Negicco「ティー・フォー・スリー」について。 | …

i am so disapointed.

2016年5月24日は火曜日だったが、その日が発売日のCDは前日にはショップに入荷する。私は会議の合間に電車に乗り、新宿で総武線に乗り換えると錦糸町で下車し、タワーレコードで予約していたNegiccoの「ティー・フォー・スリー」を買った。タワーレコードなら新宿にもあるのだが、錦糸町店で買うと金曜日に行われるリリースイベントというものに参加することができたのだ。ミニライブは無料で観られるのだが、CDを買うとネギ券というのがもらえ、CDジャケットなどにメンバーからサインがもらえるということであった。

 

Negiccoは新潟を拠点に活動する3人組のアイドルグループでデビューは2003年、この時点で12年以上のキャリアを重ねていたのだが、私がその音楽をはじめて聴いたのはこの年の3月になってからであった。たまたま買って読んだ本で気になって、興味本位で聴いてみたところ、私がイメージしていたアイドルの曲とはかなり異なっていて、すぐに気に入ったのであった。その直後に「矛盾、はじめました。」というシングルがリリースされるということで、ミュージックビデオが公開されていた。これもラテンテイストの大人ポップという感じでかなり好みだったのだが、アイドルのシングルにしては地味すぎるのではないかというような気もした。しかし、これこそがNegiccoのオリジナリティーだったのだ、といまになって思うのである。

 

Negiccoはタワーレコードによるアイドル専門レーベル、T-Palette Recordsに移籍後は小西康陽、田島貴男といった、いわゆる「渋谷系」的なアーティストから楽曲提供を受けるなどして、アイドルグループの中でもかなり楽曲が優れているといわれてはいたようである。しかし、私はそもそもアイドル文化のようなものには、ごく一部を除いてほとんど興味がない、というかむしろ嫌悪感すら覚えていたため、もちろんアンテナに引っかかるはずもない。

 

1980年代には中学生や高校生だったし、アイドルブームでもあったので普通にアイドルは好きだったのだが、大学生ぐらいになると興味がなくなっていった。松田聖子のアルバムなどは当時のニューミュージック界の有名アーティストが多数楽曲を提供していたりしてクオリティーが高く、大学生のカーステレオなどでは松任谷由実、山下達郎、サザンオールスターズなどと同様の消費のされ方をしてもいた。しかし、ハロー!プロジェクトやAKB48などの音楽を聴くかぎり、いまどきのアイドルの曲というのはそういう方向性ではまったくないのだろうと思っていたし、ましてやよりアンダーグラウンドというか知名度が低いアイドルとなれば、なおさら私の音楽の趣味とはまったく相容れないものなのだろうと、思い込んでいたのである。

 

実際にはいまどきのアイドルポップスはひじょうに多様化していて、いろいろな種類のものがたくさんあるということが、後に分かった。その中にはやはりまったく私の好みではないものもあれば、かなり好みなものもあった。

 

「ティー・フォー・スリー」は、2015年8月11日にリリースされ、オリコン週間シングルランキングで最高7位を記録した「ねぇバーディア」からはじまる。このアルバムに収録された楽曲の中では、最もアイドルらしい曲なのではないかと思う。ライブではアイドルらしくファンの掛け声なども決まっていて、それが一体感を生んだりもするのだが、アース・ウィンド&ファイアーやキャンディーズへのオマージュや歴史ネタなど様々な仕掛けが仕込まれていたり、一般的なラヴ・ソングのようでありながら、じつはグループとファンとの関係性のように取ることができるなど、ひじょうに奥が深い楽曲でもある。

 

続く「RELISH」は、爽やかで気分の良い曲である。1980年代にはアイドルとニューミュージックとの中間のようなガールズポップなどと呼ばれていた女性シンガーによる音楽もあり、それらは今日ではシティ・ポップとして再評価されていたりもするのだが、この曲などはそれを現在型でやっているような魅力がある。このようなある意味、懐かしいとも感じられるタイプの音楽でもあるのだが、現在を感じさせるのはそれに相応しい年代の、本当にポップ・ミュージックが好きなメンバーが歌っているからということもあるのかもしれない。NegiccoのメンバーであるNao☆、Megu、Kaedeはそれぞれタイプの異なった声質を持つヴォーカリストであり、それぞれの個性や合わさった時の化学反応もまた、このグループの音楽を聴く上での楽しみの1つになっている。そして、Nao☆はアニメソングやJ-POP、Meguはシティ・ポップやダンス・ミュージック、Kaedeはインディー・ポップやロックと、それぞれ異なったタイプのポップ・ミュージックファンであることも重要であるような気がする。

 

Negiccoの楽曲は地元である新潟の会社員であり、ファンが転じて楽曲提供をするようになったconnieや、T-Palette Recordsで担当だったが、新潟に移住してNegiccoの所属事務所に移籍した雪田容史によってディレクションされているようなのだが、楽曲提供アーティストにはメンバーの好みも反映されているようである。

 

「マジックみたいなミュージック」は往年のディスコ・ミュージックを想起させもするのだが、ニュー・オーダー「ブルー・マンデー」を想起させるブレイクが飛び出したりしてとても楽しい。どこかで聴いたような音楽をモチーフにしていながらも、現在的な捉え直されているので、実にコンテンポラリーなのである。「恋はシャナナナ」はもう本当に最高で、「金曜の夜はFriday Night」といった身も蓋もない歌詞がとにかく最高で、「Baby Baby 今夜は踊ろう」というポップ・ミュージックの常套句がめちゃくちゃハマりまくる快感が気持ちよすぎる。「君の香りが揺れる」という表現もまた、完全に忘却の彼方にあったダンスフロアでの恋を思い出させてくれた。まさに天才の仕事といえよう。

