キャット・パワー「ワンダラー」を聴いた。 | …

i am so disappointed.

キャット・パワーはアメリカンのシンガー・ソングライター、ショーン・マーシャルのソロ・アーティストとしてのステージ・ネームである。元々は彼女がはじめて組んだバンドの名前であり、当時、働いていたピザ店に入ってきた男がかぶっていたキャップの「キャット・ディーゼル・パワー」という文字から取られている。油圧ショベルやブルドーザーなどを製造するキャタピラー社のキャップであった。

 

キャット・パワーは先日、6年ぶりで10枚目となるアルバム「ワンダラー」をリリースした。ジャケットには砂漠のような所でギターを手に持つ、顔は見えていないがおそらくショーン・マーシャル本人、そして、小さな男の子が写った写真が用いられている。彼は3歳になるマーシャルの息子であり、このアルバムをつくる上において、ひじょうに重要な役割を果たしたと思われる。

 

キャット・パワーの前作は、2012年にリリースされた「サン」である。1996年から所属していたレーベルであるマタドールは、ヒットを求めた。キャット・パワーの音楽はオルタナティヴ・ロックのファンの間では評判になり、支持を得ていたが、商業的にひじょうに大きなヒットとはなっていなかった。外部から著名なプロデューサーを招くなどはせず、マーシャルは自らエレクトロニクスを導入するなどのアイデアを工夫し、完成させたアルバムは全米アルバム・チャートで初のトップ10入りを果たした。その後、マーシャルは呼吸困難を起こし、何度かにわたって入院することになった。レーベルはプロモーションを取りやめたという。

 

妊娠したことが分かると、マーシャルは活動拠点としていたマイアミに移り、そこでシングルマザーとして子育てをしながら「ワンダラー」を制作した。マタドールはこのアルバムのリリースを拒絶した。レーベルが求めているヒットにはじゅうぶんではないと言い、マーシャルにアデルのアルバムを聴かせた。このようなアルバムをつくるように、という意味である。マーシャルは「サン」の制作時にもこのようなことがあったと思い、レーベルからアーティストというよりは製品として扱われているような気分になった。そして、それはいまにはじまったことではない、とも。

 

これはアーティストとしての敗北なのか、マーシャルは悩み、苦しんだが、やがてその価値を思い出し、自信をあたえてくれる人たちとの出会いもあり、アークティック・モンキーズなども所属するイギリスのインディー・レーベル、ドミノから「ワンダラー」をリリースすることになった。

 

「ワンダラー」、つまり放浪者とでもいうような意味だが、それは音楽業界や世界におけるマーシャル自身のことでもあり、リスナーにも共感をあたえるものである。砂漠のような世界で、大切な子供を守るためにギターを持ってさまよい歩く。マーシャルの祖母はコットンピッカーとして働きながら、1人で5人の子供を育てたのだという。マーシャルはよく彼女のことを考えるようだ。

 

ドミノからリリースされる「ワンダラー」は、当初、マタドールからリリースしようとしていた内容と同じはずであった。しかし、「ウーマン」という曲が追加された。ラナ・デル・レイはキャット・パワーをリスペクトするアーティストの1人であり、オルタナティヴな女性シンガー・ソングライターとして活動する道を切り拓いたことに対して、感謝もしているという。レイはツアーにマーシャルを招き、オープニング・アクトとしても起用した。そこで2人はよく話し、とても親しくなったのだという。「ウーマン」は「ワンダラー」を制作しはじめた初期からあった曲のようだが、なにかが足りていないと感じ、アルバムには収録していなかった。しかし、それは別の女性の声だったのだと気づいたマーシャルは、ラナ・デル・レイをフィーチャーして、この曲をレコーディングした。結果は実に素晴らしく、今年リリースされた最も内容があり、音楽的にも充実した楽曲の1つになったといえるだろう。

 

「もしも私が10セント硬貨を持っていたら、私はあなたが必要とする者ではないと言って。もしも25セント硬貨を持っていたら、かき集めて銀行に預けてから去っていくわ」と、このような歌詞があるこの曲は、マタドールに対する皮肉も含んでいるのではないかというインタヴュアーの質問に対し、マーシャルは聞いてくれたことに感謝しながらも、ノーコメントだと話している。曲のタイトルにもなっている「ウーマン」という単語を何度も繰り返し歌うマーシャルとレイのヴォーカルは、自分自身の言葉を持った女性であることの誇りと喜びに溢れているようである。

 

キャット・パワーはこれまでに他のアーティストの曲のカバーのみを収録したアルバムもリリースしているが、「ワンダラー」にも1曲だけカバーが収録されている。それは、リアーナによる2013年のヒット曲「ステイ」である。マーシャルがこの曲を聴いたのは当時の恋人の車に乗っていた時で、ラジオから流れてきたこの曲を、恋人はとても気に入っていたという。恋におちている時のどうしようもなく相手を求める気持ち、また、けして離れずにそばにいてほしいという内容が痛切なバラードとして歌われていて、世界中の多くの人々の心に響いた。その恋人とは別れ、子供を産んだ後、乗っていたタクシーの中で偶然に流れたこの曲を聴いて、マーシャルは目的に着くまで、ずっと泣いていたという。そしてその夜、友人とカラオケに行って、この曲を16回歌ったらしい。

 

「ホライゾン」においては、家族に対して歌いかけ、「マザー」という歌いだしにジョン・レノンのあの有名な曲を思い出していたところ、2コーラス目の歌詞ではビートルズ「抱きしめたい」の原題が出てきた。道の途中にいるという内容の歌詞は、人生という旅路の象徴であり、家族との絆も含め、ひじょうに普遍的で重要なテーマを歌っているなと思って聴いていると、オートチューンが導入されていたりもして驚かされる。

 

また、「ロビンフッド」は金持ちから盗み、貧しい者にあたえていた義賊であるが、これは新自由主義のなれの果てとして中間層が消滅し、貧富の差が拡大、社会が分断された現代のアメリカ、そして、その後を追っている日本においても、再分配を求めるメッセージ・ソングのようにも聴こえる。

 

カントリーの影響を受けたひじょうにオーセンティックな音楽性であり、ボーカルにも深みが増している。純粋に音楽として素晴らしいが、そのメッセージ性は実に今日的なものである。揺るぎない自信と確信、そして、自分自身であり続けるための旅路としての人生が、リアリティーをともなって表現されている。たとえ悲しみや苦しみが多かったとしても、それと真剣に対峙することがこれほど豊潤な音楽として表現されうるのであれば、おそらく人生は生きるに値するものである。

 

 

 

 

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