1980年に日本で売れていた洋楽のアルバム。 | …

i am so disappointed.

1980年、イエロー・マジック・オーケストラを中心とするテクノブームが巻き起こり、松田聖子、田原俊彦のデビューとブレイクにより久しぶりにアイドルポップスがヒット・チャートを盛り上げ、山下達郎の「RIDE ON TIME」が本人が出演したカセットテープのCMで流れ大ヒット、後にシティ・ポップと呼ばれる音楽がお茶の間に流れ、B&B、ザ・ぼんち、ツービート、島田紳助・松本竜介らによる新感覚の漫才が大流行した。

 

年代が変わったと同時に世の中の空気がポップでライトに変化していくような感じを、当時、中学生だった私は感じていた。とはいえ、人の記憶というものは時が経つほどにあやふやになり、単純化され、実際とは異なったものになりがちである。そういった理由もあり、先日、1980年のオリコン年間アルバムランキングを見返していた。1位の「ソリット・ステイト・サバイバー」に加え、「増殖」「パブリック・プレッシャー」と、イエロー・マジック・オーケストラのアルバムがトップ10に3枚もランクインしていることから、当時の人気ぶりが窺える。また、松田聖子はデビュー・アルバムの「スコール」が7位と、早くも強さを見せている。これ以外では松山千春、久保田早紀、長渕剛と、ニューミュージックがよく売れていたことも分かる。松山千春はベスト・アルバムの「起承転結」を含め、2枚が10位以内にランクインしている。

 

そして、10位以内にランクインした洋楽のアルバムはABBA「グレイテスト・ヒッツVol.2」のみで、3位となっている。確かに当時の日本でのABBAの人気はすごかった印象がある。先日、よしだたくろう「元気ですか。」のことを調べるために1972年と1973年のオリコン年間アルバムランキングを確認していたのだが、トップ10のうち5枚を洋楽のアルバムが占めていた。ビートルズ、サイモン&ガーファンクル、カーペンターズ、ミッシェル・ポルナレフなどである。


21位にはビリー・ジョエルの「グラス・ハウス」がランクインしている。3位のABBAはベスト・アルバムなので、これがこの年に日本で最も売れた洋楽のオリジナル・アルバムということになる。私が中学校から帰ってNHK-FMの「軽音楽をあなたに」を聴いていると、おそらくこのアルバムにちなんでだと思うのだが、ビリー・ジョエルの特集をやっていた。そろそろ洋楽もちゃんと聴こうかと思っていた私はなんとなく番組をカセットテープに録音していたのだが、その後、わりと気に入ってレコードを買うことになった。「グラス・ハウス」ではなく、番組でかかった「オネスティ」「マイ・ライフ」などが収録された「ニューヨーク52番街」の方を先に買った。1978年のリリースにもかかわらず、このアルバムも81位にランクインしているので、この年になってから買った日本人は意外といたようである。これが私がはじめて買った洋楽のアルバムとなったが、少ししてから「グラス・ハウス」も買った。





続いて、30位にボズ・スキャッグス「ミドル・マン」、38位にJ.D.サウザー「ユア・オンリー・ロンリー」がランクインしていて、AORが流行していたたことが分かる。「ユア・オンリー・ロンリー」はオールディーズのポップスをAOR的なサウンドでアップデートしたような作品だったが、翌年にリリースされる大滝詠一の「君は天然色」にも影響をあたえたといわれているようだ。





39位には映画「ザナドゥ」のオリジナルサウンドトラックがランクインしているが、オリヴィア・ニュートン・ジョンとエレクトリック・ライト・オーケストラによるタイトル・トラックがラジオでもよくかかっていた。オリヴィア・ニュートン・ジョンは日本でも人気があり、1975年には「カントリー・ロード」「ジョリーン」といったカントリー・ソング、1978年にはジョン・トラヴォルタと共演した青春ミュージカル映画「グリース」がオリジナルサウンドトラック共々ヒットした。「ザナドゥ」ではエレクトリック・ライト・オーケストラによるシンセ・サウンドが、オリヴィア・ニュートン・ジョンのポップ・シンガーとしてのまた新たな魅力を引き出しているようであった。アメリカでは「マジック」が全米シングル・チャート1位を記録している。




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40位にはハーブ・アルパートの「ライズ」がランクインしているが、タイトル・トラックがマツダRX-7のテレビCMに使われていたのが、売り上げに繋がったようだ。外国のスーパーカーのように、ライトがボンネットからせり上がってくるのがカッコよく、まだ運転免許証を取得できないような年齢の若者や子供にも人気があった。




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1,093円
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41位はフランスのピアニスト、リチャード・クレイダーマンの「ベスト」で、イージーリスニングとして日本でひじょうに人気があった。52位がイーグルスの「ロング・ラン」で、大ヒットした「ホテル・カリフォルニア」の次のアルバムで、日本でもオリコンの週間アルバムランキングで1位に輝いた。新加入したティモシー・B・シュミットによる「言いだせなくて」にはAORっぽさも感じる。


