WHY@DOLL「夜を泳いで」のこと。 | …

i am so disappointed.

雑誌「レコード・コレクターズ」の最新号を買った。特集が「作詞家・松本隆の世界」だったからだ。松本隆は日本語のロックに革命を起こしたとされ、また、シティポップの元祖ともいわれているバンド、はっぴいえんどのメンバーであり、解散後は作詞家として歌謡界に数々のヒット曲を送り出している。

 

はっぴいえんどのことは解散してからずっと後に知ったのだが、作詞家としての松本隆にはよく馴染んでいた。「ザ・ベストテン」や「オリコンWeekly」に載っている、ヒット曲の楽曲クレジットでよく見かけていたからである。

 

「レコード・コレクターズ」最新号の表紙には、松本隆が作詞してヒットしたレコードのジャケット写真がたくさん載っている。いろいろな時代の作品からセレクトされているのだが、私が日本のヒットチャートに最も関心を持っていた1970年代後半から1980年代半ばまでのものが多いような気がする。

 

太田裕美「木綿のハンカチーフ」、原田真二「てぃーんずぶるーす」、寺尾聰「ルビーの指環」、松田聖子「赤いスイートピー」、イエロー・マジック・オーケストラ「君に、胸キュン。」、斉藤由貴「卒業」などである。

 

じつに充実した特集であった。対談、ヒストリー、作家論、名作選など、合わせて60ページ以上もある。名作選ではすべてのジャケット写真がカラーで掲載されているのも、見ていてとても楽しい。

 

はっぴいえんどの代表作で、日本のロック名盤リストなどの企画ではかならず名前があがるアルバムといえば、「風街ろまん」であろう。松本隆の作品において、この「風街」というコンセプトがひじょうに重要なのだという。それは、東京オリンピックによって街の風景が変わっていく前の渋谷、青山、麻布あたりらしく、青山生まれの松本隆にとって、原風景といえるようなものなのかもしれない。

 

ゆえに、松本隆の作品には都会的なセンスが光る。しかも、自叙伝的小説および映画のタイトルになった「微熱少年」があらわしているように、幼い頃から東京で生活してきた者ならではの、少し冷めた感覚があるように思える。それはまた、生粋の東京人としての美学なのかもしれない。

 

松本隆の作品には、地方出身者を題材にしたものも多い。有名なものとしては1975年にリリースされ、オリコン最高2位の大ヒットを記録した、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」があげられるだろう。歌詞は地方の恋人同士を題材としているが、男性は都会に出て行き、女性は地方に残っている。その二人の手紙のやり取りのような構成になっている。男性は恋人を捨てて都会に出たというわけではなく、歌詞のはじめの方では「はなやいだ街で君への贈りもの 探す 探すつもりだ」と言っている。つまり、都会で成功し、それを土産にいつか迎えにいくというような、そんな感じだろうか。

 

これに対し、その恋人である女性は「私は欲しいものはないのよ」「ただ都会の絵の具に染まらないで帰って」と歌っている。この時点でもうすでに、断絶は見えはじめているのだが、時の経過とともに、しだいに明白なものになっていく。

 

男性は長く会っていない恋人に対し、「いまも素顔で口紅もつけないままか」と問いかけ、「見間違うようなスーツ着たぼくの写真 写真を見てくれ」と誇らしげである。これに対し、女性は「草にねころぶあなたが好きだったの」と言うが、「木枯しのビル街 からだに気をつけてね」と気づかってもいる。しかし、もはやこの関係の破たんは時間の問題であり、ついに男性は「君を忘れて 変わってくぼくを許して」「毎日 愉快に過す街角 ぼくは ぼくは帰れない」と告白する。そして、女性は最後のわがままとして、涙を拭くための「木綿のハンカチーフ」をねだるというオチである。

 

当時、私はこの曲を旭川の小学生として聴いていたわけだが、ドラマ仕立てのなかなかおもしろい歌詞だと思っていた。地方から都会に出て浮かれる男性の姿は、滑稽に戯画化されているようであり、「微熱少年」とはほぼ真逆の存在として描かれているような気がする。

 

