朝、起きて、いつもの駅から電車で仕事場に向かおうとした時に、カーネーションの「いつかここで会いましょう」が聴きたくなったので、聴いた。この曲はかつて、堪えることが難しい別れの悲しみや苦しみを少しは和らげてくれたのだが、時間が経てばその感覚も二度とはもう思い出せないものになっていった。
「魔法少女まどか☆マギカ」を観たりして、永遠と刹那について少し考えさせられもした。永遠という概念を信じることはとても難しく、それは人との関係ということになると、なおのことである。すべて平気で忘れてしまうことを覚えたが、それでもそれはそこにある。ような気もする。
カーネーションが2016年7月13日にリリースしたアルバム「Multimodal Sentiment」に、「いつかここで会いましょう」は収録されている。道重さゆみの27歳の誕生日でもあった。つまり、道重さゆみが生まれたのは1989年、平成元年のこの日であり、記憶に間違えがなければ、私は渋谷ロフトにあったWAVEで岡村靖幸の「靖幸」を買っていた。先日、歴代で好きなアルバム・ベスト100を決めて、勝手に発表もしたのだが、今年も1位はこのアルバムであった。
「レコード・コレクターズ」の増刊で「日本ロック&ポップス・アルバム名鑑」というのが出ていて、これの「1979-1989」篇は2014年4月21日に発行されている。荻窪のルミネだったと思うのだが、そこの書店で立ち読みをしたところ、岡村靖幸の「靖幸」についてはカーネーションの直枝政広が書いていて、「どこを聴いても完璧」などと評されていた。このアルバムと同じくピンク色を主体としたジャケットのアートワークにインパクトがあり、優れたソングライティングとエクレクティックなサウンドが魅力のアルバムといえば大森靖子が2013年にリリースした「絶対少女」であり、これを私は歴代で好きなアルバム・ベスト100の4位に選んでいる。このアルバムをプロデュースしたのもまた、直枝政広であった。
この大森靖子が先日、新曲の「NIGHT ON THE PLANET -Broken World-」などについて語ったインタビュー記事で、「魔法少女まどか☆マギカ」に言及していた。このアニメについてはもうずっと前からぜひ観るようにと、いろいろな人たちから言われていたのだが、他に観たいものや観なければならないものも少なくはなく、ずっとその機会が無いままであった。正確には何度か観ようとはしていたのだが、それほど気が進まずにすぐに止めていた。
大森靖子のアルバム「kintsugi」が12月9日にリリースされるので、それまでに観られたら観ようぐらいに思っていて、ちょうど仕事場にアニメが好きな女子大学生がアルバイトで来ていたので、「魔法少女まどか☆マギカ」とはたとえばどういう話なのかと尋ねたところ、ものすごい熱量でやはりすすめられ、しかもネタバレは絶妙に回避してくれていた。
全話を視聴した結果、これまで私のことをよく知る多くの人々が、ぜひ観るべきだとか観なければいけないというようなことを言ってくれていた理由が分かるような気がした。これについては、また改めて書くのかもしれないし書かないのかもしれないのだが、一言でいうならばとても良かったし、いまがそのタイミングだったのも偶然の運命なのだろうな、と思った
ちなみに私が大森靖子の音楽を聴くきっかけとなったのは、ここではしつこいぐらいに何度も書いているが、道重さゆみが自身のラジオ番組「今夜もうさちゃんピース」で「ミッドナイト清純異性交遊」をかけたことであった。気になって公式サイトを見ると、道重さゆみに対する想いがものすごい熱量で書かれていた。アルバムを少し試聴してみると良さそうだったので、iTunesストアで全部買った。それをiPhoneで聴きながら冬の夜の散歩をしているうちに、これはものすごい才能なのではないかと、どんどん思っていったのであった。
とても良いと思っていたジャケット写真を撮影していたのは蜷川実花であり、私に「魔法少女まどか☆マギカ」を観ることを強くすすめてくれたアルバイトの女子大学生が大好きなフォトグラファーでもあるということであった。
「いつかここで会いましょう」は大好きな曲で、たまに不可抗力でカラオケに行かざるをえなかった時などもよく歌うのだが、大人のロックではあるのだが、いろいろなことについて落ち着いたり割り切ったりということができきれていないところが、とても良いと思うのだ。自分よりも年上のアーティストがこのような曲をやっているというのが、心強くも感じる。コーラスは川本真琴であり、リリース時、デビュー・シングル「愛の才能」から20年目であった。
これまでは別のフレーズなどがとても良いと思って聴いていたのだが、今朝、「たんぽぽを踏まないで 純真を笑わないで」というところが、急に心に刺さってきた。
希望と絶望との落差にのたうち回るのが青春というイメージであり、大人になってまでそういうことをやっていたくはない、とはいうものの、実は好きでやっているのではないか、というようなことを思わなくもない。
そして、守るべきものについて考えた場合、それは次第に明確になっていて、「たんぽぽを踏まないで 純真を笑わないで」というフレーズにはそれに通じるものがあるな、と勝手に思った。
希望を持ったり絶望したりをおそらくこれからも繰り返していくし、いま思っていることをやがていつかは忘れてしまうのかもしれないが、それでもそれは無意識的にせよ、ずっとそこにあるような気もする。そして、いつかここで会いましょう。