1980年代のローリング・ストーンズについての記憶。 | …

i am so disappointed.

先日、「昭和40年男」という雑誌の最新号を読み、雑誌そのものもすごく面白かったのだが、特にライターの初見健一さんが書かれた1980年代のローリング・ストーンズについての記事を興味深く読んだ。

 
初見健一さんの本を初めて読んだのは随分前になるのだが、「まだある。」というその後にシリーズ化された本で、昭和時代からロングセラーを続けている商品について書かれたものであった。このような昭和レトロ本というのはいろいろ出ているのだが、初見さんの本は客観的なデータと個人的な記憶とのバランスが絶妙であり、私がブログでレトロネタを書く場合にも、おそらく影響を受けているのではないかと思う。
 
今回の記事も当時のローリング・ストーンズについての客観的な記述とともに、高校生として接していた個人的な記憶とが絶妙なバランスでとても面白かった。私とはほぼ同年代で、同じぐらいの年齢で同じ音楽を聴いていたわけだが、こうも感じ方が違ったのかというところも含め、かなり面白かった。そして、こうなると私なりのやつも書いてみたいという欲がわきおこり、今回、書いてみることにした。
 
まず、私が洋楽を意識的に聴きはじめたのは1980年で、初めて買った洋楽のシングルがポール・マッカートニー「カミング・アップ」、アルバムは「ニューヨーク52番街」であった。「カミング・アップ」はポール・マッカートニーの曲だったからというよりは、ラジオで流れているのを聴いて、普通にポップスとしてカッコいいと思ったので欲しくなって買った。ビリー・ジョエルはアルバム「グラス・ハウス」がリリースされた年で、NHK-FM「軽音楽をあなたに」で特集が組まれていたのだが、前作「ニューヨーク52番街」の収録曲の方が気に入ったので、こっちを買ったのであった。この年、ローリング・ストーンズは「エモーショナル・レスキュー」をリリースしているのだが、リアルタイムで意識して聴いた覚えはない。しかし、後に聴いてみたところ、こんな曲がラジオでわりと深めの時間帯にかかっていたかもしれない、と思った。
 
それ以前、1970年代後半にはディスコ・ブームがあり、ラジオでもよくかかっていたので、シックとかビー・ジーズとかアース・ウィンド&ファイアーとかドナ・サマーとかの曲は、流行歌として知っていた。その頃、ローリング・ストーンズはアルバム「女たち」からディスコ・サウンドを取り入れたシングル「ミス・ユー」を大ヒットさせていたが、これも当時、聴いたことがあるような気もする。
 
1981年になると本格的に全米ヒット・チャートを追いはじめ、それを参考にレコードを買うようにもなるのだが、当時は渋谷陽一が産業ロックと呼ぶ類いの音楽が大流行して、私もREOスピードワゴン「禁じられた夜」、スティクス「パラダイス・シアター」、フォリナー「4」、ジャーニー「エスケイプ」などを買って聴いていた。また、ヒット・チャートに入っている曲がラジオでかかるとジャンルなど関係なく、とにかくカセット・テープに録音して聴きまくった。この年の8月にリリースされたローリング・ストーンズの「スタート・ミー・アップ」もそのような最新全米ヒット曲の1つとして、カセットテープに録音して聴いていた。同じカセットにはマーティ・バリン「ハート悲しく」、スティーヴィー・ニックス・ウィズ・トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ「嘆きの天使」、ジャーニー「クライング・ナウ」なども入っていたような記憶がある。
 
ビートルズとローリング・ストーンズが1960年代に活躍した偉大なロック・グループだということはなんとなく知っていたのだが、曲はちゃんと聴いていなかった。ビートルズについては前の年の年末にジョン・レノンが射殺され、テレビで特集を組まれているのを観たりはしていた。また、中学校の英語の授業で「イエスタデイ」をみんなで歌うような流れがあったり、高校で同じクラスになったある人物がクラシック音楽至上主義者で、ポピュラー音楽なんていうのはくだらないものだというスタンスを取っていたが、ビートルズだけは認めるなどと言っていて、そのような経緯もあり、ビートルズを好きなことはあまりカッコいいことではないのではないか、という偏見が私の中で芽生えていた。
 
「スタート・ミー・アップ」のことははじめからカッコいいロックンロールだなと思っていて、この曲が収録されたアルバム「刺青の男」も年明けに買った。一緒に買ったのは映画「グローイング・アップ」のサントラ盤で、オールディーズのヒット曲がたくさん入っていた。「グローイング・アップ」そのものではなく、正月に「オールスターかくし芸大会」的なやつで田原俊彦や岩崎良美がやっていたパロディー的なやつがわりと気に入ったからであった。岩崎良美に「酔っぱらいは嫌いよ」などと言われてフラれた田原俊彦がボビー・ヴィントン「ミスター・ロンリー」をバックに哀愁を漂わせる場面などに、良さを覚えていたはずである。その頃の女性人気アイドルといえば松田聖子、河合奈保子、柏原よしえなどを思い浮かべるが、いずれも西日本の出身であり、東西対抗であるオールスターかくし芸大会においては、山梨県出身の田原俊彦とは別のチームになっていたのであろう。
 
