マーティ・バリン「ハート悲しく」についての記憶。 | …

i am so disappointed.

朝、出かける直前になぜかマーティ・バリンの「ハート悲しく」が突発的に聴きたくなった。この曲は1981年の秋に日本でもよくラジオでかかっていて、私もカセットテープに録音したものをよく聴いていたのだが、レコードは買っていなかった。マーティ・バリンの曲はこれ以外に知らなかったのだが、アルバム「恋人たち」はいつかApple Musicのライブラリに追加していた。

 

iPhoneのミュージックアプリを起動させ、「恋人たち」を検索して表示、再生ボタンをタップすると、「ハート悲しく」のあの印象的なイントロが流れ出した。この曲がヒットした頃に中学生だった私は、当時のヒット曲をジャンルなど関係なしになんでもかんでもカセットテープに録音していたのだが、「ハート悲しく」と同じカセットにはスティーヴィー・ニックスがトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズと共演した「嘆きの天使」や、ジャーニーの大ヒットアルバム「エスケイプ」からの先行シングル「クライング・ナウ」なども入っていたはずである。「ハート悲しく」の直前にローリング・ストーンズ「スタート・ミー・アップ」のイントロが少しだけ入ったところで途切れ、それからあのイントロが流れるのであった。どのような理由でこうなったのかは定かではないのだが、「ハート悲しく」はこのカセットで聴いたことが最も多かった記憶がある。

 

この前の年から買って読むようになった「オリコン全国ヒット速報」は「オリコン・ウィークリー」にリニューアルされて、シングルやアルバムのランキング以外にも、有線放送やラジオのオンエア回数などのものも掲載されていた。私はそれらを独自の方法で集計し、これこそがよりヒットの指標となるランキングだというようなものを邦楽、洋楽それぞれにつくり、自分で眺めては満足していた。海外でヒットしたものがそのまま日本でも売れるとは限らず、その夏は全米シングル・チャートでは最高18位だったクインシー・ジョーンズ「愛のコリーダ」がものすごく売れていた。私が集計していた洋楽ランキングでも、ずっと1位だった記憶がある。そして、そのランキングで秋から冬にかけてものすごく強かったのが、マーティ・バリンの「ハート悲しく」であった。この曲は全米シングル・チャートでも最高8位とそこそこヒットしていて、その週の1位はリック・スプリングフィールド「ジェシーズ・ガール」であった。

 

1981年はポップ・ミュージック史的にはニュー・ウェイヴやエレ・ポップが流行した年ということになっているのだが、少なくとも全米ヒット・チャートにはまだその影響はまったく及んでいない。REOスピードワゴン「禁じられた夜」、スティクス「パラダイス・シアター」、ジャーニー「エスケイプ」、フォリナー「4」といった、いわゆる産業ロックのアルバムがものすごく売れている。また、シングル・チャートではアダルト・コンテンポラリーがものすごく強い。アメリカでいうところのアダルト・コンテンポラリーは、日本のAORとはややその範囲を異にしていて、ケニー・ロジャースなどのポップ・カントリーをも含んでいる。

 

日本では年間シングルランキングとアルバムランキングの1位を寺尾聰が「ルビーの指環」と「リフレクションズ」で独占し、アルバムランキングの2位は大滝詠一「ロング・バケイション」であった。いずれも後にシティ・ポップという音楽サブジャンルの定番として、語り継がれることになる。年間アルバムランキングの3位はオフコースの「We are」であり、これもまたおそらく都会的なポップスだったのではないかという気がするのだが、シティ・ポップというよりはニューミュージックというイメージがあまりにも強すぎて、どちらかというと松山千春や中島みゆきと同じカテゴリーとしてなんとなく認知していたため、身近に好んで聴いていた女子などもわりといたにもかかわらず、自分ではまともに聴かなかった。

 

「ハート悲しく」は日本のオリコンシングルランキングでは最高25位、13万枚以上を売り上げていて、この曲を収録したアルバム「恋人たち」は年間90位である。「ハート悲しく」というタイトルもよかったが、サウンドとメロディーが都会的な秋の気分にピッタリで、日本人受けしたのではないかという気がする。

 

「恋人たち」をリリースから37年目にして、おそらくはじめて聴きながら、振替休日の電車に揺られていた。「ハート悲しく」の他の曲もなかなか良く、特に次のシングルとしてカットされ、全米シングル・チャート最高27位まで上ったわりには実は聴いた記憶がなかった「アトランタの少女」などはかなりシティ・ポップ的な世界観を持っていて、それこそ日本で受けそうである。おそらく実際に受けていたのであろう。

 

マーティ・バリンが1960年代のサイケデリック・ロック・シーンで活躍したジェファーソン・エアプレインのメンバーだったと知って、そのギャップに驚いたのだが、「恋人たち」においてもサウンドはAORだがロック・ボーカリスト的な歌唱が聴かれる曲もあった。

