しかし、現時点においてまるで全能感のような感覚をあたえてくれる現実が存在し、しかもそれが外的要因によって失われる可能性がある時、いまここを全力で感じ取る以外にするべきことが思いつかない。
では、そのような時間をより長く続けるために出来ることはないのだろうか。もちろんそれならば全力で必死にやる価値はある。というか、それ以外にやるべきことなど何も無いといっても過言ではないだろう。そして、それならばもうとっくにやっている。
万事を尽くして天命を待つというか、もはやそれに近い状況なのかもしれない。それでも、やるべきことはやっていくとしてもだ。
もう十分だと思えるぐらい、うんざりで飽き飽きするぐらいに、それを感じることができるといいのだが、どうもそうはなかなかいかないようである。だから、続ける以外にないのだ。
いずれ終わりが訪れたならば、その時にそれからどうするか決めればいい。それまでは、それ以外にやることが思いつかない。なぜなら、もったいないと思ってしまうからだ。他に重要なことは何一つとして無い。
これだけ完全に正しくて美しいと思えることに、この先、出会うことがあるのだろうか。その可能性は限りなく低いと思える。どうやっても叶うはずがないと、改めて確信するだけの日々が続いても、それでも心は満たされている。それだけ圧倒的なのである。このような時間が永遠に失われた場合、一体どのようにして日々を過ごしていけばいいのだろう。いまはそのような余計なことは考えずに、このしあわせを十分に感じながら生きていこう。一秒でも記憶が長続きするように。
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