友人の家でお互いが買ったレコードを聴かせ合う会をたまに開いていて、「刺青の男」も持って行ったのだが、当時はいまひとつ良さが分かっていなかった。産業ロックばかり聴いていた耳には、やや地味で物足りなく感じていたのだが、何度も聴くうちに良さが分かった。「スタート・ミー・アップ」の次に「友を待つ」というものすごく渋い曲をシングル・カットしてきたのだが、サックスがとてもカッコよかった。また、次に「ハング・ファイヤー」がシングル・カットされ、この曲は出だしで「トゥールルットゥルー、トゥールルットゥルー」というコーラスのようなものが入るのだが、「タモリ倶楽部」の中で放送されている「空耳アワー」とまったく同じコンセプトでありながら、実はこちらの方が元祖だという「全米TOP40」の「坂井隆夫のジョークボックス」のコーナーで、頭が禿げている、つまりツルツルであるという表現に、この部分が使われていたことをなんとなく覚えている。
 
当時、「ベストヒットUSA」も私が住んでいた北海道ではまだ放送されていなく、洋楽はあくまで耳で聴くものであった。しかし、「刺青の男」からシングル・カットされた3曲にも、プロモーション・ビデオはちゃんと作られていたのである。当時、観たことがなかったし、その後、YouTubeの存在を知ってからも、これらをわざわざ検索してみようとは思っていなかった。よって、今回、観るのがはじめてになる。自分自身が観たいという理由もあって、以下に3曲分続けて貼っておきたい。
 

 

 

 

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その後、私は1960年代や1970年代のローリング・ストーンズのベスト・アルバムを買い、過去の作品にも親しんでいくことになる。ファンクラブに入ったアイドルの早見優がお気に入りだと言っていたのでビーチ・ボーイズのベスト・アルバムも買ってかなり気に入っていたのだが、ビートルズのレコードはこの時点でまだ1枚も買っていない。当時、優等生はビートルズ、不良はローリング・ストーンズを聴くというようななんとなくの位置づけがあり、私がポップ・ミュージックを聴いていた理由はモテたいということだけであり、当時は不良の方がモテやすいご時世でもあったため、ビートルズよりもローリング・ストーンズの方が好きだというていで日常生活を送っていた。

 

この年にローリング・ストーンズはラブ・アルバム「スティル・ライフ」をリリースして、そこから「ゴーイング・トゥ・ア・ゴー・ゴー」をシングル・カットした。スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズのカバーだが、この時点ではオリジナルをまだ聴いたことがなかった。スモーキー・ロビンソンの「ビーイング・ウィズ・ユー」は前の年に大ヒットしてわりと気に入っていたのでシングル盤を買っていて、その甘いボーカルがなかなかいかすと思っていたのだが、ミラクルズ時代の作品はまだ聴いたことがなかった。このアルバムでは他にテンプテーションズの「ジャスト・マイ・イマジネーション」もカバーしていて、私の中でモータウンというレーベルはカッコいい音楽をたくさん出しているのだというイメージが、なんとなく確立した。また、最初に流れる「A列車で行こう」もカッコいいと思ったし、「サティスファクション」が収録されているのも良かった。私がはじめて「サティスファクション」をイントロだけだが初めて聴いたのは、「クイズドレミファドン」の「スーパーイントロドン」かなにかで沢田研二が即答していたときである。あと、「アンダー・マイ・サム」がかなり気に入っていた。このアルバムからも「ゴーイング・トゥ・ア・ゴー・ゴー」にプロモーション・ビデオがあったことを初めて知り、今回、観ることができて良かった。

 

 

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このツアーでのライブ映像は「レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー」として映画化もされ、私は旭川と東京とで計2回観て、DVDが発売された時にもすぐに買った。

 

この後、ポップ・ミュージック界にはおそらく大きな革命が起こったのだと思う。その大きな要因となったのは、1981年に開局した音楽専門ケーブルテレビ局、MTVであり、直接の原因はマイケル・ジャクソン「スリラー」と第二次ブリティッシュ・インヴェイジョンだったのだと思う。ビジュアル的な要素が重要になり、かつ音楽性が多様化した。

 

