レディー・ガガの6作目のアルバム「クロマティカ」は4月10日にリリースされる予定だったのだが、新型コロナウィルスの影響で延期されていた。リード・シングルとして2月にリリースされた「スチューピッド・ラヴ」は全米シングル・チャートで最高5位、続く、「レイン・オン・ミー」はアリアナ・グランデとのデュエットで、1位に輝いた。
レディー・ガガといえばデビューしてからしばらくのエレクトロ・ポップな音楽性と奇抜なコスチュームの印象が強いが、それは2013年ぐらいまでのことであり、それ以降はトニー・ベネットとジャズ・アルバムを出したり、カントリー・ロック的な音楽をやったりと、よりナチュラルなスタイルに路線変更したような印象があった。それが顕著にあらわれたのが2018年に主演したミュージカル映画「アリー/スター誕生」であり、レディー・ガガにポップ・スター的な先入観しか持っていなかった視聴者は、その歌唱力に驚いたのではないだろうか。
このような音楽性のイメージの変化はあったが、レディー・ガガのアルバムは2011年の「ボーン・ディス・ウェイ」からすべてが全米アルバム・チャートの1位を記録していて、シングルも次々とヒットさせている。女優としてテレビドラマに出演すればこれも好評で賞を授与され、LGBTやメンタルヘルスを支援するアクティヴィストとしての活動も活発に行っている。
現在のポップ・ミュージック界においては、メインストリームのポップスが最もおもしろいという状況が続いている印象が強いが、この礎を築いた重要アーティストの1人がレディー・ガガだということもできるだろう。そして、そのレディー・ガガが満を持してメインストリームのポップスに帰ってきた、というのが今回のアルバムである。
ダンス・ポップ・アルバムとして実に優れた作品であり、ポップ・ミュージックのピュアな楽しみに溢れている。デビュー当時の路線に戻ったということかというと、それほど単純ではなく、強度はぐんと増し、マニピュレイトされているのではない、アティテュードがヴィヴィッドに感じ取れるものになっている。それは、ポップ・カルチャーにおける現在のレディー・ガガの立ち位置に相応しいもので、ある意味においてその影響下にもあるといえる、アリアナ・グランデやビリー・アイリッシュといった、主張するポップ・アイコンの時代にもマッチしたもののように思える。
音楽的には90年代のハウス・ミュージックからの影響が感じられるが、けしてノスタルジー・トリップに陥ることはなく、最新型のポップスを構成する要素として機能している。
ダンス・ポップとして機能的であると同時に、セルフ・エンパワメントやフェミニズムのメッセージがナチュラルに入っていて、この辺りもきわめて今日的である。
全米シングル・チャートで1位を記録したアリアナ・グランデとのデュエット曲、「レイン・オン・ミー」には、同じくポップ・スターでありながら苦難を経験し、そこから立ち直った者同士のシスターフッド的な感覚が強度をあたえているようなところも感じられる。この曲における「雨」とは、人生に降りかかる苦難を意味し、それはこの曲がより広い共感を呼ぶことにもつながっているような気がする。
「フリー・ウーマン」では、たとえ男がいなかったとしても、私たちには自分たち自身として価値がある、という真実について、高らかに歌っている。「プラスティック・ドール」では、男の要求に応えるだけのお人形さんではなんと、テクノポップ的なトラックにのせて歌われ、これを聴きながら、ここ最近のきゃりーぱみゅぱみゅのことを考えたりしていた。「サワー・キャンディー」には韓国のポップ・グループ、ブラックピンクが参加していて、歌詞にも英語と韓国語が登場する。「サイン・フロム・アバヴ」には、以前から交流のあるエルト・ジョンがゲスト参加している。アルバムの最初と何曲かおきに、映画のサウンドトラックを思わせる短いインストゥルメンタル曲「クロマティカ」が収録されている。
このように、バラエティーにとんだアルバムでもあるのだが、基本的にはほとんどずっと踊っていられる。これがたとえば4月10日にリリースされていたらどうだったのだろうということは、想像をすることしかできないのだが、このタイミングでのリリースの方が良かったのだろうとは思う。
現在のレディー・ガガには80年代や90年代のマドンナを思わせるようなところもあり、それはマドンナも認めていることなのだが、このアルバムは本当に充実していて、マドンナでいうと「ライク・ア・プレイヤー」辺りになるのだろうか。その後にリリースされシングルた「ヴォーグ」は、シェップ・ペティボーンによるハウス・ミュージックからの影響を受けた素晴らしい楽曲だった。などと思っていたところ、アルバムの最後に収録された「バビロン」に「ヴォーグ」を思わせるような部分もあり、これもまた最高である。
