ハッピー・マンデーズ「ピルズ・ン・スリルズ・アンド・ベリーエイクス」について。 | …

i am so disappointed.

ハッピー・マンデーズの3作目のアルバム「ピルズ・ン・スリルズ・アンド・ベリーエイクス」は、1990年11月5日にリリースされた。当時、六本木WAVEではその時に一推しのアルバムがひじょうに分かりやすく陳列されていた印象がある。これの少し前はキャロン・ウィーラーの「UKブラック」で、翌年の春先にはKLF「ホワイト・ルーム」が大量に陳列されていたことを覚えている。

 

J-WAVEでよくかかっていそうなおしゃれものだけではなく、当時はまだニュー・ウェイヴやテクノのような音楽も強く推していたはずである。渋谷のタワーレコードが輸入盤を扱う大型CDショップとしては老舗だったが、どうしてもアメリカ盤が中心という印象があった。この年、イギリスの大手チェーンであるHMVが渋谷、ヴァージン・メガストアが新宿に日本における1号店をオープンするのだが、まだまだ六本木WAVEは特別なショップであった。それで、青山キャンパスで大学の講義が終わった後、バスに乗って行くことなどもあった。

 

イギリスでインディー・ロックとダンス・ミュージックをかけ合わせたような音楽が流行しているということは、音楽雑誌などで読んでなんとなく知っていた。ヒット曲がたくさん入ったコンピレーション・アルバム「NOW」シリーズの17弾目を買って聴いてみると、フィル・コリンズ、ポーラ・アブドゥル、UB40などの曲と一緒に、ハッピー・マンデーズ「ステップ・オン」、プライマル・スクリーム「ローデッド」、インスパイラル・カーペッツ「ディス・イズ・ハウ・イット・フィールズ」なども入っていて、なるほどこういうやつかと思ったのであった。

 

このムーヴメントはアシッド・ハウスやレイヴ・カルチャー、スマート・ドラッグというようなものと関係が深く、ニュー・オーダーのレーベルとして知られるファクトリー・レコードが経営するマンチェスターのクラブがそのメッカだということであった。マッドチェスターなどとも呼ばれ、ストーン・ローゼズ、ハッピー・マンデーズ、インスパイラル・カーペッツがその御三家として知られていた。

 

1989年にリリースされたストーン・ローゼズのデビュー・アルバム、当時は「石と薔薇」という邦題がついていたそれを聴けばなんとなく分かるのではないかと思ったのだが、実際にはそうでもなかった。いまでは大好きなアルバムなのだが、当時は60年代のフォーク・ロックみたいだなとか、ボーカルがひじょうに弱いのではないか、というようないま思えば的外れでもあるような感想を持ち、これのどこが新しいのだろうと感じた。そして、すぐレコファンに売ってしまったのである。

 

ハッピー・マンデーズの「ピルズ・ン・スリルズ・アンド・ベリーエイクス」は、ある日、六本木WAVEに行くと大量陳列されていたのだが、これは買わなければいけないのではないかと思わせるようなオーラを、なんとなく発していた。黄色をベースにしたポップ・アート的なジャケットがまず、とても良い。当時、携帯CDプレイヤーというかウォークマンのCD版であるディスクマンを常にカバンに入れていたので、青山ブックセンターの前のバス停から渋谷行きのバスに乗ると、すぐに聴きはじめた。これは良い。良さがちゃんと分かる。

 

ロックではあるのだがダンス・ミュージック的なグルーヴ感も分かりやすく感じられ、すぐに気に入ったのであった。先行シングルの「キンキー・アフロ」は全英シングル・チャートで最高5位のヒットを記録した曲だが、これがアルバムのまずはじめに入っている。当時のマッドチェスター・ムーヴメントにおいては、ストーン・ローゼズがビートルズなら、ハッピー・マンデーズはローリング・ストーンズにたとえられてもいた。ショーン・ライダーのボーカルはわりと詩的な歌詞を歌っていたりもするのだが、ワイルドでルーズな雰囲気があり、ロックの不良性のようなものを感じ取ることもできた。

 

ハッピー・マンデーズでショーン・ライダーの次に重要なメンバーといえば、ギタリストやベーシスト、ドラマーでもキーボードプレイヤーでもなく、ダンサーのベズであった。歌わないし、楽器も演奏しない。ただ踊っているのだが、これがこのバンドにはひじょうに重要であった。「キンキー・アフロ」のミュージックビデオなどを観ていると、当然のようにただダンサーとして踊っているベズの姿に思わず笑ってしまいそうにもなるのだが、しびれるぐらいにカッコいいともいえる。ベズはショーン・ライダーがハッピー・マンデーズを解散した後に組んだ、ブラック・グレープにも参加していた。あと、私は確かベズが書いたということになっている本まで買っていたような気もするのだが、何が書かれていたかはまったく覚えていない。


「キンキー・アフロ」には大好きだったラヴェル「レディー・マーマレイド」に似ている箇所もあり、それがすぐに好きになった要因の一つでもあったと思う。

 

このアルバムにダンス・ミュージックの要素が感じられるのは、プロデューサーにDJのポ-ル・オークンフォールドなどを迎えていることにもよるのだろう。「キンキー・アフロ」と同じく全英シングル・チャートで最高5位を記録した「ステップ・オン」は、南アフリカのシンガー・ソングライター、ジョン・コンゴスの「ヒーズ・ゴナ・ステップ・オン・ユー・アゲイン」をカバーしたものである。

 

このアルバムは全英アルバム・チャートで最高4位のヒットを記録し、「NME」ではこの年の年間ベスト・アルバムに選ばれた。マッドチェスター・ムーヴメントを象徴するアルバムといえるが、ブームそのものは翌年には失速していった。