尾崎豊だが、明らかに優れたシンガー・ソングライターであった。タイトルはプロデューサーの須藤晃が中上健次の小説「十九歳の地図」から着想したもので、アレンジャーにはブルース・スプリングスティーン「明日なき暴走(Born To Run)」を参照するようにと発注がされていたようである。

 

 

12. 大迷惑/ユニコーン (1989)

 

ユニコーンは80年代後半のバンドブームで特に人気があったバンドだが、その優れた音楽性によって、当時のブームを牽引していた中高生だけではなく、うるさ型の批評家や音楽ファンをもうならせるようなところがあった。結婚をしてマイホームを購入するものの、会社から海外への長期単身赴任を命じられるサラリーマンの悲哀というような、若手ロックバンドとしてはユニークな題材を扱い、バブル景気に浮かれる世の中で「お金なんかはちょっとでいいのだ」と歌ってみたりもしている。

 

 

11. 雨あがりの夜空に/RCサクセション (1980)

 

70年代にはフォーク編成で活動し、不遇の時代やメンバーチェンジを経て、ロックバンドとして甦ったRCサクセションの代表曲である。忌野清志郎の当時の愛車のことがモチーフになっているということだが、セクシーな意味にも取れるダブルミーニングが健全な少年少女には適度に刺激的で、これもまた良かった。

 

 

10. い・け・な・いルージュマジック/忌野清志郎+坂本龍一 (1982)

 

「ビックリハウス」や「宝島」といったポップなサブカル界隈で特に人気があったイエロー・マジック・オーケストラとRCサクセションのメンバーが共演ということで大いに話題となり、どちらのバンドにも成しえなかったオリコン週間シングルランキング1位を記録している。化粧品のCMソングとしてのヒットではあるが、「他人の目を気にして生きるなんてくだらないことさ」というメッセージも含まれている。

 

 

9. プラスティック・ラブ/竹内まりや (1984)

 

竹内まりやが休養から復帰して最初のアルバム「VARIETY」に収録された曲である。夫でもある山下達郎プロデュースによるアルバムはオリコン1位の大ヒットを記録したが、エバーグリーンポップ的な印象が強く、デジタルでプラスチックなこの曲はスパイス的な役割を果たしていたようにも思える。リミックス・バージョンが12インチ・シングルでリリースされたりはしたが、けしてアルバムを代表する曲という感じではなかったような気がする。それが発売から30年以上経って、YouTubeをきっかけに海外の音楽ファンの間で話題になって、ジャパニーズ・シティ・ポップのシグネチャー的な楽曲として評価が定着するに至った。

 

 

8. 頬に夜の灯/吉田美奈子 (1982)

 

アルバム「LIGHT'N UP」の収録曲である。当時、地方都市の公立高校生で特に音楽マニアという訳でもなかった私にとって、吉田美奈子とは山下達郎のレコードのクレジットで名前を見たりはするが実はよく知らないし聴いたこともないアーティストであった。一般大衆的にどのような感じだったかは定かではないが、やはりシティ・ポップ・リバイバルの中でこの曲などは名曲としてより広く知られるようになったのだろうか。当時、リアルタイムで聴いてはいないが、あの頃の気分のようなものが感じられるし、それでいて昨今のリバイバルにもハマっている、こういったタイプの楽曲の中でも屈指のクオリティーなのではないだろうか。日本のシティ・ポップとはどのような音楽なのかといった場合、この曲を提示するとひじょうに分かりやすいのではないかというような気もする。

 

 

7. 青い珊瑚礁/松田聖子 (1980)

 

70年代後半はニューミュージック全盛で、アイドルポップスにとっては不遇の時代という印象が強い。そして、80年代に入って少し経つとアイドルポップス黄金時代ともいえるような状況になるのだが、その突破口を開いたのは田原俊彦「哀愁でいと」であり、松田聖子「青い珊瑚礁」なのだろう。翌年の「白いパラソル」以降、松本隆の歌詞でニューミュージックやシティ・ポップの優れたアーティスト達の曲を歌うようになってからの方が音楽的には充実しているともいえるが、この頃の伸びのあるボーカルは至高であり、これこそが時代を変えたのではないかとも思える。ザ・クラッシュの「白い暴動」と「ロンドン・コーリング」どちらを評価するかというのに似ているような気もするが、違っているかもしれない。

 

 

6. SOMEDAY/佐野元春 (1981)

 

この曲は本来、2作目のアルバム「Heart Beat」に収録される予定だったのだが、歌詞に納得がいかず見送られ、数ヶ月後にシングルとしてリリースされたらしい。オリコン週間シングルランキングでは、100位以内にもランクインしなかったようだ。その頃、中学生だった私はNHK-FM「軽音楽をあなたに」で「Heart Beat」からの数曲を聴き、ガツンとやられる訳である。日本語の歌詞やメロディーへの乗せ方が独特であり、無意識にこういうのを求めていたのかもしれないと思わされるようなものであった。フィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドを日本語のポップ・ソングというフォーマットでやっていたなどということはずっと後になってから分かることだが、心底共感ができて、心に響きまくるポップ・ソングというものに、はじめて出会えたような気がしたのであった。

