フジテレビのバラエティー番組「夕やけニャンニャン」は私が大橋荘での生活をはじめた1985年の春に放送をスタートさせたのだが、当初の番組オープニングテーマ曲はチェッカーズの「あの娘とスキャンダル」であった。番組に出演していたおニャン子クラブは一般の女子高校生というイメージを主に打ち出していたような印象があるが、実際にはすでに高校を卒業していたり、芸能事務所に所属しているメンバーも少なくはなかった。それはそうとして、とにかく人気が出たのでレコードを出してしまおうという流れになったのか、7月5日にはデビュー・シングル「セーラー服を脱がさないで」をリリースしたのであった。予定されていた池袋サンシャインシティ噴水広場でのイベントは予想を大きく上回る人が集まりすぎたため、危険を回避するため中止となったのであった。
私は水道橋にあった予備校、研数学館に通っていたが、授業は午前中で終わり、一緒に遊びにいくような友達もまだいなかったので、午後は真っ直ぐ大橋荘に帰り、コンビニエンスストアで買ったようなもので食事を済ませると、池袋などに出かけるか本を読んだり手紙を書くなどをして過ごしていた。現在ではテレビをほとんど観なくなってしまった私だが、当時は普通に観ていた。「夕やけニャンニャン」は番組のことを知っていて放送開始時刻にチャンネルを合わせたというよりは、たまたまつけていたテレビに映っていたという感じだったと思う。平日の17時からという時間帯に観ている人がそんなにいるのだろうかと思っていたのだが、実際にはかなりいたのであった。
「セーラー服を脱がさないで」は最終的にオリコン週間ランキングで最高5位のヒットを記録し、フジテレビの番組で組まれたグループにもかかわらず、TBSテレビの「ザ・ベストテン」や日本テレビの「ザ・トップテン」にもランクインしていた。私は「夕やけニャンニャン」をわりとよく観ていたし、おニャン子クラブも特に新田恵利などはかなり好きであった。しかし、「セーラー服を脱がさないで」のことはアイドルポップスとしてそれほどおもしろいとは思っていなくて、レコードは買っていなかった。アメリカンポップス調の楽曲で、秋元康による「友達より早くエッチをしたいけど」「デートに誘われてバージンじゃつまらない」という歌詞にはあざとさを感じていた。この曲はじわじわとヒットし、「ザ・ベストテン」に初めてランクインしたのは、「ライヴ・エイド」があり、日本航空123便墜落事故が起こり、私はお盆休みを利用して少しの間、旭川に帰省してから東京に戻った、8月29日放送分においてであった。その頃、私はサザンオールスターズの「Melody」や、ストロベリー・スウィッチブレイド「ふたりのイエスタデイ」からの影響も感じられる斉藤由貴「初戀」などを気に入っていたり、ピチカート・ファイヴのデビュー・シングル「オードリィ・ヘプバーン・コンプレックス」をFMラジオで聴いて衝撃を受けたりしていた。また、仲井戸麗市のソロ・アルバム「THE 仲井戸麗市 BOOK」がリリースされたのもこの頃で、かなりよく聴いていた。また、この年の夏の終わりといえば、戸板女子短期大学に在学中であった松本伊代の「センチメンタル ダンス クラブ」も個人的には強く印象に残っている。
「セーラー服を脱がさないで」はその後、10月3日放送分まで「ザ・ベストテン」にランクインし続けるのだが、その頃にはおニャン子クラブからの初のソロ・デビューとなった河合その子「涙の茉莉花LOVE」もランクインし(オリコン週間シングルランキングでは1位を記録した)、数日後には高井麻巳子と岩井由紀子によるユニット、うしろゆびさされ組がデビュー・シングルをリリースすることになっていた。
この間に、やはり「セーラー服を脱がさないで」のレコードは買っておかなければいけないのではないか、という気分になっていた。しかし、この期に及んでいまさら買うのはひじょうに恥ずかしい。レコード店の店員がいちいち客のことを気にしているわけでもないし、もしも仮にされていたとしてもどうということはないのだが、そこは自意識過剰のティーンエイジャーである。近所のレコード店ならばそれほど恥ずかしくはないのではないかという気もしていたのだが、西友巣鴨店の中にあるレコード店(確か新星堂だったような気もするのだが記憶が定かではない)でもDISC510こと後藤楽器店でも、洋楽や日本のロック、シティ・ポップ的なものを主に買っていた。芳本美代子の「白いバスケット・シューズ」や松本伊代の「センチメンタル ダンス クラブ」などもこのうちのいずれかで買ったのだが、それほど世間一般的に流行ってから少し遅れて買ったわけではまったくなかったし、内容が完全に気に入っていたので、まったく恥ずかしいことはないどころか、むしろ誇らしくさえ感じていた。