 

「Good Night ねぎスープ」でやや速度が落ちるのさが、これは現代のアーバン・ブルーズというか、同世代の女性に向けたともいわれるこのアルバムのコンセプトにぴったりな曲である。女性アイドルグループというと、一般的にはほぼ男性ファンが多いわけだが、この「ティー・フォー・スリー」においてはメンバーと同世代(ちなみにこのアルバムがリリースされた当時のNegiccoのメンバーの年齢は24~28歳である)の女性をターゲットにしているといわれていて、そんなところに本当に需要があるのか、という意見もあるにはあったと記憶している。しかし、振り返るとこの路線は大正解であり、実際に女性ファンが増えた印象はあるし、つい数ヶ月前にはアイドルグループにもかかわらずリーダーのNao☆が結婚を発表に対し、ファンが祝福というひじょうに破天荒な状況が訪れてもいるのであった。

 

この曲は仕事でミスしたりして軽くブルーが入っている女性が帰宅して、ねぎが入ったスープを自分のためにつくるという内容で、それがアーバンなトラックにのせて歌われているのである。そして、「江南宵唄」というアヴァンギャルドかつポップなニュー・ウェイヴテイストの楽曲はもちろん私がひじょうに好むところなのだが、それでいてサブカルチャー的ないけ好かなくもスカした部分がまったく感じられないところが、Negiccoの素晴らしいところである。

 

「カナールの窓辺」はすでにシングルのカップリングでリリースされていた曲だが、A&Mポップス的というか「渋谷系」好きのする楽曲ではあるが、失恋の切なさがヴィヴィッドに描写されていて、しかもさらにディープに味わおうとするならば新潟ご当地ネタも堪能できるという、実に素晴らしい楽曲である。この曲のミュージックビデオがレコーディング風景を描写したもので、これがまたすごく良い。

 

「虹」はひじょうにユニークなメロディーなのだが、Negiccoは難なく歌いこなしている。しかも、これじつは失恋ソングなのだと気づいてから、ふたたびジーンとしたのであった。この曲の魅力を表現することは私の拙い語彙力では所詮無理ではあるのだが、このポジティヴィティーには学ぶべきところがひじょうに多い。また、適度に加工されたヴォーカルもひじょうに楽しい。

 

「SNSをぶっとばせ」はロックでありモータウン風でもあり、これが大人ポップ的なアルバムの中でも絶妙なアクセントになっていて素晴らしい。昔の恋人の結婚をSNSで知ってしまうという、いかにもいまどき風の内容をポップスの黄金パターン的な楽曲とアレンジでやってしまうという素晴らしさがたまらないのである。途中でメンバーによるシャウトがあるのだが、これぞポップ・ミュージックの醍醐味ともいえる快感がある。これをこの年、私はNegiccoの地元である新潟の「古町どんどん」というお祭りのステージで体験して、それはもう最高であった。

 

ここまででも十分にひじょうに内容の濃いアルバムなのだが、ここにきて先行シングルでもあった極上の大人ポップ、「矛盾、はじめました。」である。アイドルに偏見はあるが都会的なポップ・ミュージック好きな大人の女性にNegiccoの音楽をよく紹介してきたのだが、この曲はすこぶる評判が良いし、私自身も聴く度にすごく好きになっている。

 

そして、中野サンプラザのライブで初披露された「土曜の夜に」だが、シュガー・ベイブ、山下達郎に対するオマージュともいえる最高のシティ・ポップである。これもまた新潟の「古町どんどん」でも聴いたのだが、7インチ・シングルではナイアガラレコーズのそれにひじょうによく似たロゴが印刷されていて、よく見ると「Niagara」ではなく「Niigata」だというのも素敵すぎるのである。

 

「おやすみ」は「ねえバーディア」のカップリング曲として収録されていたシティ・ポップなのだが、私は知らずに中野サンプラザのライヴに行って、そこではじめて聴いててきりこれが新曲だと思ったのであった。その時、夜の新潟を撮影したビデオがスクリーンに映されていたのだが、その一週間ぐらい前にNegiccoを育んだ街を体感したいという理由だけでライブやイベントがあるわけでもないのに新潟に行っていた私にとっては、たまらないものがあったのだった。アルバムに収録されているのはピアノとストリングスだけのヴァージョンなのだが、これがたまらなく良い。そして、最後の「私へ」だが、リーダーのNao☆がリスペクトする坂本真綾が作詞、「がんばらなくちゃ 強くならなきゃ そう思うほど泣きたくなるんだ こんな自分を懐かしいと言える時がくるよね」という部分が特にジーンと来る。

 

とにかく、「ティー・フォー・スリー」は最高のポップ・アルバムなのだが、ポップ・ミュージックとは基本的に若者のためのものであると強く思っている私がこの期に及んで、ここまで好きだと思える音楽に出会えたのは軽く衝撃ではあったし、長生きはするものだとも思えた。「RELISH」の歌詞から拝借するとすれば、「こんな世界が君を待ってたなんて 素敵だと思わない?」というところだろうか。

 

ところで、ここ最近の私といえば生業におけ環境が著しく変化してしまったため、Negiccoのライブやイベントに行くことはほぼ不可能になっているのだが、もしも次にまたその機会があるとするならば、その価値はより高いものになっているのだろう。その時がいつか訪れることをやんわりと期待して、日々のやるべきことを全力でやっていきたい。その生活に寄り添う音楽として、このグループの作品はやはり最高なのである。