 

 

5. 君は天然色/大滝詠一 (1981)

 

リリース当時、中学生だったので、はっぴいえんどや大滝詠一というアーティストがそれまでにどのようなことをやってきたのかなどはまったく知らず、ただただ近頃、流行っている音楽としてこの曲をラジオで聴いた。とても爽やかで新しい時代を感じさせてくれるサウンドだと感じた。偶然にもこのような状況で出会ってしまったため、他のシチュエーションというものを想像することが難しいし、それほどマニアックに受容はしていないと思う。ただ、この曲を単なる普通の流行音楽として受け止められたことはとても良かったな、という気だけはしている。

 

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4. RIDE ON TIME/山下達郎 (1980)

 

本人が出演するカセットテープのCMを、当時、テレビでよく見たような気がする。「ザ・ベストテン」にはランクインしていなかったので、オリコン週間シングルランキングで最高3位まで上がっていたと知った時には、そんなに売れていたのかと驚かされた。当時、このタイプの音楽がシティ・ポップと呼ばれていたかというと、少なくとも一般大衆レベルではそうでもなかったのではないかと思う。テクノ、アイドル、漫才が流行し、時代の気分がライトでポップな方に向かっていたこの年、この曲のヒットによってシティ・ポップ的な感覚の大衆化というのも着々と進んでいたのだろう。

 

 

3. テクノポリス/イエロー・マジック・オーケストラ (1979)

 

この曲を収録したアルバム「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」は1979年の9月にはリリースされていたのだが、翌月には実は別バージョンであるシングルも発売されていた。YMOことイエロー・マジック・オーケストラを中心とするテクノブームが社会現象化するのはおそらく80年代になってからではないかという気がするのだが、その契機をよく覚えていない。気がつくと中学校の友人達がレコードを買っていた。70年代後半にはニューミュージックが流行っていたはずであり、基本的にインストでありシンセサイザーの未来的なサウンドによって演奏されたYMOの音楽というのは完全に新しいものであった。これによって、80年代は軽くて人間味のようなものが薄い方がカッコいいのだという気分にはなんとなくなっていった。この曲は坂本龍一がピンク・レディーの曲を研究しつくした末に生まれたともいわれているのだが、だからといって必ずしもヒットするとは限らないので、やはりすごいのではないかと思うのである。

 

 

2. MARIONETTE/BOØWY (1987)

 

この曲が制作された時点で、BOØWYはすでに解散することが決まっていたのだという。目標としていた結果が得られたかららしい。それぐらいに、当時のBOØWYの勢いというのは圧倒的であった。しかし、別のところでも書いたのだが、当時、私はBOØWYがまったく分からなかった。それまで好き嫌いは別にしても流行っている音楽はなんとなく良さが分かってはいたのだが、BOØWYについてはまったく分からず、20歳を超えたばかりだったこともあり、これはそろそろ新しいポップ・ミュージックを追いかけるのも引退のタイミングかなと思ったりした。どこが分からなかったかというと、ロックなのに歌謡曲っぽくも感じられるところなのだが、時間が経ってからむしろそれこそが独自性なのであり、日本のロックとしてのアイデンティティーなのだと解釈ができてからはわりとカッコいいと思えてもきて、時々、アルバムを聴いたりもしている。そのような状態ではあるが、80年代の邦楽ソングということで考えた場合、この曲は重要なのではないかという気がする。

 

 

1. 人にやさしく/THE BLUE HEARTS (1987)

 

それで、1位はTHE BLUE HEARTSの「リンダリンダ」でも「TRAIN-TRAIN」でもなく、「人にやさしく」である。当時、個人的にTHE BLUE HEARTSにハマったかというとまったくハマってはいない。ハマるには年を取り過ぎていたともいえる。いや、年齢なんていうものは気の持ちようだろうといわれれば確かにそうだが、だとするとなおさら遅すぎたということができる。懇意にしていた女子高生の弟などがハマっていたイメージで、曲を聴いたり映像を見たりすると確かにとても良い。自分がもしも14歳ぐらいでこのバンドに出会っていたとしたら、どれだけ夢中になっていただろうと思えた。それだけの強度を客観的に感じたバンドやアーティストは80年代を通して他にいなかった。それで、この曲だが歌い出しが「気が狂いそう」だというところがとても良い。山瀬まみがナレーションをしているレナウンのCMでも流れていたのだが、あれはポップで最高だった。

 

 

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