都会に出ていく男性と地方に残る女性というモチーフは、内容こそ違えど、「木綿のハンカチーフ」から約10年後の1985年にリリースされた、斉藤由貴「卒業」においても用いられている。ただし、この曲における女性はより冷静であり、「離れても電話するよ」と言われても「守れない約束はしない方がいい ごめんね」、「セーラーの薄いスカーフで止まった時間を結びたい」と思いはするものの、「東京で変ってくあなたの未来は縛れない」ことを知っている。

 

「木綿のハンカチーフ」の大ヒットから約2年後、やはり松本隆が作詞した曲によって、1人の新人女性歌手がデビューシングルをヒットさせる。中原理恵の「東京ららばい」である。当時、新人アイドル歌手はなかなかヒットが出せず、自分で曲をつくって歌うシンガーソングライターの方が高尚である、というような風潮があった。シンガーソングライターによる音楽は歌謡ポップスに対して、ニューミュージックなどと呼ばれていたのだが、実際には職業作家の書いた曲を歌っているのだが、ニューミュージック的なイメージで売り出される歌手もいたりして、アイドルとアーティストとの境界が分かりにくい時代でもあった。

 

「東京ららばい」の主人公は、夢を追って地方から東京に出てきた女性である。しかし、どうもうまくはいっていないようである。歌詞では、「東京湾」「山の手通り」「タワー」といった都会的な名所をおりこみながらも、「ふれ合う愛がない」「夢がない明日がない人生はもどれない」「倖せが見えない」と、まさに「ないものねだりの子守歌」である。

 

この曲も当時、旭川の小学生としてラジオでよく聴いていた。当初は歌詞の意味を深く考ることもなく、なんとなく都会的でカッコいい曲だなと思っていた。中原理恵は北海道の函館市出身ということであった。そう考えて聴くと、歌詞の世界観がじつに味わい深く感じられ、曲そのものの内容にさらにグッとくるのであった。

 

斉藤由貴の「卒業」に送られるように、実際に高校を卒業して、私は上京したわけだが、その頃、ある新人アイドルのデビューシングルをやたらと気に入っていた。芳本美代子の「白いバスケット・シューズ」であり、フィル・スペクターがプロデュースしたガールズポップのような、ドンドコドンドンみたいなドラムがすごく好きであった。

 

この曲の作詞も松本隆であり、恋人と春の海を見にきたのだが、「眼をとじて10秒待ったのに にぶい人ね もっと他の恋人たち すすんでる」は、松田聖子「赤いスイートピー」の「知り合ってから半年過ぎても あなたって手も握らない」に通じるものがある。しかし、「白いバスケット・シューズ」においては、なんといっても「風邪ひいてもしらなくてよ」という言い回しである。

 

それはそうとして、芳本美代子に松本隆は何曲か詞を書いているのだが、中でも最もヒットしたのは1986年9月10日発売の「Auroraの少女」である。主人公の女の子が恋人と別れ、地元に帰っていくという悲しい内容である。「北国めざして旅立つ船」「Lonely Girl from north country」という歌詞から、主人公の地元はどうやら北の方らしい。

 

実際には芳本美代子の出身地は北国ではなく、山口県宇部市である。同じ市出身のアイドルには西村知美、そして、道重さゆみがいる。大森靖子が道重さゆみをモチーフにした「ミッドナイト清純異性交遊」の歌詞でも歌っていた「ときわ公園」には、かつてカッタくんというアイドル的な人気を誇るモモイロペリカンがいて、アニメーション映画も制作されたほどであった。その主題歌を西村知美が歌っていたが、完全な余談なのでこれぐらいでやめておく。

 

札幌出身のオーガニックガールズユニット、WHY@DOLLは、2011年に結成された。北海道を拠点とするTeamくれれっ娘!の派生ユニットとであり、ちはるんこと青木千春はこの当時からのメンバーである。アイドルになりたいという願望はあったのだが、それまでに受けたオーディションでは途中の審査で落選していたようである。すでに専門学校への進学も決っていて、これを最後にしようと思って応募したのが後にWHY@DOLLの活動につながるオーディションであり、おしえてくれたのは双子の妹だったのだという。

 

