スージー鈴木「イントロの法則80's」を読んだ。 | …

i am so disapointed.

仕事の休憩時間に高円寺北口の文禄堂という書店に行った。ここでは数日前、台風の夜に萩原健太さんの「80年代 日本のポップス・クロニクル」を買って、一気に読み終えた。この本を読んで興味を持った沢田研二の1980年のアルバム「G.S. I LOVE YOU」を聴いて、感想のようなものをブログに書いたところ、これまでにはあり得ないほどの数のアクセスをいただいた。しかし、そんなに面白い本には短期間に何冊も巡り合えるはずはない。などと思いつつ、エンターテインメント系雑誌の売り場を見ていると、1冊の本の表紙が目に飛び込んできた。シティ・ポップな雰囲気の夜のビル街がイラストで描かれ、その下にはアナログレコード盤、しかもそれはなんとなくCBSソニーのものに似ているような気がする。そして、かつてのポップスファンにとっては特別な意味を持つ「TOP40」という文字と書体、タイトルは「イントロの法則80's」、しかも「沢田研二から大滝詠一まで」、そして、著者はスージー鈴木さんである。「1979年の歌謡曲」「1984年の歌謡曲」「サザンオールスターズ1978‐1985」、これまでに読んだこの著者の本はどれもとても面白かった。その後に出たマキタスポーツさんとの共著「カセットテープ少年時代」は読んでいないが、おそらくこれは間違いがないやつであろう。迷わずレジに持っていき、購入した。残りの休憩時間、帰りの通勤電車、帰宅後の数時間で一気に読み終えてしまった。まったくの余談だが、誕生日を迎えた瞬間にもこの本を読んでいた。今回もとても面白かった。そして、軽い切り口のようでありながら、書かれている内容がとても深い。

 

タイトルが示しているように、1980年代の日本のポップスのイントロについて書かれた本である。しかし、けしてイントロについてだけ書かれているわけではない。イントロをきっかけにその曲やアーティストや作家、時代や世界についても語られている。音階やコード進行など、音楽的な内容も多く、ひじょうに勉強になる。慣れ親しんだ楽曲について、新しい見方、聴き方が生まれる。そして、知識や情熱に裏づけられていながらも、マニアックならないところが良い。先日、読んだ「80年代 日本のポップス・クロニクル」の著者、萩原健太さんは私よりも10歳上だが、スージー鈴木さんはまったく同じ年であり、学年である。年齢については私はつい先ほど誕生日を迎えたため、もう違ってしまったかもしれない。ポップ・ミュージックの日常生活に対する影響が、現在よりもより大きかった時代に青春時代を送った。その頃にポップ・ミュージックを好きになり、いまでも聴いているが、それはあくまで日常生活をより豊かにするものであり、それを中心として生活があったわけではない。この感覚は私にとってとても大切なものであり、これが本末転倒にならないように意識している。

 

1980年の日本のポップスで、イントロの素晴らしい曲が40曲選ばれ、解説されているのだが、けしてイントロだけが素晴らしいわけではなく、ここにあげられた曲はいずれもそれ自体がモダン・クラシックと呼べるようなものである。この曲の並びを本文を読む前に見た時に、これだけで1980年代の日本のポップ・ミュージックを俯瞰するコンピレーションがつくれるのではないかと思った(実はもうiPhoneでプレイリストをつくった)。しかも、その順番は年代順でもなければ、カウントダウンでもない。これがまるでラジオを聴いたり、DJイベントに参加しているかのような楽しみにもつながる。それにしてもどれもこの時代を代表する曲であり、また、ひじょうにバランスが取れているようにも思える。正直言って、私には個人的に良さがまったく分からない曲もいくつか含まれているのだが、間違いなくこの時代のシーンを語る上で欠かせないものではあると思う。ニューミュージック、シティ・ポップ、アイドルポップス、歌謡曲、バンドブーム、ジャニーズなど、いろいろなジャンルから選ばれている。大ヒット曲もあれば、それほど売れてはいないが日本のポップ・ミュージック史においてひじょうに重要だと思える曲もある。また、1970年代、1990年代の日本のポップス、1980年代の洋楽についてもイントロベストテン(実際にはベスト20)が選ばれていて、これもひじょうに楽しく読むことができた。そして、40曲の解説が終わった後には、この時代のイントロを特徴づけるいくつかの要素について解説されている。

 

この本を読んでいる時間そのものがとても楽しいものだったのだが、はげしくうなずいたり唸らされるところも少なくなく、以下、特に印象に残ったことについて書き連ねていきたい。まず、RCサクセションについて書かれたところだが、ある曲のイントロについての解説だけでRCサクセション、忌野清志郎の魅力を端的に語り切るという離れ業を見せていて、ファンである私も驚愕した。野球好きでもある著者だけあって、ところどころに出てくる野球のたとえがいちいち面白すぎる。また、大滝詠一が提供した楽曲について書かれているところにあった「たかがポップスじゃないか」という姿勢は、私が常日頃とても大切にしている部分でもあるので、大いに共感した。少年隊の錦織一清がスペクトラムの「トマト・イッパツ」に言及していたと知って、とても嬉しい気持ちになった。80年代前半は松本隆、後半は秋元康の時代というのはざっくりしているようで、なるほどと思える部分も多々ある。

