いろいろな意味で良くも悪くも特別すぎるのが2020年だが、レコーディングされた音楽ファンとしては、わりと充実した日々を送ることができている。というのも、とにかく個人的に好きな作品がひじょうに多い。具体的なアーティスト名やタイトルを挙げることはいくらでもできるのだが、特にRYUTistの「ファルセット」と加納エミリの「朝になれ」の存在がひじょうに大きい。
RYUTistは新潟を拠点として活動する、4人組の女性アイドルグループである。昨今のアイドルシーンに通じているわけではまったくないが、派手なギミック的なものはほとんど用いず、ライブを地道に積み重ねたり、良質な楽曲を発表し続けることによって成長してきたという印象が強い。私がこのグループのことを初めて知ったのは2016年で、予備知識がほとんど無い状態でライブステージを少しだけ観てもいたのだった。それから、毎年リリースされる作品にも気に入るものも多く、年末に勝手に選んでいる個人的に好きな作品の年間ベストでも上位にランクインし続けている。
今年、約3年振りのアルバムとなる「ファルセット」がリリースされたが、ポエトリー・リーディング的な要素の導入やスティールパン的な音色など、またしても新機軸の先行トラック「ALIVE」を聴いた時点で、これはわりとすごいことになっているのではないかという予感がしていた。そして、やっと聴くことができたアルバムそのものは、そういった期待を大幅に上回るものであった。
RYUTistが新潟での野外ライブを無料配信するというニュースを、少し前に知ることができた。「ファルセットよ、響け」と題されていることから、あの素晴らしいアルバムの収録曲を中心とした内容になるのだろう。日時を確認すると、10月24日の土曜日、18時からということである。毎週、土曜日は朝から仕事で、18時が終業時刻である。アルバイトで来ている新潟出身で、高校ではNGT48の加藤美南と同級生だったという女子大学生などとK-POPやNetflixの話などをしているうちにタスクも完了するので、定時には全員、帰すことができる。それからiPhoneで視聴してから帰ろうと、そのようなプランを立てていた。
そして当日、野外ライブということで、気になるのは天候である。新潟はあいにくの雨ということであった。配信開始時刻が30分遅れるという情報を途中で入手したので、午後からそれほどあせることもなく、一度は食べてみたいご当地麺料理ランキングでイタリアンが2位だったとか、燕市にあるウルトラマンの大きな人形が店頭に置かれた背脂ラーメン店の話などをしているうちに日が暮れた。全員が帰ったので、翌日の準備をしながらiPhoneでYoうTubeアプリを起動、その前にTwitterを確認すると、配信開始が19時になったということであった。天気予報を見ると、新潟は19時には雨が上がるようである。これは急いで帰れば自宅で観ることができるのではないだろうか。そう思い、マッハでパソコンの電源を落とし、退勤時に消すべき電気のスイッチをすべてオフにし、防犯システムを起動、最終退出口に施錠をして外に出た。
自宅の最寄り駅に到着するのは19時04分ということだったので、電車内でYouTubeアプリを起動して、Bluetoothのイヤフォンとの接続を確認した。予定時刻から少し遅れてライブがはじまり、1曲目は「ファルセット」から「きっと、はじまりの季節」だった。そういえば、フルバンドでのセットだった。私が好きなアイドルグループといえば、バンドセットによるライブがハマるケースがなんとなく多いのだが、RYUTistのバンドライブを視聴するのは、もしかすると初めてかもしれない。元々が好きな音楽性、というか音楽性が好きではないアイドルを好きになることももはや無いのだが、これがバンドだとさらに良いな、というようなまったくオリジナリティーの欠けらもないような感想を持ちながら、これを数分後には自宅でゆっくりと観ることができるのか、ととても楽しみな気分になった。そのうち、2曲目の「青空シグナル」になり、こんなにも早くからこの大好きな曲が聴けて、テンションは上がる一方である。
このままライブパフォーマンスを聴き続けながら帰宅したいと思ったのだが、先日、PASMOをiPhoneに入れたために、改札を通るために一旦、YouTubeを落とさなければいけない。残念無念、と思いながらも、それはほんの数秒間のことであった。帰宅して洗面台にiPhoneを横向きにして置いて、視聴しながらまずは手洗いである。夕食は準備されていたので、それを机に運びながらノートパソコンの電源を入れ、立ち上がってYouTubeが再生できるようになるまでは、そのままiPhoneで視聴を続けた。「絶対に絶対に絶対にGO!」、これもまた「ファルセット」収録曲で、タイトルがあらわすようなポジティヴィティーに溢れた素晴らしい曲である。