いざ買おうと思って、大橋荘を出たものの、西友巣鴨店の中のレコード店でもDISC510こと後藤楽器店でも買うことができず、それではまったく知らないレコード店を見つけたら、とりあえずそこで買おうと思い、横断歩道を渡って、巣鴨地蔵通商店街を歩いた。おばあちゃんの原宿などとは当時からもうすでに呼ばれていて、毎月「4」の付く日にはとても賑わうということであった。その日は普通の平日の夕方だったと思うのだが、人通りはそれほど無かったような気がする。とげぬき地蔵尊や踏み切りも過ぎ、歩けば歩くほど景色はさびしくなり、外もだんだん暗くなる。巣鴨地蔵通り商店街には塩大福や金太郎飴、お茶や婦人服などを売っている店がいろいろあるのだが、レコード店は見当たらなかった。紳士服を売っている店もあり、アロハシャツやカーディガンなどを買ったことがあったと思う。
やがて、電柱に表示されている住所も滝野川などという見慣れないものになっていた。このまま歩いていったところで、レコード店などどこかにあるのだろうか。引き返した方がいいのではないか、とも思ってはいたのか。もしくは、まったく思っていなかったかもしれない。なにせ33年以上前のことなので、よく覚えていない。そして、板橋駅にたどり着いた。駅前はロータリーのようになっていて、そこにレコード店もあった。当時はよく見かけた、いわゆる街のレコード屋さんである。これは本当にちょうどいいと思い、中に入ると、もちろん「セーラー服を脱がさないで」も売られていた。冷静さを装い、そのレコードを手に取り、レジに持っていった。精算を済ませ、外に出た。いま来た道を引き返し、ふたたび巣鴨に戻る途中、人気のない場所で袋からレコードを取り出し、ついに「セーラー服を脱がさないで」を買ってしまったのだという、よく分からない達成感を味わった。その後のことはよく覚えていない。
2010年ぐらいに一度、この巣鴨から板橋までを歩いてみたことがあるのだが、最近、とある目的のために私が大橋荘に住んでいた頃のことを思い出したり調べたりしているので、また久しぶりに歩いてみようと思った。現在はiPhoneのグーグルマップで検索すると、所要時間が簡単に分かるのだが、徒歩30分に過ぎないということだった。当時はもっとかかったような記憶があるし、2010年にもそれほど記憶との差異は感じていなかったと思う。
11時には別の用事で恵比寿に着いていたかったのだが、板橋からはJR埼京線で1本である。JR埼京線が営業を開始したのは私が大橋荘に住んでいて、「セーラー服を脱がさないで」が「ザ・ベストテン」で6位だった1985年9月30日だが、恵比寿まで延びたのはオアシスの「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」が全英シングル・チャートで3位だった1996年3月16日だったようだ。
9時35分には巣鴨に着いたので、そのまま巣鴨地蔵通り商店街の方に歩いていった。駅前の成文堂書店はまだ開店前であった。巣鴨地蔵通り商店街の店もまだ閉まっているところが多かったが、人通りはすでにそこそこあった。1月も20日を過ぎたのだが、まだ正月の雰囲気が残り、これぐらいのペースが心地よいと思わせられた。やはり30分ぐらいで着いてしまい、途中、滝野川銀座には旧中山道などとも書かれていて、なるほどそうなのかとも思ったのだが、日本史をあまりちゃんと勉強していなかったので、それ以上の感慨が特にわかないのはなんとも残念であった。そして、板橋駅の方に行くために左折すると、GEOの店舗があった。駅前には噴水があったはずなのだが、なにやら工事を行っているようだった。立て看板によると「広場のバリアフリーを行っています」とのことである。私が大橋荘に住んでいた頃に「セーラー服を脱がさないで」を買ったレコード店はもうそこには無く、それはあらかじめ分かっていたことである。2010年にはもうすでに無かったからだ。
実はこのレコード店についてインターネットで調べてみたところ、この付近の昔のことを語り合う掲示板で、関連する書き込みを見つけた。「板橋駅前の噴水の近くにあった渋いレコード屋さんなくなったのか。潰れそうだったから敢えてあの店で買っていたのに」という書き込みは、2002年1月13日のものである。また、このレコード店については、「鈴木アミーゴ新譜入荷」と手書きで書かれていたという書き込みもあった。アグネス・チャン、岡田奈々、片平なぎさ、麻丘めぐみなどのレコードを買ったという書き込みもあることから、少なくとも1970年代にはすでに存在していたことが分かる。それにしても、あの店は現在だといったいどこにあたるのだろうか。とりあえず噴水の近くだったことは確かなようで、可能性がある場所はすべて写真に撮っておいた。
少し早いがJR埼京線の電車に乗り、恵比寿に出かけることにした。板橋駅のエスカレーターが利用開始されたのは2018年7月29日で、2019年度には5階建ての駅ビルが完成する予定だという。




