1989年6月3日付の全米アルバム・チャートで好きな10枚。 | …

i am so disappointed.

リクルート事件の影響で支持率を大きく落とした竹下登に替わり、宇野宗佑内閣が誕生したのが、1989年6月3日のことである。翌日には、北京で天安門事件が起こった。オリコン週間シングルランキングの上位には、プリンセス・プリンセス「Diamonds」、浜田麻里「Return To Myself」、工藤静香「嵐の素顔」などがランクインしていた。

 

その頃の全米アルバム・チャートから好きな10曲を選び、カウントダウンしていきたい。

 

10. FULL MOON FEVER/TOM PETTY

 

70年代からハートブレイカーズを率いて活動してきたトム・ペティの、これが初のソロ・アルバムであった。プロデューサーは、ELOことエレクトリック・ライト・オーケストラなどでも知られるジェフ・リンである。そのためもあってか、ビートルズ的なフィーリングも感じられる作品である。全米アルバム・チャートで、最高3位を記録した。

 

 

 
 

 

9. GREEN/R.E.M.

 

R.E.M.の6作目にして、ワーナー移籍後、初のアルバムで、全米アルバム・チャートで最高12位を記録した。本来の魅力を保持しながらも着実にメジャー化しているという、過渡期的な作品である。

 

 

 

8. NEW YORK/LOU REED

 

ルー・リードの15作目のソロ・アルバムで、タイトルの通りニューヨークの街をテーマにしたコンセプチュアルな作品でもある。街の吟遊詩人的なルー・リードの魅力が大いに発揮された作品である。全米アルバム・チャートでの最高位は40位だが、それ以上に高い評価と若い世代の新しいファンを獲得した。当時、多くのインディー・ロック・バンドやアーティストの参照点として、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドは再評価されていたが、その中心メンバーであったルー・リードがついに、リアルタイムでその評価に相応しいアルバムをリリースした、という感じでもあった。

 

 

 

7. DISINTEGRATION/THE CURE

 

 ザ・キュアーの6作目のアルバムで、全米アルバム・チャートで最高12位、シングル・カットされた「ラヴソング」は最高2位の大ヒットを記録した。

 

ザ・キュアーはポップな路線の楽曲で成功していたが、中心メンバーのロバート・スミスにはそれについての不満や、30歳までにもっと価値のある作品を残さなければというプレッシャーもあり、初期のゴシック的な音楽性に回帰していったのだという。その結果、ザ・キュアーの最高傑作ともいわれる、このアルバムが完成したのであった。

 

 

 

6. TECHNIQUE/NEW ORDER

 

ニュー・オーダーの5作目で、ファクトリー・レコーズからリリースされる最後のアルバムとなった。アシッド・ハウスやバレアリック・ビートといった当時のトレンドが取り入れられた、ダンス・オリエンテッドな作品になっている。全英アルバム・チャートでは初の1位を記録したが、全米アルバム・チャートでの最高位は32位であった。

 

 

 

 5. DOOLITTLE/PIXIES

 

オルタナティヴ・ロック史上最重要作とされる場合もある、ピクシーズの2作目のアルバムである。ラウドでヘヴィーでありながらポップ感覚に溢れたサウンドと、シュールレアリスティックな内容の歌が特徴的で、轟音と静寂との緩急を利用した作風は、ニルヴァーナにも大きな影響をあたえたといわれている。全米アルバム・チャートでの最高位は98位(全英アルバム・チャートでは8位)であった。

 

 

 

4. STRAIGHT OUTTA COMPTON/N.W.A.

 

ロサンゼルス出身のラップ・グループ、N.W.A.のデビュー・アルバムで、全米アルバム・チャートで最高37位を記録した。グループ名はニガーズ・ウィズ・アティテュードの略で、メンバーにはドクター・ドレーやアイス・キューブなどがいた。ストリートの日常に溢れるバイオレンスやレイシズムを取り上げた、リアルなリリックが話題になった。警察の人種差別的な態度を糾弾した「ファック・ザ・ポリス」がシグネチャー的な楽曲となっているが、30年以上経った今日においても、その状況はまだ続いている。

 

 

 

3. 3 FEET HIGH AND RISING/DE LA SOUL

 

デ・ラ・ソウルのデビュー・アルバムで、全米アルバム・チャートで最高24位を記録した。この時代のポップ・ミュージックで最もクリエイティヴィティが高かったのは、おそらくヒップホップであろう。このグループは従来のヒップホップにあった、ステレオタイプなイメージを覆したことにより、日本のラップ・ファンからも特に親しみを持たれていたような印象がある。ダリル・ホール&ジョン・オーツやスティーリー・ダンなどをサンプリングしているところなども、また良かった。

 

 

 

2. LIKE A PRAYER/MADONNA

 

マドンナの4作目のアルバムで、全米アルバム・チャートでは「ライク・ア・ヴァージン」「トゥルー・ブルー」に続き、3作連続となる1位に輝いている。宗教的なモチーフを用いたことにより、物議をかもしたタイトル・トラックや、フェミニズム的なメッセージを含んだ「エクスプレス・ユアセルフ」をはじめ、楽曲のクオリティーが全体的にひじょうに高い。優れた女性ソロ・アーティストたちが活躍する今日のポップ・シーンに、このアルバムがあたえた影響は大きいように思われる。

 

 

 

1. IT TAKES A NATION OF MILLIONS TO HOLD US BACK/PUBLIC ENEMY

 

パブリック・エナミーの2作目のアルバムで、全米アルバム・チャートで最高42位を記録した。1988年6月28日の発売から間もなく1年になろうとしていたが、まだギリギリでアルバム・チャート内にランクインしていた。サンプリングとブレイクビーツによるサウンドは刺激的な新しいアートフォームの発明であり、社会的なイシューに言及し、それをポップ・ミュージックによって主張していくという役割は、かつてのフォーク・シンガーやパンク・ロッカーからの流れを汲むものでもあった。そこにはロックンロールの初期衝動にも似た、圧倒的な強度も感じられた。