アリアナ・グランデの「サンキュー、ネクスト」については以前にもこのブログで取り上げたが、あれはこのシングルがリリースされてからまさそれほど経っていなく、全英シングル・チャートで初登場1位になったぐらいの頃だった。その後、この曲は全米シングル・チャートでも1位に輝き、それから現時点で3週連続でそのポジションをキープしている。アリアナ・グランデが全米シングル・チャートで1位になったのは、これが初めてのことである。
以前に愛し合っていたが現在は別れてしまった恋人に対し感謝の気持ちを伝え、その上で次に進んでいこうというひじょうにポジティヴな内容を持ったこの曲は、世界中の多くの人々に支持されているように思える。この曲はアメリカやヨーロッパだけではなく、シンガポールや韓国といったアジアの国々においてもシングル・チャートの1位になっているのである。もちろんキャッチーな曲とコンテンポラリーなサウンド、そしてなによりも魅力的なアリアナ・グランデのヴォーカルがあってのことである。
2017年、マンチェスターで行ったライヴの会場において爆弾テロ事件が起こり、22人が死亡、59人が負傷するという悲しい結果となった。これが原因でアリアナ・グランデは一時期、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を患っていたという。そして、2018年にリリースされたシングル「ノー・rヒアーズ・レフト・トゥ・クライ」は悲しみの底から自力で這い上がってきたような、力強くポジティヴィティに溢れた作品であった。その後にリリースされたアルバム「スウィートナー」も素晴らしく、商業的にもアメリカ、イギリスをはじめ多くの国でアルバム・チャートの1位に輝いた。これによって完全復活とアーティストとしての成長を強く印象づけたのだが、その後、かつての恋人であったラッパーのマーク・ミラーが26歳の若さで亡くなる。
その2ヶ月後に予告もなくリリースされたのが「サンキュー、ネクスト」であり、歌詞ではこのマーク・ミラーについても言及されている。
深い悲しみや憂鬱は振り払うことができない現実として、常にそこにある。それが完全に無くなることはないという諦念、それでもより良くしていこうというポジティヴィティーが、1993年生まれのアリアナ・グランデをも含む、いわゆるミレニアル世代には感じることがある。
先日、イギリスのガールズ・ポップ・グループ、リトル・ミックスがアルバム「LM5」に収録された「ストリップ」にちなんで、アートワークを公開した。ヌードになったメンバーはそれぞれの肌に「ブス」「デブ」「才能がない」などと、女性アーティストが投げかけられがちな単語をペイントしている。これはセクシズムやルッキズムに対するプロテストであり、私はとてもクールだと思った。ところが、テレビ司会者のピアーズ・モーガンがこれについて、2003年の「エンタテインメント・ウィークリー」に掲載されたディクシー・チックスの表紙のパクりだと非難した。これはトリビュートというべきものであり、性差別がまったく無くなっていない現在において、このような表現は世界を(差別主義者以外にとって)より良くするために、ひじょうに価値があるものである。このような難癖をつける連中というのは、国籍を問わずこれまで通りに差別をし続けて被差別者を傷つけたいと考える反社会的な人物であり、現在においてはただただ惨めで醜いだけにすぎないのだが、価値観をアップデートできず、これまで通りに差別をし続けたい品性下劣な人々にとっては、溜飲を下げる効果があるらしく、一定のニーズはあるようである。
アリアナ・グランデの母であるジョアン・グランデが、この腐臭しかしない中年男の嫉妬に塗れたたわ言に対する不快感を表明したところ、ピアーズ・モーガンは「リトル・ミックスはヌードより才能でレコードを売るべきだ。あなたの娘さんもね」と、ミソジニストのテンプレートのようなコメントを垂れ流した。すると、アリアナ・グランデは「私は才能も色気も好きに使う。自分の意志で」、リトル・ミックスには「闘い続けて!シスターたちはみんな味方」、さらにはピアーズ・モーガンが過去に行ったセクシズム満点のヌードグラビアを添付し、「ところでこれは良かったの?」と攻撃を加えていた。最高である。