53位と54位にはアラベスクの「ペパーミント・ジャック」「ハイ・ライフ」が2作続けてランクインしている。アラベスクは西ドイツ出身の女性ポップ・グループで、日本のディスコでものすごく流行った。当時、社会現象としてマスコミにもよく取り上げられていた竹の子族にもひじょうに人気があったという。当時、日本ではこのようなヨーロッパ出身の女性グループによるヒット曲が多く生まれていて、それらはキャンディ・ポップと呼ばれていたりもした。


62位に「そよ風のエンジェル」がランクインしているシェリル・ラッドは「チャーリーズ・エンジェル」で人気が出たアメリカの女優である。歌手としても活動していたが、本国ではヒット・チャートにランクインした曲が1曲しかないのに対し、日本では5曲がオリコンのシングルランキングに入っていた。この年にはサントリーウィスキーのCMに使われた「ダンシング・アメリカン」が最高20位のヒットを記録している。




66位はクリストファー・クロスのデビュー・アルバム「南から来た男」である。この年の秋に発表され、文藝賞を受賞した田中康夫のデビュー小説「なんとなく、クリスタル」の中でも、(おそらく)青山学院大学に通う主人公の由利が好んで聴いていた。フラミンゴが描かれた緑色のジャケットは、レコードに収録された音楽と共に、当時のお洒落な(康夫ちゃん流に言うと「オッシャレー」)な感性を象徴しているようでもあった。爽やかなハイトーン・ボイスと腕利きのミュージシャン達によるサウンドが受けてアメリカでも大ヒット、翌年のグラミー賞では新人ながら主要部門を独占したことで話題となった。デビュー時は顔を公開していなかったと思う。




南から来た男南から来た男
1,150円
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続いてアメリカ西海岸のシンガー・ソングライター、カーラ・ボノフの「ささやく夜」が67位にランクインしている。この年に来日公演を行い、出場した「第9回東京音楽祭」では「涙に染めて」で金賞を受賞したという。





70位にピンク・フロイド「ザ・ウォール」、75位にリンダ・ロンシュタット「激愛」、76位にマイケル・ジャクソン「オフ・ザ・ウォール」、79位にクイーン「ザ・ゲーム」などこの辺りはアメリカで大ヒットしたものが日本でも順当に売れたという感じである。「ザ・ウォール」はシングル・カットされた「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール」で子供のコーラスに「教育なんて必要ない」という内容の歌詞を歌わせたことで非難を浴びている、と話題になった。日曜の昼に放送されていた鈴木ヒロミツが司会の「HOT TV」という番組でビデオを観た記憶がある。マイケル・ジャクソンはすでに日本でも人気があり、この年に「哀愁でいと」で歌手デビューを果たした田原俊彦が聴いていると言っていた記憶がある。しかし、「スリラー」以降ほどではまだなかった。


90位にはTOTOのセカンド・アルバム「ハイドラ」がランクインしている。このアルバム以降、TOTOのアルバム・チャートでの最高位はずっとアメリカよりも日本での方が高い。バンド名の由来として、日本の便器メーカー、TOTOから取られているのではないかという話も当時はあった。「99」が翌年に公開された「なんとなく、クリスタル」の映画で使われていた。


91位はアイルランド出身の姉妹から成るポップ・グループ、ノーランズのデビュー・アルバム「ダンシング・シスター」である。7月にリリースされた同タイトルのシングルが日本で1位を記録した。1980年代に日本で1位になった洋楽のシングルはこの曲と1983年のアイリーン・キャラ「フラッシュダンス...ホワット・ア・フィーリング」の2曲のみである。アルバムはリリース時には来日記念盤とされていて、初回プレス分には特製ピンナップが付いていたようである。




95位はポリスの「白いレガッタ」で、ニュー・ウェイヴ勢では唯一のランクインとなっている。この年の秋に次のアルバム「ゼニヤッタ・モンダッタ」がリリースされ、収録曲「ドゥ・ドゥ・ドゥ・デ・ダ・ダ・ダ」が後にシングル・カットされるが、日本では湯川れい子が歌詞を書いた日本語バージョンがリリースされた。


96位はポール・マッカートニーの「マッカートニーⅡ」で、私がはじめて買った洋楽のレコードはこのアルバムに収録されていた「カミング・アップ」のシングルであった。この年の1月にポール・マッカートニーは来日公演を予定していたが、薬物の所持のため成田空港で逮捕され、中止になった。この時にポールの妻であったリンダ・マッカートニーは元サディスティック・ミカ・バンドの福井ミカと共に「増殖」をレコーディング中のイエロー・マジック・オーケストラのスタジオを訪れたのだという。「増殖」に収録された「ナイス・エイジ」にはこの件にまつわるコメントや、発売前であった「カミング・アップ」の歌詞の一部が入り、翌年のスネークマン・ショーのアルバム「急いで口で吸え」における「はい、菊池です」のギャグにも繋がったのであった。




Mccartney IIMccartney II
1,880円
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そして、100位はオーストラリア出身のポップ・グループ、エア・サプライの「ロスト・イン・ラブ」である。甘いボーカルとメロディーが受け、AORの入門編のように認識されていたような気がする。女子大生に人気があると言われていたが、「なんとなく、クリスタル」の由利はおそらく聴いていなかったのではないかと思う。日本盤のジャケットには原盤とは異なった爽やかな海の写真が用いられていた。