アイドルグループにもいろいろなスタイルがあるが、RYUTistはライブでは生歌にこだわっているうちの1組である。安定感があって良いななどと思いながら視聴していると、次は「ファルセット」には未収録の「Majimeに恋して」、わりとアイドルポップスらしい曲である。楽しそうでとても良い。ここでノートパソコンのGoogle ChromeでYouTubeの映像も安定しはじめたので、ここからはより大きな画面で楽しむことができる。
もっと簡素なステージを想像していたのだが、かなりしっかりしていて、カメラも何台も入っている。しかも、バンドセットということで、かなり気合いが入っていることがよく分かる。「ファルセット」というアルバムはそこまでして世にアピールするだけの価値がある作品だし、パフォーマンスもそれに相応しいものになっている。ここで最初のMCが入り、いま着ているのは新衣装でこれが初披露だということである。リハーサルでは雨が激しく降っていたのだが、いまはすっかり止んでいるということであった。カメラで撮影をするスタッフはレインコートのようなものを着ている。そして、暗くてはっきりとは見えないのだが、ステージの周辺は濡れているように見える。と思っていたのだが、よく見るとなんらかの水面であり、ここは一体どこなのだろうと思う。新潟ということならば信濃川リバーサイドなのかとも思うのだが、正確なことはよく分からない。それにしても、ステージはしっかりと広く取られている。
次は聴き覚えがあるような無いような曲だったのだが、シングル「黄昏のダイアリー」のカップリング曲、「心配性」であった。落ち着いたボーカル、ハーモニーが堪能でき、これもRYUTistの魅力の一つだなと思う。そして、「無重力ファンタジア」である。バンドの人たちの演奏をしている姿が、とてもカッコいい。これは大人の音楽であり、夜の気分が感じられる。RYUTistのレパートリーには大人っぽい曲もあるが、イメージとしては明るくて元気でピュア、というようなものであった。しかし、この雨上がりの夜の野外ライブでは、大人っぽい表情がいくつも見られ、それがバンドの演奏や曲調にもハマっている。新たな魅力を、また発見したような気分である。また、間奏でのダンスも美しくてとても良い。正直、音楽的にはかなり好きだったものの、アイドルグループとしての熱心なファンというわけでもなかったため、それほどパフォーマンスを観ていたわけでもなく、こんなにも踊るというイメージがなかった。それでいて、ボーカルも引き続き安定している。メンバー個々の個性もそれぞれ違い、とても良いバランスのようにも思える。
RYUTistのバンドライブなのでそこそこ良いのだろうとは思っていたのだが、実際のところは最高である。この夜のイメージというか、大人っぽさというか、個人的にはとても好きな要素でありながらRYUTistには期待していなかったものがごく自然に提示されて、これはどうやら好きなものが詰まりすぎているぞ、これはもしかしてかなり本格的に良いのではないだろうか、という気分になってきた。
次の曲はこれまた聴いたことがあると思うのだがすぐにタイトルが出て来なく、歌詞のフレーズを頼りに調べてみたところ、アルバム「日本海夕日ライン」収録の「Blue」だということが分かった。あのアルバムでは「日曜日のサマートレイン」とか「piece of life (second piece)」とかがシティ・ポップっぽくて好きだったのだが、この曲はそれほど強く印象に残っていなかった。しかし、良い曲である。シティ・ポップ的な音楽をやるアイドルはけして少なくはないのだが、大人がつくった良い曲を若いアイドルに歌わせている、という図式がどうにもはっきりとしすぎるケースも少なくはない。いや、それで一向に構わないのだが、今回のライブでこの曲を歌ったRYUTistには、この曲をしっかり自分たちのものにしているという印象を持った。
私がいまどきのアイドルといえばAKB48グループとハロー!プロジェクトぐらいしかまともに聴いたことがなかった2016年の春、Negicco「二人の遊戯」のライブ映像を観て、とても良いものを感じた。シティ・ポップとアイドルポップスとの融合が理想的なかたちで行われていて、そこには私の好きな要素が思いもしない方法で掛け合わされた、新しいポップ・ミュージックの可能性のようなものが見られた。この日、この曲を歌うRYUTistに、それに近いものを感じた。
続いて、「ファルセット」から「好きだよ・・・」である。このアルバムの中ではとてもアイドルポップスっぽく、また、初期のRYUTistの路線に近いところもあるのだという。それゆえに、とても人気があるのだろうなというのもよく分かるのだが、個人的にはそれほど好きではなかったりもする。クオリティーはおそらくものすごく高く、完全な趣味嗜好の話にすぎない。しかし、エモーショナルなボーカルパフォーマンスがすごい。特にともちぃこと宇野友恵だが、他のメンバーも全員すごい。歌詞の世界観には相変わらずまったく思い入れることができないが、ボーカルグループとしてのパフォーマンスのすさまじさを思い知らせるには最高の楽曲ではないかと思うのである。ここで、照明が明るくなった効果もよかった。
