ビリー・アイリッシュ「エヴリシング・アイ・ウォンテッド」について。 | …

i am so disapointed.

ビリー・アイリッシュがデビュー・アルバム「ホエン・ウィ・オール・アスリープ、ホエア・ドゥ・ウィ・ゴー?」以降、初の新曲となる「エヴリシング・アイ・ウォンテッド」を発表した。

 

今年最もブレイクしたアーティストの一人であり、時代を象徴するポップアイコンとなった感もあるビリー・アイリッシュの最新曲は、告白的ともいえる内容を持った美しいポップ・ミュージックであり、人生において最も大切なものについて、年齢に対してあまりにも多くのものをすでに手に入れてしまったこの17歳のアーティストの新しい魅力がじゅうぶんに発揮されたものであった。

 

このビリー・アイリッシュというアーティストの存在がどの程度すごいのか、主力のファン層である同世代の女性以外にはいまひとつ見えにくいところがある。デビュー・アルバムをいきなりアメリカ、イギリスをはじめとする多くの国々のアルバム・チャートで1位に押し上げたのは、SNS時代におけるファンカルチャーの存在があってこそだからである。

 

アメリカはロサンゼルスのハイランドパークで生まれたビリー・アイリッシュは、両親による自由な教育方針のもとに育てられた。興味があることを追求してほしいという思いから学校には行かずホームスクールで学び、ピアノやダンスを含むさまざまな習いごともさせてもらったのだという。はじめて作品を発表したのは2016年のことであり、サウンドクラウドにアップロードされた「オープン・アイズ」という曲はインターネットで話題になり、これがレーベルとの契約にもつながった。この曲を書いたのは兄のフィアネス・オコネルであり、元々は自分のバンドのための曲だったのだという。同じくホームスクールで育てられたフィネスはすでに音楽活動を行っていて、これ以降もビリー・アイリッシュの音楽制作におけるパートナーとして、重要な役割を果たしている。

 

翌年には楽曲がNetflixの青春ドラマ「13の理由」に使われたり、ヒップホップ・アーティストのヴィンス・ステイプルズとコラボレートしたり、それ以外にもリリースを重ねていく。さらに翌年にはライブツアーを行ったり、音楽フェスティバルに出演したり、新曲をリリースしたりする中で、ファンをどんどん増やしていった。2019年になってからリリースされたシングル「ベリー・ア・フレンド」が全米シングル・チャートで最高14位を記録し、この曲も収録したデビュー・アルバムは初登場1位、シングル・カットされた「バッド・ガイ」も1位に輝いた。この時点で、ビリー・アイリッシュは、2000年以降に生まれて全米シングル・チャートで1位を記録した最初のアーティストとなった。現在、ビリー・アイリッシュのインスタグラムでのフォロワー数は、4千万人を超えている。

 

では、ビリー・アイリッシュのどこがそれほどまでに支持されている理由なのだろうか。それは、10代ならではの苦悩をテーマにした作風や、セクシズムやルッキズムに対抗する立場を明確にし、環境問題についても発言するなどのロールモデルとしての側面、さらにはSNSによるコミュニケーションが浸透したことによるファンカルチャーの時代にフィットした、正直さといったところだろうか。

 

囁きのようでありながら、絶妙にコントロールされてもいるボーカルはとても魅力的であり、不安定な心の状態をヴィヴィッドに表現している。これが、ビリー・アイリッシュの主要なファン層ではない、大人のポップ・ミュージックファンからの高い評価にもつながっているように思える。

 

新しいポップ・ミュージックとはやはり基本的には若者のものであった方が健全であろうという考えが私にはあるのだが、いまやポップ・ミュージックは若者たちにとって最大の関心事でもなければ、最も有効なコミュニケーション手段でもない。にもかかわらず、ビリー・アイリッシュのようなティーンエイジ・センセーションが、パーフェクト・プロダクションとしてではなく、ベッドルームから誕生しているという事実に、私はとても良いものを感じるのである。

 

ドレイクの「ホットライン・ブリング」という曲があり、この曲は2015年に大ヒットした。別れた恋人への未練がましい想いと電話での会話をテーマにした曲であり、ヒップホップというフォーマットにおいて男性の弱くて繊細なところを扱った楽曲として、私もかなり気に入っている。そのうえで、この曲にまつわるビリー・アイリッシュのとても大好きなエピソードがある。ライブでこの曲を弾き語りでカバーしたビリー・アイリッシュは、大半が同年代の女性だというファンに合唱させる。効果音として携帯電話の発信音が鳴り、それからビリー・アイリッシュのこの曲に対するのアンサーソングともいうべき「パーティー・フェイヴァー」がはじまり、「ありえない。警察を呼ぶわよ。これ以上、電話してくるなら、お父さんにも言うわ」というような歌詞に、ファンは大喝采をおくる。

 

ビリー・アイリッシュがルーズフィットな服を好んで着るのは、ボディーラインについてあれこれと批評をする男たちのセクシズム、ルッキズム的な価値観に対するカウンターである。また、自らがトゥレット症候群であることを公表してもいる。

 

そして、このような本格的な大ブレイクの後で、初めてリリースされた新曲が、今回の「エヴリシング・アイ・ウォンテッド」である。今回も兄であるフィネアス・オコネルとの共作であり、歌詞も二人で書いたということなのだが、どの部分をどちらが書いたかは公表されていない。

 

「夢があって、欲しいと思っていたものはすべて手に入れた」、ややアブストラクトなシンセサイザーとキーボードのサウンドにのせて、ビリー・アイリッシュはやはり脆弱さもあり、しかも絶妙にコントロールされたボーカルで歌う。ビートが加わり、若くして手に入れた名声のプレッシャーなどについて、できる限り正直に歌われる。それはセンシュアルであり、ごく一般的なことについて歌われているようでもあるが、これがビリー・アイリッシュなのだと知っている者にとっては、必然的に記名性を帯びる。

 

「でも、目を覚ますとあなたが一緒にいて、そして言うの。僕がここにいる限り、誰にも君を傷つけさせはしないよって」

 

これは、兄であり音楽制作上のパートナーである、フィネアス・オコネルについて歌ったものである。若くして富と名声を手に入れた17歳のポップアイコンは、人生で最も大切なものとは本当に信頼ができる人との絆なのだということに気づき、それを歌にした。それほどの富と名声を手にしてはいないすれっからしの大人も、これに心を動かされるのである。