2020年11月12日の全英アルバム・チャートでは、アリアナ・グランデの「ポジションズ」が初登場で1位に輝いた。他にサム・スミス、クリフ・リチャード、ブリング・ミー・ザ・ホライゾン等の最新作が上位に初登場する中、ザ・スタイル・カウンシルのコンピレーション・アルバム「ロング・ホット・サマーズ: ザ・ストリー・オブ・ザ・スタイル・カウンシル」の8位というのが個人的には興味深い。
ザ・スタイル・カウンシルはポール・ウェラーが当時、人気絶頂だったザ・ジャムを解散させて結成したバンドであり、パンク・ロックからよりポップな音楽性になったことによって、ザ・ジャムのファンからは賛否両論だったように記憶している。それでもシングル・ヒットを連発し、アルバムもよく売れていた。日本ではお洒落な音楽性が受けて、ザ・ジャムを聴いていなかった層にまでアピールすることになった。また、ザ・ジャムがそれほど売れていなかったアメリカでもザ・スタイル・カウンシルはそこそこヒットして、1984年の「マイ・エヴァ・チェンジング・ムーズ」は、ザ・ジャムからザ・スタイル・カウンシル、ソロまでを通じて、ポール・ウェラーにとって唯一の全米トップ40ヒットになっている。
ザ・スタイル・カウンシルのコンピレーション・アルバムは過去にいくつか発売されているが、全英アルバム・チャートで10位以内に入るのは1989年の「シンギュラー・アドヴェンチャーズ・オブ・ザ・スタイル・カウンシル」以来である。このリリースに合わせ、イギリスのテレビではザ・スタイル・カウンシルのドキュメンタリー番組も放送されたという。いわゆるソフィスティ・ポップが再評価されてもいる今日、ザ・スタイル・カウンシルの音楽を聴き直すには良いタイミングなのかもしれない。
CDならば2枚組、37曲、約2時間24分の音楽が収録されたこのコンピレーション・アルバムは、ザ・スタイル・カウンシルのシングル・ヒットだけではなく、アルバムのみに収録された人気曲をも網羅した決定版ともいえる内容である。曲順は時系列ではなく、ザ・スタイル・カウンシルのバラエティーにとんだ音楽性を、退屈することなく楽しめるようになっている。
ザ・ジャムでデビューした1970年代後半、ポール・ウェラーは10代であり、怒れる若者というようなイメージが強かったという。これは、後に音楽雑誌などで知った。ザ・ジャムのことは雑誌などで読んで名前ぐらいは知っていたのだが、初めて曲を聴いたのは深夜のAMラジオで、曲は「悪意という名の街(A Town Called Malice)」であった。イメージしていたパンク・ロックとは少し違い、意外にもモータウンみたいでポップではないかと思った。それをきっかけに聴いていくこともなく、そのうちザ・ジャムが解散するという記事を「ミュージック・マガジン」で読んだ。その扱いの大きさから、いかにザ・ジャムが重要なバンドだったのかということをなんとなく認識した。
その頃、私がザ・ジャムの音楽をほとんど知らなかったのは、全米ヒット・チャートものを中心に聴いていたからである。ザ・ジャムの解散後は全英ヒット・チャートものも聴くようになり、ザ・スタイル・カウンシルでいうと初めて聴いたのは「ロング・ホット・サマー」であった。ソウル・ミュージックからの影響が強く感じられる曲で、ザ・ジャムの時代からはかなり変えてきているのだろうな、という気はした。同じ頃にワム!の「クラブ・トロピカーナ」もヒットしていて、共に1983年の夏だったが、私がこれらを聴いていた頃、北海道の夏はすでに終わりかけていた。
翌年、当麻町から旭川の高校に通っていた友人からアズテック・カメラ「ハイ・ランド、ハード・レイン」のレコードを借り、こういうアコースティックな感じの音楽もなかなか良いじゃないかと思っていた。その時に一緒に借りたのは、キッド・クレオール&ザ・ココナッツ「愉快にライフボード・パーティ」であった。
日曜日の夜にNHK-FMの「リクエストコーナー」という番組を聴いていると「マイ・エヴァ・チェンジング・ムーズ」がかかり、すぐに気に入った。アズテック・カメラ「思い出のサニー・ビート」のようなアコースティックま感じもあり、それでいてもっと分かりやすいようなところもあった。これこそがいま求めていた音楽に違いない、と録音したカセットテープを何度も聴いた。この曲が収録されているはずのアルバム「カフェ・ブリュ」を買うも、収録されていたのはラジオで聴いたのとは違うピアノ弾き語り的なバージョンであった。それでも、ジャズ、ソウル、ボサノバ、ヒップホップなど、様々な音楽的アイデアを折衷的に詰め込み、それでいてクールな統一感もあるこのアルバムに、当時の私は夢中になった。
夏休みに遊びに行った札幌の玉光堂でそれ以前にリリースされていたミニ・アルバム「スピーク・ライク・ア・チャイルド」、翌年の2月に大学受験のため東京に行った時には、六本木WAVEで「ロング・ホット・サマー」「マイ・エヴァ・チェンジング・ムーズ」「ユーアー・ザ・ベスト」「シャウト・トゥ・ザ・トップ」の12インチ・シングルを買った。
その年の春から東京で一人暮らしをはじめることになり、池袋パルコのオンステージヤマノに行くと、ザ・スタイル・カウンシルの最新アルバム「アワ・フェイヴァリット・ショップ」の輸入盤が早くも入荷していて、東京はやはりすごいところだなと感激した。この頃、カウンシル・コレクティヴというユニットで炭鉱労働者のストライキを支援するかなにかの12インチ・シングル「ソウル・ディープ」も売られていて、これもここで買ったと思う。「アワ・フェイヴァリット・ショップ」はカセットテープに録音して、当時、住んでいたアパートのラジカセや外ではウォークマンで聴きまくっていたため、阪神タイガースが21年ぶりのリーグ優勝を果たし、おニャン子クラブの人気が爆発し、「ビックリハウス」が休刊したこの年のサウンドトラックとして記憶されている。