というか、近い将来、より大きなライブ会場のラストソング辺りでこの曲が歌われ、ある箇所で特効によって銀テープが舞う未来まで見えた。できればその時にはぜひその場にいたいと、強く思いもしたのであった。
ここでMCであり、このセクションは「見せる聴かせるパート」と命名されていたことが分かった。「見せる」というよりは「魅せる」という印象を持ったし、音声で聞いただけだったので、実際にはそうだったのかもしれない。これだけすごいパフォーマンスをやっていながら、MCの時に1台のスマートフォンにメンバー全員が集まってきてコメントを読んでいる様などもおもしろく、また、好感を持った。また、今回、RYUTistとしては珍しくイヤモニを付けてライブをやっているということで、それがどこか自慢げなのもまたとても良かった。
バンドメンバーにも話が振られ、スマートフォンで写真を撮っているところをメンバーからまだライブ中ですよ、没収しますよと注意されたりするのも良いものである。バンドライブとはいえ主役はアイドルで、そこにしかスポットがほとんど当たらない印象もあるのだが、このライブではバンドメンバーの重要性もアピールされたり、実際に楽しんでその役割を果たしているようにも見えたし、視聴者もそれを理解しているというような、とても音楽ファン的なムードというかアティテュードというかカルチャーのようなものも感じられて素晴らしかった。アイドルというよりは音楽が好きなのだが、その好きな音楽をやっているのがたまたまアイドルということが少なくはない、私のような者にとってはこういうのがとても尊いものに思えるのである。
さて、次の曲はイントロの時点でほとんど聴いたことがなかったのだが、間違いなく好きなやつという気しかしなかった。稲垣潤一の「雨のリグレット」というか、五十嵐浩晃の「ペガサスの朝」というか、リバイバルではなくリアルタイムでの大衆的に正しいシティ・ポップという感じがひじょうにして、RYUTistにはこんな曲もあったのかと思っていると、これがなんとあの「ナイスポーズ」のニュー・アレンジ・バージョンではないか。「ナイスポーズ」といえば、私がライブ配信でパフォーマンスを観る度になぜか泣きたくなってしまう曲として、少なくとも私だけには知られている。ここまでライブがこんなに良くて、一番好きな曲が来たらどうなるのだろうと内心、思っていたのだが、まさかのここでのニューバージョンである。しかし、やはりこの曲は素晴らしい。青春の何気ない一瞬、日常の中のやや非日常ではあるのだが、忘れ去られてしまいそうでもある。しかし、それはとても価値がある時間、それをポップ・ミュージックというフォーマットで記録したというのがもう本当にすごい。歌詞のフレーズも「見えるもの見えないもの 全てをもう信じてしまう」とか「いつまでも話していたい」とかもう最高すぎるのだが、いままでに聴いたことがないニューアレンジバージョンにもかかわらず、「あの日謝れなかったことをうやむやに謝る」くだりあたりからもうすでに、ヤバめのウェイヴが押し寄せてきて、その聴く度にお気に入りの小説のシーンを読み返すような気分になる、「ぎりぎりで青だった」以下、「ナイスポーズ」に至る部分で、またしても泣いた。
「センシティブサイン」ももちろん素晴らしく、「ハングリーな野望」とかこんなふうにとても楽しそうに歌うのがやはりとても良いな、青春だなと思ったり、次の曲もすぐには思い出せず調べたところ、アルバム「RYUTist HOME LIVE」収録の「神話」で、当時とは音楽性がかなり変わっている印象でいたのだが、これがまったく自然にセットリストに組み込まれていたり、「柳都芸妓」収録の「口笛吹いて」もとても良い曲で、「僕らが生きてるこの世界は いつも希望で溢れてる」というような、現実離れしているようにも思えるフレーズにも、もしかするとそうかもしれない、と思わされたり、本当に良いものだなと思うのであった。
MCで新しくつくられたグッズの話などがあり、生活で使えるものが中心というのがなんだかとても良いと感じられた。ラストソングは「黄昏のダイアリー」である。上品で繊細な曲のイメージがあったのだが、ものすごく疾走感があってカッコいい。RYUTistとはこんなグループでもあったのか、と強く思わされた。このままエンディング、バンドメンバーの紹介、メンバー一人一人からのメッセージで潔く終わった。もう大満足で、これ以上は望みようもない。最後の言葉はどれも素晴らしかったが、ともちぃこと宇野友恵が「ライブ楽しいー!」と言っていたのが、強く印象に残った。
「ALIVE」のミュージックビデオと、エンドロールが流れた。この曲を初めて聴いた、夏の通勤時、なんだかRYUTistはすごいことになっているなとは感じていたのだが、ここまで好きになるとは思わなかった。この素晴らしいライブをぜひ生で観てみたいという思いがひじょうに強く、それがこの先の人生で実現したい目標の一つになった。これが、私なりの「ALIVE」でもあるのか。いや、本当に良かった。2020年のRYUTistにリアルタイムでいられることは、ポップ・ミュージックのファンとしてなんて幸運なことなのだろう。
RYUTist、ありがとう。本当にありがとう。