高校卒業後、候補生という立場のまま、専門学校に通い、アルバイトもしながら、レッスンや告知活動を行っていたようだ。その努力が実を結び、晴れてメンバーに選抜され、ユニットの名前もWHY@DOLLに決った。その後、紆余曲折あるのだが、2013年の秋、よりメジャーになるために武者修行と銘打って、札幌から上京することになる。この時点でのメンバーは、結成当時からのちはるんと、途中から加入したはーちゃんこと浦谷はるなの2人になっていた。

 

東京での武者修行はメジャーデビューを目指して、という名目であった。私は当時をリアルタイムでは知らないのだが、いろいろと当時のことを聞いたり読んだりしたところ、メンバーもファンもかなり頑張ったようである。メジャーデビューを賭けた、インディーズ最後のシングルとして2014年1月21日にリリースされたのが、「サンライズ!~君がくれた希望~」である。

 

メジャーデビュー以降の都会的な曲調、サウンドとは異なり、ロックを基調とした、ミックスやコールがよく似合う、いわゆるアイドルポップスという感じの曲である。

 

ビデオは北海道で撮影され、雪景色の中、未来への希望にあふれたWHY@DOLLの2人の姿が堪能できる、素晴らしい作品になっている。

 

先日、札幌でのワンマンライブで歌われ、かなり盛り上がった。それは、アンコールの1曲目であった。本編が終わり、メンバーがステージから立ち去ると、もちろんアンコールを求める雰囲気になった。そこで、おそらくWHY@DOLLが北海道で活動していた時期のものだと思われる、全身に直筆のサインかメッセージのようなものが入ったピンク色のTシャツを着た地元のファンの方が、自然な流れでフロアの中心に来た。そして、北海道のファンと東京(や北海道以外の)ファンが一体となって、WHY@DOLLを盛り上げていこうと叫んだ。

 

「サンライズ~君がくれた希望~」には、このような部分がある。

 

「夢か愛かどっちとるの?」と聞かれたならば、正直なところ悩んでしまう。それでも、次のように宣言するのだ。

 

「でもね 聞いて? 家族も君も友達も全部 幸せに笑顔に出来るように 私、頑張るから!」

 

メンバーとファンとが一体となり、並外れた頑張りを見せた結果、WHY@DOLLは遂にメジャーデビューを勝ち取ったのであった。

 

とはいえ、この時期、私はWHY@DOLLのことをまったく知らないので、あくまで当時のことを聞いたり読んだりした結果の推測で書いているに過ぎない。

 

私がいまのとこと知り得ているところによると、メジャーデビューはしたものの、思ったほど飛躍的に動員が伸びるようなことはなかった。それどころか、音楽性があまりにも変わってしまったために、古くからのファンが離れてしまうという現象も起こったのだという。複数のアイドルが出演するイベントのようなものに出ても、音楽性がいわゆるアイドルの曲とは少し異なっているため、わりと浮いてしまったり、酷いときには休憩タイム的な扱いを受けることすらあったのだという。

 

それでも、普段はアイドルの音楽を聴かないが曲が好きで来てくれたり、いままでとは違うファンが増えていることに手ごたえを感じたりしながら、たとえ観ている人が少なかったとしても、精一杯のパフォーマンスをやろうなどと思って、やり続けていたようだ。

 

上京した当初、描いていたビジョンに対し、現在のWHY@DOLLはメンバーにとってどうなのだろう。

 

私はきわめて最近、WHY@DOLLのことをちゃんと認知し、いまのところ最高のポップアクトだと思っているし、アルバム「WHY@DOLL」は今年最も気に入っているのだが、もっと評価されてしかるべきだとは、強く思っている。

 

昨年にリリースされたWHY@DOLLの1stアルバム「Gemini」には、とにかく都会的でカッコいい曲がたくさん収録されている。基本的にはダンスミュージックに影響を受けたものが多くなっている。

 

先月リリースされた2ndアルバム「WHY@DOLL」においては、1曲毎のクオリティーがさらに高くなった上に、音楽性の幅も広げたように思える。そして、前作までのようにただ都会に染まろうとするのではなく、地元に対する思いも感じられる。地元に対してということはまた、自分自身の過去や出発点に対して、ということでもある。

 