1983年にローリング・ストーンズはアルバム「アンダーカヴァー」をリリースするのだが、先行シングルの「アンダーカヴァー・オブ・ザ・ナイト」はヒップホップ的なサウンドをも大胆に取り入れたものであり、ミーハーなポップ・ミュージックファンである私は単純にカッコいいと思い、かなり喜んでいた。同じ頃、ローリング・ストーンズの過去、主に1967年から1973年ぐらいまでの作品に心酔していた初見健一さんは、この曲を聴いて大きな失望を味わっていたのだという。そして、同じような価値観を持った初見さんと一緒にバンドをやっていた友人は、翌朝の教室で恐るべき発言をするのだが、詳細については「昭和40年男」を読んでいただきたい。

 

 

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1985年にミック・ジャガーがソロ・アルバム「シーズ・ザ・ボス」をリリースするのだが、これはローリング・ストーンズと比べると、よりダンス・オリエンティッドなところもある作品で、評価もセールスもそれほど芳しいものではなかった。私はこれはこれでありではないかとも思い、わりと気に入っていたのだが、あまり受け入れられず、さらにローリング・ストーンズのメンバー、特にキース・リチャーズとの仲が相当悪くなったという噂であった。

 

1986年にローリング・ストーンズのアルバム「ダーティ・ワーク」がリリースされ、先行シングルはボブ&アール「ハーレム・シャッフル」のカバーであった。アニメーションと合成されたプロモーション・ビデオはわりと気に入っていた。当時、発売前のこの曲が先行で電話で聴けるというサービスをやっていて、当時、私は文京区の大橋荘というお風呂も電話もない部屋に住んでいたので、外の電話ボックスからかけて聴いた記憶がある。大学受験が終わり、旭川の実家に帰っているときに、「ダーティ・ワーク」のLPレコードを買った。日本盤には、なぜか赤いビニールのようなものがかかっていた。

 

2枚目のシングルとして「ワン・ヒット」がリリースされたのだが、このビデオではミック・ジャガーとキース・リチャーズとのかなり仲が悪そうな様子がドキュメンタリー・タッチで収録されていて、なかなか興味深い。

 

 

 

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この翌年、1987年にはミック・ジャガーが2枚目のソロ・アルバム「プリミティヴ・クール」をリリースし、初来日公演も実現させた(この時点で、ローリング・ストーンズはまだ一度も来日公演を行っていなかったので、この来日公演はかなり話題になった)。

 

そして、1988年にはキース・リチャーズが初のソロ・アルバム「トーク・イズ・チープ」をリリース、これはわりと評価も高かったし、私もかなり気に入っていた覚えがある。

 

そして、1989年にはローリング・ストーンズとして3年ぶりのアルバム「スティール・ホイールズ」がリリースされる。ミック・ジャガーとキース・リチャーズとの関係もこの時点では修復され、アルバムもかなり売れた。ワールドツアーが行われ、翌年には待望の初来日公演も実現した。

 

森高千里は「臭いものにはフタをしろ!!」において、「いいかロックンロールを知らなきゃ もぐりと言われるゼ 俺はストーンズ10回見に行ったゼ」「あんた一体なにがいいたいの 私をバカにして そんな言い方平気でしてると おじさんと呼ぶわよ 私ロックはダメなの ストレートよ」と歌った。

 

私は確か渋谷ロフトにあったウェイヴで、「スティール・ホイールズ」のCDを買ったはすである。ローリング・ストーンズのニュー・アルバムをCDで買うのはそれが初めてだったが、同時に最後にもなった。この時点でポップ・ミュージックはひじょうに多様化していて、私の音楽の趣味も随分変わってしまっていた。同じ年にリリースされた岡村靖幸「靖幸」、いとうせいこう「MESS/AGE」、デ・ラ・ソウル「3フィート・ハイ・アンド・ライジング」などと比べ、「スティール・ホイールズ」はそれほど面白いとは思えなかった。

 

 

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この時点で、私はまだ「ベガーズ・バンケット」「レット・イット・ブリード」「メイン・ストリートのならず者」などを聴いていないので、ローリング・ストーンズというバンドそのものについては、その後、ますます好きになるのだが、この時点ではこんな印象であった。

 

そして、一時期はローリング・ストーンズ関連の新作を何度も買っていて、ミック・ジャガー「ジャスト・アナザー・ナイト」の12インチ・シングルとかはまだ良いものの、チャーリー・ワッツがバンマスを務めたジャズのアルバムなども買っていた。

 

なんだかんだ言って、「刺青の男」以降、1980年代にリリースされたローリング・ストーンズの全てのアルバムを買っていた(メンバーのソロも含め...いや、ロン・ウッドとボ・ディドリーのやつは買っていなかった)のだから、それなりに私にとって重要なバンドではあったような気がする。