翌年、大学に通いやすいように小田急相模原に引っ越し、本厚木の丸井で初めてのCDプレイヤーを買ったのだが、最初のCDソフトとして選んだのは、すでにLPレコードを持っていた「アワ・フェイヴァリット・ショップ」で、これは確か町田のディスクユニオンで買ったのだと思う。
本厚木のロータリーでキャンパスに行くバスを待っていると、テニスのラケットを持ってポロシャツの襟を立てたさわやかな大学生たちに遭遇することになる。友人に話しかけられてイヤフォンを外した彼は、「何、聴いてるの?」と尋ねられ、「スタイル・カウンシル」と答えていた。こういう広がり方はとても良いと思うのだが、「スタカン」という略称はどうにも軽薄すぎて好きにはなれなかった。
1987年には3作目のアルバム「コスト・オブ・ラヴィング」がリリースされるのだが、先行シングルの「イット・ディドゥント・マター」は、ザ・スタイル・カウンシルが出演もするカセットテープのCMに使われていた。ワム!やトンプソン・ツインズもそれ以前には出演していたCMであり、当時のザ・スタイル・カウンシルが日本でいかに人気があったかを物語ってもいるようである。このアルバムは確か日本先行発売で、ジャケットのデザインも輸入盤と異なっていたと思う。輸入盤はオレンジ一色だったのだが、国内盤にはバンドの写真が使われていた。ソウル・ミュージック色がさらに強まり、前作までのバラエティーにとんだ感じは後退しているように感じられた。全英アルバム・チャートでも2位と売れたのだが、評価はそれほどでもなかったような印象がある。
翌年、次のアルバム「コンフェッション・オブ・ア・ポップ・グループ」がリリースされ、これもすぐに買ったのだが、なんとなく地味な印象があり、あまり聴かなかったような気がする。「夜のヒットスタジオDELUX」に中継で出演して、「ライフ・アット・ア・トップ・ピープルズ・ヘルス・ファーム」を演奏していたはずである。イントロにトイレの水を流す音が収録されていたはずである。
日本では特にお洒落な音楽として消費されていたような印象もあるザ・スタイル・カウンシルの楽曲だが、ザ・ジャム時代と同様に、ポール・ウェラーの社会派的なメッセージが込められていた曲も少なくはない。というか、かなり多い。このトイレの水を流す音にも、痛烈な皮肉が含まれているように思える。
アルバム、先行シングル共に初めて全英チャートでトップ10入りを逃がし、もうすでに旬のポップバンドではないという印象がわりと強くなっていた。その後、当時、最先端のポップ・ミュージックであったハウス・ミュージックに傾倒し、カバー・シングル「プロミスト・ランド」をリリーズするが、全英シングル・チャートで最高27位止まり、ベスト・アルバム「ザ・シンギュラー・アドヴェンチャー・オブ・ザ・スタイル・カウンシル」は全英アルバム・チャートで最高3位のヒットを記録するが、ニュー・アルバムの「モダニズム:ニュー・ディケイド」はレーベルから発売を拒否される(1998年になって、やっとリリースされた)。そして、ザ・スタイル・カウンシルは解散に向かっていく。
ソロになってからのポール・ウェラーはイギリスでのレーベルがなかなか決まらず、ソロ・デビュー・アルバムはまず日本だけで発売されるなどいろいろあったが、ブリットポップ・ムーヴメントでイギリスのギター・ロックがメインストリームになる中、オアシス、ブラーといったシーンの中心的バンドのメンバーからリスペクトされるモッドファーザーとして、見事に復活を果たした。
そういったこともあり、ザ・スタイル・カウンシル時代はどうにも軽視されがちというか、正当に評価されていない印象が無きにしもあらずである。それはまあ別に良いのだが、個人的にはバンド・エイド「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」への参加や「ライヴ・エイド」でのパフォーマンスを含め、ザ・スタイル・カウンシル時代のポール・ウェラーに対する思い入れが最も強い。ザ・ジャムもザ・スタイル・カウンシルを好きになってからベスト・アルバム「スナップ!」を買って大好きになったり、ソロになってからも数ヶ月前にリリースされた最新作を含め、好きなものが少なくないとしてもだ。
今回、このコンピレーション・アルバムを聴いて、1987年のシングル「ウォンテッド」が覚えていたよりもかなり良かったとか、「ドロッピング・ボムズ・オン・ザ・ホワイトハウス」のこのバージョンは演奏がとても良いなとか、「ソリッドボンド・イン・ユア・ハート」から「オール・ゴーン・アウェイ」の流れは「渋谷系」というかフリッパーズ・ギターのファンに好まれるのではないかとか、「エヴァ・ハッド・イット・ブルー?」は映画「アブソリュート・ビギナーズ」のサウンドトラックに入っていた曲だなとか、「ア・ウーマンズ・ソング」や「チェンジング・オブ・ザ・ガード」のディー・C・リーのボーカルが素敵だなとか、「マイ・エヴァ・チェンジング・ムーズ」のデモ・バージョンもまた良いものだなとか、いろいろと楽しむこともできた。あと、1曲目が「ヘッドスタート・フォー・ハピネス」だというのが、やはりとても良い。