「木綿のハンカチーフ」の男性のように、WHY@DOLLは成功を求めて、地元を離れ、東京に出た。それはもちろん、地元を捨てたということではない。より成長することによって、「家族も君も友達も全部 幸せに笑顔に出来るように」である。これは「木綿のハンカチーフ」の男性においても、当初は「はなやいだ街で君への贈りもの 探す 探すつもりだ」だったわけである。

 

しかし、結局は「君を忘れて 変わってくぼくを許して」「毎日 愉快に過す街角 ぼくは ぼくは帰れない」となってしまった。

 

WHY@DOLLは上京後に音楽性が変わり、置き去りにされたと感じて離れた地元のファンもいるのではないか。しかし、WHY@DOLLは「君を忘れて 変わってくぼくを許して」とも、「毎日 愉快に過す街角 ぼくは ぼくは帰れない」とも言ってはいない。寧ろ、もっと定期的に帰れるようになりたい、と言っているのである。

 

また、アルバム「Tokyo Dancing」は、「赤くタワー」「丸いドーム」「お台場から七色の光」「黄金の雲」「「空のツリー」「電気街」「スクランブル」、つまり、東京タワー、東京ドーム、パレットタウンの観覧車、浅草のアサヒビールの屋根のオブジェ、東京スカイツリー、秋葉原電気街、渋谷のスクランブル交差点といった、東京の名所を「僕らの秘密のワンダーランド」としてのダンスフロアに見立てた、最高のダンスアンセムである。

 

この曲は音源で聴いても最高だが、ライブで体験すると、ときどき泣きそうになるぐらいうれしすぎて最高である。

 

このブログではもうしつこいぐらいに何度も書いているのだが、ちはるんが歌う「辛いなら忘れにおいで いつでも笑顔にする」という部分が本当に好きすぎてどうすればいいか分からないレベルである。

 

「東京湾」「山の手通り」「タワー」といったご当地ワードが出てくる39年前のヒット曲、「東京ららばい」は「ないものねだりの子守歌」である。

 

当時、地方から東京に出るということは、地元を捨てて、それこそ故郷に錦を飾れるぐらいに成功するまでは帰れないというような、そのような感覚だったのかもしれない。

 

「Tokyo Dancing」については、作詞が大阪という都会の出身でありながら、地方から東京に出てきているという部分において、WHY@DOLLにシンパシーを感じているフシもある仮谷せいらだという点にも、注目すべきであろう。

 

アルバム「WHY@DOLL」においては、仮谷せいらがもう1曲、詞を提供している。地元に残した大切な人への思いを歌った、「夜を泳いで」である。

 

地元から夢を追って東京に出てきて、「居場所」もできて「恋」もしたりして、「笑いあえる友達」もいる。「星の無い夜」にも慣れたし、「お酒の飲み方」も覚えた。

 

それでも、「ひとつ足りないピースの場所」は分かっているし、「夢」ならばいまも変わってはいない。

 

それで、「夜を泳いで会いにいくよ今夜 話したいことばかりだよ」というわけである。

 

この曲の振り付けが美しくてもう最高なのだが、地元でこの曲を聴いたら本当にグッとくるだろうなと、東京在住の私でも想像に難くないのである。

 

札幌でのワンマンライブの翌日、HMV札幌ステラプレイス店でのリリースイベントの最後にやはりこの曲を歌ったらしく、メンバーが「行ってきます」と言ったのに対し、地元のファンの方々は「行ってらっしゃい」と言って送り出したのだという。このことについては札幌のファンの方がツイートにてレポートしてくださったのだが、もちろんこれを読んだだけで少し泣いた。

 

アイドルの存在価値とは一体何なのだろうと考えた場合、それは退屈な日常に彩りをあたえ、世界をより生きる価値がある場所だと思わせてくれることだと考える。たとえそれが錯覚だとしても、だ。WHY@DOLLを観ていると、ときどきうれしすぎて泣きそうになる。

 

だから、もっとこの素晴らしさが多くの人たちに伝わって、WHY@DOLLのちはるん、はーちゃんがよりしあわせになればいいのに、と切に願うのである。

 

要はWHY@DOLLは地元から東京に出てきているが、地元のことは大好きでずっと大切に思っているため、その辺りがグッとくるし、その良いところが最もあらわれているのが「夜を泳いで」なので、素晴らしいということである。