プリンスの未発表音源によるアルバム「ピアノ&ア・マイクロフォン 1983」がリリースされた。タイトルから想像できるように、これはプリンスによるピアノとボーカルのみによって、1983年にレコーディングされた作品である。おそらく元々は世に出すつもりのない、リハーサルというか曲を制作する過程の音源のようにも思える。いろいろなアーティストのアルバムのリイシューなどに伴い、このような未発表音源が世に出ることがあるが、基本的にはミーハーなポピュラー音楽ファンにすぎない私は、それほど熱心に追いかけるタイプではない。このアルバムのこともニュー・リリース情報的なもので知ってはいたのだが、それほど興味は持っていなかった。しかし、周辺情報が入ってくるにつれ次第に気になってきて、やはり聴いてみたところとても良かった。
まず、そもそもこの音源は1本のカセットテープに録音されていたものらしく、音質はそれほど良くはない。だが、そこが良い。プリンスのヒット曲は特に1980年代にはよく聴いていたし、一時期はプリンスが新譜を出すこと自体がポピュラー音楽界の一大事であり、その度に最新型のポップスという概念がアップデートされていくようであった。また、プリンスが一時期、率いていたバンドの名前はザ・レヴォリューションだったが、人種や性差、ジャンルといったあらゆる垣根を取り払ったかのようなその音楽性は、まさに革命的であった。その魅力の1つとして、それまで誰もやらなかったようなまったく新しいタイプのサウンド、アレンジが挙げられるのだが、ピアノとボーカルのみの録音となると、曲と歌の良さをより純粋に実感することができる。
アルバムは9曲入りだが、1曲目から7曲目まではカセットに録音されていた通り、メドレーのようなかたちで収録されている。1983年といえば前の年にリリースしたアルバム「1999」から「リトル・レッド・コルベット」がヒットし、初めて全米シングル・チャートの10位以内にランクインした年である。この年の前半にはマイケル・ジャクソンのアルバム「スリラー」から「ビリー・ジーン」「今夜はビート・イット」、第二次ブリティッシュ・インヴェイジョンと呼ばれたイギリスの新しいアーティストたちからデュラン・デュラン「ハングリー・ライク・ザ・ウルフ」、カルチャー・クラブ「君は完璧さ」などが大ヒットし、いずれも印象的なミュージックビデオが大きく影響していた。1981年に開局した音楽専門ケーブルテレビチャンネル、MTVの影響が本格的にヒット・チャートにも及んできた頃であり、この辺りから全米ヒット・チャートの雰囲気が明らかに変わっていったような印象がある。
日本では小林克也がパーソナリティーを務めるテレビ朝日系の「ベストヒットUSA」の人気が高く、当時、私が住んでいた北海道でも1982年の秋からネットされるようになった。プリンスの「1999」がリリースされた時、音楽雑誌などでは話題になっていて、私もどれだけすごいのだろうと聴くのを楽しみにしていた。日曜日に別々の高校に進学してからもレコードを聴かせ合うような、小学生の頃からの友人の家に行っていた。私はロックやポップス、友人はソウル・ミュージックやジャズを主に好んで聴いていた。マイケル・ジャクソンの「スリラー」も彼の部屋で聴いたのが最初だった。中学校の卒業文集で、「地球最後の日になにをする?」というような他愛のないアンケート的企画で、「スティーヴィー・ワンダーのレコードを聴きまくる」などと書いていた。お互いのレコードを次々と聴かせ合っていたのだが、少し休憩を入れようということで、その秋に開局したばかりのエフエム北海道をつけると、ちょうどプリンスの「1999」がかかった。私も友人も聴くのはそれがはじめてだったのだが、まったくピンとこなかった。ロックでもなければソウルでもない、どっちつかずの中途半端さを感じた。しかし、それは当時のわれわれがこのまったく新しい音楽を享受するだけの素養に欠けていただけなのだということには、数ヶ月後に気がつくことになる。
「リトル・レッド・コルベット」のビデオはやはり「ベストヒットUSA」ではじめて観たのだが、最初は違和感というか、他のポップ・スターとはどこか違う感じが気になったのだが、それが次第に気持ちよくクセになるものへと変化していき、気がつくと大好きになっていた。この年は、「1999」からのシングル「デリリアス」もトップ10入りを果たすのだが、翌年の「ビートに抱かれて」が初の全米シングル・チャート1位となり、本人が主演した映画とそのサウンドトラックアルバム「パープル・レイン」によって、一躍、時代を代表するアーティストになったのである。その密室的でいながらポップなシングルもものすごく好きで、カシオのキーボードを駆使した多重録音でコピーしたりもした。
もちろん大好きだったのだが、どこかマニアックで通好みのようにも思え、これをアメリカの一般大衆がここまで支持している状況というのが、実はよく理解できていなかった。
「ピアノ&ア・マイクロフォン」は、「1999」と「パープル・レイン」の間という、プリンスのキャリアにとってひじょうに重要な時期の記録でもある。1曲目に収録された「17デイズ」はシングル「ビートに抱かれて」のカップリング曲としてリリースされたのだが、もちろんアレンジはまったく異なる。ピアノの演奏と歌だけの録音により、曲の素晴らしさが際立って聴こえる。続いて、「パープル・レイン」の表題曲で、大ヒットもしたあの壮大なバラードだが、ここでは歌いだしとサビの部分が軽く歌われている。まるで有名になった大作のスケッチを見るかのような興奮がある。続いて、ジョニ・ミッチェル「ア・ケイス・オブ・ユー」のカバーである。これを聴くと、いかにジョニ・ミッチェルがプリンスに強い影響をあたえたかが分かるような気がする。私は1980年代にプリンスが好きすぎて評伝的な本を読んだりもしていたのだが、若かりし頃にプリンスがソウル・ミュージックやR&Bも好きなのだが、同時にジョニ・ミッチェルも好きで、その音楽的アイデンティティー・クライシスというような状況に苦しんだ、というようなことが書かれていた。
続いて、19世紀の霊歌である「メアリー・ドント・ユー・ウィープ」で、これもまたカバーなのだが、まるでプリンスのオリジナルであるかのように、魂がこもっている。このトラックはスパイク・リー監督の映画「ブラックランズマン」のエンドクレジットでも流れているという。続いて、後に1997年のアルバム「サイン・オブ・ザ・タイムス」に収録される「ストレンジ・リレイションシップ」、アルバム「1999」ですでに発表されていた「インターナショナル・ラヴァー」、「パープル・レイン」のために録音されていたがカットされて日の目を見なかった「ウェンズデイ」と続く。
最後の2曲、「コールド・コーヒー&コケイン」「ホワイ・ザ・バタフライズ」は完全な未発表曲で、おそらくフルサイズで演奏されている。
本来、このタイプの音源は完成された作品に対するデモ・バージョン的な認識で、それほど熱心には聴いていなかったのだが、このアルバムはすごく良かった。もちろん、それは私がプリンスのファンだからなのだろうが、ここに完成されたプロダクションでは味わえない親密さが感じ取れることが大きく、それはプリンスというアーティストがコミュニケーションへの希求を深刻なテーマとし続けていたからではないのか、ということも思ったりはしたのである。
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