アイドルネッサンスは過去の日本のポップスを主なレパートリーとしていて、lyrical schoolはヒップホップの要素を取り入れたスタイルが特徴的である。
日本のアイドルシーンの成熟にともない、様々な個性を持ったアイドルやグループが登場してきたが、この2つのグループはその多様性を象徴するような存在だといえるだろう。
アイドルネッサンスが昨年発表したアルバム「アワー・ソングス」には、大江千里「YOU」、村下孝蔵「初恋」、高野寛「ベステンダンク」、岡村靖幸「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」、原田真二「タイム・トラベル」といった曲のカバーが収録されている。
ただ現在の若い女性アイドルが過去の日本のポップスをカバーしているという企画性のみならず、作品そのものが新しい息吹を吹き込まれ、まさに復興(ルネッサンス)したかのような印象を受ける。
そんな中、比較的新しめの曲として、Base Ball Bearの「17才」もカバーされている。2007年にオリジナルがリリースされたこの曲だが、「アワー・ソングス」でカバーされた名曲群と並んでもまったく遜色がない。
この曲の歌詞にある「檸檬が弾けるような日々」、あるいは「生きている気がした気持ち」、それこそが私がアイドルポップスに求めるものであり、「アワー・ソングス」がただの企画ものではなく、優れたポップアルバムとして成立しているゆえんであろう。
一方、ヒップホップは1966年生まれの私にとって、初めてリアルタイムで体験した新しいアートフォームであった。ヒップホップの要素をあまり気負いも感じさせず、しなやかに取り入れている感じがするlyrical schoolのスタイルは、ただただカッコいいものである。
アイドルネッサンスとlyrical schoolのコラボレーションだというリリカルネッサンスには、もちろん興味がわいたわけである。そして、その作品はBase Ball Bearが2013年にリリースした「The Cut-feat.RHYMESTER」のカバーであった。
Base Ball Bearといえば、青春を謳歌するようなギター・ロックが特徴的だと思われがちだが、その一方で音楽的な実験もいろいろと行っている。初のベスト・アルバム「バンドBのベスト」発表後、最初のリリースとなったミニ・アルバム「THE CUT」においても、ヒップホップグループ、RHYMESTERとのコラボレーションという、新たな展開を見せつけてくれた。
Base Ball BearとRHYMESTERといえば、その音楽性こそ違えど、中心メンバーがアイドルポップスに造詣が深いという共通点がある。
Base Ball Bearの小出祐介は自らが選曲したハロー!プロジェクトのコンピレーションCDが存在しているほどである。私がBase Ball Bearの音楽を聴くきっかけとなったのは、2009年にリリースされたアルバム「(WHAT IS THE) LOVE & POP?」のCMスポットにBerryz工房の熊井友理奈を起用していたことであった。
また、RHYMESTERの宇多丸といえば、雑誌「BUBKA」に連載している「マブ論」における論評などにより、アイドルポップス界のご意見番的な印象もある。(ちなみにこの「マブ論」において、2016年の年間ベスト1に選ばれたのは、アルバムではNegicco「ティー・フォー・スリー」、シングルではWHY@DOLL「菫アイオライト」であった)
このある意味必然的ともいえるカバーバージョンは、やはり素晴らしい仕上がりであった。
私には現在、昨日のブログで紹介したテンテンコと同じ年生まれの有能な部下がいる。その能力の高さと人間性には、まさに「Zokkon命」なわけである。アニメーションが好きらしく、iPodには多数のそれ関係の曲が収められているようだ。仕事中にそれらをシャッフルで演奏していた。もちろん、これまでの私にはまったく無縁の曲が大半であり、新鮮な驚きと楽しみを日々味わっている。
しかし、なぜかBase Ball Bearの「ドラマチック」と「Stairway Generation」は選曲されている。聞くところによると、いずれもかつてTVアニメのテーマソングとして使われていたらしい。
ところで、それをも含めた闘いはいまも具体的に続いているわけだが、求める結末だけをイメージして、引き続き全力でやっていくのみである。もうやればやるほど、その想いは強くなる。一体どうしてしまったのだろうと、自分で自分に引くレベルである。だから人生は面白いし、長生きはするものである。弱ったものだ。
