1980年のおそらく初夏に旭川の光陽中学校の近くにあったレコードも売っている時計店で買ったポール・マッカートニー「カミング・アップ」のシングルが、私にとってはじめての洋楽のレコードであった。その後、NHK-FMの「軽音楽をあなたに」でビリー・ジョエルの特集を聴いて、アルバム「ニューヨーク52番街」「グラス・ハウス」のアルバムを続けてかった。いずれも輸入盤であった。
その年、「花の金曜ゴールデンスタジオ」というテレビ番組で「オリコン新聞」こと「オリコン全国ヒット速報」なるものの存在を知り、毎週買って読むようになった。全米ヒット・チャートも掲載されていたのだが、FENの「アメリカン・トップ40」、あるいはラジオ関東の「全米TOP40」の元となっていたビルボードではなく、レコード・ワールドという業界誌のものであった。そろそろ次の洋楽のレコードを買おうかとも思っていたのだが、これといってどうしても欲しいものがあったわけでもなく、とりあえずその週に全米シングル・チャートの1位だったクイーン「地獄へ道づれ」のシングルを買うことにした。タイトルもなんだか悪そうでよかった。その頃、まだ全米ヒット・チャートを隅から隅までチェックしていたわけではなく、「全米TOP40」もNHK-FMの「リクエストコーナー」も聴いていなかったので、「地獄へ道づれ」も聴いたことがなかった。それでも全米シングル・チャートで1位になるぐらいなのだから、きっと良い曲に違いないと思って買ったのであった。
家に帰って聴いてみたのだが、それほど良いとは思えなかった。これはおそらく聴き込みが足りないのだと思い、何度も何度も繰り返し聴いたのだが、やはり良さがよく分からない。ただ、ベースラインはひじょうに印象的である。
「地獄へ道づれ」はクイーンのベーシスト、ジョン・ディーコンによって書かれた曲で、そのベースラインは前年に全米シングル・チャートで1位を記録したシック「グッド・タイムス」にひじょうによく似ていた。実際にジョン・ディーコンはシックと交流があり、レコーディング現場に居合わせたこともあるということで、そこでヒントをつかんだのではないかともいわれているようである。
しかし、当時、私はこの「グッド・タイムス」のことを知らなかったので、もちろんその影響にも気がつかなかった。同じくシックの大ヒット曲である「おしゃれフリーク」は当時、ラジオでもよくかかっていて知っていたのだが、「グッド・タイムス」のことは知らなかった。1979年には洋楽をまだ意識的に聴いていなかったとはいえ、たとえばこの年のヒット曲でいえばロッド・スチュワート「アイム・セクシー」、ドナ・サマー「ホット・スタッフ」などはあまりにも流行りすぎていて、曲とタイトルとが完全に一致していた。
ところでこの時点で私はクイーンについてどれぐらい知っていたのかというと、記憶が定かではない。NHKテレビでライブ映像が流れたのを観た記憶はあるのだが、それが「地獄へ道づれ」を買う前だったのか後だったのかについてはよく覚えていない。訳詞がテロップで流れるのだが、「伝説のチャンピオン」において、英語では「われわれはチャンピオン」と歌っているだけなのに、「ロックのチャンピオン」と訳されていることが気になったりはしていた。
クイーンは日本の音楽ファンにものすごく人気が高かった印象があり、アメリカではこの年にリリースされた「愛という名の欲望」、そしてこの「地獄へ道づれ」だけが1位になっている。それ以前の代表曲で、評価もより高い印象がある「ボヘミアン・ラプソディ」などは1位になっていないようだった。また、翌年にベスト・アルバムがリリースされ、なんとなくお得そうだったので、オリヴィア・ニュートン・ジョンのベスト・アルバムと一緒に買った。クイーンの「グレイテスト・ヒッツ」は発売された国によって曲目や曲順が異なるいくつかのバージョンが存在し、私はアメリカからの輸入盤を買った。先行シングルとしてデヴィッド・ボウイとのデュエット曲「アンダー・プレッシャー」がリリースされた。
その後、洋楽をさらに深く聴いていくと、なんとなくパンク/ニュー・ウェイヴ的なものの方がカッコよくてモテそうという気分になっていき、クイーンはまったく聴かなくなった。
「地獄へ道づれ」はシック「グッド・タイムス」からの影響が明らかなように、それまでのクイーンの楽曲と比べ、かなりダンス・ミュージック寄りだったということがいえる。当時の私にいまひとつ良さが分からなかったのは、曲をメロディーで聴く傾向が強く、リズム主体のダンス・ミュージックの良さを理解する素養がまだなかったからではないかと、いまは思っている。この曲のシングル・カットを強くすすめたのは、クイーンのファンでライブにも足を運んでいたというマイケル・ジャクソンだったらしい。
この曲が大ヒットしたこともあり、クイーンは次のスタジオ・アルバムである「ホット・スペース」においてはよりディスコ色を強めるのだが、前作ほどのヒットにはならなかった。
1980年のいまごろ、全米アルバム・チャートでは「地獄へ道づれ」や「愛という名の欲望」を収録したクイーンの「ザ・ゲーム」が1位になっている。当時も最近も、私はこのアルバムを聴いたことがなかった。それで、リリースから38年目にして初めて聴いたのだが、かなり気に入ってしまった。クイーンのアルバムでは「ボヘミアン・ラプソディ」も収録された「オペラ座の夜」が名盤とされがちだが、「ザ・ゲーム」の評価はそれほど高いという印象がなかった。クイーンにとって8枚目のアルバムで、はじめてシンセサイザーを使ったアルバムでもあるのだという。
1曲目の「プレイ・ザ・ゲーム」はこれぞブリティッシュ・ロックという感じのポップなメロディーと素晴らしく、聴かず嫌いを悔やんだわけだが、実は「グレイテスト・ヒッツ」にも収録されていたので、聴いたことはあったはずである。こういうメロディアスな曲と「地獄へ道づれ」のようなリズム主体の曲が一緒に入っていて、そのバラエティーにとんでいながら統一感がある感じもかなり好みであった。シングルとして大ヒットもした「愛という名の欲望」はロカビリーのようなテイストもあり、特にサビのキメの部分はエルヴィス・プレスリーの歌い方を意識しているようにも思える。この曲とビリー・ジョエルの「ロックンロールは最高さ」がほぼ同時期にヒットしていたのだが、どこか共通点を感じなくもない。
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