 

その後、マーティ・バリンは1983年に日本だけで4曲入りのEPをリリースしているのだが、その収録曲は稲垣潤一「雨のリグレット」「一人のままで」「(揺れる心に)フェード・アウト」「LONG AFTER MID-NIGHT」のカバーである。また、稲垣潤一は1982年のデビュー・アルバム「246:3AM」で「ハート悲しく」をカバーしているのだが、日本語詞を書いているのは湯川れい子である。

 

ビルボードのシングル・チャートをカウントダウンする「全米TOP40」を日本ではラジオ関東が放送していたが、そのメインパーソナリティーが湯川れい子であった。ラジオ関東は日本で「ハート悲しく」がヒットしていた1981年の秋に、アール・エフ・ラジオ日本に社名変更した。

 

翌年の年明け、私は高校受験の追い込みであり、冬休みも冬期講習的なものに通っていたが、帰ってからタイマー録音していた「全米TOP40」を聴いた。受験が近づいていたので、生活パターンを朝型に切り替えていた。前の年の年間チャートが発表され、アメリカ原盤のケイシー・ケイサムによるカウントダウンの合間に、湯川れい子の解説が入る。ビルボードの年間チャートとは異なる、「全米TOP40」独自の集計方法によるチャートを発表していたはずである。

 

湯川れい子は「ハート悲しく」についての解説のつもりで、このアーティストのヒット曲はこれが最初で最後かもしれないというようなことを言いかけるのだが、実は1ランク下のダイアナ・ロス「恋はくせもの」についての解説をまだ行っていなかったことに気づき、このアーティストについてはこれが最初で最後なんてとんでもないというようなことを言っていたような気がするのだが、なにせ36年前のことなので記憶違いの可能性も否めない。

 

洋楽を聴きはじめた頃の私にとってこの「全米TOP40」は大きな情報源の1つであり、それだけに湯川れい子には尊敬の念をいだいていたのだが、当時、高校受験への不安を紛らわせるかのように好きになったアイドルの松本伊代の曲を作詞していたので、さらに格があがった。2月5日にリリースされた2枚目のシングル「ラブ・ミー・テンダー」も、やはり湯川れい子が作詞をしていた。作曲は筒美京平だったが、「恋はくせもの」にひじょうによく似ている箇所もあった。「恋はくせもの」はダイアナ・ロスがオリジナルではなく、1956年にフランキー・ライモン&ザ・ティーンエイジャーズが大ヒットさせた曲のカバーであった。高校受験当日、私は勢いをつけるために「ラブ・ミー・テンダー」のシングルを何度も繰り返し聴いて、気合いを入れた。横歩きのような振り付けがかわいく、一度終わったように見せかけて実は終わっていないようなところもかなり好きだった。

 

「ラブ・ミー・テンダー」の約半月前、1982年1月21日に稲垣潤一のデビュー・シングル「雨のリグレット」がリリースされているが、この曲も湯川れい子が作詞している。

 

「ハート悲しく」は日本の音楽ファンから広く受け入れられたが、実はこれは相思相愛でもあり、マーティ・バリンもまた日本のポップスが大好きだったのだという。1982年の来日公演では、もんた&ブラザーズ「ダンシング・オールナイト」が英語でカバーされていたらしく、また、日本のアーティストによるレコードをたくさん買い、アメリカに帰ってからも気に入って聴いていたのだという。

 

マーティ・バリンが日本のみでリリースしたミニ・アルバム「一人のままで」に収録されていたあ「アイ・キャン・フライ」のオリジナルは稲垣潤一の「(揺れる心に)フェード・アウト」で、2枚目のアルバム「シャイライツ」に収録されていた。作詞は秋元康、作曲はオフコースのメンバーでもあった松尾一彦である。稲垣潤一のデビュー曲「雨のリグレット」もまた、松尾一彦によって書かれていた。また、「シャイライツ」にも収録されている「ドラマティック・レイン」はオリコン最高8位を記録し、稲垣潤一の名を世に知らしめる曲となったが、作詞家の秋元康にとってもはじめてのヒットであった(作曲は筒美京平である)。

 

マーティ・バリンはその後、1985年にジェファーソン・エアプレイン時代に一緒にやっていたポール・カントナー、ジャック・キャサディとKBCバンドを結成するのだが、その唯一のアルバムではオフコースの「さよなら」をカバーしている。また、ジェファーソン・スターシップのメンバーとして1998年にリリースしたアルバム「ウィンドウズ・オブ・ヘヴン」の日本盤は翌年になってから発売されたが、これにはボーナス・トラック的にオフコース「YES-YES-YES」のカバーが収録されている。

 

 

 

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