アイドルズ「ジョイ・アズ・アン・アクト・オブ・レジスタンス」を聴いた。 | …

i am so disappointed.

イギリスのパンク・バンド、アイドルズの2枚目のアルバム「ジョイ・アズ・アクト・オブ・レジスタンス」がリリースされた。まず、タイトルが良い。「抵抗の行動としての喜び」である。ジャケットには結婚式で起こった喧嘩の写真が使われている。

 

パンク・ロックがサウンドとして目新しい音楽スタイルではなくなってから久しいが、それでもエネルギーに満ち溢れていて、表現することへの動機づけが強ければ、こんなにも楽しい音楽ができるのかと、気付かせてくれるアルバムである。

 

政治的文脈から自分自身を切り離し、趣味や好きなことだけをして生きていき、その結果、現実がいかに酷くなったところで仕方がないという考えでいるだけならばまだしも、状況を変えようと努力する人たちを陰湿に邪魔したり、醜い薄ら笑いでマウントを取った気でいるような、フニャフニャした表現とは真逆にある。

 

人の尊厳を蹂躙し、自由を奪おうとする力に対する正当な怒りと抵抗、その思いの強さが音楽としての素晴らしさにも繋がっている。

 

アイドルズが「ジョイ・アズ・アン・アクト・オブ・レジスタンス」で取り上げているテーマは、男性性、移民、人種、階級などの問題であり、それらは生活に密接に関係することである。かつて、パンクやポスト・パンクのバンドも多くはこのような内容の曲を歌い、主張をしていた。私がこれらの音楽を好きになったのは、そのような部分に対してでもある。中でも特に好きだったのが、ザ・スミスである。その作品に通底していた意識は、脆弱性の肯定であった。マッチョイズムや男性性に傾倒することもあるポップ・ミュージック界、しかもロナルド・レーガンやマーガレット・サッチャーといった連中が政治を牛耳っている時代において、そのメッセージはひじょうに重要であり、意味があった。多くの人たちを救ったであろう。いまや単なる炎上芸人と化したモリッシーに、見るべきところはまったく無い。ザ・スミスの頃からその傾向はあったのになにをいまさらという声もあるし、確かにそれはそれとして容認していた部分はあったのだが、いまやその部分をわざわざ太文字で主張していて、本気でその思想に染まっているのか、あえて炎上を狙ってビジネスチャンスに繋げようとしているのか、そのうちのいずれかであろう。

 

しかし、ザ・スミスの音楽は素晴らしく、その価値は現在のモリッシーの態度によって損なわれるものではない。数ヶ月前にそう思ったし、いまでもまったくその通りだと思う。しかし、実はあれからザ・スミスの音楽をほとんど聴かなくなった。

 

話題をこのアルバムのことに戻すと、メッセージと音楽性、スタイルとコンテンツがいずれも素晴らしく、また、その内容にはいまこの時代に歌われる必然性がある。通底しているのは、やはり脆弱性の肯定であるように思えるのだが、収録曲の「ダニー・ネデルコ」にも見られるように、移民に対しても肯定的な立場を表明している。この点において、自らのホームページで排外主義的なメッセージを主張する、現在のモリッシーとはまったく逆の立場ともいえる。

 

とても深い場所からの魂の叫びのように聴こえるこの音楽は、パンク・ロックでありながら、ソウル・ミュージックのようでもあると思った。ソロモン・バークの「クライ・トゥ・ミー」もカバーされている。今年になってから聴いたロックの新作の中では、最も気に入っているかもしれない。

 

 

 

 

 

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