 

「夕やけニャンニャン」がはじまり、おニャン子クラブととんねるずが大きくブレイク、秋元康が時代の寵児となったのは1985年のことで、この本の著者も私も浪人生であった。ひじょうに曖昧な立場である。この年の秋にプラザ合意が発表され、これがバブル景気のきっかけになったと後にいわれるが、私にとっては1980年代前半的なサブカルチャーの象徴であった「ビックリハウス」の休刊もひじょうに大きかった。阪神タイガースが、生まれてはじめて優勝した。渡辺美里の「My Revolution」が1980年代後半の幕開けだったという記述があるが、この曲がヒットしていた頃、私もおそらくこの本の著者も大学受験に合格し、大きな開放感と肯定的な気分を味わっていたのではないかと思われる。著者はこの春に大学進学のため、大阪から上京するのだが、東京ではじめて買ったレコードは新田恵利「冬のオペラグラス」だったという。

 

もうかなり前の話になるのだが、「青春歌年鑑」というコンピレーションCDのシリーズが発売され、私はその1980年版を買った。中学生の頃に流行っていた曲がたくさん入っていて、とても懐かしい気分になったのだが、松田聖子の曲だけはとてもクオリティーが高く、驚いた記憶がある。楽曲やアレンジも良いのだが、この頃の松田聖子のボーカルが圧倒的である。その後、多忙なスケジュールの影響もあってか、松田聖子はもうデビュー当時のような歌い方ができなくなる。そして、歌唱法を変えるのだが、それによってさらに多くのファンを獲得したのであった。先日、読んだ「80年代 日本のポップス・クロニクル」の萩原健太さんが歌唱法を変えてから松田聖子が好きになったのに対し、スージー鈴木さんは松田聖子のボーカルは初期こそが素晴らしいと力説する。私はそのどちらとも好きだ。

 

1989年、私は将来の展望がまったく見えないまま大学に通っていたのだが、著者は就職活動を行っていたようである。その夏に岡村靖幸の「靖幸」を最もよく聴き、これが当時の日本におけるビーチ・ボーイズ「ペット・サウンズ」のような作品だと本気で信じているところは私と同じである。また、著者は当時、すでにフリッパーズ・ギターのデビューアルバムを聴いていたようだが、私は翌年、歌詞が日本語になってからやっと聴くようになった。また、C-C-B「Romanticが止まらない」や沢田研二「おまえにチェックイン」のイントロについてのエピソードはまったく知らなかったし、とても面白かった。あとは早見優のファンだったり、中学生の頃にプラスチックスに入れ込んでいたり、渋谷陽一や田中康夫のことが語られているところなどもとても楽しかった。著者がはじめて買ったCDはモータウンのベストだということだが、私は1985年に池袋のビックカメラではじめてウォークマンを買い、これで聴くカセットをなにか買おうと思い、西武百貨店のレコード売り場で、やはりモータウンのベストを買っていたのであった。

 

また、萩原健太さんの「80年代 日本のポップス・クロニクル」は、著者が会社員だった頃に大滝詠一に会い、それがきっかけで会社を辞めて、音楽評論をプロとしてやることになったというエピソードではじまる。そして、同じ書店で数日後に買ったスージー鈴木さんの「イントロの法則80's」、その楽曲紹介のページは、生前の大滝詠一さんとはじめて(そして、最後に)会った時のエピソードで終わる。同じく1980年代の日本のポップスを扱った本ではあるが、著者の世代も違えばボーカリストとしての松田聖子の好きな時期も違う、しかし、共に大滝詠一の存在がひじょうに重要だというところがとても面白い。

 

そして、オフコースである。私は萩原健太さんの「80年代 日本のポップス・クロニクル」にオフコースの「over」が取り上げられていること自体に驚いていたのだが、スージー鈴木さんの「イントロの法則’80」においても、オフコースの作品の高い完成度はもっと語られてしかるべきだと、強く主張している。また、オフコースの評価が正当にされていない原因として、当時のタモリによる小田和正批判があるのではないかといわれている。これはタモリに限ったことではなく、1980年代のはじめに明るくて軽いものこそが素晴らしく、暗くて重いのはダサくてモテないという風潮が確実にあった。実際にはオフコースのレコードはひじょうに売れていたのだが、それを聴いていることがカッコいいというような感じではまったくなかった。オフコースがもっと正当に評価されるべきだという意見は最近、私のツイッターのタイムラインでもたまに見かける。私はといえば、やはり当時、 ニューミュージックは暗くてダサいと思っていたタイプであり、積極的に好きではまったくなかったのだが、「さよなら」「Yes・No」などのヒット曲はわりと好きだったし、「君が、嘘を、ついた」などもサウンド的に攻めていてなかなかカッコいいと思っていた。

しかし、それを好きでいることがカッコいい状況ではまったくなかったので、あえて人に言うことはなかったし、それ以上に深く聴き込むこともなかった。それでも、これだけ多くの、しかも私がわりと好きな人たちが良いと言っているので、おそらく良いのではないかとも思う。