ビリー・アイリッシュが最新トラック「ゼアフォー・アイ・アム」をリリースしたのだが、これが最高で何度も繰り返し聴いていいる。昨年、全米シングル・チャートで1位を記録した「バッド・ガイ」以来のキャッチーさ、とはいっても兄のフィアネス・オコネルがプロデュースしたサウンドはビリー・アイリッシュの音楽の特徴であるダークでミニマルなシンセ・ポップ、ウィスパリングなボーカルという点は変わっていない。
「私はあなたの友達ではない」という歌詞のフレーズにあらわれているように、この曲はSNS時代のファンダムだとかキャンセル・カルチャー的なものにも言及しているようで、これぞ同時代の必然性によって生まれたポップスという感じである。また、タイトルは哲学者、デカルトの有名なフレーズ、「我思う、ゆえに我あり」の英訳から引用されたものであろう。
10代にしてスターダムに上りつめ、ポップ・アイコン化したビリー・アイリッシュだが、反トランプを明確に打ち出したりBLM運動に対して連帯の意志を表明するなど、今日のポップ・スターに相応しい存在であり続けている。それだけに重圧も大きいことは想像に難くなく、作風もよりシリアスになっていくのではないかという懸念もあるにはあったのである。それはそれで、この優れたアーティストの成長を見ていくという点でも興味深かったのだが、ここにきてこれだけ強力なポップ・トラックを出してきたことには、正直、驚かされた。
アメリカ合衆国では最近、アメリカ大統領選におけるドナルド・トランプの敗北というひじょうに明るい話題があったわけだが、そのような気分をも若干は反映しているかのような、ポジティブな精神性が感じられる。
ミュージックビデオはビリー・アイリッシュ自身によって監督されたものだが、無人のショッピングモールを走り回り、プレッツェルやドーナツやフライドポテトなどを食べたりする自由で躍動感あふれる姿が捉えられている。これも含めて、ポップ・アートとしてたまらなく良く、きわめて今日的だという印象を受ける。
「主張する女性アーティスト」なるフレーズにも性差別的な要素がバリバリに入っているわけだが、それは重々承知の上でも、そう表現するしかないような人たちの活躍が今年もひじょうに顕著であり、その中でビリー・アイリッシュの存在は若手の筆頭格としてひじょうに重要である。あまりにも一気にブレイクして、注目もあつめしぎてしまったこともあり、少しスローダウンした方が良いのではないかと思わせるところがあったし、実際にそうするのではないかという気配もあった。
にもかかわらず、これだけ痛快な新曲を発表してしまうところに、このアーティストの非凡な才能を感じてしまう。