WHY@DOLL「サンライズ~君がくれた希望~」のこと。 | …

i am so disappointed.

WHY@DOLLはOSAKA RUIDOという会場でLovelys、Yes!Happyという2つのアイドルグループとスリーマンライブを行ったようである。

 

WHY@DOLLのはーちゃんはリハーサル中にツイートをしたつもりだったのだが、実際には送信されていなかったようで、ライブがはじまってからやっと送られた。

 

これについて、「リハ中のツイートが今送らさっちゃった」とツイートした。ごく普通のツイートのように思えたのだが、よく考えるとこれは北海道出身者ならではの言い回しであることに気がついた。

 

東京での生活が長い私だが、これが北海道ならではの言い回しだときづいたのは、じつはつい数年前のことである。とあるフレグランスボディースプレーのキャップをちゃんと回さずにバッグに入れていたところ、他の荷物に圧迫されて、中で噴射されるという事案があった。当然、バッグに入っていたあらゆる物に、フレグランスの香りがついてしまったわけである。

 

家の人にこの件を、「バッグの中でスプレーが押ささった」と説明したのだが、その言い回しがおかしいと言われた。気になって調べてみたところ、これが北海道ならではの言い回しであるということが分かった。

 

よく使われるのが「このボールペン書かさんない」なのだが、これはボールペンのインクが無くなっていたり、中でインクが固まっていたり、何らかの理由でそのボールペンによって文字や絵を書くことができないという状態である。

 

それならば「このボールペン書けない」でもいいのではないかと思われがちだが、これだとボールペンを使う人自身が字を知らなかったり文章が思いつかなかったり、あるいは手をケガしたりしていて書けない可能性もある。

 

「このボールペン書かさんない」の場合、書くことができない原因はあくまでもボールペンそのものにあり、ボールペンを書く人自身に落ち度はないのである。

 

というのが、この言い回しを説明する際に私が用いていた例であった。しかし、今回のはーちゃんによる「リハ中のツイートが今送らさっちゃった」件の場合、おそらくスマートフォンの通信状況などが原因だと考えられる。厳密にいうと、ツイートがちゃんとできているかどうかの確認をちゃんとしていなかったことが原因だと、いえなくもない。

 

となると、先ほどの私の「バッグの中でスプレーが押ささった」件にしても、キャップをちゃんと閉めていなかった私の落ち度なわけである。しかし、この辺りを「なんもなんも」と許せてしまうのが、北海道出身者の大らかさなのかもしれない。

 

などと、ほぼどうでもいいことしか書くことがない程度には、なかなか普通である。とうか、なかなか普通という言い回し自体が何だかよく分からないのだが、そうとしか言いようがないのだから仕方がない。

 

8月から9月のはじめぐらいにかけて、WHY@DOLLのライブやイベントに何度か行った。アイドルでもインディーロックでも、基本的には在宅で楽しむスタイルがメインである私にしては、きわめて異例のことである。なぜこうなったかというと、週末や祝日がほとんど仕事で埋まっていて、ライブやイベントというのはそのような日程で行われることが多いので、物理的に行けないというのが理由であった。

 

ところがじつは平日にもライブやイベントはよく行われていて、そういう人たちのやつならば結構行けるということが分かった。しかも、先月のWHY@DOLLの場合はアルバムリリース月ということもあり、いつもより多かったのかもしれない。さらに年に一度の帰省のタイミングに、WHY@DOLLも北海道遠征ということで、タイミング的にも絶妙だったわけである。

 

8月7日にヴィレッジヴァンガード渋谷本店のリリースイベントではじめて観て以来、8日間以上空くのがじつははじめてという、なかなかおもしろいことになっている。のだが、ちょっといろいろ忙しくなってきているので、きちんと照準をあわせていかないと思うようにいかない可能性が大きい。それをちゃんといかせるためにも、いろいろ頑張らなければならないのだが。

 

「家族も君も友達も全部 幸せに笑顔に出来るように 私、頑張るから!」

 

ところで、WHY@DOLLの「サンライズ~君がくれた希望~」の歌詞に出てくるフレーズである。

 

これはWHY@DOLLがより成長するために、武者修行として札幌から上京して、最初にリリースしたシングルである。このシングルをいかにたくさんの人たちに届けることができるかが、メジャーデビューの条件だったのだという。結果的に目標は達成され、メジャーデビューは現実となった。

 

しかし、その後もすべてが思っていたようにうまくいったわけではなく、いまも夢に向かっている途中というところなのだろう。

 

私はWHY@DOLLの音楽をおそらく昨年の秋あたりにはじめて聴き、そのクオリティーの高さと、何よりも好みに合っていたためにかなり好きになったわけだが、少し前にはじめてパフォーマンスをライブで観て、これは本当に良いものだと思ったのであった。

 

その音楽性というのは、シティポップやダンスミュージックなどに影響を受けたようなものであった。WHY@DOLLのライブやイベントに行ったり、いろいろ調べているうちに、メジャーデビューを境に音楽性が大きく変わったことを知った。それ以前はもっと、いかにもアイドルの曲というような感じだったようである。

 

9月3日、札幌でのワンマンライブでのアンコールで、「サンライズ~君がくれた希望~」が歌われた。私はそれまでこの曲を一度も聴いたことがなかった。アンコールの前に地元の古くからのファンの方が感動的な呼びかけをして、それによってひじょうにエモーショナルになっていたため、この曲のライブ中には叫んだり跳んだりはねたりといった、およそそれまでの私のライブ鑑賞スタイルとは異なった行動に出ていて、なかなか楽しかった。いまだ出会っていない自分というのは、まだまだいるものである。

 

ロック調で、いわゆるコールやミックスというのが似合いそうな感じである。WHY@DOLLの曲だという情報がなければ、あまり好きにならなかったのではないかという気がするのだが、はじめて聴いたのがあのときで、しかもいまや冬の北海道でロケされたあのビデオも観てしまったので、それ以外のものとして考えることは無理というものである。

 

北海道の雪景色などというのはどこでもそれほど変わるものでもないのだろうし、実際にあのビデオがどこで撮影されたのかは、明らかな一部を除いてよく分からない。しかし、なんだかとても懐かしく感じる。もちろん何十年も前なのだが、あのときも確かこんな景色だったし、輝かしい未来を信じて疑いもしていなかったあの頃は、こんなふうに見えてもいた。

 

そして現在、当時のことを考えると、よくも悪くもあの頃には想像していなかったことばかりである。そもそもここまで生きていることすら、想定していなかったような気がする。そして、トータル的には、やはり足りない。

 

強い欲望があるからそこに達するためのプロセスとしての目標があり、その動機づけも確かなものである。しかし、何となくやれていると、それはどんどん薄まっていく。しかし、やはり足りないという認識があるということは、やるという結論以外にありえない。意味も理由もよくは分からないのだが、おそらくあらかじめ求められていたのであろう。

 

偶然と運命の境界線が年々よく分からなくなっていて、もしかするとまったく同じなのではないかとすら思うのだが、だとすれば無駄なことなんて無いのだろう。

 

 

 

 

 

WHY@DOLL WHY@DOLL
2,800円
Amazon