このような点においても、アリアナ・グランデは現代の若者たちにとって理想的なロールモデルだといえるのだが、その最新シングル「サンキュー、ネクスト」はその代表曲にもなりそうな勢いである。というか、私はこの曲をポップ・ミュージック史に残る名曲だと思っている。
そして、ミュージック・ヴィデオが公開された。世界中で大ヒットして、リリースから4週間目にしてである。ミュージック・ヴィデオというのはだいたいはリリース前に公開されてプロモーションに使われるものという印象があるのだが、この曲についてはもはやプロモーションが必要ないほどにものすごく売れている。ヴィジュアルを伴わなくても音楽の良さだけで十分に支持されているのである。ミュージック・ヴィデオをかつてはプロモーション・ヴィデオと呼んでいたように、あくまで販売促進の手段なのである。今回のように音楽だけで十分に魅力的で、ものすごく売れた後でやっとヴィデオが公開されるパターンというのは珍しいような気もするのだが、実際にはどうなのだろう。
そして、このミュージック・ヴィデオが圧倒的であり、この曲のことが観る前に比べて、控えめに言っても256倍ぐらいは好きになったといえる。
最近、クリスマス・ソングをいろいろ聴き直していて、1994年のマライア・キャリー「恋人たちのクリスマス」は実はすごいのではないか、と思ったりしていた。The 1975のピッチフォークに載ったインタヴューを読んでいて、誰もが知っているスタンダード的な曲を書きたいというようなことを言っていて、その文脈でマライア・キャリーのクリスマス・ソングについても言及されていた。しかし、その頃、私はマライア・キャリーのような音楽は若者や子供が夢中になるものであり、自分自身はもう卒業したというようなスタンスで、それほど楽しんではいなかった。宿泊先のシンガポールのテレビで流れてすごく良いなとは思ったのだが。これはとても勿体ないことである。そのようなこともあったので、アリアナ・グランデの「サンキュー、ネクスト」をこんなにも良いと思えていてうれしい。やはり私はポップスが好きなのである。
2000年代の青春映画、「ミーン・ガールズ」「チアーズ!」「プリティ・ブロンド」「13 ラブ 30 サーティン・ラブ・サーティ」のパロディーというか、オマージュが含まれている。ミレニアル世代にとっての思春期といえば、この頃なのだろうか。このような映画にオマージュを捧げたミュージック・ヴィデオといえば、少しまえのチャーリー・エックスシーエックス&トロイ・シヴァンによる「1999」が記憶に新しい。トロイ・シヴァンはこのヴィデオにも出演していて、冒頭でアリアナ・グランデはレズビアンだという根も葉もない噂を立てる。これも「ミーン・ガールズ」の似たようなシーンに対するオマージュである。そして、これも映画の中で「サンタ・ベイビー」を踊るシーンにインスパイアされていると思うのだが、サンタクロースのコスチュームで踊るところなど、季節感も含め最高であり、これがポップだという気分になる。
とにかくこのヴィデオを観ていると、現在のアリアナ・グランデがノリにノッていることが分かるし、これが2018年のポップなのだなと思う。ポップ・ミュージックは基本的に若者の者だと私は思っていて、もはや若者ではない私がその良さを分からなくてもそれは仕方がないことである。自分自身が若かった頃の感覚を絶対視し、現在に流行しているものを腐すようなことだけはするまいと、そういう鬱陶しいジジイにはならないようにと、それは心がけて日々暮らしている。だからといって、実はそれほど良いとは思っていないのに、現在の若者にウケているからといって無理やり良いと言ってみたりするのも限りなくダサい。だから、言うべきことが無い時にはなるべくなにも言わないように気をつけている。だから、アリアナ・グランデとかThe 1975とかが素直にすごく良いと思えることが、とてもうれしいのだ。